第四話「勇者」
ついに、この日がやってきたんだ。
勇者一行と顔合わせの日だ。
快晴の下、今回の討伐対象はゴブリンだ。
ゴブリンの野営地を襲撃する為に呼ばれた場所は。
王国レクスのお城にほど近い視界がひらけた草原だった。
奥にうっそうとした森が見える中。
草原に一本だけ生えた大きな老木があった。
ここが勇者達と合流する事になる場所だ。
ゲームなら初期のチュートリアルステージにあたる場面。
先に居たのか人影が見える。
この3人が勇者一行だろう。
「ちょっと! どこ行くの! 待機場所はここでしょ?」
「そうだっけ? ちょっと心配になっちゃって」
「正式に勇者になったんだからしっかりしろ。
お前が倒れたら世界の終わりだ」
勇者と呼ばれた男を引き留める声。
背中まである茶色い巻き髪に好奇心に満ちた橙色の瞳。
紫のローブを羽織った女性、ローブの内側は。
本当に戦えるのか疑わしい軽装だ、レースで薄い布地に丈の短いスカート。
服装と実力が伴わない世界なのは知っているが露出が多い。
長い杖を片手で軽々と振り回す彼女が魔法使いか?
3人組、その中心にいるこの男が勇者だろう。
柔らかそうなショートヘア淡くピンク色の髪に大きく丸い緑の目。
所謂うさぎ顔だ、身長はあるが顔は一見子供にしか見えない。
どことなくゲームパッケージの勇者に似ている気がするが。
服装が違う、見た事無い軽鎧だ初期装備なのかもしれない。
最後に重鎧を着こなす濃い顔をした黒い短髪に青い目をした男。
高い背丈、顔以外覆われている為わからないが体格はかなり良い。
勇者だと思われる男に対して呆れと慣れがある気がする。
長剣を背負っている事から恐らく戦士だろう。
「あの、勇者様ですか?
ハーフエルフのソルビスです、よろしくお願い、します」
そしてソルビス、誰だお前は。
唐突な気の弱そうな喋り方、まさか、ゲームのセリフか?
登場時の発言なんてボタン連打でスキップして。
読み飛ばしたから詳しくは知らない。
「ハーフエルフの、お、私はルナビスだわ、よ」
とりあえず、女言葉なら大丈夫か?
「口調適当過ぎるよ、お姉ちゃん」
妹は勇者様の前だけ演じるつもりらしい。
「よろしく、僕は勇者アルマだよ」
近くで見ても間違いなくピンク色の髪、緑の目。
柔和そうな笑み、可愛らしい女顔。
ゲームパッケージで見た勇者によく似た色彩だ。
勇者と名乗った、あのゲームの主人公で間違いないだろう。
「本当は僕達の村は呪われる事を恐れて。
人に名前を教える事を避けているんだ。
でも仲間に名乗らないのも変だよね!」
「戦士グラヴィス、で良いのかこの場合は」
「私は魔法を操るマグナよ。
知りたいことがあったらお姉さんに何でも聞いてね」
ゲームでも勇者以外は。
役職しか表示されていなかったが、そんな理由あったのか。
名前だけでとか魔法の世界なら普通にありうるのか?
「いえ、気にしませんよ、アルマ様」
「アルマ様、でいいのか、しらよ?」
勇者の名前がアルマなのはとっくに知ってるけどな。
「お姉ちゃんは、もう少し喋り方を見直そうね?」
「少し黙ってオキマス」
初期メンバーにはクラスアップのイベントがある。
戦士は聖騎士に、魔法使いは賢者にだ。
戦力を強化されて魔王様を倒される訳にはいかない。
殺し過ぎると未来が変わってしまうかもしれないが。
魔法使いと戦士は適当なタイミングで始末する必要があるな。
途中離脱には当然、死亡も含まれる。
うまく誘導してアルマから引き離せばいい。
問題はストーリーがうろ覚えだ。
ソルビスがどこまで覚えているかにかかっている。
自己紹介が終ると、俺達は奥に見えるうっそうとした森へと足を踏み入れた。
「魔物がいっぱいで、その、怖いです。
勇者様は心が強いんですね! 尊敬します」
道中、ゴブリンを見かけると。
妹が勇者をいきなり褒めだしたが。
まさかお前だけ台本でもあるのか?
「本当? 僕はそんなことあるけどね!」
自慢げに勇者アルマは返事をする。
「誰であっても俺には及ばないけどな」
それを即座に戦士グラヴィスが否定した。
「えー? 僕が一番に決まってるんだけど?」
「強い? 心無いの間違いだろう、俺はお前が。
人様の心情を理解できる存在だとは知らなかったよ」
「共感し過ぎてピーピー泣いちゃうから? 僕より弱くていつも大変だね?」
「誰かさんと違って俺は情緒が豊かなだけだ涙ひとつ流さない人非人よりマシさ」
「二人ともいい加減にしなさいよ!」
魔法使いマグナが止めなければ口喧嘩は続いた事だろう。
こうやって見てみると皆、生きてるんだな。
ゲームでは戦士くんは結構イイ性格してると思ったが。
ショタ顔勇者くんも思ったより腹黒な性格をしている。
基本は国王様と会話する以外で主人公が喋る事は無かったが。
全力で猫被ってただけだった事が判明してしまった。
勇者アルマ様というより勇者アルマくんのほうがしっくりくるかもしれない。
今後は勇者くんと心の中で呼ぶことにしよう。
皮肉と嫌味の応戦がすごい、付き合いが長い分。
お互いの事良く知ってるって奴か……二人とも笑顔なのが怖い。
ゲームキャラのこんな一面知りたくなかった。
そして魔法使いはツンデレの恋愛対象と言うよりは。
もはや保護者のような立ち居地になっている。
思ったよりこの基本の3人は。
勇者くんが中心になっているだけで。
魔法使いと戦士くんの2人はそんなに仲良くないな。
妹が勇者くんと話し込んで気がついたが沈黙が重い。
3人居て全員無言って何だよ、何か喋ろよ……。
目があったと思ったら戦士に鼻で笑われた!
なんでこんな奴が聖騎士になる可能性があるんだ?
こんな奴なら聖騎士にならなくても良いよな、まあどうせ殺すし一緒か。
何が起きようと初手の俺の動きは決めていた。
矢を頭上へ放つ、見た目に反して攻撃目的ではないから威力は無いが。
放射線状に広がり、その場に居た全てのゴブリンに降り注ぐ。
周辺で矢が一瞬、明滅する。
これは魔王様から送られたゴブリン達だけに伝わる勇者を殲滅する為の合図だ。
この場所に居る偽装する為の腕輪を付けてない人間が勇者一行だとこれで伝わる。
ゲームならヘイトを勇者に集めるスキルだと妹は言っていたが。
俺の意図はゴブリン達に伝わったようだ。
勇者の経験値稼ぎにゲームだったらあえて使うプレイヤーが居たらしい。
戦闘ごとに連打するのも変だから指摘されれば控えるしかないが。
勇者くんにゴブリン達の集中攻撃が始まった。
これで倒せるとは思わないが。
今後の為に使える力は実験しておくべきだろう。
「アルマ様、大丈夫ですか?」
「アルマ様は、平気、?」
「二人共、僕は慣れてるから平気だよ」
俺達を安心させるように笑顔で答えるが。
全て軽々と相手している勇者くんは返り血で真っ赤だ。
惨状は放置で勇者に向かって走ってくる。
数体のゴブリンを弓で射殺して気づいてしまったんだ。
あたりまえだが死体はゲームのように消えてはくれない。
違和感を与えない為にも攻撃は避けて通れないが。
コイツらのほうが現状としては同胞に近い。
意思疎通が出来る二足歩行を。
モンスターだからと狩り殺していいものだろうか。
「大丈夫、大丈夫だよ、この世界はゲームだって言ったでしょ」
俺の背中を優しくなでる、この手は妹のソルビスだ。
躊躇いでソルビスの腕がなくなるのは許容できない。
「一緒にはっぴーえんどを目指そう?」
「そうだったゲーム、ゲームだから」
はっぴーえんどを目指さなくては。
ステータスはわからないが経験値になった、そう思おう。