第1話 冤罪
雨の残る夕方、鷲尾は警視庁の捜査一課を出た。
傘を持たず、濡れた道路を歩く背中は、かつての誇りを失ったかのように沈んでいた。
机の上には解雇通知と、保釈後の釈放書類。
同僚たちの視線は冷たく、誰も声をかけない。
「……まだ、誰も信じてくれないのか」
手首の時計に目をやる。
事件が起きたのはほんの数週間前。
汚職事件を追っていた鷲尾は、何者かに証拠を捏造され、情報漏洩の濡れ衣を着せられた。
法廷で必死に抗弁したが、結果は無情だった。
正義のために戦った刑事は、瞬く間に社会から抹消された。
夜の帳が降りる街角。
雨で濡れた舗道に、ネオンの光が揺れる。
人々の足音は速く、鷲尾をすり抜ける。
「……俺は、これで終わりなのか」
その時、背後から低い声が響いた。
「鷲尾さんですね?」
振り返ると、スーツ姿の男が一人立っていた。
名刺を差し出す手は迷いなく、紳士然としていた。
「急にお声がけをしてしまい、すみません。石田と申します。民間の調査会社、JIECに所属しております。」
鷲尾はしばらく黙った。
民間の調査会社……国家や警察とは無関係で、正規の依頼を受ける企業だということか。
男の口調も、いたって真っ当な会社の幹部そのものだった。
「……俺に何の用なんですか?」
「あなたの能力を必要としています。わが社の主なクライアントは企業ですが、失踪事件の調査や、不正の監視など、法に基づく調査業務を行ったおります。貴方のこれまでの経験が必ず活きると考えています。」
鷲尾は一瞬、言葉を失った。
石田の説明は、極めて真っ当な調査会社の仕事のように聞こえた。
背後の街の灯りが、どうしようもなく虚しく揺れる。
絶望と苛立ちから、そして困惑の間で、鷲尾は短く息をついた。
「……分かりました、話を聞きましょう。」
その瞬間、鷲尾の肩の荷は少しだけ軽くなったような気がした。
再び動く道は、かつての正義の道とは異なる。
だが、失われた自尊を取り戻すため、もう一度戦う術が残っていた。
見せられた世界で、再び力を振るうことができるかもしれない。
雨は上がり、夜空には一筋の光が差し込んだ。
鷲尾は小さく拳を握り、無言で石田と共に歩き出した。




