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楽隊が音楽を奏で、食事が運ばれてくる。上等なテリーヌを口に運びながら、騎士の格好をした少女がジャネットたちに話しかけた。
「これから、よろしく。校長先生がさっきああ言ったから、私もなれなれしく話させてもらうよ。いいかな?」
はきはきとして、明るい声だった。ジャネットは大きくうなずく。
「うん、こっちこそ、よろしく! わたしはジャネット」
少女はちょっと笑った。
「さすがに、あなたの顔とお名前は知ってるよ。ジャネット姫!」
緑のワンピースの少女が、はっとしてジャネットを見つめる。黒髪の少年も、一瞬だけジャネットを見て、それから料理に目を落とした。
「まさか……! 本当に、お姫様なのですか?」
「ええ……」
「そんな、お姫様とご一緒の席になるなんて……畏れ多い……」
騎士の少女がおどけたように言う。
「だめだよ、君も敬語はやめなくちゃ。これからは、対等な仲間なんだから!」
「その通りね」
ジャネットのはとこも、料理を切る手を止めて上品に笑った。
「わたくしは、モード。カニントン公爵の娘です。以後よろしく」
モードは、ジャネットと目を合わせて微笑んだ。
「ジャネットとは、はとこ同士なの」
「そうなのか。じゃあ、元から知り合いだったんだね」
「そう、昔からよく宮殿に出入りしていたものだから」
少し自慢げにそう話すモードを、緑のワンピースの少女が羨望の眼差しで見ていた。そんな彼女に、騎士の少女が話しかけた。
「君の名前は?」
「あ……あたし、キャロライン。ええと、あたしは貴族の生まれじゃないんだけど……」
「じゃあ、入学試験に合格して来たってこと?」
ジャネットたちは感心した。試験はとても難しく、並大抵の教養ではとても合格しないという噂である。今年も1000人の受験者の中から30人も受からなかったと聞く。
「あなた、すごく頭が良いのねえ」
モードが舌を巻いた。ジャネットも、何度もうなずく。キャロラインは顔を赤くした。騎士の少女があっけらかんと彼女を褒める。
「さすがだなあ。私はいつも遊んでばっかりだったから、試験はとても合格しないだろうって教師に言われちゃったよ。推薦で辛うじて入学を許されたんだ」
「あら、そんなのでついていけるの?」
モードがからかう。
「どうかな、落ちこぼれになっちゃうかもしれないね。でも、入学したからには、精一杯頑張るつもりだよ!」
力こぶを固めてみせる少女に、ジャネットは好感を抱いた。
「あなたのお名前を、教えて!」
「おっと、忘れてた。私はマクシィーン・サンディス。父は都の騎士団長だ。マッキーって呼んでくれ」
男のような口調で、マクシィーンはそう言い切った。
「騎士団長の娘だから、そんな格好をしていたのね」
「そうさ、ジャネット。変だっただろ?」
「ううん、素敵だったわ」
「そっか。ありがとう」
モードが口を挟んだ。
「じゃあ、あなたが騎士団長の後を継ぐの?」
「まさか! 優秀な兄がいるからね。私は気楽な身さ」
笑い飛ばし、マッキーはこれまで静かに料理を食べ進めていた少年の方を見た。社交的な彼女が会話を回してくれるおかげで、このテーブルでは気詰まりな沈黙が落ちることはない。
「君の名前は? 少年」
彼は口に入っていた食べ物を呑み込んでから、ジャネットたちを見渡した。やや顔色の悪い端正な顔は、緊張のためか強張っていた。
「僕は……ジュリエル」
モードが切り込む。
「どこの家の子? 何だか、見覚えがあるのよね。前に会ったことがあるかしら?」
ジャネットは、内心で同意した。モードも同じことを感じていたのだ。ジュリエルはちょっとためらってから、うなずいた。
「多分、1回くらいは顔を合わせたことがあると思います……思うよ。ブレンダン・モンタギュー侯爵の三男です」
からんと軽い音がした。マッキーに目を向けられて、ジャネットははじめて自分がフォークを床に落としたことに気がついた。
「大丈夫? 酔ったの?」
マッキーが低い声で聞いてくる。ジャネットは早鐘を打つ胸を押さえながら、首を振った。
「……ううん。平気よ」
モードがジュリエルに言った。
「モンタギュー侯爵って、元大臣の?」
「うん」
ジャネットもその名前をよく覚えていた。ジュリエルの顔が、まともに見られない。
モンタギュー侯爵が大臣であったころ、悪意のある嘘をついて彼を陥れ、その結果大臣職を辞めさせたのは他でもないジャネットだったのだから。