暗黒世界の主
『太陽拳』――体内に溜め込んだ太陽光の力を自在に操る技術で、もともとは山奥で修業をした仙人が、食べ物を探すのが面倒だが、霞だけだとやっていけない。じゃあ植物みたいに太陽と水と空気だけで生きられればいいのでは? などと考えた結果編み出された技術だ。
まさかそれが、アンブラスに対抗できる力になるとは、思ってもいなかっただろう。
「師匠! 飯もらってきたから、ゆっくり食えよ」
「……お前に気遣われるようになるとは、俺も衰えたな」
「あれから何年経ってると思ってんだよ。十二年だぞ、赤ん坊でもいっぱしの歳だ」
「そんなガキまがいに、まともな読み書き教えてやれなかったのは悔やむところだ」
「ぬぅ……」
ルグは、あの日から師匠――スカーと名乗った男とともにあった。かつて山奥の仙人に拾われてヘリオスフィアを体得したというスカーも、老いという終わりには勝てない。
二人は修行の地から離れ、人里まで降りてきた。
その姿は今、地下都市の一角にあった。
「情けねえ。俺はこの力が、誰かの役に立てば、と山を下りたのに、そのとたんこの様だ」
「俺を助けてくれたんだ。自分の不甲斐なさくらいで縮こまんなよ。あの時アンブラス相手に大見え切った師匠はどこ行ったのさ」
弟子から慰めを受ける師匠ほど、みじめなものはない。
ただ何より心残りなのは、弟子に完全なヘリオスフィアを伝授しきれていないことだ。
「仙人たちは地上の様子なんて気にしない。アンブラスから人を守ってやれるのは、お前だけだ」
「わかってるよ。だから少しでもブラックライト浴びて、力を蓄えないといけないんだろ」
「ならなおさらだ。お前は山に戻れ。本物の太陽を浴びてこい。あそこならアンブラスは絶対に辿り着けないんだからな」
暗黒の使徒は、様々な種類が存在する。
吸血鬼はその最たる者で数も多い。他に毛むくじゃらの巨体トロル、屍喰らいのグール、不吉なる猟犬バーゲスト、人に似た者から動物まで多種多様だ。
そのどれもが、弱点は太陽光であることが一致する。
体が燃えるか、消えるか、石になるかなどの違いはあるが、どれも太陽光を浴びれば瞬く間に絶命する。
「お前は力を貯めろ。今は危険を冒す時期じゃない。人を多く集め、ヘリオスフィアの担い手を増やせ。日の光がないここじゃない場所で、お前は……」
「体弱らせたじーさんがうだうだ言うなっての! 誰だよ、ちょっと熱を高められる程度になっただけで、俺たちの出会いには太陽の導きがあったとかなんとか言ってたのは」
「やめっ……師匠をからかうのもいい加減にしろ!」
「じゃあ体さっさと治せよ。じゃねえと未熟者が前線に出ちまうぞ」
アンブラスの脅威は、十二年前よりさらにいっそう強くなった。陥落した地下都市は年々増加し、避難民の数は増える一方だ。
たとえ今彼らを見捨てたとしても、いつか救えるように。そう思う師匠とは逆に、弟子の目に映るのは今苦しむ人々だ。もしくは、かつての自分だ。
「最近、アンブラスに新しい勢力が生まれたらしい。あんまり放置してばっかだと、ヘリオスフィアの力でも太刀打ちできないほどの敵になっちまうよ」
「阿呆、ヘリオスフィアは地上の太陽、恒星の化身だ。たかだか闇の神々の眷属がどれだけ力を蓄えようと、真なる太陽に至ったヘリオスフィアが止められるかよ」
だからこそ、スカーとしては修行と蓄積に戻ってほしい。ヘリオスフィアは溜め込んだ光を力に変える以上、日光浴をした分だけ威力が増す。
「それがわかったらさっさと山に――」
言いかけたスカーの言葉が途切れる。地下都市に響く警報が、敵の侵入を訴えた。
「侵入警報!? 接近とか、会敵とかじゃなくて、侵入!? いきなりかよ!」
地下都市はアンブラスの目から逃れるための場所だ。そもそも、見つかった時点で廃棄すら想定されている。その検討段階がすっ飛んで、アンブラスに攻め込まれた。
つまり――。
「まずい、師匠伏せろ!」
突如、壁が吹き飛んだ。人外の力で地下都市の建物が蹂躙された。逃げまどう人々の混乱は恐怖の叫びとなって響き渡る。
土埃を頭からかぶるルグとスカーだが、かろうじて破片で怪我をすることは避けられた。
『人間の都市、脆い』
『辛気臭ぇ場所だ。人間の臭いで鼻が曲がりそうだぜ』
都市を襲撃したアンブラスは、複数の種類で構成されていた。毛むくじゃらの巨人トロル、人と獣の融合体ワービーストだ。同じ獣のアンブラスとはいえ、共存するような存在ではない。
それがともに地下都市へ侵入してきた。
思考や目的の異なる者が一つの統制の取れた集団になれる理由は一つしかない。
『我らの不死人よ。この街が、目的の街か?』
『うん。ここで間違いないよ』
より上位の存在が率いる集団ということだ。
「イモータルだぁ? アンブラスの、上位序列種族か……」
アンブラスは、これまでの人類の武器で殺せないわけではない。
鉄と火薬は万物の天敵だ。それはアンブラスでも変わらない。しかし、不死人はその名の通り、鉄と火薬でも殺せない。たとえ頭を吹き飛ばそうが、心臓を抉ろうが、瞬く間に元に戻ってしまう。
イモータルが初めて確認されたころ、たった一体の手によって一体どれほどの都市が壊滅したことか。
「リーダーを失って統率が乱れるとか、アンブラスに期待できるのか……?」
「まて、やめろルグ。お前の力でイモータルに手を出すな!」
体を起こすルグを、スカーは押さえつけようとする。イモータルはすぐ近くだ。もし不意打ちで攻撃できれば、敵に大きな混乱をもたらすことができるだろう。
「止めんな師匠。たとえ未熟もでも、できることくらい――え?」
血気盛んな若者の言葉が停まる。少し離れた場所に立つイモータルを見たのか。スカーもそちらを見る。
巨体の怪物たちに囲まれた中に、黒髪の人間にしか見えないアンブラスを見つけた。
まだ若い姿だが、纏う雰囲気は周りの有象無象のバケモノたちをはるかに凌ぐ。ヘリオスフィアが負けることはないと強がった彼だが、今はそれを否定できてしまう。
「ルグ、やはり逃げろ。今のお前では」
「キア」
「は?」
「キア……なのか?」
それは、ルグとスカーが初めて会った日以来、一度も口にしなかった名前だった。
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