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謂れのない罪をでっち上げられたので、取り敢えず王太子殿下の性癖バラしておきますわね?  作者: 塵芥


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25/34

『25』


 一息つく間もなく、二人はすぐさま次の話題へと移る。


「ところでトワ様。白い髪の毛について触れた時、何かご存知でいらしたようですわね。その理由をお聞かせいただけますかしら?」


 彼女の問い掛けに、トワは複雑な感情が胸に渦巻くのを感じ、目を伏せた。どう伝えるべきか。慎重に言葉を選びながらも、彼は静かに問い返す。


「……確信があるわけではないが、それでもいいのか?」


「ええ、構いませんわ」


 ユリウスは扇を軽く揺らしながら、続きを促す。


 トワはその態度に小さく安堵を覚えると、覚悟を決めるように深く息を吐き、静かな声で語り始めた。


「俺が領主になったばかりの頃に起きた話だ」


 ◇


 突然の事故で両親を亡くし、未熟なまま当主になった俺の元へある日、薄汚れた身なりの男が連れて来られた。


 男の名は、アトラ・シパリオン。


 罪状は“盗み”。そのほとんどは食料だったが、貧困ゆえか幸いなことに見逃されることも多かったと聞いている。


 だが、アトラはある時、何を思ったのか――大胆にも貴族の屋敷に忍び込み、金や装飾品に手をつけてしまう。


 被害額は数百万程度。額だけ見れば取るに足らない。しかし、彼が盗んだ物の中に屋敷の主にとって特別な意味を持つ品が混じっていた。それが、アトラの運命を決定づけた。


 屋敷の主は激怒し、“この男を死刑にしろ”と命じた。


 当主になったばかりの俺に、それを拒む力はない。言われるまま処刑を執行するしかなかった。


 ――とはいえ、最初からアトラを殺すつもりなど毛頭ない。


 窃盗は確かに重罪だが、死刑に値するかと問われれば答えは否。ただ追い詰められ、道を誤った哀れな男にすぎない。だからこそ、表向きは死刑として処理し、陰で新たな人生を歩ませるつもりでいた。


 だが、その計画はあっさりと崩れ去る。


「お前はまだ領主の器ではない。私も、死刑を見届けよう」

 そう言い、即座の処刑を要求してきた。


 打算的で他者の思惑を読み取るのに長けた奴は、当時、王族に次ぐ権力を持つ大貴族として名を馳せていた。


 そんな奴の前で、俺の計画など何の意味も持たないのも当然。


 震える手で、処刑用の剣を握りしめたあの日。


 ……怯えたアトラの首を落とした瞬間、飛び散った赤が俺の視界を染めた。


 あの時ほど、自らの無力さを痛感したことはない。


 それほど俺にとって忘れ難い出来事だった。


 そして、最悪なことにアトラには家族がいた。


 薄桃色の髪をした妻と、小さな息子。


 家族を残して命を絶たれた男の妻と息子は、父親の死刑を聞き、悲しみに暮れたという。


 だが当時の俺は、両親から引き継いだ負債や領地経営の難題に追われ、貴族社会の視線に敏感になっていた。


 貴族が貧民へ直接手を差し伸べるのは、本来、教会や慈善団体の役目だ。領主が個人的な感情で一貧民を救えば、“無能”や“甘い”と嘲られる。


 貴族としての信用を失うわけにはいかなかった俺は、自らに都合よく言い訳をした。


“俺にできることは何もない”と。


 そして、逃げるようにその記憶から目を逸らした。


 だが運命は、決して俺を許さなかった。


 数年後、アトラの妻が死んだという報せが届いた。


 長年の激務と過労が祟ったと噂に聞いた瞬間、抑え込んでいた記憶が一気に蘇り、胸を抉られるような痛みに襲われた。


 あの時、俺が彼らを見捨てず何かしていれば――違う未来があったのではないか?


 自問自答を繰り返したが、答えなど出るはずもない。


 やがて夜ごと悪夢に苛まれ、自責の念が俺の心を蝕んでいった。


 そんな中、俺は感情を捨て、効率のみを重視するという答えを見出した。二度と同じ過ちを繰り返さないために。


 やがて、人々は俺を“赤目の悪魔”と呼び、恐れ避けるようになった。


 しかし、俺自身それを否定するつもりなどなかった。その名に相応しい行動を取ってきたのだからな。


 そうして数年が過ぎたある日、差出人不明の招待状が届いた。普段なら即座に破り捨てるが――今回ばかりは、事情が違った。


『赤目の悪魔様――あなたにお尋ねしたいことがあります。もし参加の意思がない場合は、あなたが葬った罪を世に告発いたします』


 脅迫じみた文言に苛立ちを覚えつつも、無視できるはずもなく。仕方なく会場に足を踏み入れたが、目に飛び込んできたのは煌びやかな装飾と、行き交う人々の上辺だけの笑顔。それぞれが計算された言葉を口にし、心の中では何を考えているか分からない、そんな空虚な空間。


 華やかさの裏には嫉妬や駆け引きの影が渦巻き、ざわめく喧騒が耳を刺すように響く。息が詰まるような感覚に、次第に胸の奥が重くなる。


 だが、こちらは脅迫されている身だ。いつ、どんな人物が接触してくるか分からない以上、勝手に帰ることも許されない。

 内心で苛立ちを募らせながら接触を待ったが、結局それらしい者は現れなかった。自分が踊らされただけだと気づき、会場を後にしようとしたその時――視界の端を淡い桃色の髪が横切り、俺の足が不意に止まる。


 表面上は笑みを浮かべているが、その瞳には絶望だけが宿っている。その目を俺は知っていた。


 脳裏に浮かぶのは――かつて俺が殺した男の顔。


 しかし、アトラの子供は女ではなかったはず。それなのに、目の前の人物がアトラの面影と重なり、動揺で視界が揺らぐ。

 そんな動揺から逃げ出すように踵を返した瞬間――


 ◇


「なるほど……」


 ユリウスは扇を軽く揺らしながら、推測を語り始める。


「そこで私が婚約破棄されるという茶番劇が催され、あろうことか一目惚れされたと言われ、帰るに帰れなくなった、と」


「ああ」


 彼女の推測に短く返し、トワは特に隠す気もない様子で鼻を鳴らすと、軽く肩をすくめて冷笑を浮かべる。


「お互い打算で近づいたのだからあいこだろ?」


「まあ……そうですわね。ですが、それでは説明がつきませんわね」


「何がだ?」


「まず一つ目、その招待状の送り主はなぜ接触してこなかったのでしょうか? もう一つは、アトラの息子は男のはずですわよね? それなのに、なぜ貴方は桃色の髪の“女性”を見て、彼を思い出したのですか?」


 ユリウスの問いに、トワは一瞬沈黙する。


「……さあな」


 ぶっきらぼうな苦笑を浮かべるも、その瞳には僅かな動揺がにじむ。


「初めの方は、多分だが予定していなかったことが起こり、接触できなかった。又は、ただのイタズラだったというところだろう」


「なるほど。では、もう一つの方は?」


「……多分だが、あの瞳があまりにも似すぎていたからだろう」


「瞳……?」


「ああ。あいつと同じ目だった」


 ユリウスは目を細め、一瞬思考を巡らせると、含みのある笑みを浮かべ問いを続けた。


「アトラの息子は今どこで何をされているのでしょう?」


 核心に迫ろうという意志を持つその言葉。


 トワは僅かに動揺し、目を見開く。だがすぐに表情を取り繕い、視線を遠くへと投げた。


「……風に聞いた話、従者になったとか」


「従者……なるほど」


 ユリウスは何か気づきを得たのか、扇を口元に当てると小さく微笑んだ。


「貴方が見た彼女は、本当に“彼女”だったのでしょうか?」


「……何が言いたい?」


「トワ様が見た女性は、アトラの息子かもしれませんわね」


 その瞬間、トワの瞳が驚愕で大きく見開かれた。


「そんな話、有り得るわけないだろう」


「そうでしょうか? 例えばこんな仮説なんてどうでしょう?」


「仮説だと? ふっ、まあいい。聞いてやる」


「素直じゃありませんわね」


 ユリウスは皮肉めいた苦笑を漏らすと、推論を語り始めた。


「例えば……最愛の家族を失った彼は、従者という過酷な立場で精神的にも肉体的にも追い詰められた。その激務と苦悩から、元々の桃色の髪が次第に色を失い、白くなってしまった――こんな仮説はいかがですか?」


「さすがに妄想が過ぎる」


「ふふっ、そうですわね。けれど、もし仮に彼が従者だったとして、今回の共犯人――いえ、隠れ蓑に選んだ人物とどう接点を持ったのか。それが問題ですわ」


「そうだな。だが、犯人に聞けば自ずと答えが導き出されるだろう」


「ええ、そうですわね。ただ、決定的な証拠がまだこざいませんの。犯人の一人である彼は、短絡的な性格ですが立場上は言い逃れも容易な身。ですので――」


 そこでユリウスは不敵な笑みを深め、あえて挑発的な間を取ると、トワに視線を向けてひとつの提案を口にした。


「トワ様、私と月を掴むことができるとされている塔でデートしてくださいませ」


 冷静を装うその言葉。


 しかし、その頬は微かに桃色に染まり、照れや緊張が滲み出ている。


「は?」


 予想外の提案。トワは一瞬言葉を失い、何度も瞬きを繰り返すと、怪訝そうに、だが、努めて冷静な態度で問い掛ける。


「それはいつだ? 不用意に了承するつもりはない」


 ユリウスは高鳴る心臓を抑え、扇を閉じて微笑む。


「ふふっ、これは失礼いたしました。明後日のご予定はいかがでしょう?」


 トワはその一言で彼女の企みを完全に読み取ったらしい。


 一瞬だけ口角を上げユリウス同様に不敵な笑みをひとつ。口元を手の甲で隠しながら、素っ気なく応じる。


「……分かった」


 そんな彼の判断に、ユリウスは満足気な笑みを零しポツリ。


「では明後日、“月を掴む塔”の前で」


 時間の擦り合わせなどを行ったあと、彼はユアマーシャル家を後にした。


 彼が去った自室。


 あれほど煌びやかだった室内が、今では静まり返り、殺風景にしか感じられない。


 ユリウスは静かに扇を閉じると、胸の鼓動を抑えながら、小さく呟いた。


「ふぅ……。緊張しましたけれど、これで問題ありませんわね。明後日――さて、どれくらい大きな月が掴めますかしら? ふふっ、楽しみですわね」


 ◇


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