第十二話「教会」
とりあえず急いで勇者くんの名声を上げよう。
通常プレイならいるはずの聖騎士に賢者。
本来なら勇者の剣を手に入れてから。
発生する2番目の勇者イグニス登場イベント。
俺達がフラグを叩き折った為。
勇者くんは現在少人数4人縛りになっている。
メインストーリーの『勇者の剣』未入手に加え。
『真の勇者は俺だ』と落書きしたせいで。
王国レクスでは勇者偽者疑惑まで発生した。
合流してきたイグニスと護衛の人々とは。
一触即発と言っても大げさじゃないくらい仲が悪い。
旅が続けられそうもないほど原作崩壊してしまった。
こうなったら『勇者の鎧』を入手して。
アルマが真の勇者であると証明するしかない。
『勇者の鎧』は、ゲーム中は勇者アルマしか装着できない特殊鎧だ。
性能も作中一の防御力を持つ。
ここから馬車で半月移動すれば手に入る場所にある。
魔力を帯びており、勇者以外の誰にも触れられない品として。
教会の地下にある石の箱に保管されている。
『勇者の剣』と違い鎧は現段階では誰にも重要視されていない。
本来『勇者の鎧』の登場は本格的に魔王と対峙する事になる後半からだが。
このまま勇者くんが詐欺容疑かイグニスの殺人で捕まるよりマシだ。
ここはフライングしよう。
俺はアルマに話しかけた。
「勇者様、鎧はどうかな?」
「鎧って『勇者の鎧』?」
アルマにも聞き覚えがあるようだ。
「教会に保管された『勇者の鎧』なら嘘も無いはず」
「確かにあるかもしれないな」
「そうですよ、勇者様、鎧なら絶対あると思います」
グラヴィスとソルビスも賛同した。
有名な教会なら嘘も無いだろうと考えたようだ。
実際旅立った5人の勇者の誰かが手に入れたという話は無い。
説得は簡単に成功しアルマと共に教会に行く事が決まった。
問題は俺達の横で話を聞いていたのか。
イグニスと護衛の人達も一緒に行く事になった。
口論が絶えない旅になるので。
アルマだけで良いと思うが、この国で一番大きな教会の。
『勇者の鎧』の話を無視する事は出来ず、仕方なく、全員で行く事になった。
イグニスが手配した3台の6人乗りの馬車に乗り込み移動する。
今俺が乗ってるのはアルマ、グラヴィス、俺とソルビスだけだが。
ゲームだと背景が雪景色になるだけだった。
現実はこんなに寒いなんて。
「思ったより寒い地域なんだね」
そう言いながら昼間にも関わらずアルマは酒を飲み始めた。
「予想以上だな」
「寒い」
「お姉ちゃんの耳が真っ赤! ぎゅーしよ?」
ソルビスは俺に聞く前に抱きついている。
馬車が止まった、休憩地点までたどり着いたようだ。
降りるなりイグニスが声をかけて来た。
「お前達なんでそんな軽装なんだ。
もっと寒くなるというのに、毛布を貸してやろうか?」
「ありがとう、寒くて困ってたんだよね」
イグニスの呆れと嫌味をアルマは善意と思って受け取る。
どうやらアルマの反応にイグニスは困惑しているようだ。
「本当に鎧がお前を所有者だと認めるなら俺にとって損は無い。
勘違いするな、適性が無かったらその辺に捨て置くからな」
ゲームだから、シナリオだから、と思えなくもないが。
妙にアルマに執着している気がするが。
ここまで付き添うのに何かメリットでもあるのか。
今後はイグニスの背景を探るべきかもしれない。
俺達が食事の準備をしていると。
アルマとイグニスが何か会話をしている最中、近づく魔物が居た。
ジャッカロープだ、鹿角が生えたウサギ、白い毛がふわふわしている。
強くはない、食用という扱いすらも普通のウサギだ。
その乳はどんな病気も治す万能薬になる為、有益な存在として。
雪の降る地域では家畜として愛されている。
普通のウサギと違うとすれば会話が可能な所か。
ひくひくと鼻を鳴らしながら言った。
「にんげんさん、おさけちょーだい」
勇者に言うな、いくら酒が好きでも命がけ過ぎるだろ。
普段見かけない魔物だからか。
アルマが悩んでいる内にイグニスがあっさりと檻に捕えてしまった。
「間抜けすぎるな、誰か餌付けでもしていたのか」
イグニス達の馬車へと連れて行かれた、運が良ければ商品。
悪ければ剥製、それ以下なら晩飯になるだろう。
こっそりと後をつけ仲間内で話している内容を聞いてみたが。
収穫と言えばアルマに付き纏うイグニスの理由がわかっただけだった。
「だめだな、アルマとかいう奴は話が合わん。
国王の娘カリタス姫を……。
お姫様よりも僕の方が可愛いよねって。
意味がわからん、なんなんだアイツは」
カリタス、国王ゲネシスの娘。
「カリタス姫は可憐で可愛いほうだろうが!
そもそも王の血を頂けるんだ、最重要の褒賞じゃないか」
勇者に与えられる姫との結婚が狙いか。
恐らくアルマは特段、興味を持ってないのだろう。
姫に欠片も興味がないアルマもナルシスト過ぎるが。
イグニスは人間的に共感できそうにないな。
それ以降は雪原特有の敵に襲われる事もなく。
寒さと精神的疲労を除けば馬車を乗り継ぐだけの。
比較的安全な旅路だった。
『勇者の鎧』があるとされる教会に辿り着くと。
司教様が人がよさそうな、笑みを浮かべて出迎えてくれた。
保管されている『勇者の鎧』は、箱を持つぶんには良いが。
鎧自体を触ると感電する為。
持ち主となる人が見つからなかったそうだ。
差し出された箱の中身を勇者くんが手にとると問題なく持ち上げられた。
2番目の勇者であるイグニスも持つ事は出来るのだが。
微妙に発生する静電気が気になるらしい。
「この鎧がきっと勇者様を。
お選びになったに違いない。
是非受け取って欲しい」
司祭様からアルマは頼まれ受け取った。
長旅だったとはいえ。
あっさり手に入ってしまったからか。
アルマは少し呆けているが。
これで勇者アルマが罪人にならないのだから。
俺としては一安心だ。
司教様は無事鎧を渡せた事に安心したのか。
何故か勇者様、歓迎の酒盛りがはじまってしまった。
無くなった事で皆が安堵するとか。
教会での扱いが確実に呪いの鎧だが。
とにかく無事に手に入ってよかった。
問題は……酒が入るとアルマは血の気が多くなるのは実証済みだ。
また勇者二人の殴り合いに発展するので切実にやめて欲しい。
アルマはお酒を断っていたが、他の人は既に泥酔していた。
鎧を手に入れた事でイグニスの信用が若干回復したようだ。
今後は監視もなくなり一旦別行動になるだろう。
グラヴィスはもう少し飲むつもりのようだ。
また変な事件が起きる前に撤退するに限る。
俺は妹を連れてアルマと一緒に宿に戻る事にした。
「どうかな? 着てみたんだけど……」
アルマが装備した鎧は。
まるでオーダーメイドのように薄ピンクの綺麗な髪に映えていた。
メタで言うならパッケージ絵の鎧を着た勇者くんそのものである。
正しく世界が用意した勇者くんだけの1点物だ。
素晴らしい品に違いないしな、ちょっと褒めて元気付けてやるか。
「勇者様、誰よりも似合ってると、思う」
俺の発言に後ろに居た妹も続いた。
「勇者様かっこいいです!」
「そうだよね! 僕はカッコいいよね!
勇者だもん二人ともありがとう」
アルマがぎゅっとを俺達を抱きしめる。
鎧を手に入れたのが相当嬉しかったのだろう。
「絶対選ばれた本物の勇者、皆も認める」
「誰も否定しませんよ! 間違いないです……!」
「うん! 自信が出てきたよ! カッコいい僕に全部任せて!
やっぱり鎧は僕を選んだんだから、剣も僕を選んでくれるはずだ。
もう一回探しに行こう騙されたと思ってしっかり確認してなかったし。
隈なく探せば何か隠し扉があるかも知れないし行ってみよう」
しまった、今度はアルマの自信を付けすぎた。
俺達はしおらしい勇者くんばかり見ていたせいで。
うっかり自尊心マックス勇者なのを忘れていた。
コイツは素面で「だって僕は可愛いからね」と言える男だった。
もう一回見に行こうって、やめろ隠した勇者の剣がバレる。
でも勇者一行の一員として否定できない、だめだ詰んだ。
これが歴史の修正力……メインストーリーの定めか……。
この時点で『勇者の鎧』も手に入れてるって悪化してるな。
どう考えてもチートコード使った後だよ。
自業自得とはいえバグ進行オートセーブ。
リセット縛りはハードモードが過ぎる。