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このお話は、以前に投稿した「ユニコーンの通過儀礼」の続きです。ですが、その話をお読みいただいていなくても楽しんでもらえるようにしたいと思っています。
十三歳のジャネット姫は、この春から宮殿を離れ、キーゼルホースト学園に入学することとなっていた。
アルス王国全土より若き学徒が集まるキーゼルホースト学園は、王都パトリアよりいくらか離れた、牧歌的な光景が広がるサンクトゥス空白領にある。そこは、どの貴族の領地でも、教会の所有地でもない。王家の直轄地でもない。かつて学問で世界に轟く名声を残したキーゼルホーストという学者が、国王から褒美を賜る際に、我が身の栄達よりも後世の若者の育成を望んだため、誰の権力も通用せず若者がのびのびと学問を修めることができる地として設けられた。この学校に入学できる条件は、厳しい入学試験に合格することのみ。身分の低き者であっても、日々の糧にも困るような貧しい者であっても、試験を突破することができる賢ささえあれば入学を許され、また数年間この地で生活するための奨学金を与えられた。
ただ、現在のキーゼルホースト学園は貴族たちや王家からの寄付で運営を成り立たせており、彼らが推薦する令息や令嬢たちを試験なしで入学させることが度々あった。勿論、入学してからは試験に合格した秀才たちと机を並べて学問の成果を争うこととなるため、それまでに最低限の教養を身につけていることが暗黙の了解ではあったのだが。
アルス国王の一の姫、ジャネット姫も父の推薦で入学する口である。彼女は勉強があまり得意ではなかったけれど、これから始まる新しい生活に胸をときめかせていた。今年、ジャネットははじめて宮殿を離れ、年が近い生徒たちと生活をすることになる。一体どんな者が集うのか、どんな楽しいことがあるのか。例えば__おとぎ話に書かれているような、素敵な出会いとか。
時はあっという間に経ち、ジャネットがサンクトゥスに出発する前日となった。キーゼルホースト学園の学生寮に持参する衣服や身の回りの品々は既に寮へ送ってある。あとはジャネットが家族や宮殿の人々にお別れを言うばかりだった。
夕食の後、ジャネットはまず、父親であるアイヴァン国王の私室に向かった。
許しを得て部屋に入ると、王は肘掛け椅子に座って本を読んでいた。ジャネットが近づくと、本を閉じてちらりと微笑んだ。
「おお、ジャネット」
「お別れの挨拶をしに参りました」
「明日であったな。そなたがサンクトゥスに旅立つのは……」
「はい」
ジャネットはうなずきました。
「キーゼルホースト学園は、優秀な学徒の多く集まる場所。そなたも研鑽に励み、賢き姫となって戻っておいで」
「はい」
またうなずいた時、ジャネットは、父の顔がわずかに曇ったことに気がつきました。
「……眠るのが遅くなってはいけない。もう、お下がり」
「はい……」
父王の部屋を辞して、ジャネットは溜息をついた。一体いつからのことだろう。父と話をするたびに居心地が悪く、逃げ出したいような気分になるのは……。小さかった頃は、父と遊ぶのが何よりの楽しみで、何かにつけて父上、父上と甘えることができたのに。
父の素っ気ない態度と固い声、冷たい目を頭の中にはっきりと蘇らせ、ジャネットは唇を固く引き結んだ。わたしはまだ、罰を受けている。廊下に誰もいないのをいいことに、そう小さく呟いた。嘘で人を陥れ、もう少しで殺してしまうところだったあの日の、罰なのだ。
父王の次は、母であるユーニス王妃の部屋を訪れた。
「母上……」
ジャネットと同じ美しい金髪の王妃は、赤ん坊を宿したお腹をさすりながら、ベッドに座っていた。
「ジャネット、待っていたのよ。さあ、いらっしゃい」
ジャネットが隣に座ると、母は優しく娘の髪をなでた。
「母上、お体のお加減はいかがですか?」
「今日は随分具合がいいわ。この子もお腹の中でおとなしくしてくれているようね」
ジャネットは、母のお腹にそっと触れた。妹か弟かは分からないが、ジャネットにとってはじめてのきょうだいだ。生まれてくる日が楽しみだった。
「ジャネットが学校に行ってしまうと、寂しくなるわね。手紙をたくさん書いてちょうだいね」
「はい、母上」
ジャネットは、母の頬にキスをしてから部屋を出た。
ジャネットの部屋には、乳母のアンナが待っていた。
「ジャネット姫様、入学なさってからもどうかお健やかで、楽しい日々を過ごされますよう」
「ありがとう、ばあや。ばあやにも、手紙を書くわね」
「楽しみにしております」
入学の際に身の回りの世話のために連れて行けるのは、1人までと定められている。ジャネットは、同じ年の侍女リリーを選んだ。最も気心が知れている、気立ての良い侍女だ。彼女も今は、同僚たちと別れのあいさつを交わしているだろう。
「春の花のように明るく可愛らしい姫様のことですから、きっとすぐにたくさんのご学友に囲まれることでしょう」
「そうだといいけれど……」
なにしろ、一体どんな子が同じ時に入学するのか、ジャネットは全く知らないのだ。その夜、なかなか寝つけなかった。