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真実の決闘  作者: 六福亭
第2章 勉強の始まり
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「マッキ~!!」

 翌日の朝、学生寮でジャネットは姫らしからぬ怒鳴り声を上げていた。


 朝の寮は人の移動が激しい。食堂の椅子の数は限られているので、早いところ席を確保しないと立って食べるか朝食にすらありつけない羽目になるし、建物の外にあるトイレには長蛇の列ができている。何百人もの生徒たちが一斉に動きだす時間であるため、混み合うのは当然のことなのだ。


 混雑する時間帯をよく分かっている上級生たちは、早起きして空いている時間に悠々と食堂を利用するか、用意してもらった軽食を持ってさっさと校舎の方へ行ってしまう。そして、少数ではあるが、講義が始まる時間ぎりぎりまで眠っていたい生徒も存在する。


 例えば、ジャネットの新しい友達、騎士団長の娘マッキーがそうであるらしい。


 ジャネットはもう何回目かと思いながら、マッキーの部屋の扉を強く叩いた。

「マッキー! 起きているのでしょうね!? もうすぐ始業の鐘が鳴るわよ! 昨夜教授がおっしゃったじゃないの! ねえ、マッキーったら!」

 マッキーの部屋は偶然にもジャネットの部屋のすぐ隣だった。夕べは、隣同士であることを2人で喜びあったけれど__今は、少し後悔し始めている。

「マッキー! 置いていくわよ! もう!」

 その時ようやく、内側から扉が開かれた。短い髪は寝癖がついてめちゃくちゃだし、きれいな瞳は重たいまぶたで半分ほどふさがっている。辛うじて普段着らしきラフな服を着ているけれど、このまま他の生徒の前に出て行かせるのは忍びない。

「リリー!」

「はい」

 ジャネットのそばに控えていたリリーがさっと櫛を取り出し、マッキーの髪をすき始めた。

「ありがとう……ございます」

 昨日の凛々しい様子はどこへやら、マッキーはあくびをかみ殺しながらお礼を言った。

「まあ、こんなところでよろしいでしょうか、姫様」

寝癖をなんとか直し、服のしわをのばしたリリーがジャネットにお伺いを立てる。

「いいわ。さ、行くわよマッキー!」

「どこに行くんだっけ?」

「講堂に決まっているでしょ!」

 ジャネットはリリーと協力し、マッキーを講堂まで引きずって行った。

「いやー、朝には弱くてさ……」

「お父様に叱られなかったの?」

「いつも騎士団の仲間が、起こしにきてくれたから。ちょうど今のジャネットみたいにね」

「い、いつも!?」

 この先あてにされるのではないかと、今から疲れを感じるジャネットだった。


 広い講堂に足を踏み入れると、新入生たちでもういっぱいだった。昨夜同じテーブルだった仲間たちはおのおの別の席に座っている。ジャネットのはとこのモードは、彼女と同じように立派なドレスを着た令嬢たちと後ろの方の席で楽しげに語らっているし、キャロラインは教授の真ん前に座っていた。


 そしてジュリエルは、3人がけの机に1人で座っていた。これ幸いと、ジャネットは大きく手を振りながら彼を呼んだ。

「ジュリエル!」

 彼は昨夜のように熱心に本を読んでいたけれど、ジャネットの方に振り向いた。

「おはよう」

「おはよう! ここ、一緒に座ってもいい?」

「どうぞ」

 ぐにゃぐにゃしたマッキーのような物体を、机と椅子の間に無理矢理押し込んでから、ジャネットはようやく一息ついた。リリーがお辞儀を1つして、講堂を退出する。彼女はこの後、ジャネットの部屋を掃除してから学生寮で働くのだ。

 マッキーを見て、ジュリエルがくすりと笑う。

「ぎりぎりだったね」

「マッキーがなかなか部屋から出てこなくて!」

 夕べ、おやすみを言う時に、マッキーは「もし私が寝坊したら、起こしてくれる?」と頼んできた。こういうことだったのだ、とジャネットは呆れる。

「ありがとぉ、ジャネット……ふわぁ」

 ガランガランと鐘が鳴り、生徒たちははっと会話をやめた。生徒たちの前で分厚い本を読んでいた教授がすっと立ち上がる。眼鏡をかけた初老の男の教授は、ジャネットたちをぐるりと見回して言った。

「おはよう、新入生諸君。今日1日は、君たちが学ぶ科目についてのオリエンテーションとなります。しっかり聞いて、必要な場合はメモなどを取り、覚えておくように」

 ジャネットやジュリエルは羊皮紙とペン、インクを取り出した。小さな黒板と石墨を持ってきた生徒も中にはいた。

「まず、自己紹介からですね。私はハリス・アンブラー。研究分野は薬学で、トリカブトの薬効について研究しています。皆さんには、医学・薬学の基礎を教えることになるでしょう」

 アンブラー教授は丁寧な口調で受講科目について説明していった。

 

 キーゼルホースト学園で学べる科目には大別して基礎科目と応用科目、さらに基礎科目の中でも必修科目と選択科目がある。はじめの2年間は基礎科目のみを学び、3年次から応用科目も履修することができるようになる。


 必修科目はアルス語、数学、家政学、礼儀作法、歴史、神学、自然科学、スポーツ。選択科目は護身術、医薬学基礎、芸術、トリノア(アルスの隣国)語。選択科目は、1年次の半年間で全ての講義を受講し、その後でどの科目を選ぶか決める。


 応用科目は、詩作、諸外国語、建築、医薬学応用、医薬学……その他にもまだまだあるらしい。選択科目が1人3科目と定められているのに対して、応用科目は1科目でも全科目でも自由に受講することができる。


 だが、基礎にしろ応用にしろ、全ての科目において厳しい試験が定期的に行われ、落第した生徒はその科目の講義を1学期分受け直す羽目になる。その上、落第科目が3つ以上になった生徒は教授室に呼び出され、退学を勧告されることもあるらしい。(マッキーが身震いしていた)


 最初の定期試験までは、新入生たち全員が一斉に同じ講義を受ける。その後、最初の試験の結果次第で、3つのクラスに分けられることになる。俗に優等クラス、平均クラス、要努力クラスと呼ばれているらしい。

 ジャネットはペンを握りしめ、呟いた。

「つまり、いつまでもジュリエルやキャロラインと一緒にいられるとは限らないのね」

 マッキーも憂鬱そうに言った。

「皆が優等クラスなのに、私だけ落ちこぼれだったらどうしよう」

「そんなこと言わないで、マッキー。一緒に頑張りましょうよ」

 ジャネットが励ますと、ジュリエルも賛同した。

「しっかり勉強すれば、大丈夫だよ」

 教授がこれから使う教科書を配った。その日あった講義全てで教科書をもらったため、夕方には皆へとへとになって本の山を運んでいた。連れてきた召し使いに自分の本を運ばせるのは禁じられているらしい。

「だけど今日は、あっという間に終わったね」

 全ての講義が終わっても、まだ窓の外は明るい。本を廊下にあったテーブルにどさっと置いて、マッキーが明るく言った。

「ちょっと外に出て、散歩でもしない?」

「いいわね!」

 ジャネットはその提案に乗ったが、ジュリエルは首を振る。曰く、「明日に備えて予習をしたいから」ということらしい。

「ジュリエルは偉いなあ、あんなに勉強して、頭痛くならないのかなあ」

 去って行くジュリエルの後ろ姿を眺め、マッキーが呑気に呟いた。

「お父上に猛勉強させられたらしいわ。しかも推薦ではなくて、試験に合格して入学したのよ」

「ひゃー、すごい」

 マッキーは天井を仰ぎながら、冗談まじりに笑った。

「そこまでしてこの学園に入ろうとは、私は思わなかったな……」

「じゃあどうして、入学することになったの?」

 2人は薄暗い廊下の椅子に腰掛け、声を潜めて話をする。上級生たちの講義がまだ講堂で行われているからだ。

「父上と母上が言ったのさ。私は女だから、いつまでも騎士のまねごとをしてちゃいけないって。ここで、淑女としてのたしなみや教養を身につけてこいってさ」

「マッキーはそれでよかったの?」

「よかないよ。勉強も、ひらひらしたドレスを着てお茶とおしゃべりで1日過ごすのも、好きじゃない。でも、親がそうしろって言うんだから仕方ないさ」

 マッキーは机に突っ伏して、溜息をついた。

「兄さんみたいに男だったら、騎士を目指すことができたのにって、思うこともあるよ」

 ジャネットは、マッキーの肩にそっと手を置いた。

「マッキーは、男の子に負けないくらい強いんでしょう?」

 彼女は背筋を伸ばし、拳を握ってみせた。

「強いよ。殴り合いと剣術じゃ、そんじょそこらの男子には負けないね」

「じゃあ、私が女王になったら、マッキーを騎士に任命してあげる。私を守ってね」

 マッキーは目を瞠った。ジャネットがうなずいてみせると、彼女は破顔した。

「任せてくれ!」



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