輝く空を見上げて
ルグの体表で、陽炎の耀きが渦を巻く。
長時間太陽光に晒されていたわけではない彼にとって、溜め込んだ分を一瞬で捻り出す荒業だ。もしこの場で全ての力を使い切れば、彼は普通の人と何ら変わらなくなる。
それでも、全力で行かなければいけないと確信があった。その衝突の余波だけで、キアを庇おうとした獣たちが消し飛んだ。
『すごいなぁ、ルグは。普通の人間なのに僕に挑んでこようなんて』
「師匠の教えがよかったもんでな。あいかわらず畏れ知らずだよ!」
小さいころからそうだった。孤児にまともな働き口などない。ましてや幼い子どもができることなどもっと少ない。
どこからか飛んできたぼろきれに固まって夜を過ごす孤児たちの中で、ルグは喧嘩だけは強かった。
町人どころか孤児たちからさえも金を奪うようなゴロツキに彼は果敢に立ち向かった。
孤児だと舐めてかかり給料を払わない雇い主を許したことはなかった。
彼の拳がより大きな問題を呼び込むことはあれど、文字すら知らない孤児たちにとって、彼の拳以上に雄弁で理知的なものはなかった。
「あの日、みんな死んだ! 俺の目の前で、お前と一緒に!」
『皆を蘇らせることはできなかった。僕の力は誰かに分け与えたりできなかったんだ。ごめんね、ルグ』
「謝んな! 誤るんなら、お前が攻め込んだ街の人に謝れよ!」
ルグの振るう光の杖――ヘリオスフィアのヴァジュラは強烈なプラズマの塊だ。失われて久しいプラズマ切断とは違い、こちらはむしろガスバーナーに近い。黄金の光を伴う雷撃は、イモータルの体さえも傷つける。
『ルグは昔から本当に強かったよね。みんなを守って、頼もしくて……』
「キアはずっと賢かった。どこで習ったのか、文字だっていつの間にか覚えて……」
笑みを浮かべるキアとは対照的に、ルグは歯を食いしばる。不死の拳と光の杖、お互いに相手の攻撃にぶつけ合う。だが、苦しげにしているのは武器を持つルグのほうだった。
一分、二分と時間が進むごとに彼の光は弱まっていく。
そして三分を超える直前で、急速に弱まった。それを合図に、ルグはキアから距離を取る。
『君の力は、およそ三分しか続かないんだね。体内に溜め込んでいる光もさほど多いわけじゃないんだろう。右腕の日焼けはもうほとんどない』
キアからの指摘に、ルグは素直に右手を隠した。彼はここで小難しい小競り合いができるほど賢くなければ、捻くれてもいない。言ってしまえば非常に素直だ。
そして、まだ全部を使い終わったわけではない。
「たとえ三分しか続かなくても、何度だってお前を止めてやる。お前が誰かに恨まれることをやってるのに、俺が止めないわけにはいかねえだろ!」
『アンブラスの蔓延る世の中なんだ。恨み言なんて溢れてる』
「それでも俺は、お前の親友で、アニキだ!」
叩き合わせた拳に、再び光が宿る。それは先ほどより巨大で、杖より槍を思わせた。
右手に握った太陽の槍を、体をひねりながら投げつける。
『この威力は――ッ!』
「弟が間違ってたら、止めてやるのが、アニキだろ!」
太陽の槍をキアは受け止める。避けられる速度ではない。アンブラスとなり拡張された感覚でも捉え切れない、人類の限界を突破した威力だ。加えて凝縮された太陽光は確実にキアの体を削っていた。
そもそも、二人の戦いの余波だけで、周りのアンブラスたちは逃げ出していたほどだ。
「ヘリオスフィア、最大加速!」
キアが受け止めた太陽の槍を投げ捨てた時には、すでにルグは自身の間合いにまで踏み込んでいた。甲高い音を立てる光の杖が、キアの腹へと突き立てられる。今まで拳で防いでいた光の杖が直接触れる。
イモータルの体を焼き切るように火花が弾け飛び、キアの皮膚は乾燥を通り越して焼け焦げていく。
『すごいなぁ、ルグは……』
しかし、その微笑だけは消えなかった。
***
ルグは、自分が倒れていることに気づいた。全身が悲鳴を上げて、背面全てが地面に触れている。大の字に投げうった両腕を顔の前に持ってきたとき、今までの日焼けした肌から修行前の肌に戻っていることに気づいた。
少し黄色味の強い肌は、キア曰くずっと東に住んでいる人間の特徴だとか。孤児たちの矢面に立ったのは、年上だからというだけじゃない。キアから教えてもらった通り、自分が少しみんなと違うから。
アニキ面して、違う自分を受け入れてもらいたかったのだ。
「チクショー……なんで、こんな……」
『悔しがる必要ないさ。君はすごいことをしたんだから』
顔を横に向けると、同じように倒れたキアがいた。イモータルである彼は不死の存在だ。たとえヘリオスフィアでも、全盛期のスカーならばまだしも、今のルグでは完全に消し去るには至らなかった。
『僕の考えは変わらないよ。この世界の醜いものは消し去って見せる。そしたら、今度はアンブラスたちだ。悲しみを生み出す者も、残しちゃ置けない』
「そこに残るのはお前と、子どもだけか?」
『そうだよ。汚いものは何もない、きれいな者だけの世界』
「でも、父ちゃんと母ちゃんがいないのは、寂しいだろ?」
ルグの問いかけに、キアの笑みが初めて消えた。
苦々しい、反論できないといったように唇を結ぶ。
「師匠と一緒に過ごしてさ、親ってこんなもんかなって思った。スカーは、俺にとって太陽なんだ。何もできないでいた俺の道を、照らしてくれた」
『……もうわかったよ。どうせ君は意見を変えないし、僕も変わらない』
「それでいいよ。俺がいつだって止めてやる」
『もう行くね。そろそろ、日が差してきそうだ』
「え?」
起き上がったキアは、足早に離れていく。そもそも、今の状況がどうなっているのか。痛む体を起こした時、自分の周りが炎に焼かれたような状態になっていることに気づく。地下都市の人々が恐る恐るこちらを眺め、何かに気づいたのか空を見上げた。
「……これが、地上から見る太陽か」
スカーに連れられて、雲を抜けた先の山頂から太陽を見たことはあった。
だが、雲が溶け落ちるように消えた空で、太陽を見るのは初めてだった。
天使の階がだんだんと広がり、地下都市の入り口どころか、周囲の瓦礫まで照らし出す光に、ルグは包まれる。
「またいつか、一緒に居られるよな」
日の光を浴びるだけで、どこか鬱屈とした気持ちが晴れていく。
たとえ同じ太陽の下を歩けないのだとしても。
振り返れば、太陽を全身で浴びるように両手を広げたスカーが見えた。
「生きて……るよな。師匠があの程度でくたばるわけもねぇか」
マントを下ろし、思い切り伸びをするルグは、キアが消えていった方向を見る。
空中に舞うアンブラスの塵は風に吹き飛び、もう彼らがいた痕跡など残っていない。それでも、大地に足跡は残っている。
いつかまた出会う日があるだろう。
「必ず、やめさせてやるからな」
それまで、この大地での出会いに太陽あれと、ルグは願った。
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