#7チーズフォンデュ・ハンバーグ。
とっても遅れました。申し訳ございません。
時間を守ることというのは信頼への近道だと思いますので、守れるよう、努力していきます。
~グリーグ作曲・戯曲『ペールギュント』より、『朝』~
新しい、朝が来たっ!
おはようございます。こちらはバレライト学園がルナマリア寮、女子寮ひだまり荘の一室よりお送りしております。
この長い住所を口にすると脳裏に浮かぶのは、額に雷のような傷を持つ少年の下に届いた手紙の住所です。
階段下、物置部屋の中。とはいっても、この部屋は一般的な宿泊施設の部屋よりも余程綺麗に思えます。
さて、清々しい気分にさせてくれた美しい音楽ですが、なんかもうよくない?と素に戻ったので止めます。
そのついでに一つ、あくびをして伸びをします。ふぅ、何故生物はこの脱力感を前にして動けるのか....。
.......テレビで垂れ流していたニュースのキャスターに口調を寄せたけれど、いい加減飽きたわね。
ベッドから降りると、時計はまだまだ早朝であることを示していた。まあ当然ね、色々準備があるもの。
パンに目玉焼き、ベーコンも付けようか.....ああ、そうだ。
朝食の準備を考えていたが、つい昨日から料理は先生が作るのだった。んー、楽ね。姉さんが任せるのも少しは分かるかも?
そう考えると気分が良くなったので、そのまま髪を整えて薄くお化粧。お母様は『逸材だよね!』と。お父様からは『母さんにそっくりだと思う』と言われている。
いけない。邪念というとあれだが、今は家のことは考えないでおこう。これから学園で過ごし、しばらくは帰れないのだから。それも夏休みまでなのだが。
身支度を整えて、新しい制服に袖を通した。
姿見でその姿を見ると、今から素敵なことが起こるような、少女的妄想(予感?)がした。
私もやはり、どこか浮かれている部分があるのかもしれない。
この気持ちはみんなで共有するべきことだろう。ふとそう思い、半ばスキップ気味に一階の食堂へと足を運んだ。
ああ、やはり朝はいい気持ちだ!
☆ ☆ ☆
その気持ちに反して、世界は、私に清々しいような朝を迎えさせる気はないようだ。
「しーお!ソルト!塩味!日本人ならば塩一択ですよ!?」
「醤油だよ!そいそーす!ビーンズ!というか、ワタシ日本人じゃないんだけど!」
「まあまあ。どちらの物言いも分かりますよ。平和に行きましょう。ね?」
「そういう先生は......中濃ソース.....ですかあ」
「まさかの第三勢力登場っ?.....あ、ねえフェリスは!?」
あ、気付かれてしまった。
ぐぅ、このまま何事もなく席に着こうとしたのだけど......無理だった。
レティシア達が騒いでいたのは、どうやら目玉焼きにかける調味料についてらしい。
まーた、ベタベタな議題についてお話に....。
「おはようございますよ、フェリス。挨拶もそこそこですが、どれなんです?」
「べーつに、どれでもいいですよね~」
「第三勢力のセンセイは何も言えないよ?」
「じゃあどっちなんです?塩?醤油?まさかの中濃ですか?」
二人の詰問に答えることなく、私はその代わりのように席に座り、食器に手を伸ばした。
その様子をじっと見る二人。その顔は朝なのかちょっと無防備で可愛い。じゃなくて。
そのまま、特に目玉焼きに何をするともなく、パンにのせて頬張った。
ん~っ、パンって単体もいいけど、液体と合わせるとより美味しいと思うのよね!
「まさかの.....くっ」
「ら、ラピュータ、パン....」
「あーっ!先生もそれすればよかった!盲点!」
「もぐもぐ......先生はなんで、もぐ、ソース派なんですか?」
「うーんと....今日はそういう気分だったんですよ」
そういうもの、かな?
私は基本的にそれ、といったらそのままだ。
とんかつにソースをかけたらおいしい。だから以後は味噌カツを食べててもソースをかけている。
お米の品種も、洋服のブランドなんかも。お気に入りから離れられないのだ。変化が怖いともいう。
「そういうものですか」
「そういうものですっ」
先生は口にパンの欠片を付けたまま、笑顔で頷いた。
幼女(大人)って、自然に笑うと可愛い。って、それは誰でもかしらね。
「ねーね、フェリス」
「私は貴女のお姉さんではないけれど、なに?」
「今日はどの授業に行くの?能力学と、歴史学は決めたんでしょ?」
「ああ、その話」
「ワタシはね、その二つと実践学に薬学、座学二種類!いあは?」
「ボク?ボクは機械学と薬学、算術、実践学。それとその二つ」
レティシアは.....忍者っぽい?のだろうか。本人に忍者の雰囲気は微塵も感じないが。
いあは実に科学者向けの授業を受けるようだ。部屋にも機械がたくさんあったし、イメージには合う。
能力学と歴史学は生徒に取って、ほとんどが確実に取る授業らしい。必須科目なのかも。
「ふーん。私は薬学でしょ、実践学、語学、あとは遊戯学?と例の奴ね」
「げっ、遊戯学ですか?アレはやめておいた方がいいですよ。名前よりも酷い」
「でも授業自体は楽しいよ?まあ、センセイはちょっと、アレだけど」
「遊戯学の話ですか?エリちゃん、皆楽しそうって言ってますよ?」
「「あの人は、ね....」」
二人は少し視線を下げ、溜息を吐いた。
この学園はやはり、一部の生徒や教師の人選を誤っている気がする。
いや、矛盾しているようだけど、本人の気質というか、根はいい人なんだけど。
「まあでも、ほら、私には合う可能性もあるかもしれない.....し?」
「そんな、まだ身長を標準にする方が簡単ですよ!」
「そっちの方が難しいのよ!.....あれ、おかしいわね、視界が霞むわ」
「あ、すみません、ボクもなんか相応のダメージを受けたんですけど」
「先生もついでとばかりに傷をつけられたのです」
人を傷つけても、自分が傷つくだけ。はっきりわかんだね。
.....いや、ここに一人、傷を蚊ほども受けない血も涙もない傍若無人が居たわね。
油の切れたブリキのおもちゃのように、キキキ、とレティシアの方を向く。
その頃、二人も同じような思考に至ったのか、同様に彼女の方を向いていた。
「.....え?なに?なんで目に光が無いの?」
「それはね、皆須らくその身に絶望を宿しているからなのよ」
「うんうん。その人の気持ちは目に一番出るっていいますしね」
「二人の真似をしてみました」
「あれ、一人だけ毛色が違わないかな?」
「いえ、恨みというか、憎しみは本物ですからっ」
「センセイ。そんな、ふんすっと可愛くいっちゃだめだよ」
「ねえ、そんな風にしている場合じゃないわよ?」
いろんなことに興味関心を抱くのは我ら学生として正しい姿だが、それ以上に。
コンプレックス....こほんこほん、重大な。とても大事な話をするのだから。二人分も。
私は....いや、私といあ(あと先生)は誰が合図するともなく席を立ち、一歩、彼女へと近づいた。
「へぁ....え、いやいやいや、ワタシまだ何にも言ってないよ!?」
「「日頃の恨みッ!」」
「ぅ.....って、いあはともかくフェリスは昨日来たばっかりでしょ!?あ、ちょっ―――」
ふう。まったく。
友達というのは困るなあ。風のように時間が過ぎて行く。
それこそ、登校ギリギリまで過ぎていたように。
☆ ☆ ☆
私立バレライト学園。その校舎は、芸術的にも評価が高い。なんでも、著名な芸術家も建設に参加したそうな。
そんな校舎はもちろん普通のモノではなく、全体的に広大だ。
ひだまり荘から約十分弱、同じ敷地内だというのにこの距離。
足腰は鍛えられそうだけれど、時間的に少し厳しくなるかもしれない。
じゃれあう内に登校の時間が迫っているのに気づいた私達は、慌てて寮を飛び出した。
昨日で少し見慣れた道を、昨日とはまた違った速さで駆けるのは少し面白い。見える景色が異なるのだ。
だがそうして景色を楽しむこともままならないまま、一目散に校舎へと駆ける。
校舎は近代的な美術作品の要素が所々に垣間見え、しかしして近未来的である、言ってしまえばカッコいいデザインの建物だ。
学園物のソーシャルゲームの舞台にでもありそうな、科学技術の粋が詰め込まれていそうな外見である。
隣では二人とも「やはりカッコイイ」的な言葉を漏らしていたので、予感通り良き友達になれそうである。
「せ、セーフ?」
「えーと、十五分前なんでセーフですね」
「教室一緒でしょ?早く行こ」
「ええ」
事前に言われていたことだが、どうやら私は二人と同じクラスらしい。
ここでも一緒なのかと思ったが、別に仲の良い友人が居て問題はない。むしろ頼もしい限りだ。
二人に案内されて、教室へと向かう。
校舎の中は外見と同じように、どこか近未来を感じる様相だった。
教室の中も同様で、まばらに生徒が居るが、厄介そうな人間はいなさそうだ。
.....いや、教室の真ん中あたりに居る如何にも「お嬢様」っぽい人は例外そうだ。
「ねえ、あの人は誰かしら」
「あの人。ああ、フォンベルグのご令嬢ですか。ルナ・フォンベルグ。ミドルネームは知らないです」
「えっとね、良い人なんだけど。厄介....というか、まあ、うん。扱いが難しいというか」
「お嬢様、ね。まあこっちも似たようなものなのだけど。ローグランドも名家ではあるし」
そう、私の実家は地味に名家の一つなのだ。それなりに礼儀作法は学んでいる。初対面での印象をよくするくらいはできる。
.....今代の当主家族は、私と父を除いてあまり敬語を用いないのだけど。特に、姉さんは一切使わない。
そんな訳で、恐らく「お嬢様」の彼女が望むような対応は出来ないと思う。
それに、この後転校生だか転入生だかと全体に向けて紹介されるのだから、個人に行う必要もない。
そう思って特に挨拶をすることもないまま通り過ぎようとした。
しかし。
「あら。天魔さん、お待ちくださいまし」
おーっと思ったよりもお嬢様だったッ!
「はいはい天魔さんですけど。なんでしょうかね」
「ええ。貴女に、というよりも。その隣の方は誰ですの?」
若干面倒そうに対応したいあだが、それを知ってか知らずかこちらに目を向けてきた。
全体的に「お嬢様」だと初めの印象を抱く容姿をしている。典型的な強調されたカールに、綺麗に流れる金髪。
着ている服装は制服だったが、ここの校則が緩いのか少しアレンジがされていた。昨日話したゲームに出てくるような、ちょっと露出がある特徴的な作りだ。
それでいて、彼女のお家柄なのか生来のものなのか。立ち振る舞いなどの細かな仕草から洩れ出る気品が、それを下品ではなくファッションとして上品たらしめている。
結論として、彼女は私の両隣二人のような「極めて美しい人間」に入るような容姿であると言えよう。
頭の中では長々と考えていたが、少し長すぎたのか彼女の目線は心なしか温度が幾ばく低くなっているように感じた。
いけない。私は先輩ではないのだ。
「失礼したわ。フォンベルグ家のご令嬢よね。前々から才覚のある人物として聞いていました。
私は東の公爵ことローグランド家が次女。フェリス・L・ローグランド。以後お見知り置きを。ああ、是非ファーストネームでお呼びくださいね」
「ええ、ええ。それは良いことですわ。わたくしもお名前で呼ばれた方が嬉しいですもの。よろしくお願いいたします、フェリス様。」
「こちらこそ、ルナ様。改めて自己紹介を拝聴させていただいてもよろしくて?」
「あら、そうでしたわ。こほん。フォンベルグ家が長女、.....ルナ・フォンベルグ、と申しますわ。フォンベルグの長女、とは聞こえの良いものですけれど、そこまで礼儀に厳しい訳ではないですわ。この学園には庶民の方々の方が多いですし。ここでは珍しい考え方ですけどね」
....ああ、疲れるわね。
最近までなぜ姉さんが荒々しい口調で話すのかとても疑問であったけれど、分かった気がするわ。
でも、思ったよりも柔らかい印象ね。
フォンベルグ家、と聞いて思い出したけど、確か西の方に主力を置く巨大財閥のはず。
だが、その由来は中世の初頭にまで遡り、随分歴史のある名家らしい。元は商家からの上がり者だ。
そのせいか、貴族制度の廃止以前から庶民にも態度が寛容で、現代でも礼儀は学ぶものの、必要のない者にはそれ以上を求めないとか。
そういう姿勢は今代のローグランド家、つまりは我が家ともとても似ている。家ぐるみで仲良くなれそうな相手である。
「ふぅ。じゃあもう堅苦しいのは無しでいいわね。誰、という質問には経緯の説明も含めてかしら」
「していただけるなら、お願いしたいですわ」
「じゃあ話すわね、えっと、ハンバーグ?さん」
「.......フェリス様...?」
「あ」
いやいや、いあちゃんや。「あ」とはなんですか。
何故如何にも私がなにかやらかしたかのような反応を見せるんですか。
だって。だって朝ごはんにハンバーグが。ハンバーグのおいしさで脳内が三分の一埋め尽くされてて。
「だ・れ・が。ハンバーグですって?」
「いや!違うの!違うのよ!美味しいから、先生のハンバーグが!そうだ、今度食べましょうよ、そうしたら分かるわよ!」
「そういうことではありませんわ!別に、その、先生?のハンバーグはいいのです。マナーとして!人の名前を間違えるとは何事ですの!」
「し、仕方ないの!久々の真面目なフェリスちゃんだったのよ!反動で人の名前を間違えるくらい、するわ!」
「真面目な...ふぇ、フェリスちゃん.....ぷくく....」
「こら、いあ。今二人は真面目な話をしているんだよ。邪魔は邪道だよ」
「「そこっ、うるさいッ!」」
「ねえ、アレはケンカなの?」
「さあ?ラブコメ的に言えば、親友か恋愛フラグなんじゃないですか」
私は悪くない....わよね?
ちょっと待てよ、これは私が悪いぞ。だって普通に考えて名前を間違えたのだから。穢されたのと同義だ。
でも一回言い出したことを引っ込めるのは嫌だし、恥ずかしい!
こうなったらとことん、とことんだ!やるしかない!
「あ、これはやはりフェリス。言い出した以上改めるのはなんか嫌、という子供染みた考えです」
「やっぱり、心は体に寄るの?じゃあ小さいいあも子供っぽいのかな?」
「おっと、魚を食べた方がいいんじゃありません?記憶力の低下が深刻ですよ。朝のことも覚えてられないとは」
「覚えているで、あります!マイフレンド!」
女が一度言った手前、引っ込めるわけにはいかない。
姉さんのたまに役に立つ言葉を胸に、はんば....えっと、ふぉん....でゅ?
あ、フォンバーグ!さん、と論争を開始した。
「ふぉ......んばーぐさんの悪いとこよ、あのね――」
「だ・か・ら!フォンベルグですわよ!しかもまたビミョーに近いのが腹立ちますわ!」
「ごめんなさい、フォンデュさん」
「チーズに漬けないでくださるっ!?」
ガラガラガラ.....。
「いやー!遅くなったぜ!おっはー!朝からケロルチョコをキメたせんせーはサイキョ―だ!.....お?」
活発な声が響く。そこには、先程レティシアに賄賂代わりに渡されたケロルチョコをぶら下げたエリちゃん先生がいた。
「「「「あ、エリちゃん先生だ」」」」
「先生先生!ルナさんと....えと、フェリス?さんが喧嘩してますっ!」
「なにっ、ケンカっ?えっとね、それはな、アレだよ。思春期なんだよー。仕方ないだろー?」
「そう....ですね!思春期なら仕方ない!」
この学園は個人の能力自体は高いのだが、人選をもう少し考えた方がいいかもしれない。
教室のドアを開くなり、学校で一番明るい声で挨拶をかましたエリちゃん先生は、謎に馴染み過ぎていた。
馴染み過ぎて、彼女の奇行というか、よくわからない考えも生徒に染みて理解されつつあるようだ。
「センセイ、仕方ない!じゃないです。短い仲ですが、フェリスは頑固なところがあるのは知ってるんです」
「そーそー。せんせ、ここは一つ、『大人』の『女性』として『かしこーく』言ってくださいません?」
「!!」
いあの絶妙な言葉選びにより、次に食べるケロルチョコの選別をしていたエリちゃん先生はがばっと顔を上げた。
「まっかせろい!『賢い大人の女性』なわたしには楽勝だぁ!」
こほん。
咳を一つ。
「おい!二人とも!喧嘩はな、何も生まない!増えるのは互いへの怨恨と傷だけだ!めっ、だぜ!」
「「........え、なんで真面目にやるんですか」」
「な、何故効かないんだぁ!?わたしは真面目だっただろう!?」
「.......真面目だから?」
「ばかやろー!この世界くそったれぇー!何か、いっそやったるでこんにゃろう!」
今、自分で喧嘩は何も生まないと言ったばかりではなかったか。
何にしろ、言葉自体はとても正しいことだったので言い合いはやめにする。
ただ、エリちゃん先生はふざけた方がもういっそのこと説得力がある。
残虐な独裁者がいきなり世界平和について語りだしたら精神を疑うだろう。そういうことだ。
「はいはいセンセイ、チョコあげますから。あ、そういえばガムとかもありますよ」
「いる!」
........そのうち私は、考えるのをやめた........。
今回。
もともと『能力』の説明回にするはずが、能力は能力でもスタンドが湧いて出てきました。
ーー作者はーー
2度と夢の国へは戻れなかった...。
夢と現の狭間の存在となり、永遠に物語をさまようのだ。
そして書きたいと思っても書けないのでーーそのうち作者は考えるのをやめた