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第十七話「疑惑」


ソルビスが優しく微笑んだ。

俺の顔の左側には包帯が巻かれた。

眼帯では小さすぎて隠し切れなかったからだ。


「できた、これで隠せたよ」


「悪い、ありがとうソルビス」


ソルビスも右側に同じ包帯を巻いてみせた。


「当然! だってお姉ちゃんは……。

ルナビスは居なくならないで私に背負わせて、一緒に生きていてよ」


俺の怪我を見て想起した死が恐ろしかったのか。

(すが)る様に絡められた細く幼い指は怯えるように震えている。

当然、俺に死ぬ気は無いけれど。


「居なくならないよ」


「説得力が無いよ」


一度目を伏せ、呆れ気味で俺を見ている。

話をそらすようにソルビスの顔に巻かれている包帯に手を伸ばした。


「だからって同じように視界を潰す必要はないんじゃないか」


「私がやりたくてやってるの。

お姉ちゃんは今どんな顔なのか自覚して、せめて、共有させて」


「わかった、一緒だからな」


本当に傷を作りだしたら流石に止めるが。

ファッションだけなら俺が何か言うのは間違いかもしれない。

ソルビスはわかりにくく、回りくどいが無茶はやめろと言いたいようだ。

俺の迂闊な行動が原因なのはわかっている為否定もできなかった。


「うん、でも。

火傷を負って包帯を巻いているルナビス、それはそれで良いよね!」


俺は思わず言動の奇妙さに凝視するが。

そんな事も構わずソルビスは頬に手を添え悶えている。

だめだなこれは自分の世界に入ってしまった。

恍惚とした表情は幸せそうだから別に気にしなくても良いか。


正気に戻ったソルビスが外見を整え終える頃。

目的地に到着した事をアルマが報せに来てくれた。

勇者殺人事件の現場となった不安を煽るだけの船旅も終了だ。


遠目からでもわかる程にカラフルな港。

今は昼なので灯ってないが街灯の数も多い、夜ならきっと綺麗だろう。

漁業が盛んなのか箱に山積みの魚。

日差しが強いが、潮風は無い、水質が違うのか。

海というより大きな川なのかもしれない、日焼けした人間が多かった。


アルマだけは態度が特に変わりが無いが。

ソルビスは俺が怪我をしたからか前よりべったりしている。

グラヴィスも気にかけてくれているが何処か不自然だ。

頭を撫でようとして固まる、接触を避けているような。

結局、逡巡(しゅんじゅん)しても撫でてくるので。

二人でお揃いの包帯姿に引いているのかもしれない。


10人で行動する事になった、と言っても食事の準備などは今まで通り。

全員のリーダーがアルマになっただけだ。

戦闘自体は連携の問題もある為2グループに別れている。

俺自体はあまり変化があるようには感じない。


情報屋を求めて酒場に立ち寄ると。

向こうから出向いてくれた、勇者の効力は絶大なようだ。

予想以上にスムーズに進んでいる。


地元民なら有名なのか、ひげ面の筋骨隆々の男に案内されて。

俺達は『勇者の篭手』があるという不死者の神殿にやってきた。

神殿の中は明かりもないのに壁と床の溝がオレンジ色に光っている。

発光するタイプの魔菌生物か、コケが生えているのだろうか。

スケルトンやゾンビ、魔法を使うリッチ。

アンデット属性ばかりが出そろう神殿だ。


ダンジョンの道中、スケルトンをなぎ倒すが。

骨を砕ききるまで何度も起き上がって来る。

イグニスの元護衛達は槍持ちの二人と、剣闘士、大盾、魔導士、手斧使いの6人。

本来は騎兵隊の槍持ち二人は馬を預けてきたため機動力が落ちている。

魔法の効きも悪く、本来なら聖属性の攻撃が効果的だが。

俺達にそんなものは無い、物理一択だ。


そもそもアルマもソルビスも回復魔法が使える割には。

聖属性を一切持ってない事も問題だ。


「神なんて居るわけ、無いですね、魔力さえあれば発動します。

祈りで助かるならこんな事しないですよ!」


「ソルビスも? やっぱり魔力だけで十分だよね!」


二人共この思考回路だ、ソルビス……アルマ……。

精霊は効力がある為、実際に居ると思っているようだが。

回復魔法は魔力と引き換えに行使できるせいで。

神と結びつかなかったようだ。

聖職者にバレたら異端審問に問われる内容に頭が痛くなる。


進み続けると少し広い場所があった。

誰かが焚火をした跡がある、野営地にしていたようだ。

他者の気配に警戒しつつも俺達は進むことにした。

恐らくこんな所に用があるのは勇者だけだとは思うが。


薄暗い小部屋まで進むと。

青白い肌をした白い髪に赤い目。

中世の貴族のような風貌の男が俺達を見て微笑んだ。

場違いな空気に驚いたが口元から覗く牙、暗闇で光る瞳。

しまった、吸血鬼か。


「皆、僕より後ろに下がって、彼は人間じゃない!」


蝙蝠のような羽が広がった。

霧状に一瞬消えるもすぐさま現れる、グラヴィスがアルマを守る様に動く。

アルマをまっすぐ狙ったらしい長い爪と手はグラヴィスの剣に阻まれるが。

攻撃の手は止むことは無く吸血鬼の顔は恐ろしい程に歪んでいた。

品位はもうない。


俺も矢を放つが吸血鬼の再生速度が早い、敵だと厄介過ぎる。

単純に俺達の戦力不足かも知れない、もう少し威力を上げるべきか。


アルマを狙ってくるがグラヴィスに阻まれるも標的が次々と変わる。

霧状に体が透ける為攻撃のタイミングはわかるが。


大盾の男は自身の重量が仇となったのか。

避けきれずに吸血鬼の一撃で動かなくなった。

吸血鬼の腕は取れようとも再び生えてくる、今度はグラヴィス自体を狙う。

受け止めるグラヴィスの剣からは折れるような音が聞こえた。

よくみるとヒビが入り始めた、本格的にまずいな。


どうすればいい? 思ったよりも強い、このままだと全滅だ。

吸血鬼なんて高位の存在は、この神殿には本来居ない。

魔王様が気を使って下さったのだろう。

だけど俺達はアルマを殺されては困るのだ。


俺達が入ってきた入口と反対側の道から乱入してきた5人組のチームが居た。

並ぶ修道士達、揃いの衣服、4番目の勇者のチームだ。

4番目の勇者以外の4人全員が鈍器と盾を持ち青い聖職者のような服を着ている。


「皆様、ご無事ですか?

私の名はオルド・ネルウス、オルドとお呼び下さい」


一番に名乗ったのは4番目の勇者。

水色の長い髪に青い目、涼やかな印象を与える男だ。

合流場所が違うが名乗る姿は様になっている、ゲームと同じ名だ。

偽名では無いだろう、珍しく呪いを恐れてはいないのか。

もしくは呪いなど信じていないのだろう。


オルドが持っていた武器である長槍が吸血鬼に触れた瞬間。

焼けただれるように肌が黒く変色していく。

聖属性の特攻武器持ちのようだ。


「オルドだね、敵は吸血鬼で間違いないよ、さっき霧状になったんだ」


アルマが簡潔に状況を説明していく。

聞き終えると全員の盾になるように吸血鬼の前にオルドが移動した。


「どうか後ろに下がってください、皆様の事は必ず守ります。

 神様はいつも皆様と共に」


勇者オルド様……! 聖人か?


「耐えられそう?

じゃあ君達でここは押さえて貰うとして僕達は別ルートで行こうか」


勇者アルマ……、悪魔か?


相性から考えれば吸血鬼の足止めを任せ。

俺達が進めればこの神殿の攻略は最短ルートになるが。

4番目の勇者の武器は長槍と盾だ。

長期戦が予想できる相手に押し付けていくとは、何か焦ってるのか。

アルマが対象に含まれないなら。

何人か死ぬ可能性のある作戦は俺としては大賛成なのだが。

僧侶が相手では吸血鬼も分が悪い。

これはあまり期待は出来ないが進むしかないな。


『勇者の篭手』を守るモンスターが現れた。

ドラウグだ、アンデットの一種で人型だがゾンビと違い。

知性があり、凶悪な力と巨体それと宝を守る特徴がある。

ついでに腐敗臭、悪臭がひどい、正直相対したくない。

空気が籠る部屋の中では最悪の敵だ。


さっきの吸血鬼よりは数段弱そうだが。

人数が微妙に少ない今の俺達で倒せるだろうか。

俺達は9人全員で襲い掛かる事にした。


ドラウグの行動パターンは。

手当たり次第に手を伸ばし掴んだ奴を握りつぶすだけだ。

その後にぶん投げるまでがセットだアンデットの特徴か再生速度も速い。


剣闘士の男が吹き飛ばされる、どうやら掴まれた腕がねじ曲がったようだ。

命はソルビスが回復した為問題無さそうだが癒着した腕は変形してしまっている。


「戦士殿、この剣、使えるか?」


「問題ないが、良いのか」


「構わない、私は戦えそうにない」


だめになったのは利き腕のほうだったようだ。

折れかけの剣を使い続けるグラヴィスに剣の譲渡が発生した。


人数が多い、その全てを守れる程アルマも万能じゃない。

ゲームならターン事に一回で終わる敵の攻撃も絶え間なく続く。


魔導士の女が苛立ちまぎれに魔法を放ったが。

効いている様子はなく。


「イグニス様ができたのよ、私だってやれるわよ」


最高火力の炎がその手に舞い踊る。

今まで無視を決め込んでいたドラウグはその瞬間、標的を変え。


「そっちはだめだよ、戻って!」


体を捕まれ一投げ、呆気なく命が爆ぜた。

ねじ曲がった首は即死である事が明らかで。

俺達は特に妨害はしなかったがこれは死闘。

打ち所が悪かった魔導士の女が一人死んだ。


炎に対する反応でドラウグの倒し方がわかったのか。

アルマは松明で(あぶ)る事を選んだ、再生はしてしまうが。

スケルトンのような他のアンデット達と違いドラウグは火に弱いようだ。


この場を守る存在であるドラウグが肉塊へと変わる頃。

最奥の扉が開き保管された宝が現れた。

今回目的だった『勇者の篭手』だ。

アルマの手に装着された。


「どうなるか心配だったけど手に入ったね、ルナビス、火は大丈夫だった?」


「戦うには問題ない、よ」


アルマの言葉であの変なスキルが発動する事を思い出す。

炎が特別ダメな訳では無いが、もしダメージを負うような事があれば。

戦う度に羞恥心に苛まれる事になるので困る。


戻る途中、勇者オルドのチームがいた。


「その篭手は、やはり貴方が。

申し訳ない、互角ではあったのですが吸血鬼を逃がしてしまいました」


オルドは不利な状況にも関わらず諦めずに戦い抜いたようだ。


「お互い無事じゃすまなかったか」


「連れ帰り、手厚く弔いましょう。

ここで放置してはアンデッドの器になってしまいますから」


「そうだね」


俺達のチームが三人、オルドのチームが一人計四人がこの戦いで脱落している。

死んだのは大盾持ちの男と魔導士の女それからオルドのチームの修道士の男だ。

命こそあるが腕が潰れた剣闘士の男が旅を続けるのは不可能だろう。


プレイヤー操作なら贔屓キャラだけが戦闘経験を積む。

レベルに偏りができるものだが。

現実ならそれもない、平等な隊列、曖昧なレベル定義。

そして魔王様の介入による明らかに高レベルの敵、その事実に全員が無意識だ。

このまま無策に装備を集める旅を続ければ人は減るだろう。

案外、俺が無茶をしなくてもなんとかなるかもしれない。


港町に俺達は戻ってきた。

1階で酒場、2階で宿屋を兼用している一番安い宿。

活気ある街並みだと思った通り夜も騒がしい。

王都より魚が安いのかメニューにはスープも焼き物も魚が主体の料理が多く並ぶ。

肉類や煮込み料理は少なく生野菜が人気なのか値は張るがサラダもあるようだ。


一番お勧めの魚料理を貰い。

手早く夕食を済ませ俺達は部屋に戻らせて貰う事にした。


宿泊予定の2階の部屋、金属と木材で構成された部屋だ。

熱を逃がしやすい構造なのか思ったよりも室内は涼しいが。

窓は外側に鉄柵があり開けられそうにない。

これでは肝心の魔王様からの連絡が受け取れないだろう。


仕方なくソルビスと二人で階段の踊り場まで移動した。

人に見られる可能性は高いが、ここには大きな窓がある。


2人分の人影が見えた先客がいたようだ。

階段横、アルマとグラヴィスが居た。


「アルマ、ルナビスのあの火傷、どう思う?」


「治せる方法が無いか探したいよね、軟膏とか効くのかなぁ?」


酒に溺れるアルマはご機嫌だ、気に入りの味だったのか。


「それはシミに効くという話だろ、そうでなく、火傷を負った事実についてだ」


その言葉を聞いた瞬間、アルマの表情が変わった。


「グラヴィスは仲間を疑うの?」


「……念の為だ」


目を伏せ濁すような言い方だが恐らく疑念がある。


「二人はハーフエルフだ、誤解もあったかもしれない。

でもね、僕達を見た時の笑顔も。

甘いものを食べた時の嬉しそうな姿も嘘だとは思えないよ」


「それはそうだが……死んだアイツは仮にも勇者」


「勇者でもだよ、人間なんだから間違いもあると思うけど」


イグニスと俺の事……か。

人によって考えは違うと割り切れてしまえるアルマは疑ってないようだ。

グラヴィスは思ったより勇者という存在に憧憬を抱いているのかもしれない。

今は疑惑の段階だが、即席の偽装工作はやはり無理があった。

色々考えたいことはあるが後にするか。


アルマとグラヴィスの会話は続いているようだが。

見つからないように俺達は部屋にひっそりと戻った。

魔王様と連絡はとれないが蝙蝠が見られるほうが不都合だ。


今度はもっと上手くやるか、揃ってない勇者の装備はまだあるんだからな。

急いでナイフと毒薬を確認しようとする俺の手をソルビスが止めた。


「はやまっちゃダメだよ、お姉ちゃん」


「はっぴーえんどの為だろ、だいじょうぶ、わかってるよ」


「何にもわかってないよ、まだ疑われてるだけ、確定じゃないんだから」


「……この世界はゲームだろ? 簡単に死なないって」


ルナビスとソルビスのアルマとの決別イベントはまだ発生しないはずだ。

勇者か魔王が死ぬまで今、俺達が死ぬこともないだろう。


「そうだよ、ゲームだよ、だからダメ。

決められたエンディングは何種類もあるんだよ。

違うルートになったら皆、死ぬ可能性があるんだから」


楽観的な考えを見抜かれている。

気休めで言った言葉も無意味だった。

俺を押さえつける手は思ったよりも力強い。

身体能力は拮抗している、膠着状態だ。


「わかった、今はやめる」


俺が力を抜くとソルビスは俺の顔、緩んだ包帯を撫でながら言う。


「それがいいよ、時が来たら私も手伝うから、忘れないでね」


武器の手入れも諦めて今夜は眠る事にした。


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