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前編


 ある日の昼休み。

 渡り廊下の窓から中庭をふと見下ろした睦子は、薄暗い木間のベンチで一人ひっそりと弁当を食べている女子生徒を見かけた。


 睦子のクラス内ではいくつかの友だちグループが形成されている。

 クラスに馴染めない者は、そういった集団の外へと弾き出されてしまう。

 中庭の彼女も、そういった輪の外の住人だった。


 そうやってクラスで浮いている生徒というのは、ことさら珍しくもない。

 それでも、窓から見えてしまったその光景は、睦子の心に小さな影を落とした。


 ――どうして自分は、あちら側じゃないんだろう。


 そんな疑問が、脳裏にちらつく。


 睦子は幼い頃から人見知りが激しく、人付き合いが苦手だった。

 いつも他人の顔色を伺い、おどおどして、それを周囲から馬鹿にされ。


 少なくとも、小学五年生くらいまではそうだったはずだ。


 母親はいつも独りぼっちな睦子を甘やかし、なんでも買い与えてくれた。

 同時に娘の社交性のなさを心配して、何度も本人に改善を促しつづけた。

 それでも、幼少期から高校生の今に至るまで、睦子の内向的な性格はまったく変わらなかった。


 未だ積極的に人と関わることはとても苦手だ。

 それなのに――。


 「おーい、なにしてんのぉ?」


 呼びかけられて、睦子の意識は窓の外から廊下へと戻ってきた。


 「遅いって。みんな先に行っちゃったじゃん。昼休み終わるよー?」

 「……ごめん。ちょっと、中庭の景色を眺めてた」

 「なにそれ。むっちゃんって本当に昔からぼんやりしすぎ。ほら、みんな待ってるからっ!」


 声の主は笑いながら睦子の手をぎゅっと引いて、有無を言わさず歩きだす。


 冬条ルルノ。

 彼女は睦子にとって人生で初めてできた、友達のようななにかだった。


 早歩きで廊下を進むルルノと睦子。

 道中で行き交う生徒たちが、二人に気付くとこぞって声をかけてくる。

 引っ込み思案な睦子を横目に、ルルノがてきぱきと返事していく。


 快活で社交的なルルノは、学年男女問わず交流が広い。

 素行も成績も良い方ではないが、教師たちにもわりと好かれている。


 絵にかいたような、陽の世界の住人。

 睦子はいつもの疑問を、今日もまた脳裏に浮かべる。


 なんでルルノのような人気者が、いつも自分なんかとつるんでくれるんだろう。



◇◇◇


 初めてルルノと出会ったのは、小学六年の夏のこと。

 教室でぽつんと本を読んでいた睦子に、別クラスのルルノがある日突然声をかけてきたのだ。


 「アンタが筒能睦子ちゃん……で合ってる? いつも一人でさみしくないの?」

 「え、あう、ええと……あなた、誰?」

 「アタシがおともだちになってあげる! ほら、運動場に行こっ!」

 「ちょ、ちょっとぉ……ほんとに誰ぇ?」


 今思い返しても、ルルノがなぜ睦子を友だちにしようとしたのかは分からない。

 ともかくそれ以来、ルルノに半ば無理やり引っ張られる形で行動を共にすることが増えた。

 小学校を卒業し、高校の今に至るまで。


 明るく社交的なルルノの周囲にはいつも多くの友人たちがいた。

 とくに中学生になって以降は、常に人気者だった。


 二人は実のところ一度も同じクラスになったことはないが、休み時間や放課後はいつも一方的に引っ張りまわされていた。

 そんな二人だから、周囲からは「昔からの親友同士」だと思われているらしかった。


 そしてルルノの親友ポジションというだけで、睦子も自動的に周りから一目置かれてきた。

 そのおかげなのだろう。

 中学、高校と孤立することなく、今までやってこれたのは。


 クラスの一軍集団に交じって、いろんな経験をさせてもらった。

 放課後に皆でファミレスでだべったり、ゲーセンやカラオケで遊んだり。

 

 休日には男女グループであちこち出かけた。

 遊園地に山に海、花火大会にバーベキュー、スノボや温泉旅行なんかにも行った。


 インドア派の睦子には、本来なら一生縁がなかったであろうイベントの数々。

 自分には不釣り合いな、眩しくて楽しい思い出たち。

 言葉で伝えたことこそないが、ルルノにはいつも感謝している。


 ただ、それでも。

 睦子自身は今でも周囲に馴染みきれていない。


 ルルノ以外との会話には、未だに上手く受け答えすらできないでいる。

 周囲はそんな睦子に気を遣っているのか、あるいはそういう個性として見てくれているのか、とにかく優しく接してくれる。


 そのたび感じる、形容しがたい居心地の悪さ。

 まるでなにか自分がズルをしているかのような、気持ちの収まりの悪さ。

 そして毎回辿り着くのは、同じ疑問。


 なんでルルノは、自分なんかと友達になってくれたんだろう。

 ルルノは自分のことを、本当はどう思っているんだろう。


 そもそも今の二人の関係は、本当に友達なんだろうか。

 あの子は自分のことを、友達と思っているんだろうか。


 おそらくその答えは、一生分からないのだろう。

 本人に尋ねる勇気なんて、ありはしないのだから。



◆◇◇


 ある日のこと。

 通算で二度目となる高校生活の夏休みが終わり、二学期が始まってすぐのタイミングで、クラス主催の肝試し大会の企画が唐突に持ち上がった。


 「なんで今さら肝試しなん? もう夏はとっくに終わってもうてるやんけ」

 「三丁目に廃病院があるでしょ。あそこ結構ガチな心霊スポットらしくてさあ」

 「最近けっこうな数の動画配信者が突撃してんのよね。流行ってんのかな?」

 「せっかくご近所なんだし、うちらも動画撮ってネットでバズろうぜ!」


 そういうことらしかった。


 廃病院の噂は、睦子も聞いたことがある。

 幽霊の目撃情報がここ最近多数出ているらしい。


 手術ミスで死んだ患者の怨霊だという説もあれば、かつて病院建設時に立て壊された祠に祀られていた道祖神などという説もあるとか。

 なんにせよ噂を聞きつけたクラスのお調子者たちが面白がって、肝試しを発案したようだ。


 実のところ、睦子は怖いものがかなり苦手。

 子供向けのホラー映画やお化け屋敷ですら、未だに抵抗がある。


 いわくつきの心霊スポットなんて、到底無理。

 だけれどクラスメイトたちの無邪気な勧誘に捕まり、なし崩し的に参加を押し切られてしまった。


 企画はとんとん拍子で進み、最終的には他のクラスも巻き込んでの大所帯で開催する運びに。

 隣のクラスのルルノにも自然と声がかけられ、当然のように参加が決まった。


 決行は日をおいての週末、金曜の夜。


 「ねえ、むっちゃん。怖いのとか平気だっけ? 大丈夫なん?」

 「……大丈夫。幽霊なんて、いるわけないし」


 心配そうに顔を覗き込んできたルルノに、睦子は強がりで返した。



 ◆◆◇


 そうして、肝試しの夜がやってきた。

 時刻は夜の八時を回っている。


 廃病院の敷地は高い塀に囲まれているが、通用門は誰でも通れる状態になっていた。

 入口前の広い駐車場跡に、参加者一同がわいわい騒いでいる。

 みんな事前に最寄りのファミレスで事前集合して、食事を終えてきたばかりだった。

 

 夜の闇にぼんやり浮かび上がる廃病院のシルエットが、睦子の心を酷くざわつかせる。

 幽霊なんていないと理屈では分かっていても、この雰囲気がなんだかもうダメだった。


 九月上旬の夜風はまだまだ生ぬるく、不快な汗が額に滲む。


 肝試し大会で帰宅が遅くなることは、前もって母親に伝えてある。

 母親は「自分も参加したかったわあ」などと笑いながら、いくらかお小遣いをくれた。

 臨時収入は素直に嬉しかったが、不安と恐怖心のほうがずっと大きかった。


 「はいどうぞ、筒能さん。クジ引いて、ほらほらっ」

 「あ、うん……ええと、十六番って書いてある」

 「その番号だと、組む相手は龍斗くんだねえ。いいなあっ」


 肝試しのルールはいたってシンプル。

 クジ引きでペアになった男女が、クジで引いた順番に従い十分おきに廃病院へと進入。

 病院構内のスマホで写真や動画を撮影し、週明けに品評会を実施。


 そして一番恐ろしい光景を撮れたペアが優勝する、というものだった。


 怖ければ入口付近でうろうろしていればいいし、優勝できそうな光景を求めて奥地へとチャレンジしてもいい。

 もっとも優勝賞品なんてものはなく、大半の参加者にとっては暗い場所で男女二人きりになれるという部分の方が重要だった。


 なのでペアの相手にやる気がなければ、肝試しを適当に済ませられる可能性があったのだが――。


 「お、筒能さんが俺のペアかぁ。優勝目指して、頑張ろうな」

 「え、あ、はい」

 「幽霊を絶対に動画に収めて、世界の果てまでバズらせようぜ! うおおおおお!!」


 睦子と組むことになった龍斗は、かなり張りきっている様子。

 廃病院の中を積極的に探索してまわるつもりらしい。

 肝試しガチ勢を引き当ててしまい、睦子にとってはあまり嬉しくない抽選結果となってしまった。


 ともかく。

 そんなこんなで肝試しがスタート。

 一組、また一組と、廃病院に入っていく。


 睦子のペアは十六番目なので、出番までの時間はおよそ二時間半。

 周囲は楽しそうにおしゃべりに興じて明るい雰囲気だったが、睦子の頭の中ではどんどん恐怖心が膨れ上がっていく。


 人生を振り返っても類を見ないほどの、拷問のような時間。


 そうこうしているうちに気付けば前のペアが帰還し、ようやく睦子と龍斗のターンがやってきた。

 ノリノリの龍斗に急かされながら、睦子はおそるおそる廃病院へと進入する。


 建物内は、外とはうって変わってひんやりとしていた。

 土とも草ともいえない嫌な匂いが漂うエントランス。

 歩いているとたびたび床のタイルの破片を踏み、耳障りな音を立てる。


 「うわあ、雰囲気あるなあ。マジで何か出そうじゃん」

 「……」

 「持ち時間が十分しかねえもんな。手際よく進もうぜ」


 持参の懐中電灯で行く先を照らしながら、ずんずん歩き出す龍斗。

 置いてきぼりにならないように、睦子は必死でその後を追う。


 待合室だったらしき場所には、座面の破れた椅子が乱雑に並んでいて。

 診療受付のガラスの仕切りは、粉々に砕けていて。

 そこらの壁には、様々な病気の予防キャンペーンポスターが貼られたままで。

 色褪せていて読み取りにくいが、キャンペーン日付はいずれも七年前のもので。


 大した片付けもされずに、放置された廃病院。

 その経緯に想いを馳せると、怖さが際限なく大きくなっていく。


 「先行した連中が言うには、一階と二階は別になんにもなかったらしいんだよ。三階まで行ったやつはいないみたいだし、俺らはそこを目指そうぜ」


 外観から判断するに、この病院は三階建て。

 古くて小さい病院の傾向として、最上階には手術室がある場合が多いらしい。

 外部からの出入りが少ない上階は塵や菌が持ち込まれにくく、地上の騒音も届きにくいからだ。


 病院のなかでもひときわ、人の死と密接に関わっていそうな手術室。

 その光景を想像して、嫌な予感が睦子の歩みを鈍らせる。

 それでも龍斗に促されるまま、震えるような足取りで朽ちた階段を登った。


 二階を通り過ぎ。

 そして、三階へと辿り着いた先で、睦子は異変に気付く。


 先行していた龍斗の姿が、どこにも見えないのだ。

 少し目を離した隙に。


 慌てて三階の様子を見渡す睦子。

 左右に広がる細長い廊下通路の両側に、いくつか病室の入口らしき扉が見える。


 もしかすると龍斗は、もたもたしている睦子に業を煮やして、一人でさっさとどこかの部屋を探索しているのだろうか?

 一人きりにされたことで、睦子の中の恐怖心が急激に増幅しはじめる。


 耳を澄ましてみるが、物音は聞こえない。

 最上階で雨漏りでもしているのか、一帯の床面は妙に濡れていた。


 じっと身を潜めるように、しゃがみこむ睦子。

 待っていればそのうち、どこかの部屋から龍斗がひょっこり出てくるのを期待して。


 自分から部屋を一つ一つ確認して回る勇気は持ち合わせていない。

 部屋がかつての病室だったならば、患者の地縛霊なんかと出くわすかもしれない。


 静寂。


 懐からスマホを取り出し、時間を確認する。

 龍斗とはぐれてから五分、廃病院に入ってから八分が経過していた。


 もうじき自分たちの持ち時間は終わる。

 肝試しルールに従うなら、そろそろ帰路につくべき頃合いだった。


 龍斗はまだ姿を現さない。

 持ち時間ギリギリまで、幽霊撮影を粘るつもりなのだろうか。

 それにしては移動音もなにも聞こえないが。


 恐怖の一部がだんだんと苛立ちに変わるのを感じながら、睦子はふと思った。

 もうこのまま自分だけリタイアして先に戻ろうか、と。


 勝手に置き去りにされたのだから、こちらだって勝手に帰っても構わないだろう。

 懐中電灯は龍斗が持っていってしまったが、来た道を戻るだけならスマホの灯りでなんとか行けそうだ。

 そんなことを決意しかけた、そのとき。


 がらん、と辺りに響く重い物音が遠くから聞こえた。


 反射的に顔をそちらに向けてみて、睦子は息を呑んだ。

 二十メートルほど離れた先の部屋のスライド扉が、思いっきり開いていて。

 そこから、人影のようなものがゆっくりと出てきたのだ。


 龍斗ではないことは、遠目でもすぐに分かった。

 光源のない廊下にも関わらず、その何かは薄ぼんやりと青白い光をまとっていて、暗闇の中でもはっきりと見える。


 それは、白衣のようなものを着た老婆の姿をしていた。

 それがきっとこの世のモノではないことを、睦子は直感で察した。


 思わず後すざりしようとして、濡れた床に足を滑らせた睦子は思いっきり尻餅をついた。

 地面に接したスカート越しに、ぬめりけで不快な感触を覚える。

 すぐに立ち上がろうとして。


 遠くにいた老婆と目が合った。


 心臓が脈打ち、背筋が凍る。

 悲鳴にならない声が、口から漏れ出る。


 老婆は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 逃げ出したいが、体が上手く動かない。


 気付けば、老婆はすぐ目の前に来ていた。

 ぬるりと顔を近づけると、老婆はかすれた声で言葉を発した。


 『……かわいそうに』


 憐みの言葉。

 なぜそんなことを言われたのか、意味が分からず混乱する睦子。


 『偽りに囲まれた、空っぽの人生……ああ、かわいそうに、ひひひ』


 そう口にしながら、片手をこちらに伸ばしてくる老婆。

 その口元が、三日月のように大きく歪む。


 憑りつかれる、と睦子が恐怖で目を閉じた、そのとき。


 「なにしとんのじゃあ!! こらぁッ!!!」


 駆けこんでくるような足音の後から少し間が空いて、怒声が響き渡る。

 聞きなれた声。


 息を切らしながら駆け込んできたのは、ルルノだった。


 「むっちゃんから離れろ! くそボケぇっ! 殺すぞ!!」

 『……えぇ』


 これまで見たことない剣幕で、問答無用で老婆に襲い掛かるルルノ。

 手に持った鞄を、相手の頭に目掛けて何度も振り下ろす。


 老婆は困惑したような顔でそれを躱し、逃げるように闇へと溶けていった。


 「大丈夫だった? むっちゃん!? 何もされてない??」

 「う、うん。へ、平気……」

 「良かったぁ。心配したんだからね!! こいつぅ!!」


 幽霊を追い払ったルルノは、危難が去って気が抜けたのか、涙目になりながら睦子に抱きついてきた。

 怖がりな睦子以上に、ルルノの体は震えている。

 一方の睦子は、なにがなにやらといった感じで状況が整理できずにいた。


 あの老婆は、一体なんだったんだろう。

 そしてルルノはなんで、あんなに急いで助けに来てくれたんだろう。

 まるで自分が幽霊に襲われているのを、知っていたみたいだった。


 そのまましばらく放心したように固まっていた二人だったが、やがてふらつきながら廃病院を脱出した。

 クラスのみんなが、どよめいた様子で二人を出迎える。


 そしてそこでようやく、睦子は自分の身に起こったことを聞かされた。

 どうやら睦子は廃病院の三階に足を踏み入れたあたりから、しばらく行方不明扱いになっていたらしい。


 睦子視点だと、行方をくらましたのはペア相手の龍斗の方だった。

 だが龍斗の方も睦子を三階で見失ってしまい、数ある病室をしらみつぶしに探して回っていたそうだ。


 そして埒が明かないと判断するや、スマホのグループチャットで肝試し参加者全員に状況共有し、睦子の捜索を呼び掛けた。

 ルルノは睦子失踪を知るとすぐさま三階へと駆け上がり、そこであの老婆の幽霊が睦子に迫っている場面に遭遇したのだそうだ。


 そこまでにかかった時間は皆の証言だとおよそ二十分ほどで、体感とは倍近くの差がある。

 どうやら睦子はあのとき、空間も時間もねじれた異界へと引きずり込まれていたらしい。


 なにはともあれ、睦子が無事に戻ってこれたことを誰もが喜び安堵したのだった。


 こんなことがあって、肝試しは半ば中止の形で慌ただしくお開きに。

 睦子にとっては、とんだ災難な一日だ。


 だけれど、悪いことばかりではなかったように思う。


 帰り道に睦子が何度も思い浮かべたのは、あの老婆に立ち向かったルルノの姿だった。

 あんな得体のしれない状況で、自分のために動いてくれた、あの子のこと。


 自分だったら、きっと怖くてあんな風には動けないだろう。

 ルルノだって、決して躊躇や抵抗がなかったわけではないと思う。

 それでも、あの子は自分を助けてくれた。


 ずっと胸に抱えつづけてきた疑問。

 ルルノは自分のことを、本当に友達だと思ってくれているのか。


 一生分からないと思っていたその答えに、今日、少しだけ手が届いた気がした。



◆◇◆


 あの肝試しの日から、いくつもの日が過ぎていった。

 秋は深まりきって、もう冬がすぐそこまで来ている。


 睦子の学園生活は、何事もなく相変わらずだ。

 ただ強いて言うなら、ルルノや他のクラスメイトとの関係性を、以前よりもちょっとだけ気楽に捉えられるようになった気がする。


 そんなある日の放課後。


 睦子はルルノと一緒に学校の校門を出た。

 他の取り巻きたちは各々の用事でこの場にはいない。


 二人きりの帰り道。

 ひたすら雑談ネタを繰り出すルルノと、ひたすら相槌をうつ睦子。

 いつも通りのやりとりをしながら、商店街を歩いていると。


 「……あら? ルルちゃんじゃない! こんなところで!」

 「あ、むっちゃんママ! 奇遇っすねっ」


 出くわしたのは、睦子の母親だった。

 母親とルルノは何度も面識があり、妙に仲が良い。

 こうして帰り道でばったり会うことも多く、そのたびに会話が弾んでいる。


 「睦子がいつもお世話になってるわね。この子ったら、まだクラスで浮いてない? いじめられてないかしら?」

 「大丈夫っすよぉ。クラスが違ってもアタシのツレっすから。舐めたマネするヤツなんかいませんって」

 「うふふ。そうだわルルちゃん、せっかくだからその辺でお茶しない? 学校のこととかたくさん聞きたいわ。根掘り葉掘り聞きたいわ」

 「もう、お母さんってば……」


 そうして二人は、母親に誘われるまま最寄りの喫茶店へと立ち寄ることになった。

 何でも好きなの頼んでいいよと言われ、ルルノは遠慮がちにホットコーヒーを注文した。

 母親とルルノの会話が盛り上がるのを横目に、睦子はそっけない態度でもくもくと季節限定大盛りパフェを啄む。


 「――そういうワケで、とうとう『付き合いたい二年女子ランキング』の第十四位にむっちゃんがランクインしたんすよ。凄くないっすか?」

 「あらあらぁ、去年から大躍進ねえ。来年にはトップテン入りも固いかしら」


 この二人が話し始めると三十分くらいは止まらない。

 パフェグラスを空にした睦子は退屈そうに二人を眺めていたが、ほどなくして自分の話題で盛り上がっている空間に耐えかねてきた。


 「……私、ちょっとお手洗いに行くから」


 ぶっきらぼうな言葉を残して、睦子はその場から逃げ出した。


 こういった会合はわりと頻繁にある。

 母親は嬉しそうだし、ルルノも楽しそうだしで、睦子としても特段悪い気はしていない。

 普段お世話になっている二人が笑い合っていると、自分もなんだか少し嬉しい。


 きっと今後もこういう日がたまにあるんだろうな。

 そう思いながら睦子が店内トイレの鏡に視線を送ると、そこに映った顔に小さな笑みがこぼれているのに気が付いた。


 もしかしたら二人の前でもこの表情だったんだろうか。

 どうやら睦子は自分が思っている以上に、感情を隠すのが下手なのかもしれなかった。



◆◆◆


 睦子がトイレに籠っているあいだも、二人の会話は続く。


 「そういえばこの前の夜、肝試ししたって聞いたわ? あの子、泣かなかった?」

 「いやいやぁ。もう高校生っすよ」


 あの肝試しの夜に睦子の身に起こったことについては、ルルノは伏せる判断をした。

 睦子本人が母親に伝えていないようだし、余計な情報を与える必要はない。


 「小っちゃい頃は、怖いものが凄く苦手だったのにねえ。少しは心が強くなったのかしら? きっとルルちゃんがいつも傍にいてくれるからだと思うの」

 「そんなことないっすよぉ」

 「そんなことあるわよ。ルルちゃんのおかげだわ」


 母親は嬉しそうにそう言って、ルルノに向かって頭を下げる。

 そして、睦子がまだ戻ってこない様子なのを確認すると、急に思い出したようにバッグの中からごそごそとなにかを取り出す。


 それは少し厚みを帯びた、茶色の小封筒だった。


 「そういえば、『今月分』はまだだったわよね? いつも本当にありがとうねえ」

 「……今っすか? こんなところで渡すのヤメてくださいよ」

 「いつもより多めに包んだから、おしゃれな冬服でも買ってちょうだいな」

 「あー。まあ、そっすね」


 母親から差し出された封筒を、慌てて自分の鞄にしまい込みながら、ふとルルノは考えた。

 思い返せばこの母親に声をかけられたのは、小学五年の頃だったっけか。


 彼女の「仲介」がいなかったら、幼いルルノと睦子は出会っていなかっただろう。


 初めてこの母親に出会ったあの日も、今日と同じように、ルルノは母親からそれを受け取った。

 忘れもしない、すべての始まり。


 「これからもあの子と、良いお友達でいてちょうだいね」


 そう言って母親は小さく微笑んだ。

 初めて会ったあの日と変わらない笑顔で。


 愛する娘に、なんでも買ってあげる優しい母親。

 睦子が羨ましいなぁ、と毎回ルルノは思う。


 本人に言えるわけなんて、ないけれど。


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