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真実の決闘  作者: 六福亭
第1章 入学
2/8

 宮殿からサンクトゥスまでは、馬車で半日。ジャネットは外の景色を窓から眺めながら、料理長が作ってくれたお菓子をつまんだ。向かいに座るリリーも、お菓子を口に入れて陽気な声を上げる。

「これ、美味しいですわ。姫様」

「ふふ、そうね」

「それにしても、何もないところでございますね……」

 馬車の周りには、田園が果てしなく広がっている。キーゼルホーストの学舎はまだ見えない。

「学園は、一体どんなところなのかしら」

 ジャネットは呟いた。

「さあ……」

 リリーも首をひねるばかりだ。

「父上も、キーゼルホーストで学んだことがおありだったのかしら?」

「いいえ、国王陛下は学園に行かれたことはなかったそうでございますよ。ご兄弟が少なくおわしたので、大切なお世継ぎをこんな遠く離れた田舎にやるわけにはいかないと、先代の陛下が強く反対したそうでございます」

「お祖父様は、父上を大事に思っていらしたのね」

 ジャネットの顔が曇ったのをリリーは目ざとく察知し、優しくこう言った。

「アイヴァン国王陛下も、姫様を大切に思っていらっしゃいますよ。なにしろ、一番先にご誕生した我が子なのですから。この先妹君か弟君がお生まれになろうとも、姫様は陛下にとって特別な姫君でございます」

「そうだといいけれど」

 ジャネットは外に目をやった。遠くに、空に向かってそびえる尖塔が見える。あれがきっと、キーゼルホースト学園だ。


 

 キーゼルホースト学園の学舎は、宮殿と変わらぬほど大きく広い。また、学舎の側にはいくつもの附属施設があり、学舎と同じくらい大きな寮がある。この学生寮でジャネットたち学徒が生活するのである。寮には学徒が寝泊まりする部屋(1人用の部屋と2人部屋がある)、食堂と厨房、男女別の浴場、身分の高い学徒についてきた従者たちのための部屋、学徒同士が交流する広場があり、なかなか快適だと評判であった。もっとも、実家で蝶よ花よと育てられた令嬢たちの意見は少し違うかもしれないが。


 ジャネットたちが入学するその日、新入生のために盛大なパーティーが開催される。新入生はそこではじめて、共に学ぶ者たちと顔を合わせる。楽しい学園生活を送るための大切なひとときだ。そのパーティーには華やかな正装で出席するきまりで、ドレスや礼服を持っていない平民出身の学徒には貸し出しがあった。


 ジャネットは、宮殿から持参した青色のドレスを着て、金の髪には真珠の飾りをさし、金の靴を履いて学舎の広間へ向かった。そこには既に大勢の若者たちが華やかな装いで集まっていたが、時折、たくさんの本を小脇に抱えた質素な格好の学徒が、パーティー会場には目もくれずに通り過ぎた。


 広間には5人がけの円卓がいくつも並べられている。どこでも選んで座るようにと言われ、ジャネットは1人分だけ空席のある円卓を選んだ。そこに、知り合いがいたからだ。


 壮大な壁画が描かれた宮殿の天井とは異なり簡素な天井におびただしい数のろうそくが置かれていた。椅子に腰掛けながら、リリーは今頃楽しんでいるかしらと考えた。従者や侍女たちも今頃、寮で盛大な宴を催しているらしい。


 同じテーブルにつく4人のうち、1人だけ知っている少女がいた。黄色のドレスを着た、金髪の美しい彼女はジャネットのはとこだ。子どもの時から何度も一緒に遊んだ。今は、その青い涼やかな瞳を、固まって打ち合わせしている教師とおぼしき大人たちに向けている。


 彼女とジャネットの間に座っているのは、まっすぐに背筋を伸ばした凛々しい少女だった。栗色の髪は男のように短く切って整えられ、銀の飾りがついた軍服に純白の手袋と、まるで騎士さながらのいでたちだ。ジャネットに見られていることに気がつくと、彼女はにこりと笑ってみせた。


 ジャネットの隣に座るもう1人は、ゆるやかにうねりを描く豊かな髪の、緑のワンピースを着た少女である。彼女が着ているものがかなり古い衣服であることをジャネットはすぐに見抜いた。きょろきょろと周りを見回し、不安そうな顔をしているところをみると、入学試験に合格した平民なのかもしれない。


 彼女の隣には、この卓唯一の男子がいた。黒い髪に灰色の瞳の彼は、持ち込んだらしい本をテーブルの上で広げ、黙々と読みふけっていた。

 彼がふと顔を上げた瞬間、ジャネットはどきりとした。なんとなく、彼の顔に見覚えがある気がしたのだ。どこかで出会ったことがあるのだろうか? けれど、彼ぐらいの年の少年とはたくさん言葉を交わしたことがあり、どうしても思い出すことはできなかった。


 広間の中のテーブルが全て埋まり、パーティーが始まる。食前酒が行き渡ってから、初老の小男が広間の中央に進み出た。


 頭は禿げ上がり、腹の突き出た、風采の上がらない男だ。けれど、ゆったりとした所作と、注目を浴びながらも全く動じることのない態度に、貫禄がにじみ出ている。

「お集まりの新入生諸君」

 男はそう広間全体に呼びかけた。無理矢理張り上げているわけではないのに、よく通る声だ。

「このキーゼルホースト学園には百を超える規則があるが、たった今覚えてもらいたいのは、1つだけだ。ここでは、身分の壁は、破壊してしまいなさい。これからは、同じ学舎で切磋琢磨する友となるのだから、威張ったり、へりくだる必要は一切ない。互いに敬語を使ってはいけないし、命令をしてもいけない」

 何人かの新入生が、息を呑み、ひそやかにささやき合った。

「様々な立場の、様々な地域に生きる若者が、ここで学ぶために集まってくれた。キーゼルホースト学園で得ることができるのは、学問だけではない。それまでの生活の中では出会うこともなかったような友を、ここで大勢作りなさい。はっきり言って、ここでの勉学は非常に厳しい。だが、友と助け合うことができれば、ぐっと楽しいものになるだろう」

 

 広間は静まりかえった。そして、次第に拍手が起こった。新入生たちは遠慮がちに、教師らしき大人たちは盛大に手を叩いていた。


 背が高く若い男がつかつかと小男の隣にやってきて、大声で言った。

「校長が言いたいのは、つまり、これからは無礼講ということです! 思いっきり食べて、語らって、踊ってください! さあ、グラスを持って!」

 少年少女は戸惑いながらグラスを持った。

「かんぱーい!」

 ワインを口に含み、ジャネットはくすりと笑った。両隣の少女も、はとこも、笑っていた。


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