少年たちの選択
キア――それはルグにとってかけがえの無い存在だった。弟のようで親友で、半身のような存在だ。物心ついた頃にはもう一緒にいた。
生きるも死ぬも一緒だと思っていた。孤児たちを導くキア、守るルグ、二人一緒ならどんな苦境でも乗り越えられる、そう思っていた。
けれど、アンブラスが現れたことで潰えた。
「なんで、キアがアンブラスと一緒に、いや、そもそも生きているはず……」
アンブラスに襲撃された地下都市が、生贄として孤児を差し出した。結果として襲撃してきた怪物の神経を逆撫でするだけで、村の大人諸共、孤児たちは殺された。その中の一人が、キアだった。
偶然にも攻撃から外れ、スカーに救われたルグだけが生き残った。
「落ち着けルグ。他人の姿を映しとるアンブラスだっている。死んだお前の親友のことなら、俺は何十回とお前の口から聞いていた。だがアンブラスに殺されているんだろう」
シェイプシフター、ドッペルゲンガー、名前は他にもあるが、低級から上級まで様々な変身能力を持つアンブラスは存在する。
そのどれにも共通するのは、姿を奪った相手は死んでいるということ。
「でも、キアだけどキアじゃないんだ! 俺がキアを見たのは、あの日が最後だったんだ。だから、俺と同じ歳くらいになってるキアなんて、ありえない……」
「おおかた人間の成長に合わせて外見を変えているだけだ。惑わされるな」
「それに、あいつがイモータルだって……イモータルって、姿を奪えるのか」
「俺も知らん。とにかくじっとしていろ!」
動揺するルグをスカーはなんとか抑えようとする。
だが、敵はキアに似たアンブラスの周りだけではない。
『人間がいたぞ。潰れそびれたようだな』
瓦礫の向こう、巨体がのっそりと覗き込んできた。トロル、分厚い毛皮は人間の作った武器をほとんど無力化する。手持ちの武器はおろか、榴弾砲ですら効果がなかったと聞いたことさえあった。
「――ッ! ヘリオスフィア・ヴァジュラ!」
『なんだ? 手品でも見せ――』
スカーが右拳を左掌に叩きつけ、剣を抜くように腕を振るう。同時に彼の手に現れた光の杖が、トロルの顔に叩きつけられる。
それは、太陽の放つ陽炎を束ねた武器。ヘリオスフィアによって造り出される主兵装だ。
トロルの毛皮を焼き切り、肉を焦がし、その魂を浄化する。太陽とは地上に降り注ぐ神の宿る光だ。暗黒の存在たる怪物たちを滅ぼす威光は、触れるだけでアンブラスにとって毒のように作用する。
『アアアッ、太陽が、どうして!?』
『こいつ、ただの人間ではないぞ。噂のやつだ!』
「逃げるぞ、数で攻められちゃたまらねぇ」
スカーは瓦礫を支えに起きると、呆然とするルグの頬を叩く。
「しっかりしろ! ここでお前が死んだら、俺の十二年も、これから先の何年もが意味をなくすんだ! ヘリオスフィアを学ぶためについてきたのはなんのためだ、ダチの敵討ちだろ。アンブラスのせいで泣くやつを一人でも少なくしたいんだろ!」
師匠の言葉に、ルグはハッとする。未だに完璧に使いこなせているわけではないヘリオスフィアは、なんのための力か。
太陽のない時代に、地上の太陽となるために。
『ルグ? やっぱりルグなんだね』
奮い立った心を、即座に折り倒す声が響く。
ルグが振り向いた先には、他のアンブラスを止めるキアの姿があった。
「……本当に、キアなのか」
『あの日、頭を吹き飛ばされた僕は、他のみんなと一緒に街の隅の空き地に埋められた。あの日から一週間くらいかな。意識が戻って墓から出たんだ。僕も驚きだよ、自分がイモータルと呼ばれるアンブラスだったんだから」
イモータルは、アンブラスの中でも特別な暗黒世界の主。
決して死なない、そして同族を率いる王たる存在だ。
『墓の中に君の姿がなくて、生き残ったんだと思っていた。ようやく会えたね。ルグ』
微笑む顔は、あの日失った親友と変わらない。ただ、その目はどこか空虚だ。
その頭に向けて、スカーは光の杖を振るう。スカーは年老い、かつての強さを失っている。だが、それでもヘリオスフィアの使い手であることに変わりはない。
陽光は生命に活力を与え、その身に風を巻き起こす。高温のプラズマを纏う突撃は、たとえ武器を避けたとしても余波で攻撃できる。
「邪魔だよ」
――はずだった。光の杖を掴んで受け止めたキアは、そのまま力任せにスカーを投げ飛ばす。掌が焼け焦げているが、痛みがないかのように気にしていない。
何事もなかったかのように、ルグへと視線を戻す。
『これが今の僕。太陽の下を歩けない、哀れな者たちの王だよ」
「キア……生きている理由はわかったよ。けど、ならなんでアンブラスと一緒にいるんだよ。俺の仲間達全員を殺したのは、アンブラスだったんだぞ!」
『でも、きっかけになったの大人だった。だから、まずは大人から滅ぼそうと思うんだ』
まるでこれから散歩にでも出かけるのかと思わせるキアに、ルグは絶句する。
イモータル――不死のアンブラスとなったキアには、人間の感性はもうない。
『一緒に行こう、ルグ。僕の世界で君は生きていてほしい』
遠くから叫び声がする。今この瞬間も、地下都市をアンブラスたちが襲っている。その状況で、キアはそう言った。
彼の目には、他の人間は映っていない。スカーを雑多に投げ捨てたように、そもそも気に留めてもいない。
「俺は……アンブラスを倒すために、ヘリオスフィアを学んだんだ!」
左掌に、右拳を叩きつける。わずかに焼けた肌から色が薄まり、ルグの右手に集まっていく。それこそが彼の中に溜まった陽光。光の杖――ヴァジュラを握って、かつてのともに突きつける。
「俺の知ってるキアなら誰かを滅ぼうだなんて言わねぇ。それは俺の領分だ! あの優しいキアを、語るんじゃねえぞ偽物が!」
『そう簡単には受け入れられないよね。うん、大丈夫だよルグ』
突きつけられた光の杖を見ても、キアが怯む様子はない。すでに彼の手は修復され、何も問題がない。
『すぐに僕のことをわかってくれる。君はいつだってそうだったもの』
「我らの戦いと我が拳、我が勇気に、太陽あれ……」
ヘリオスフィアの太陽讃頌。ほんのわずか、空の暗雲が薄くなった。
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