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67・腑に落ちないことばかり

「ヤアァァー! ハッ! トオォォリャァァー! ハッ、まだまだぁぁー! グヌウゥゥーン、ドオゥリャァー!」

「「…………」」



 ドイル領と迷いの森の境界まで飛んできたアズナイルとルーカスは、森の中で一人、見えない敵を相手に大剣を振り回している男をしばし無言で見つめていた。


「のぅ、アズナイルよ。もちっと向こうの方から入らんか? 入領を拒否されて、頭のおかしくなった怪しい奴とわざわざ関わることもあるまい。の?」


 君子危うきに近寄らず。とばかりに、ルーカスはキョロキョロとあたりを見回し、怪しい奴から死角になりそうな場所を探している。

 確かに、俺もこれが知り合いではなかったら遠回りに賛成するけど……。


「クラウド殿!」


 俺たちにも、ヒドい誤解をされていることにも気づくことなく、自分の世界にすっぽりと入り込んでいるクラウド殿に向かって大きな声で呼び掛けると、先生は引き気味の驚いた顔をこっちに向けたが……違いますよ? 本当に頭のおかしい奴には知り合いなんていませんからね?


「おお! アズナイル殿下! 待ちく──お待ちしておりました!」


 ……なるほど。恐らくセバスチャンから言われて迎えに来てくれたのだろうが、待ちくたびれたから鍛錬に励んでいたのだな? そして、励みすぎて頭でも打ったに違いない。俺の知っているクラウド殿は──まあいいか、そんな事は。


「クラウド殿、お久しぶりです。もしかして、迎えに来てくださったのですか」

「はい。隊長より命を受けてお迎えに上がりました。そちらにいらっしゃるお方はルーカス・スコルピー魔術師様でしょうか」

「ええ、そうです。先生、こちらはプラント男爵家護衛騎士隊副隊長のクラウド殿です」

「ほっ!? プラントの……副隊長、殿……ホホッ、よろしくじゃ」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。では、早速参りましょうか。かなり遅くなりましたので、旦那様や隊長が心配されていると思います」


 えーっと……さっきから遠回しに嫌味を言われているのかな? それに、プラント男爵はいざ知らず、セバスチャンは俺に怒っても心配することはないと思うぞ。

セバスチャンは迎えに遣わす者の人選を間違えたんじゃないのか? と思いつつ用意されていた馬にまたがる。


「少し飛ばしますが、よろしいでしょうか」

「ええ、構いません」

「では──」「待てぇぇーーい!!」


 大きな声に驚いて振り向くと、先生は飛んできた場所から一ミリも動いていない。しかもにこやかだった雰囲気から一転、またもや目尻がつり上がってきている。

俺じゃないぞ……多分クラウド殿だ。


「先生、どうされました?」


 まさか迷いの森にさえ入れないとは思ってもいなかった為にそう尋ねたのだが、俺には目もくれず、同じく振り返っていたクラウド殿を睨みつけている。


「おい、そこの! 何か忘れてはおらんか? 子供の使いじゃあるまいし、なっとらんにも程があるぞ!」

「えっ? 私が何か──ああっ! そうでした。申し訳ありません! えっと……ああ、ありました。これをどうぞ!」


 と言ってクラウドが取り出したのは、アズナイルにはすっかりお馴染みとなった白い紙の鳥──はいいとして〈おかしいな……クラウド殿ってこんな感じだったっけ?〉とアズナイルが考えていると、それをひったくるように奪い取ったルーカスから手招きをされた。


 やれやれと思いながら馬から降りたアズナイルがドイル領側に戻ってくると、彼の手を掴み取ったルーカスはクラウドに向かってニヤリと笑う。


「お迎えご苦労じゃったな。気をつけて帰って──来れればいいがの?」


 といった次の瞬間、ルーカスは紙の鳥の尾を摘んだまま見えない境界の壁に打ち付けた。



 二人が消え去った場所を呆然と見ていたクラウドは、頭の上に何かが落ちてきたのに気づいて我に返る。


「ハッ! なんてことだ、隊長に怒られる! い、急いで帰らないと──お茶の時間も終わってしまう! まだ片付けないでください、マリアベル様ぁぁ〜!!」


 アズナイルとルーカスのために連れてきていた二頭の馬のことも忘れて、大慌てで走り去るクラウド。

その二頭はというと──行きも帰りも空っぽのままの背中を互いに確認しあうと、ニヤリと笑った。かどうかは分からないが、一度後ろ足で立ち上がり、気合を入れてから勢いよく駆け出すと、あっという間にクラウドを抜き去って行った。


 〈おっ先〜《ウンのつき》たおっじさ〜ん〉

 〈待ってろよ〜、ご褒美のにんじ〜ん!〉



 ◇◇◇



 アズナイルと紙の鳥のお陰で初プラント入りを果たしたルーカスの目の前には、田舎の男爵の館とは思えないほど大きなプラント邸と呆れ顔のスヴァイル。

紙の鳥の魔法陣は、プラント邸の玄関先に通じていたようだ。



「やれやれ、随分とのんびりしたお越しでしたな。ドイル領内にアズナイル殿下の気を感じるとセバスから聞いて、今か今かと待ち構えておりましたが──おっとその前に、先日はお嬢様を助けてくださり、ありがとうございました。心よりお礼を申し上げます」

「…………」


 俺がニアを助けるのは当たり前のことだから礼などいらんが……嫌味を言うのなら、せめて挨拶が済んでからにしてほしかった……って、ん? もしかして、これから顔を合わせる人みんなに言われるのだろうか? 待ちくたびれた、のんきかよ、と。


 いやいや、前向きに考えよう。それだけプラント邸のみんなは俺が来るのを首を長くして待っていてくれた、という事に違いない。

 アズナイルはなんとか気分を上げようとしていたのに、ルーカスの次なる言葉がそれを引き下げる。 


「同感じゃ、アズナイルがこんなにのんき坊とは知らなんだ。遅うなってすまなんだな、スヴァイルよ」


 のんき坊とはなんですか! 遅くなったのは、母上のいたずらに巻き込まれていたからですよ。そもそも先生が直接プラント領に飛べ──いえ、すみません。何でもないです。

 ルーカスの長く白い髪が、ユラっと揺れたような気がしたアズナイルは、心の中で素早く謝った。



「いいえ、こちらもほんの少し口が滑りました。お許しください。さて、旦那様方がお待ちですので参りましょうか。どうぞ、こちらでございます」


 と言ったスヴァイル殿に案内されて邸内の廊下を歩いているが、お互いにきちんとした挨拶も済んでいないのにいいのだろうか? というか、挨拶どころか俺はまだ一言も喋っていない。

もっと言えば、まるでルーカス先生の付き人のような扱いを受けている気がする。

腑に落ちないものを感じながらも、黙って一番後ろを歩いていたが……。


 ……ニア?


 階段の前を横切ろうとした時にニアの声が聞こえたような気がして、立ち止まり耳を澄ます。


 〈──こ? レ、オン……ゥッ……〉


 ハッとして階段を見上げた。


 聞こえる。ニアが呼んでる。ニアが……泣いて──!?


 泣いているのが分かったときには、すでに一段越しに階段を駆け上がっていた。



 ◇◇◇



 前に一度、近くまで来たことがあるから迷うことはない。

走る勢いのままに、ノックもせずに扉を開けようとしたら勝手に開いた。その奥にある扉も。


 そうして──パタン、と二回目の扉が閉まる音が聞こえた時には、ベッドの脇に立っていた。

ベッドの中で、小さな寝息を立てているニアを認めて、膝から崩れ落ちそうになる。泣き声が聞こえた時、あの悪夢が蘇ってきて生きた心地がしなかったのだ。

けれど……静かに眠っているはずなのに、俺を呼ぶ声と泣き声は今も続いている。


「セバスチャン、いつかの夜のように、俺とニアの魔力を繋いでください」


 一度も目を合わせていないけれど、すぐ側にいるのは分かっていた。


「……魔力を繋ぐのは容易いことですが……責任は持てませんよ」

「どういう意味ですか」

「お嬢様の意識がなかなか探れないのです。やっと見つけたと思っても、引っ張りあげようとすると、またどこかへ行ってしまって……。ご存知でしょうが、意識を探るのには相当な魔力を要します。私は大丈夫ですが……」


 中途半端に言葉を切ったセバスチャンへと視線を動かすと──人型をした白金の塊が目に入った。それを見て一瞬何かが引っかかったような気がしたが、今は先にやるべき事がある。

頭を振って余計な考えを追い出し、焦点を合わせてもう一度じっくりとその表情を窺うと、白金の塊の中で唯一、強い光を放っている鮮やかなブルーの瞳が、あの時と同じで苦悶に満ちていることに気づく。


 それで、責任は持てないと言った意味がなんとなく分かった。

恐らくニアが意識を失ってからずっと、持てる力の全てを使ってニアの意識を取り戻そうとしていたのだろう。けれども……。


 セバスチャンの魔力は無尽蔵なのだろうが、それでも憔悴しきった様子が見て取れる。白金の塊に見えたのは、顔色まで真っ白な紙のようになっていたからだ。

それは心配でたまらないからというだけでなく、睡眠はおろか食事もとっていないということの証だろう。

セバスチャンがそこまでしてもニアの意識が戻らないということは、魔力が有限の俺は危ないってことか……。


 だから何だ? 今更〈危険ならやめておきます〉なんて言うはずがないだろう?

大体、セバスチャンは俺をなめすぎている。

それはつまり、未だに、ニアを想う俺の気持ちさえも軽く見ているってことだ。

……ふざけるのもいい加減にしろ!


 いいからさっさと繋げ! と怒鳴ろうとしたら、先に扉が怒鳴り散らし始めた。

正確には、様々な怒鳴り声や叫び声。それから、まるで城門を壊す破城槌のように、扉を激しく叩いたり蹴ったりしている音の数々……。



 あの……皆さん? この部屋には、意識不明の天使なお嬢様がいるってことを、お忘れですか?


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