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66・切り札?

 つい先ほどまでライアンをからかって遊んでいたヴィクトリアと、二人しか運べないルーカスが連れて来るのは、まずはエルトナとノリスだろうと思っていたアズナイルは目を瞬かせていた。


 俺たちを運んできた時には、母上の強引さもあって少し不機嫌そうな顔をしていたような気がするが……今の先生は、やけにニコニコと楽しそうだな。

まあ、機嫌がなおったのなら良かったけど、なんでネイサン? 

いや、その前に──何だその大量の荷物と釣り竿は!?


「ホホッ、待たせたのぉ。それじゃあ行こうかの。まずは、アズ坊からじゃな?」


 いやいや、違う違う。『それじゃあ行こうかの』じゃないですよ、先生。


「エルトナ達は?」

「あ〜あ、あの口悪坊主たちはな、馬で来るんじゃと〜」


 はっ? 馬で? なんでまた……。

 事情を知っていそうなネイサンに視線を移したが、いつも職務に忠実で臣下の鑑とも呼べる彼は今、目を伏せて黙している。


 ……マズいな。

 報告に来ていたネイサンを蔑ろにしてしまった自覚のあるアズナイルは、ポリポリと頬をかきながら言葉を探したけれど、どう考えても悪いのは自分。

 とにかく謝るしかなさそうだ。


「あー、ネイサン。先ほどはすまなかった。報告の途中だったのに……。もう一度聞かせてくれないか? 今度はきちんと最後まで聞くから」


 そう言ったアズナイルには視線を向けずに、ネイサンはいきなり膝をつくと大きく息を吸い込んでから口を開いた。


「アズナイル殿下に申し上げます王都のみで発生している雷雨については災害の危険性があるため念の為すぐに動けるように部屋で待機しておくようにと陛下から言伝を賜って参りましたが殿下は聞かぬうちにいなくなってしまいましたので今すぐ帰城されるかここに残られるかはご自身で判断してくださいまた城門からの知らせにはローゼンシュタイン嬢が王都を離れたというものもありましたので部屋に残っていたエルトナたちに言伝を頼んだところ逆に我々は馬で向かうと伝えてくれと頼まれましたのでルーカス先生にお願いをしてここまで連れてきて頂きました以上ですあとわたしは三日ほどお休みを頂きますが無理だとおっしゃるならこのまま退職してプラント領に移住します」

「わしもじゃ!」


 待て待て待て! きちんと最後まで聞くと言っただろう!


 と、途中で口を挟みたかったが、膝をつく騎士の報告は重要で緊急を意味する。

王族といえど、よほどの理由がない限り邪魔をしてはいけないのだ。

とは言うものの。


 俺は、こんなことをさせてしまう程にネイサンを怒らせてしまったのか? 

……違うな、多分エルトナ達が更にやらかしたんだろう。が、そんな事を言っている場合ではないか。

えーっと、なんだって? 


 ネイサンの捨て身の報告を急いで巻き戻す。


 部屋で待機、はもう無理だ。母上に拉致されたからな、責任は母上にある。

帰城もしない、兄上たちに任せよう。大体、元はと言えば父上がプラントを怒らせるようなことをしたからだ。文句を言われたら、そこを突こう。


 ローゼンシュタイン嬢は、エルトナが追っているから大丈夫。

ノリスとクルスまで馬にしたのはわけが分からんが、まあ好きにすればいい。

それから……休みな。三日でも四日でも取ったらいい、退職されるのは困る。

ネイサンの他に誰がザードの面倒を見れると言うんだ。


 で、プラント領に──


「許さん。休みはいくら取っても構わないが、退職とプラント領への移住は許可できない。移住者第一号になるのは、まずはこの俺だ!」「と、わしじゃ!」


 アズナイルは、ちょいちょいプラント領への移住希望を主張してくるルーカスのことはチラッと見るだけに留め〈さあ、どうする?〉と視線でネイサンに問いかけたが、問われた方は即答できない。


 それはそうだろう。自国の王子が王都を離れ田舎に移住すると言っているように聞こえたのだから。──実際、そう言っているのだが……。


「……はっ? あっ、いえ、あの……それでは、殿下がプラント領にいる間はお休みを頂きたいと思いますが、警護が必要なときには遠慮なく言いつけてください」

「そう、分かったわ。じゃあ、ルーカス、まずはアズナイルを《迷いの森》の入り口まで運んだら、また戻って来てね。そんなに急がなくてもいいから。それから、ネイサン、女の子はクラリスだけなの?」


 アズナイルと《おかしな話》をしていたつもりのネイサンは一瞬返事が遅れて、その隙に次なる質問が飛んでくる。


「あなたとルーカスはその荷物を見る限り、着替えは持ってきているのでしょう? それで、女の子はどうなの?」

「は、い。私達は大丈夫です。ご令嬢は三名でローゼンシュタイン嬢、シラー嬢、……それから、こちらのライラ嬢。馭者はご嫡男様だったと聞いております」

「なっ!? そっ、……ど……」


 思わぬところで自分の子供達の名前が出てたライアンは、もうドイル商会の代表者としての顔を保つことができなくなった。


 ライリーのやつは一体何をやっているんだ! ライラも一緒ならローゼンシュタイン嬢とシラー嬢を誘拐したというわけではないだろうが、侯爵様と伯爵様のご令嬢にもし何かあったらただではすまんぞ!──ハッ、そうだ!


「あっ、あの、馬車はうちの物だったでしょうか」

「はい。城門の騎士がドイル家の紋章を確認しております」


 ハァァ、それなら取り敢えずは大丈夫か……。うちの馬車は野盗対策で、ちょっとやそっとじゃ破れない設計になっているからな。

ライリーがやられない限り──ダメだ、すぐに護衛騎士たちの手配を! って、一体どこへ向かわせればいいのだ!


「ライアン殿、心配はいりません。私の優秀な側近たちが向かっていますので、直に追いつくでしょう。行き先は恐らく──いえ、間違いなくプラント領です」

「プラント……」


 再びパニック寸前になっていたライアンだが、アズナイルの言葉を受けて、二人がここへ来た一番の理由を思い出した。

 そうだ、サーフィニアちゃんの具合が悪くてお見舞いに来たのだと言っていたな。

ということは、ライラ達も……お見舞いに? ん? どうしてサーフィ──


「ライアン、お悩み中のところ悪いのだけれど、そんな暇はあるのかしら? 上級貴族のご令嬢が二名に、アズナイルの側近三名が恐らく着の身着のままでやって来るのよ? ついでに言えば、わたくしもそうなの。レオナルドに捕まると面倒だから王宮には戻れないわ。しばらく滞在予定なのに……どうしましょう?」


 はあぁぁぁ!? なんてこった、悩んでいる場合じゃないじゃないか!


「スチュワート!」

「はい。お呼びでしょうか、旦那様」

「ああ、今すぐ本店に行って今日はもう店仕舞をするように伝えてくれ。王妃様と私もすぐに向かう。それから、ローベリーの支店に早馬を。ローゼンシュタイン嬢とシラー嬢、アズナイル殿下の側近様三名をお連れになって、一両日中にライリーとライラが寄るはずだ。皆様の着替えと客間を用意しておくように言付けを頼む」


 滅多な事には驚かないドイル家の執事スチュワートも、これにはびっくり。

ドイル家始まって以来の緊急事態に「かしこまりました」と言うが早いが、あっという間に姿を消した。


 すっかりやり手の商会代表の顔に戻ったライアンは、ヴィクトリアに今一度確認を取る。


「それでは、アズナイル殿下とルーカス様が先にプラント邸に向かい、再びルーカス様に迎えに来て──あの、もしよろしければ私どもがお送りいたしましょうか? 商売柄、我がドイル家の護衛騎士たちは腕の立つ者ばかりを揃えております。王妃様を安全にプラント領までお連れできると存じますが」


 ライアンがそう言ったのは──

 ルーカス様は転移を使えると言っても、日に何度も頼ってしまうのは可哀想だ。

歳も歳だし、そもそも、もう王宮魔術師ではない。それが証拠かは分からないが、初めに王妃様とアズナイル殿下を連れてきたときには機嫌が悪そうだった。

 ──と思ってのこと。


 一方、ライアンからそう提案されたヴィクトリアは思案する。

 リリィと会うのは十数年ぶりだから、一刻も早く会いたい気はするけれど……嬉しさのあまりに鼻から何かが出てしまうかもしれないわ。

リリィにそんな姿は見せられないし……そうすると、心の準備をする為にも馬車でゆっくり行ったほうがいいような気もしてきわわね……。

ああ、どっち? どっちがいいかしらぁぁ!


 顔を赤くしたり青くしたりしながら悩み続けるヴィクトリアと、王妃様を急かせるわけにはいかず──だけど時間も気になり、懐中時計を何度も確認しているライアンを見ていたアズナイルは、ふと、あることを思い出した。


「そういえば、母上。あの《切り札》とやらは持ってきたのですか」

「勿論よ!」


 言ってヴィクトリアは、ポケットから小さく折り畳まれた紙切れを取り出した。


「これがないと、わたくしは入れないもの」


 ヴィクトリアは、きれいに手入れされた指で大事そうにその紙を撫でているが、アズナイルから見たそれは、やたらと年季の入ったただの紙切れ一枚だ。


 あれが《切り札》?……怪しすぎる。

変な物をプラント邸に持ち込まれては、俺の身も危なくなるというのに。


「母上、それを見せてもらっても構いませんか」

「えーっ……。いいけど、絶対に破ったり失くしたりしないでね? そんなことをしたら例え息子といえども、わたくし何をするか分からないわよ?」

「……分かりました。絶対に破ったり失くしたりしないと誓います」


 一瞬、そんなに恐ろしいものを預かるのはやっぱり止めようかとも思ったけれど、怖いもの見たさが先に立つ。

少し震えだした両手で受け取り、恐る恐る開いたその紙には──



【ヴィクトリアが会いたいと言った時に、一度だけアマリリスに会うことができる権利の券。サンデールは如何なる理由があろうとも、これを拒否することは断じてできないものとする】



 ──と書いてあり、ヴィクトリアとサンデールの直筆の署名も入っていた。


 今の筆跡からすると、少し幼い感じがしないでもないこれは──なんて、心底どうでもいい。

何だ……この子供のおままごとみたいな紙切れは…………これが《切り札》!?


 どうしてヴィクトリアはプラント領に入れないのかは分からないけれど、どう考えてもこんな古ぼけた紙切れ一枚で許可が出るとは思えない。

下手をすれば、自分も常識のない者扱いされて追い出されるかも知れないではないか! と考えたアズナイルは、ルーカスにサッと視線を送ると軽く頷いてみせた。


 そうして、ルーカスが頷き返したのを確認すると、立ち上がりながら切り──紙切れを胸ポケットに仕舞う。


「ちょっと! 何をしているのアズナイル!? わたくしの大事な切り札を返してくれないかしら?」

「はい。確かにお預かりしました。では、お──」


『お先に』と言い終わる前には、すぐ後ろに来ていたルーカスがアズナイルの肩に手をおいて──やると言ったらやるヴィクトリアの茨の鞭は、空を切っただけに終わった。



「あら嫌だ! 逃げられてしまったわ……。仕方がないわね、貢物を山程もって早くプラントに向かいましょう?」


 くるりと振り返ったヴィクトリアの視線の先には、懐中時計を足元に落としたまま石のように固まっているライアンと、蒼白な顔面にデカデカと〈やっぱりもう帰りたい〉と書いたネイサンが立っていた。


「あらあら、二人とも何をぼんやりしているの? 置いていくわよ。ほら、本店まで競争よ! わたくしに付いてこられるかしらぁ〜」


 オホホホホォ〜っと笑いながら駆け出したヴィクトリアが閉めた扉の音で、漸く我に返った二人は顔を見合わせると、慌てて彼女の後を追った。



 ちなみに──アズナイルは忘れることなく本店に立ち寄ってもらい、お見舞い用の日持ちのする焼き菓子を、ちゃっかり手に入れていた。







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