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食事が終わった後は、優雅な舞踏会が始まった。けれど、ジャネットは体がだるいと嘘をついて広間を出て、暗い廊下に1人でいた。マッキーが付き添おうかと言ってくれたが、断った。廊下にはいくつかソファーが置かれていたので、その1つに腰掛け、激しい動悸を静めようと繰り返し深呼吸をした。
何年か前、ジャネットは父の王冠をこっそり盗み出し、その罪を当時の大臣__モンタギュー侯爵に着せようとした。何かにつけてがみがみと叱りつけてくる大臣にうんざりし、城から追い出そうと企んだのだ。その企みはすんでのところで暴かれ、心から謝ったジャネットを大臣は許してくれた。表面上は。
けれどその後すぐに、彼は大臣を辞し、自らの領地に帰って行った。誰もそうは言わなかったが、ジャネットの起こした事件が原因であることは明らかだった。
思い返せば当時、大臣にはジャネットと同じくらいの年の息子がいた気がする。ジャネットも何度か顔を合わせたことがあったかもしれない。父親が濡れ衣を着せられるところを、ジュリエルはどんな気持ちで見ていたのだろう?
「ジャネット?」
暗い廊下に響いた声に、ジャネットは飛び上がった。
「ああ、いた」
近づいてきたのは、当のジュリエルだった。彼はそのままジャネットの隣に腰掛け、心配そうな顔で彼女を見た。
「具合が悪いって聞いたけれど……」
「……大したことはないわ。ただ……1人になりたくて」
「1人が好きなの?」
「ううん」
ちぐはぐな返事をするジャネットに怪訝な顔1つ見せず、ジュリエルは優しく話しかけてきた。
「僕はね、どちらかといえば静かなところにいるのが好きだ。集中して本が読めるし、人のことをあれこれ気にする必要もないしね」
「じゃあ、ジュリエルも1人になるために出てきたの?」
「それもあるけど、あなた……君のことが心配だったから」
ジュリエルは、ジャネットの目をまっすぐに見た。
「僕が自分の話をした時、真っ青になったよね。気に障ることを言ってしまったかな?」
ジャネットは、慌てて首を振った。
「違う、違うの! ただ、わたしは……その…………ごめんなさい!」
おもむろに頭を下げて謝罪すると、ジュリエルはうろたえた。
「ど、どうしたの!?」
「私……あなたのお父様に、ひどいことをしたわ。あなたも知っているだろうけど……」
ジュリエルは、肩をすくめた。
「謝ってもらう必要なんてないよ。父も僕も、今すごくいい感じなんだ」
「そ、そうなの?」
ジュリエルはジャネットに微笑みかけた。
「昔はすごく厳しくて、些細なことで怒られてばかりだったけど、父はあの事件があってから人が変わったみたいに優しくなったんだ。おかげで僕も兄たちも召し使いも、ぐっと楽になった」
「そうなの……」
ジュリエルが嬉しそうにそう言うので、ジャネットは少し安堵した。
「侯爵は今、どうしておられるの?」
「領地の財政の監査をしているよ。元々計算に強い人だったから。それ以外の時間は、家畜や飼い犬の世話をするのが一番好きみたいだ。あと、僕は勉強を教えてもらってる」
「厳しい?」
ジュリエルは頭をかいた。
「ここに入学するなら試験を受けろって言われてね。推薦なんか認めないって。毎日みっちり勉強させられた」
「すごい……」
ジャネットは感嘆して呟いた。ジュリエルは照れたように笑う。
「全然、大したことないよ。父の言うままにしただけだし、キャロラインに比べれば……」
ジャネットは、ジュリエルと話しているうちに、体がぐっと軽くなったのを感じていた。ソファから立ち上がると、傍らのジュリエルが目を丸くする。
「ジュリエル、ここの方が居心地良いのかもしれないけれど……一曲だけ、一緒に踊らない? その、これからよろしくって意味で」
広間からは、楽しそうなワルツが聞こえてくる。ジュリエルは大きくうなずいた。
「いいね。姫様と踊れるなんて光栄だ」
ジャネットの手を優しく取って、ジュリエルは笑う。
「よろしく、ジャネット!」