第一話「誕生」
俺の名前は月永、一。
気がついたら知らない場所で。
『ルナビス』と言う名前の。
エルフとして生まれ変わっていた。
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小さな手足とぼやけた視界が。
俺に悪夢を見せている。
寝て起きたらここに居た。
舌は呂律が回らず。
体は生まれたての赤子になっている。
しかも男ではなく女になっていた。
少し驚いたがそれ以上に動けない現状が不満だ。
何もないと記憶が反芻する時間も増えるが。
死んだ覚えも生まれ変わる時に神様に会った覚えも無い。
考えてみれば前世だって赤子から。
唐突に生まれ俺の世界は始まっていたのだ。
ここでいきなり生まれていても何も不思議は無いのかもしれないが。
問題は言語の違いだ、周囲が言っている事が何もわからない。
まっさらな赤子と違う、完全に過去の記憶が足を引っ張っている状態だ。
泣く以外の感情表現が存在していなかった。
どういう原理か試しに無意味に泣いても誰も来ないが。
空腹を感じるタイミングには必ず誰かが来た。
俺の渾身のウソ泣きは壊滅的に下手だったのかもしれない。
赤子の才能が無いのだろう、あっても困るが。
最初は視力が悪くてはっきりわからなかった。
長く青い髪の顔立ちが整った狐目の女性が俺の世話をしている。
彼女が今世の母親なのだろうか。
気になるのは世話をしてくれている女性の手足に青い鱗がある事だ。
顔には似合っているからファッションの可能性もあるが。
空腹を覚える度に俺が呼びつけてしまっているので。
前世の感覚を頼りに考えるなら。
数時間に1回は泣いている計算になる。
そんな赤子の世話で外見を整える余裕なんてあるだろうか?
俺と比べると異常に肌の色も青白い、体が弱い人なのかもしれない。
少し成長したのか目が見えるようになって気が付いた。
部屋は清潔感があり高級感が漂う作りになっており壁紙は品の良い白百合色。
この部屋に窓は無いが子供部屋だからだろうか。
床は、細かな模様のカーペットが敷かれまるで城内の豪華な客室のような一室だ。
照明は吊るしランタン、精巧なガラス細工はかなり高価な気がする。
俺に与えられてる寝具も上質な生地なのか肌触りが良く、温かくて柔らかい。
交代で複数の女性が俺を世話している。
人に体を委ねる行為に羞恥心が沸いたが。
今の俺にはどうしようもできなかった。
自然と食事の度にかけられる言葉が。
なんとなくわかるようになってきた。
恐らく俺の名前は『ルナビス』だ。
話がわかるようになってきたのか。
体もしっかりしてきたような気がする。
最近は絵本の読み聞かせ時間まで増え。
床に絵本が敷き詰められ選べる絵本は20冊以上あった。
左上から順に文字が少なくイラストが多めだったので。
数冊、本の中を見比べ一番イラストが多いのから読もうとすると。
髪の長い女性が読み上げてくれた。
気に入ったと思われたのか俺が理解するまで何度も。
同じフレーズが読まれていく。
恐らく挨拶の言葉が描かれているとわかってからは。
オウム返しに答えると笑顔を返してくれる。
嬉しくて他の本にも手を出すようになった。
言葉の意味が理解できた気がする。
そしてわかった、この人達、俺の母親ではない。
給金で雇われた世話係の人だった。
払いが良いし暴れないから楽でおすすめ、と談笑しているのを聞いてしまった。
優しそうなお姉さんが演技だったのには若干のショックを受けたが。
楽だと思える程度には大人しい子だと思って貰ったと前向きに考えよう。
正直中身が俺で申し訳なかった。
歩けるくらいに成長したころ。
俺の先生、として紹介されていた厳つい男の人は。
肩までかかるくらいの長い黒髪を後ろで束ねている。
眼光は鋭く意思の強そうな目をしていた。
指先に青い鱗があり舌先が二つに割れ、耳が尖り明らかに人外なのがわかる。
自然な仕上がりだが美容整形とかそういうのか?
「忘れるなルナビス、お前も立派なエルフの子だ」
先生は俺にそう言った。
思わず触れば自分の耳も尖っている。
半信半疑だったが逃げ場がない。
弓の練習をするようにと小さな弓矢を貰う。
ファンタジーな異世界転生が頭を過ぎったが。
俺にはトラック転生にあるような事故も。
転生を勧める女神様も無縁だったようだ。
仮に何かしら要因があっても薄ら寒いものを感じるが。
水槽の脳はごめんだ、現実では植物人間……。
この想像は止めておこう。
読んで貰った絵本の中には妙に魔法や勇者と戦うだの。
まるで剣と魔法のファンタジーRPG世界のような内容があった。
面白そうだとは思ったがいつでも周囲に燃料も無く、火を放てる人が。
そこらに居る世界とか現実で存在したら嬉しくはない。
知れば知る程ゲームのような世界に。
思わず試しに前世の母国語で「すてーたす」と呟いたが何も起きなかった。
違いがあるとしたら先生から渡された武器だ。
玩具のような小さい弓で矢を的に当てる。
俺には大した力もないのに弓を引くと。
体が動いて自然と的に当たった。
娯楽がなかった事もあり楽しくて。
延々と繰り返し続けていた。
必ず当たる、それは小さくても大きくても狙い通り、全て同じだった。
見える範囲全ての的に吸い込まれるように。
好奇心で動く的を探した。
初めて飛んでいた鳥を撃ち落した時。
先生は嬉しそうに俺の頭を撫でた。
俺にはまだ早かったのか鳥は先生の夕食になったが。
ご褒美に貰った甘いゼリーがやけに美味しく感じた。
その晩、必要になるからと。
右腕に腕輪をプレゼントしてくれた。
上腕につけるタイプのようだ。
成長しても魔法の力で常にサイズが調整されるらしい。
勝手に落ちないように固定されているから。
どんなに激しい動きをしても問題ないそうだ。
魔法と聞いて嬉しくなりどんな効果があるか聞いてみるも。
はっきりは答えてくれなかったが。
美術品に疎い俺でも装飾が華美な事だけはわかった。
宝石が散りばめられている。
太陽を模している黄金色の綺麗な腕輪だった。
それから俺は本格的に言葉と戦い方を教わり。
言葉が問題ないと判断されて初めて妹に引き合わされた。
同じ日に生まれた妹、どうやら双子だったらしい。
ソルビスだと紹介される、身長を考えると外見年齢は4歳くらいだろうか?
エルフは寿命が長い為、実年齢は予測できないが。
妹は俺と瓜二つ、金色の髪が光沢を放ち。
尖ったエルフの特徴的な耳が動いた。
日の光を敬遠するような色白い肌。
垂れた瞳が見開かれた、きっと俺も同じ顔をしている。
宝石のように納められた水色から目が逸らせなかった。
ワンピースのような白い服も背も色合いも全部お揃いで。
俺と同じように腕輪が左腕についていた。
デザインが銀色で月を模していたが。
それ以外の全てが何もかもが鏡のような存在だった。
妹が俺をみて呟く。
幼子特有の甲高く愛らしい声で。
それは久しく聞いていなかった前世の言葉だった。
「つるぺた……ろりふ!」
びっくりした俺は思わず一言、言ってしまった。
「だまれ、へんたいえりゅふ」
外見と裏腹にひどい発言だったので思わず。
言うと同時にアイアンクローも仕掛けてしまった。
俺、悪くないよな?