#4さあ、ショー《演説》タイムだ!
宝石の仮面戦士から想像した雰囲気です。
あれ、サッカーでキメる時の決め台詞だったんですね。
「ふぅ.....」
私は記憶に新しい天井を見上げながら、そっと息を吐いた。
今、私が寝そべっているのは先ほどまでもみくちゃになっていたレティシアの部屋の床ではなく、自分の部屋のベッドだった。
あの後すぐに正気に戻った......と言いたいところだがあの状態は約十分も続き、流石の十代の体力も底を尽きたところでやめた。
所々湿っていた(たぶん汗と涙だろう。子供は体温が高いのだ)ので、正気になりぎこちなさを感じながら各々部屋に帰った。
すぐにシャワーを浴び、少し早めに制服に袖を通した。
この後、入学式兼始業式があるのだし、また着替えるのは少々めんどくさかった。
部屋に備え付けられていた姿見に、可愛らしい制服を纏う美少女がいることに少し満足感を覚え、そこで疲れが回ってきた。
欲望のままにベッドに飛び込み、こうして体中の疲れをベッドに押し付けているところである。
「楽しかった......けど、ちょっと変な感じ....」
ああして、友人同士でわちゃわちゃ騒ぐのは初めてだった。
今まで、そうなるまでに至る関係を作ったことがない。時間がなかった、という言い訳もあるのだが。
初めてああした時間を過ごして得たものは、安心感と不安、そしてこのよく分からない、そわそわした感じだ。
前者二つに関しては、新しい環境で頼れる人間ができたこと、それを失う不安感、といったところだろう。
しかし、後者に関しては、その二つとは何か違う気がするのだ。
前者二つは、安心感には体の力が抜ける感じ、不安にはお腹が締め付けられる感じ、と分かり易いもの。
対してそわそわしたこの......胸の辺りにあるものは、何か、こう、そもそもの前提が違う気がする。
「厄介ね、この、そわそわした感じ」
何かわからなくても、今はいい。
早く、分からなければいけない。
二つの感情が入り乱れる、その結果、さらにこの感覚は増す。
本当に、厄介だ。
.......こんな気持ち、今まで―――。
「ん、いや。今は、いいわ」
ふぅ、ともう一度、天井を見て、どこに向けてか知れず息を吐く。
そうすると、そわそわした感じは収まった。
「いつかわかる。けど、今じゃない。なら、分かる時になるまで悩んでも仕方ないわ」
分かることが確定しているだけでもいいことだ。
......あれ、なんで分かるって分かるのかしら?
「むぅぅ......まあそれもいいわ」
結局は全部自分の事なのだ。
多分なんかこう、潜在意識的な物がそう判断したんだろう。
私が決めたことに、私が疑問を持っても仕方がない。
だから、いつか―――。
「ふぇ、フェリスー?」
「もうそろそろ時間らしいですよー」
コンコンコン、とドアがノックされる。
おや、もうそんな時間だったか。
慌てて時計を見ると、シャワーを浴びてから一時間は経過していた。
急ぎ足で扉へ向かい、開いた。
「えと、さっきはちょっと、ごめんね」
「ボクも、まあ、色々やりましたし、ごめんなさい」
「......ええ。私が始めたことだし、ごめんなさい」
三人で互いに謝った。
こうして謝れるのはいいことだ。
「....よし!じゃあ二人とも!早く行こう!」
「切り替え早いですね....。って、もうこんな時間ですか!?」
「....はっ!?そうよ、早く行かないと!ゴー!ゴー!!」
私はまだ十四歳である。
子供なのだから、悩みは尽きない。
しかしして、子供なのだから、その悩みをすぐに解決しなくてもいいだろう。
それに、私にはいい友達がいる。
一人でできないことは二人で、二人でやれないことは三人で。
そうして、支え合えればいいのだから。
........こうして私は、変わりない日常を送るのだろう。
......これ、からも。
☆ ☆ ☆
とまあ、そんなことは必死に走るうちにどこかへと消えて。
道中に個性的な先輩に出会いながら.......なんてこともなく、ただ可及的速やかに大ホールへと向かった。
校舎区画の中でも、校舎を除けば一番大きいと言える大ホール。
その正面口から急いで駆け込み、なんとか会場へと辿り着いた。
「はぁっ、はあっ、ふぅ、だ、大丈夫?」
「うん.....はぁ、ふぅ。レティシアは?」
「だいじょーぶ!」
「「なんで元気なの」」
「ニンジャですから!」
疲れが溜まる一方の私やいあとは違い、レティシアは息すら上がっていない。
忍者......彼女が目指そうとしているのは、本当に忍者の道の先なのかもしれない。
「しかし、どうしましょうか。今から列に戻ると先生にバレて折檻です」
「残念でした。もうバレてるよ」
「うぇ.....ん?なんだ、エリちゃん先生ですか」
「エリちゃんせんせ、ちょとお願い」
声の方へと視線を向けると、金色の髪をツインテールにしている、リッタ先生よりも少し身長が高い女性が居た。
まだすべての先生を把握できていないが、二人の言葉から、この人はリッタ先生も口にしていた『エリちゃん』先生なのだろう。
しかしして、この学園には背が低い人が多いのだろうか。
ところで、先程いあは先生にバレると折檻だと言っていたが、この先生は心配ないのだろうか。
「おいおいおい、アレだぞ、お願いするときには誠意が必要だぞ」
「はいケロルチョコです」
「よし誠意は受け取った!ほら、早くしろ、空いてるのは....そこだ。ほらっ」
教師のくせして買収されたエリちゃん先生は、片手にケロルチョコの袋詰めをぶら下げながら私達を押した。
空いていた席に急いで座ると、それまで聞こえていた喧騒はパタリと止み。
―――照明が消えた。
「え?」
急に照明が消えるという、突然の事態に私は戸惑う。
慌てて両隣に居るいあとレティシアを見ると、視線で『舞台の上』と言われた。
そうしてたらい回しにされた私の視線は舞台の上に向いて止まった。
カッ!
スポットライトが舞台上に当たり、その光を受ける人影が一つある。
シルクハットを被り、タキシードのようなものを着込んだ少女だ。
「れっでぃーすえーんどじぇんとるめーん!!」
「「「「わぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
「え、なに、何なのよ?」
「知らないの?彼女はね―――」
「さあ!ショー、タイムだ!」
どこからともなく―――いや、大ホールに備え付けられているスピーカーから音楽が流れてくる
どこか可愛らしくも儚げな旋律が奏でられるとともに、タキシードの少女はバッ、と衣装を宙に投げる。
一瞬意識を取られるものの、すぐに少女の方へ視線を戻すと、彼女は既にマイクを片手に踊りだしていた。
鍛錬されたステップで踊る彼女は、拡声器に自らの歌声を乗せて観客を―――生徒を盛り上げる。
彼女は古典的な洋風の衣装から、打って変わって現代的なアイドル衣装へと変身を遂げていた。
曲が始まって言葉を切っていたエリちゃん先生は、再び口を開く。
「―――学園一の、アイドル」
「どもー!生徒会広報部!絵鍵えむ!その人現る!いーえぇい!」
「「「「いえぇぇぇぇい!」」」」
「.......やっぱり、ここは変な所ね」
絵鍵えむ.....そう名乗るアイドルは、彼女の肩書について生徒会広報部、と口にした。
彼女が司会進行を担うなら。
たぶん、次に出てくるのは―――。
「ふぅ。では、早速本題!みんな、準備はいーい?」
「「「「いいよぉぉ!!!」」」」
「さあその名を叫べぇっ!我らがバレライト学園生徒会、生徒会長―――」
それと同時に、舞台の床から、奈落から人影が出てくる。
その人物は、何やら丸く巨大―――いや、それはクッションだった。
腰まで、最早膝裏にまで届こうかという長い黒髪に、白いメッシュが入っている。
ダボっとしたパーカーを着込み、そして何故かサングラスを着用していた。
「―――卯羽根トーカ!今参上っ!」
『ヨロシク』
「さあさあ、トーカかいちょ、真面目ぇに演説お願いしますね」
この間に音楽は止み、ホールも元に戻る。
これにはもう慣れているのか、みんな通常だ。
会長の声は、どこか機械染みていた。
目線を下げるとキーボードがあり、どこからか彼女の代弁をしているようだ。
合成音声ソフトか何かだろう。
『まずは皆さま、ご入学、ご進級おめでとうございます。
既に校長などから挨拶が行われたと思いますが、歓迎の意を述べておきます。
さて、新一年生及び転入生である方々は、この学園の様々な部分に驚いているころだと思います。
それは当然のことで、かくいう私も、この学園へと入学を果たした五年前は同じような心境でした。
しかし、皆さまには――』
「肩っ苦しいですよ」
『.........ハイ』
「まー要するに!今日という日を迎えられてハッピー!色々初めてで大変だけどがんば!サポートするよっ!ってぇ、ことですね!」
『そうですね。まあ、貴女の話し方も言うべきことはありますが。そういうことです。大体』
周りは呆気に取られていた。
しかし、よく見ると若い少年少女だけで在り、学年が上になるにつれて慣れたと言わんばかりに微妙な表情をしている。
よかった、どうやら私の感性はまだまだ普通らしい。
「はいっ、生徒会からは以上です!じゃあ次っ、エリちゃん先生とリッタ先生、よろしくお願いしまーす!」
「おうよぉ!まかしとけぇ!」
「ふえ、エリちゃん、きんちょーしないのっ?ちょ、ちょっとー!」
絵鍵えむが二人にマイクを渡すと、エリちゃんはリッタ先生を引っ張って壇上に上がった。
エリちゃん先生は今だ片手にケロルチョコを持ち、ご満悦の様子である。
それから、まあ真面目な挨拶もあるにはあったのだが。
見どころと言えば、エリちゃん先生とリッタ先生の掛け合いぐらいであろう。
「わはははは!りっちゃん、これなんて読むんだ?」
「えっと、広有射怪鳥事では、かな」
「.......だってさ!」
「もー、ちゃんとやってよー!」
.....いや、冷静に考えて。
これが許されているこの学園、やばいのでは?
☆ ☆ ☆
「はぁ......疲れた」
「まあ、慣れますよ。.....いつか」
「あはは、ワタシたちもようやく慣れてきた、って感じだもんね」
「そう言われると、少しはマシな気がするわ.....」
まるで幼稚園児の発表会状態であった初めの十数分から、よく真面目な方向へ切り替えられたものだ。
この学園、裏にめちゃくちゃすんごいがんばってる人がいる。
それとなく、先生方に苦手だったり迷惑をかけている人を聞いておこう。
「んー、今日は特に、授業なんかはないし。どうしよっか」
「そうですね.....あ、売店区画に行きます?暇潰せますよ」
「売店区画って、あのばーんってある大きいデパートみたいなのよね」
馬車から見えた景色の中には、確かにそういうものも見えた。
わー、大きいデパートだなぁくらいには思っていたが、そんな大それたものだったのか。
ん、売店区画といえば。
「寮母さんって、そこにいるんでしょう?鉢合わせたりしないのかしら」
「んー、まああるかも?」
「でもあそこ、無駄に広いですし。一日じゃ回り切れないくらいには」
「そんなに広いの?」
「この学園は一つ一つにお金がかかってますからね。まあおかげで制服は可愛いんですけど」
「そうね!」
それには同意する。
女の子の心をくすぐる、良きデザインだ。
.......何故か、隣の忍者ちゃんは忍者風の服を着ているが。
「?」
「なんでもないわ。ほら、行きましょう」
「そうですね。なんだかんだで、式で二時間ほど経過しましたから」
「うん。もう立派な午後だよ。おやつが欲しい頃だよ」
「適当に、売店区画でカフェでも探して過ごしましょう」
「春.....抹茶はあるかしら」
時間帯的に、小腹が空くタイミング。
私とレティシアは、いあの提案に頷いた。
うーん、生徒会良き。
あの二人、サブヒロインにするにはもったいない.....。
本編終了したら、アフターストーリーでえむ√とトーカ√追加しましょう。