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69・意識の中で

 セバスチャンの強い魔力に押されるようにして、真っ暗な闇の中を進んでいく。

とぎれとぎれに聞こえるニアの声だけを頼りに。


 ニア自身も意識の中を彷徨っているのか〈こっちだ!〉と思って進んでも、途中で見失ってしまう。

それはまるで──いつもニアに会いたいという想いが強い時ほど上手くいかずに──すれ違ってばかりいる自分たちの関係性を示しているようで、焦りが募る。


 〈ニア、どこだ、どこにいる!〉

 〈──ン。捜し──、な──てるの〉


 ッ! ダメだ、効率が悪すぎる。なにかいい手はないか!


 時間の感覚もなく、ただ同じことだけを延々と繰り返しているような気がして〈このままでは埒が明かない〉と思った時だった。

頭の中にセバスチャンの〈失礼〉という声が響いた次の瞬間、あいつの魔力がするりと首に巻き付いてきて、一気に喉元を締め上げられる。


 ガッ、ハッッ! セッ、な──をっ!──「レオン!」


「ニッ、ゲホッ……アッ、ゴホッゲホッ」

「どうしたの!? 大丈夫!」

「あ、ああ、ケホッ、大丈夫だ。ちょっ──あまりの暗さに息が、詰まって……」


 ……なる、ほど?

ケホッ、全くもっていい手だとは思わないが、お陰でやっとニアに会えた。

代わりにセバスチャンの気配というか、魔力が消え去ったのを感じる。

あいつ……逃げたな?



 眩い光を纏って瞬時に現れたニアのその輝きが、少しずつ収まっていく。と同時に、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた大きなアメジスト色の瞳がホッと緩んだのが分かった。それだけで、なんだか泣きたくなる。

手を伸ばして、サラサラの白金の髪を撫でれば、ニアは首を傾げて小さく笑う。

ずっとこうしていたいけど、そういうわけにもいかない。


「ニア、みんなが待ってる。俺と一緒に帰ろう?」


 すると今度は困ったように眉を下げて、ふるふると首を横に振る。


「どうして?」

「あの人が泣いてるの。私を呼んでるんだけど、どこにいるのか分からなくて」


『あの人』って……まさか!──気づいた瞬間、ゴオォォっと唸りを上げて舞い上がりそうになった髪を必死で宥めたら、今度は毛先からパリパリと凍り始めた。

……なんて厄介な。

ここで漸く、火魔法も使えるようになっている事に気づいたが、今まで無自覚だったために、当然上手く使うことはできない。


 そんなことより、ニアの意識が戻らないのは、あいつがしつこく絡んでいるせいだと思うと腹が立ってしょうがない。

力ずくでは上手くいかなかったから、ニアの優しさにつけ込んで、泣き落としに切り替えたんだろうが──させるか!


「ニア、帰ろう。もうこれ以上、ニアを危険な目にあわせたくない」

「でも……」

「あいつに──俺たちがあいつからどんな目にあわされたのか忘れたの? 俺は必ずニアを連れて帰ると、君のご両親、セバスチャン、邸のみんなに約束した。……今まで捜してもあいつがどこにいるのか分からないのなら、これ以上」

「でも!……レオンと一緒なら捜し出せると思うの。あの人、泣いて、泣いて謝ってる、ごめんなさいって。それに、私を呼ぶ声がだんだん小さくなっていってて……このまま放っておくことなんてできない! お願い、レオン。これは私たち二人にしかできないことだと思うの。お願い……お願いします」


 大きな瞳に涙を浮かべて、俺に向かって頭を下げるニアを見ていられない。

華奢で小柄なニアを、それこそ力ずくで連れて帰るのは容易いことだ。だけど……そんなことをしたら、もう二度と俺の前では笑ってくれない気がする。


 このまま連れて帰るべきか、一緒に捜しに行くべきか……決められない俺に向かって、もう一人の俺が問いかけてくる。


 アズナイル、お前は愛する人を守りきる自信がないのか?

愛する人が頭を下げて泣いて頼んでいるのに、それでも我を通すというのか?

そんなお前は臆病者の腰抜け──違う!!


「ニア!」


 震える小さな肩を左の手でそっと掴むと、右手で細い顎をすくい上げ、涙に濡れた大きなアメジストの瞳と視線を合わせる。


「分かったから。もう二度と、俺に頭を下げたりしないで。分かった? 約束できる?……もし、約束できないというのなら」

「約束する! 約束するから──」

「うん、分かった。じゃあ、一緒に捜そう。だけどその前に、もう一つだけ約束して。何があっても、絶対に俺の手を離さないって」

「はい、約束します。私は何があっても、絶対にレオンの手を離しません!」



 よし! 言霊は取ったぞ。……約束は《必ず》守ってもらうから、覚悟しててね?


 少しのズルさは王子様スマイルの下に隠して──「行こうか」──小さな温かい手を握りしめた。



 ◇◇◇



 ニアの小さな温かい手を握りしめた瞬間、俺たちの意識は王宮の地下室に飛んでいた。しかもご丁寧に、あの肖像画の真ん前に……。


 ここまで来ると俺にもあいつの泣き声が聞こえるようになり、余計な事に、鮮度の良すぎる記憶が残像まで映し出す。思わずニアの手をギュッと握りしめると「クスッ」と小さな笑い声が聞こえたあとに、キュッと軽く握り返された。


「大丈夫、絶対に離さないから」


 少しおどけたように、少し心配そうに微笑むニアを見て、肩の力を抜いた。


「うん、絶対に離さないでね」俺が守ってみせるから。



 相変わらずスフェーンがびっしりと張り付いた肖像画の中から聞こえる泣き声に、ニアが優しく話しかける。


「あなたをなかなか捜し出せなくて、来るのが遅くなってごめんなさい。……何をそんなに泣いてるの? 訳を聞かせて?」


 すると、人の形をした白いモヤのようなものが、スゥーっと画の中から出て来るのが見えたから、素早くニアを背にかばい一歩前に出た。

それを見たニアも悪夢が蘇ったのか、繋がれた手は離さずに、もう一方の手で俺の服の背を握りしめ、大人しく後ろに隠れている。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

「謝るくらいなら、もう二度とあんな真似をするんじゃないぞ! もし──」

「まさか、あんなことになるなんて。本当にごめんなさい」

「レオン、そんなに怖い声を出したら彼女が──」

「傷つけるつもりはなかったの、ただ、私も逢いたくて」

「分かったわ。それはもういいから、誰に会いた──」

「だって、私のせいであの人は……ごめんなさい。必ず迎えに行くから」

「……だからな? 一体誰を──」


 ニアが『怖い声』と言ったから、なるべく優しく問いかけたのに……。


「あの娘がきっと見つけてくれるわ。だから、待ってて」

「「…………」」


 どうやら俺たちの声は聞こえていないようだが、気配を感じて出てきたのだろう。


 仕方がないから、このまま聞き役に徹することにしたが、今もまだ背中にピッタリとくっついているニアがかわいくて、立てた聞き耳が座りそうになっている。

王子様スマイルに至っては、緩んだ顔面から滑り落ち、足元から俺を見上げてヘラヘラと笑っているけれど……ニアには見えないだろうから放っておこう。



 ニマニマしながら聞いた、順序も謝罪もごちゃごちゃ混ぜ混ぜのあいつの──もとい、ミレニア様の話をまとめると、こうだ。


 俺を傷つけるつもりはなかったけれど、どうしてもニアに頼みたいことがあったから焦ってしまい、取り敢えず画の中で話を聞いてもらおうと思ったら、まさかの俺が手なんかを突っ込んでくるもんだから、びっくりしたスフェーンたちが画を盗まれると思って牙を剥いてしまったの、ごめんなさい。


 とまあこれが、謝罪兼あなたにも非があるのよ? って感じの話。

で、肝心の頼み事はというと。


 あの人──これは間違いなく《レオンハルト様》の事だろう──を、ミレニア様がどうにかしたらしいが、彼を助け出す為にはニアの力と鍵となるものが必要なので、まずはその鍵をニアに探し出してきてほしいらしい。

それがどこにあるのかは、ニアにしか分からないと。


 ここまではなんとなく分かったのだが『お願い、探して持ってきて。私の』と言ったきり、うんともすんとも言わなくなってしまった。もう、泣き声も聞こえない。


「私の──何ですか?」


 こちらの声が聞こえていないのは分かっているが、一方的な話を途中でやめられては困る。俺たちにはミレニア様とコンタクトを取る術がないのだから、このままでは肝心要の《鍵》が何なのか分からない。



「眠ってしまったみたい……」


 ニアがそう言ったのは、またニアの意識の中に戻ってきたあとだった。



 ◇◇◇



 暗闇の中でニアの姿だけが、ポゥっと浮かび上がっている。


「眠った?」

「うん……多分、力を使い果たしちゃったんじゃないかな? そんな気がするの」

「そうか……」


 って、おいおい、力が尽きそうだったなら『私の』から話を始めればよかったんじゃないのか? 今更言っても……あっ、聞こえないからどちらにせよ無駄だったな。


「じゃあ、帰ろうか」

「はい。……あの、レオン。迎えに来てくれてありがとう」


 ニアは小さな声で少し恥ずかしそうに言ったあと、パッと下を向いたけれど、耳の先が薄紅色に染まっている。


 ……。クッ! かわいい! 

今なら誰も見ていないし、抱きしめて……ほ、ほ、ほっぺたをナデナデ──?


 ささやかな夢を実現させるために、伸ばし始めた手が止まる。

泣き声? が聞こえる……。

それはとても小さなものだったけれど、ミレニア様の時とは明らかに違っていて、絶対に放っておいてはいけないものだと感じた。


「ニア、聞こえる? まだ、誰か泣いてる」


 繋がれたままの手が一瞬ピクッと揺れたような気がしたが、ニアは小さく首を振って「ううん、何も聞こえない」と言う。


「きっと、気のせいよ。早く帰りましょう? みんなが待ってくれているのでしょう?」


 俺の顔を覗き込んで、急かすように訴えかけてくるアメジストの瞳の中に、僅かな怯えが見える。それで確信した。あれは、聞いてほしくない声、隠しておきたい声に違いないと。


 だけど、知ってしまった以上、知らん顔はできない。ニアの嫌がることはしたくないけど、これは違う。

放っておいたらきっと、ニアはこの声に一生苦しめられることになると思った。


「ニア、ここで待っていてくれる? 少しだけ、様子を見てくるから」

「いや! 手を離さないって、約束したじゃない。行かないで!」


 こんな場面でなければ、すっごく嬉しい言葉だけど……今は自分で言ったことに縛られていては取り返しのつかないことになるとしか思えない。……どうする?

集中して考える為に握った拳を顎の下まで持ってきた時、ある物が目に入った。


 左手の小指に嵌めている《王族である証》の指輪。

八角の台座にルシファードの家紋──後ろ足で立ち上がり、弓を構えた獅子──が彫られているが、弓といっても矢の部分は剣になっていて、獅子の頭上に嵌め込まれた小さな宝石は、その色と個数により、持ち主が誰であるかを示している。


 俺はシアン色の瞳の第三王子なので、ブルーサファイアが三つといった具合。

もしも他の兄弟が同じ瞳の色だったとしても、個数で見分けがつくというわけだ。

それなら、あとから生まれた者の方が宝石が多くなっていいじゃないかと思うかも知れないが、その分一つ一つの石は小さな物になるので不公平感はない。


 随分と話が逸れてしまったけど──その指輪を外すと、ニアの小さな手のひらにコロンと載せた。


「ニア、これは俺の命の次に大切なものなんだ。俺の手の代わりにこれを持っててくれる? この指輪のある場所に──ニアの元に必ず帰ってくると約束するから」


 俯きがちな顔を覗き込んでそう言ったけれど、ニアはふるふると首をふる。


「帰ってくるわけない。もし、帰ってこられたとしても……私の元じゃない、この指輪のところによ。だって、あの声を聞いたら、レオンは私のことを嫌いになる。……私たちは、もう友達でもいられない」

「ニア! そんな悲しいことを言わないで。俺がニアを嫌いになるはずないだろう? どうしてそんな……」


 完全に下を向いてしまったニアには、今は何を言っても届かないような気がした。

それでも、このままにはしておけない。

例えこの場は凌いだとしても、それではいつまで経っても、ニアの中で俺は友達以上にはなれないのだと気づかされたから。


 好意は持ってくれていると思うけど、ニアは心に蓋をしている。

それを壊さなければ、あの声を拾い上げなければ、将来、本当の意味でニアの全てを手に入れることはできないだろう。


「ニア、聞いて。この指輪は、俺の命の次に大切なものだと言っただろう? でも大切なものとしては三番目なんだ。俺にとって一番大切なものは──一番大事な人はニアだから。必ず戻ってくる。……戻ってきたら伝えたいことがあるから、俺を信じて待ってて、ね?」



 顔は上げなかったけれど、サラサラの白金の髪が僅かに上下に揺れる。

ホッと息を吐いてから小さな頭をサラリと撫でると、すすり泣く声の方へと意識を集中していった。



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