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01-01 


 東雲彩名が突拍子もないことを言いはじめるのは、いつものことだった。


 子供の頃からずっとそうだ。UFOがどうとかUMAがどうとか、都市伝説がどうとか地域伝承がどうとか、異世界がどうとかストーンサークルがどうとか。根拠のない噂話を真に受けてる、というわけではなくて、類まれなる想像力を持っている、という方が正しい。


「あの流れ星はUFOかも」とか、「あの祠には何か悪しきものが封じ込められてるのかも」とか、そういう感じ。陰謀論者というよりは妄想好きなのだ。いずれにしたって長い付き合いだから、俺は彩名が変なことを言い出すたびに、いまさらいちいち面食らったりはしない。


 今日だって、彩名が突然、


「世界はもう終わっているのかもしれない」


 なんて言い出しても、


「んなわけあるか、バカ」


 と、そっけなく諌めて、あとは何事もなかったみたいに即座に読書に戻ることができた。慣れっこなのだ。


 そんなことより昨日買ったばかりの小説の続きが気になっていた。さすがに授業中に読むほどじゃなかったし、昼休みは移動教室やら何やらでバタバタしていたから、たっぷり焦らされて、放課後の今、ようやく続きが読める。そういうわけで、彩名に対する俺の反応は、ひょっとしたらいつもよりちょっと雑だったかもしれない。

 

 だからというわけじゃないんだろうけど、普段なら、彩名のへんてこな言葉に対して、困った感じに苦笑するくらいの反応しか見せないはずの部長が、ちょっと気を遣ったふうに質問した。


「彩名ちゃん、それってどういう意味?」


 たぶん、俺の言い方がちょっと冷たすぎたせいだ。彩名が寂しそうにしゅんとしかかったことに、部長は気付いた。それで今回は話を聞いたというわけだ。部長にも彩名にも、ちょっと悪いことをしてしまった気がする。


 そんな微妙な負い目を感じたせいで、本のページに落としかかった視線を、俺は彩名の方に向けた。どっちにしたって罪悪感のせいで集中できやしない。

 

 それで彩名の様子はというと、彼女はひさびさに「それ系」の話で相手にしてもらえるのが嬉しいのか、「待ってました」と言わんばかりのぱあっという笑顔で、部長の質問に答えはじめる。


「あのですね、世界は既に終わってるかもしれないんです」


 と、さっきと同じ言葉を繰り返す。

 さすがにさっきの今で否定を重ねる気にはなれなくて、俺は押し黙った。この変な妄想癖さえなければ、彩名はまともないいやつなんだけど。


「えっと、それってどういうこと?」


 窓際に置いたパイプ椅子に腰掛けたまま、部長は尋ね返す。辛抱強い人だ。


「つまり、水槽の脳というのがあるでしょう?」


 そういう話か、と俺は思った。


「……面倒だから、胡蝶の夢って言えよ。そっちの方がメジャーだろ」


「それでもいいけど、あれだと説話的な側面があるから……」


 めんどくさい、と、俺は開いた手のひらを彩名の方に向けて話をやめさせた。


「分かった。水槽の脳でいい。……で?」


「つまり。世界は終わってるかもしれないでしょう?」


「はあ。それで?」


「……それで終わりだけど?」


「あのな」


  と、ちょっと呆れて物申そうかとも思ったけど、面倒になって、やめた。

  部長がどういう反応をするかと思って視線をやったら、彼女は彼女で、「あ、そうだね、終わってるかもね」と困り顔だ。

 

 そりゃ、そうだ。

 で、だからなんだ。


 なるほど、たしかに世界は終わっているかもしれない。そして世界が終わっていて、この景色が仮象にすぎないなら、部長や彩名の存在も哲学的ゾンビどころか見せかけのものでしかなく、俺はかろうじてデカルト的に自分自身の存在についてくらいは言及できるかもしれないが、その他一切は基盤をうしなっておぼつかなくなるだろう(……自分で言っていて意味がわからない)。


 で、それがどうした。

 そんなことを考えて何になるっていうんだ?

 

 仮にこの現実が胡蝶の夢だったとしても、そのなかで生きている以上は、やるべきことは変わらない。この胡蝶の現実を、胡蝶としてひらひらひらひらやっていくしかないのだ。

 

 夢だとしても、覚めるまでは現実みたいなもんだ。そのなかでやれるかぎりをやっていくしかない。仮に世界が終わっているかもしれなくても。


 そういうあれこれを、俺はいちいち口に出す気にはなれない。だから言葉はすぐに途切れてしまって、会話はそこで終わってしまった。


 彩名は、もっと大きな反応がもらえるものと思っていたのかもしれない、みんなの態度が芳しくないのを見て取って、残念そうな顔をしながら、ようやく黙って本を読み始めた。


 俺はひとつ溜め息をついてから、彩名の話について少しだけ考えたあと、本を読むのを再開した。そのあとは、変なことなんて、誰もなにも言い出さなかった。 

 



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