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校舎を出て、金色の夕陽の中をジャネットとマッキーとでぶらぶら歩いた。とりとめのない話をする2人の髪の毛や頰を、春風というには少し冷た過ぎる風が叩く。空を悠々と飛ぶ鳥の群れを眺め、ジャネットはぐんと体を伸ばした。椅子に座りっぱなしで固まった体がほぐれていく。
学園の生徒たちがもう何人か、ジャネットたちのように散歩を楽しんでいた。ボールを投げ合っている男子生徒もいる。そのほとんどは新入生だ。ジャネットのように、立派な服を着ているから分かる。
「あ、キャロラインだ!」
知り合いを見つけたマッキーが、嬉しそうに叫んだ。声をかけられた少女は、農道を1人で歩いていたけれど、すぐに気がついてジャネットたちの元へ駆けてきた。
「マクシィーン様、ジャネット姫様」
キャロラインは深々とお辞儀をした。リリーのように。思わずジャネットはこう言った。
「よして、キャロライン。私たちはここでは対等なのだから」
「そうだよ、キャロライン! 私なんか、ジャネットに朝たたき起こしてもらったんだよ」
「マッキーは少し反省して!」
「あはは、ごめん」
キャロラインは小さく笑みを浮かべた。
「どうもありがとうございます。ですが、私のような下々の者にとっては、姫様たちは雲の上の存在です。友達のように気安く話しかけることなど、とてもできません。いつ誰がそれを見ていて、不敬罪だと言うか分かりませんから」
「不敬罪だなんて! 私、そんなの気にしないのに」
口をとがらせるジャネットの肩を叩き、マッキーがそっと言った。
「ジャネットが気にしなくても、周りが気にするんだよ」
マッキーはキャロラインに笑いかけた。
「だけどね、キャロライン。この学園で君を責める奴がいたら、私が叩き斬ってやるから安心しなよ」
「そ、そんな」
キャロラインは目を白黒させた。
「マッキーが言いたいのはね、私たち、それぐらいあなたと友達になりたいってこと!」
ジャネットはキャロラインの手を握った。
「よろしくね、キャロライン」
「こ、こちらこそ……」
キャロラインは小さくうなずいた。よく見れば、口元に可愛らしいえくぼができている。
「あの、お姫様」
「ええ」
キャロラインはおずおずと言った。
「もしよかったら、最初のお休みの日に勉強会をしませんか」
「勉強会?」
「試験のために勉強をするのですが、その……誰かと一緒なら、もっと楽しいかもしれないと思って」
「いいわね! キャロラインと一緒にお勉強をしたら、私も頭良くなれそうだわ」
「私もあやかりたいな」
「マクシィーン様も、ぜひ……」
「ねえ、ジュリエルも誘っていい?」
「ジュリエルも頭良いもんね。キャロラインとどっちが成績良いのかな?」
「そんな、ジュリエル様と私なんかを比べていただけるなんて……畏れ多いことです」
キャロラインは謙遜するが、推薦組の2人は羨望の眼差しで彼女を見つめた。
「じゃあ、決まりね。どこで開催するか、また相談しましょ」
「はい!」
手を振ってキャロラインと別れる時、彼女の本当に嬉しそうな顔を初めて見た気がした。
夕食を摂った後、自室で教科書をぺらぺらめくっていると、扉を叩く者がいた。
「どなた?」
「私。モード」
モードは足音もたてずに入ってきて、ジャネットのベッドに腰掛けた。
「ご機嫌よう、ジャネット。学園生活初日はどうだった?」
「とても楽しかったわ。……教科書の分厚さと、科目の多さにはげんなりしたけれど」
「同感だわ。その中の半分は、学ぶ意味も興味もない科目だった」
ばっさりと切り捨てるモードに、ジャネットは笑みをもらす。昔から彼女は、毒舌家だったのだ。
「それにしても、さすがはジャネットね。もう新しいお友達に囲まれて」
「あなたもね、モーディ」
モードとジャネットは声を合わせて笑った。
「ねえ、ジャネット。今夜はあなたを誘いに来たの。次のお休みの日、私たちのお茶会に来ていただけないかしら?」
「私たちって?」
「私、ウィニフレッド、クリスティーン、バルバラ。皆名家の令嬢たちよ。そこにあなたが来てくださったら、いっそう楽しい会になると思うの」
「あ、でも……」
その日は先約があるのだ。そう断ろうとした時、モードはさっと立ち上がった。
「待ってるわ、ジャネット。明日また招待状をお渡しするわね」
「モード、ちょっと待って……」
「ねえ、ジャネット。私たち、また昔みたいに良い親友同士に戻れるでしょう?」
そう言い残し、モードは部屋を出て行った。
ジャネットは天井を仰いだ。同じ日に、2つの誘いを受けるとは。時間が重なっていないといいのだけれど……。