68・折り鶴
「ゴオッルアァ、小僧! 旦那様方に挨拶もせんで、何を勝手な事をしとんのじゃあ! 出てこーい!」
「アズナイル! 一人だけずるいぞ! わしも入れてくれー!」
「ちょっとばかしお嬢様を助けたからといって、調子にのんじゃねぇ! オラーッ! 出てきやがれ!」
「セ、セバス! 何をしている! 早くここを開けるんだ!」
「お前なんてなぁ、顔が良くて足が長いだけのへなちょこ野郎のくせに! いいかッテテテテー!!」
「ニアは!? ニアは無事なの!」
「ニアァー! 待ってろよー! いま兄ちゃんが助けに行くからなぁぁ!」
「ちょっ、みなさん、落ち着いてください! お嬢様のお体に障ります!!」
……。ニアの部屋ごと異空間にでも飛ばされたのだろうか?
ものすごくガラの悪いおじさんの声ばかりが響いて、他の人の声がよく聞こえない。いや、それよりも、あんなのがいてプラント家の皆さんは大丈夫かな?
心配になって振り返ってみたセバスチャンは額を押さえて俯いている。
セバスチャンが動かないってことは、大丈……夫? 本当に?
セバスは、ハアァァっと深く息を吐いてから顔を上げる。と、奇妙なマーブル模様が目に入ったが……それは、戸惑い・心配・疑問の色をまぜこぜにして顔に塗り広げたアズナイル。しかし、それも含めて、全てをなかったコトにしたいセバスは、ふつーに話しかけた。
「これから部屋の結界を解きますが……改めてお聞きします。お嬢様と魔力を繋ぐことに──例えそれが、再び己の身を危険に晒すことになろうとも、あなたは『やる』と言うのですね?」「勿論です」
被せ気味に即答したのは、魔力を繋ぐことよりも結界を解くことの方に危険を感じたから、というのもある。
できれば先に魔力を繋いでほしいです!
「お嬢様を、もう一度、無傷で連れ帰って来てくださると、約束できますか」
「はい。……これから先の長い道のりを、ニアと一緒に歩んでいきたいので《命に替えても》とは言えませんが、全力で成し遂げてみせると誓います。ニアのいない世界なんて、俺にはもう耐えられませんから。必ず、連れて戻ります」
一切の揺らぎなく、強い意志の光を宿して真っ直ぐに自分へと向けられるシアンの瞳が、その言葉に嘘など微塵もないことを知らしめている。
セバスはその強い光を受け止めながら思い返していた。
初めてあった時からコイツのことが気に入らなかった。
王族だからというだけではない。
それは、いつの日か、命よりも大事なお嬢様の事を、この手の中から奪い去っていく者だということが直感的に分かっていたからだろう。
運命などという言葉なんかで片付けたくはないが、出会うべくして出会った二人を引き裂くことなんてできはしない。どんなに気に入らない相手でも──いや、誰であろうと気に入るはずはないのだけれど、お嬢様が幸せでいられるのなら……。
やるせないため息は飲み込んで、セバスはアズナイルに向かって深く頭を下げた。《お嬢様を》は敢えてつけずに。
「お願いします。アズナイル王子殿下」
一方〈ドサクサに紛れて言ってしまった!《また》吹き飛ばされるかも知れない!〉と足に力を入れることに集中していたアズナイルは、セバスからの聞き慣れない敬称に反応が遅れ──
えっ? と思ったのは、それを合図に結界の解かれた扉から、サーフィニアの家族、ルーカス、マリアベルが一気に部屋の中へとなだれ込んできた後だった。
ん? ガラの悪いおじさんは……俺の代わりに吹き飛ばされたかな?
◇◇◇
サーフィニアが眠るベッドを覗き込んだ突入部隊は、変わりのない様子にホッとするやらがっかりするやら……。
取り敢えず、アズナイルのことは眼中にないようだ。
早く魔力を繋げてもらいたいアズナイルは、この状況をどうしたものかと考えたが、挨拶がまだだと怒られたことと、そういえば自分は、溺愛され過ぎお嬢様サーフィニアの部屋に勝手に入り込んだのだということを思い出してしまった。
マズい……。そう思った瞬間に、氷のように冷たい汗が額から滑り落ちてきたが、このままでは埒が明かないので──お叱り、あるいはそれ以上のことも覚悟の上──至極ひかえめな音量で口を開いた。
「プラント家の皆さん、ご挨拶もせずに勝手に上がり込んでしまい、申し訳ありませんでした」
その声に、漸くこの国の第三王子にしてサーフィニアの命の恩人が来ていたことを思い出した面々は、かなり気まずそうにアズナイルに向き直る。
「いえ、こちらこそ……ご挨拶はもとよりお迎えにもあがらず、大変失礼いたしました」
アズナイルからしてみれば、当主に挨拶もなしに未婚のご令嬢の部屋へ押し入ったのだ。怒られても、どつきまわされても仕方がないと思っていたのだが、揃って深く頭を下げる面々にホッと小さく息を吐く。
しかし、どうしてこんな風に双方共に気まずい思いをしているのかというと──
アズナイルは、自分の方こそサーフィニアに助けられたという思いが強いので、優位に立っていることに気づきもせず、逆に〈不法侵入罪でつまみ出されるかも知れない〉と内心でビクビク。
プラント家はプラント家で、セバスが王宮での出来事を端折って説明している為その事実を知らず、命の恩人に対して礼儀を欠くようなことをしてしまった、という後ろめたさがあるからなのである。
どうやら不法侵入罪は不問に付されたらしいと感じたアズナイルは、さり気なくスヴァイルを捜すがやはり見当たらない。それでも一応《謝った》という証拠は残しておこうと再び口を開く。
「スヴァイル殿にも大変な」
「スヴァイル? スヴァイルなら朝からお茶の準備で忙しくしているようだけど……何かあったのかしら? ねぇ、あなた?」
「い、やぁ? 私も今朝厨房で見かけたっきりだけど……何か知っているか、アクトゥール」
「えっ!? あ〜、それならルーカス先生が……」
「ほっ!? わしか? わしは……なんも知らん! エレンさんに耳を引っ張られてどこかに連れて行かれたスヴァイルなど、これっぽっちも見ちゃおらんぞ!」
あぁ、もういいです。すみません。なかったコトにしたいのですね?
先生までもが無茶苦茶な忖度をしているようですので……本当にすみませんでした。というか、俺が出てきたのは昼から、なんですけどね?
んで『エレンさん』って誰?
疑問符だらけのアズナイルとは誰も目を合わせようとはせずに、なんとなくごたついたままの部屋の雰囲気を収めるのは、やはりこの人。
「旦那様、奥様。アズナイル殿下が《命に替えても》お嬢様を眠りの底から連れ戻してくださるそうです」
おい!!
「なんと!《命に替えても》ですか!?……ああ、ありがとうございます、アズナイル殿下。私どもは殿下の命を決して無駄にはしないと誓います」
「ええ、毎月命日には墓前に大量のお花を供えて差し上げますわ」
……おい、おい。
「冗談はさておき、アズナイル殿下、よろしくお願いします。あの子を──ニアを必ず連れて帰ってきてください。お願いします」
男爵夫人が俺の手をギュギュギューッと握って、頭を──下げない……。
ん? 冗談、なんですよね? 目、目が怖いし、手が、手が痛いんですけどっ!
◇◇◇
「気が散っては意識が探れませんので」と、セバスチャンがみんなを部屋から追い出してくれたので、ニアの部屋にはまた俺たち三人だけになった。
もっとも、ルーカス先生だけは最後までここに残るとゴネていたが……。
これでやっとニアと魔力を繋げてもらう事ができるけど、正直なところ《意識の探り方》が分からない。
セバスチャンが半日以上費やしても探れなかったものを、俺に探せるのだろうか?
とここで、糸口になりそうなことを思い出したというか、聞こえてきたというか。
先ほどまでは騒々し過ぎてかき消されていたが、再びニアの声が耳の奥に届く。
これが、挨拶もすっ飛ばしてこの部屋まで駆けつけた理由だ。
「セバスチャン、ニアの声が聞こえますか」
恐らく聞こえていないのだろうとは思ったけれど、鍵になりそうなので尋ねておく。
案の定、セバスチャンは一瞬目を見開いた後、悲しげに目を伏せて首を振った。
「私には、お嬢様の声は聞こえません。……あなたには聞こえるのですね?」
その姿があまりにも辛そうで、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
俺自身、なぜ聞こえるのか分からないからどうしようもないのだが……。
「魔力が繋がったら、その声を頼りに進んでください。きっと……そこにお嬢様がいるはずです。それから、これをポケットに──もしも、万が一の事が起こった時には、これを広げて私の名を呼んでください。きっと役に立つことでしょう」
万が一の事……。背中に嫌な汗がジワリと滲む。
怖いのではなく、ニアにもしもの事があったらと考えるだけでこうなるのだ。
気を紛らすために、前々から気になっていたことを聞いてみる。
「初めてみた時から気になっていたのですが、変わった形の鳥ですね? この国では見かけた事がありません。何という鳥ですか」
首と尾が長くて、顔の部分がシュッと尖っている。左右に畳まれた羽の先も、だ。
「これは《鶴》という鳥を模したものです。東の国では、このように紙で折ったものは《折り鶴》と呼び、折る時には一羽一羽に願いを込めるのですよ」
「願いを、込めながら……」
きっとこのツルにも、セバスチャンの切なる願いが込められているのだろう。
小さな紙で折られたツルはとても軽いはずなのに、そう思うと急に重みが増したような気がした。
失くさないように丁寧に胸ポケットに仕舞うと、正面から真っ直ぐにセバスチャンと視線を交わす。
「ここにセバスチャンがいるから、怖いものなど何もありません。二人で力を合わせて、ニアを呼び戻しましょう」
胸のポケットを軽く叩きながらそう言うと、ほんの一瞬だけ眉尻を下げそうになったセバスチャンだが、気合で押しとどめている。
……いやいや、そこは素直にいきましょうよ!
心で突っ込む俺の手を素早く掴み取ると、ブランケットの上で組まれたニアの手の上に重ね合わせる。
「後ろには私がついています。迷わずに進んでください」
そこから先は──ニアの声以外──一切の音が聞こえなくなった。
大きな掌から伝わってくるセバスチャンの力強い魔力が、俺の魔力と一つになってニアの中へと流れ込んでいく。
〈必ずニアを見つけ出して、連れて帰る!〉
その思いだけを胸に、真っ暗な闇の中へと意識を沈めていった。




