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64・自分勝手な小童ども

 ネイサンが我に返ったのは、席を立ったアズナイルと側近たちが、みんなでルーカスの服を引っ張っているときだった。

 ん? 助けに入る場面だろうか? 

少し考えたが、勘違いだといけないので様子を見ることにする。


「プラント男爵に許可を取らないと話せないというのなら、今すぐプラントに飛んでください」

「殿下、我々もお供します」

「転移だから危険はないだろうが、一応な」

「ねえ、お泊りだよね? 日帰りなんてありえないよね!」


 やはり勘違いだったか。まあ普通に考え──いや、えっ、今からプラント領に?

私の話はまだ終わっていませんよ?

 止めても無駄なのは分かりきっているけれども、せめて報告だけは完結させてほしいと思ったネイサンは「あのぅ……」と声をかけてみたが……。


「待て待て待て! 順番を決めよ! まずは、アズ坊と誰が行くんじゃ?」

「ん、順番? みんな一緒で大丈夫ですよ、先生」

「なぁ〜にを言っておる。いっぺんに四人も運べるわけ無かろう? 一度に運べるのは二人までじゃ!」

「いやまさか、そんなはずはないでしょう? セバスチャンは四人位簡単に、」

「あのバケモン兄さんと一緒にするでない! わしゃ人間じゃぞ!」


 セバスチャンも人間、だよな?

 まあ人間離れはしていますが、それにしても二人だけとは……。

 何だよ、意外と使えなかったな。

 あのドリンクがあればよかったのにね。


 うぬぬぬぬぅー、こやつらめ! 口は噤んでも目が語っておるぞ!


「(仕方がない)じゃあまずは俺からだ。俺はアズナイルを守る剣だからな」

「転移するのですから守るも何もありませんが……まあいいでしょう」

「うん、いいよ〜。僕はプラント領に行けさえすればいいからね!」

「では先生、プラント領までひとっ飛び、お願いします」


 あっさりと順番が決まったので、アズナイルとエルトナは少し機嫌の悪そうなルーカスの肩にそっと手をおいたのだけれども。


「ひとっ飛びはできんの。わしゃプラント領には行ったことがないんじゃ」

「でも、私とエルトナは行ったことがありますから、私達を媒体にすれば問題ないですよね?」


 アズナイルの言いようにルーカスは頭を抱えた。

 じゃ、か、ら! あれと一緒にするなと言うておるのにぃぃぃ!


「できんもんは、できん! 行けるのは隣のドイル領までじゃ!」

「お待ち下さい! プラントではなくドイル領に飛ぶのですか?」

「あ〜そうじゃよ。わしゃ平凡なただの魔術師じゃからの!」


 ツーンとそっぽを向いて答えるルーカスなど、ノリスはもう見ていない。


「エルトナ、事情が変わりました。ドイル領に飛ぶなら私からです(ドイル商会本店の皆様にも顔を売っておかなければなりませんからね)」

「はぁ? 意味が分からん。プラントに直接飛べないのなら、それこそ警護が必要になるだろう?」

「心配いりません。セバスチャン──は忙しいでしょうからクラウド殿に迎えに来てもらえば問題はないでしょう?」

「……ますます意味が分からん。なんでわざわ」「報告は聞いたかしらぁ?」

「王妃様!」


 声をかけてみたものの、控えめすぎたのか先ほどから空気扱いをされているネイサンは〈救いの女神が来た!〉とばかりに喜びに満ちた声を上げた。


 これでやっと家に帰れる!

本日最後の任務だったというのに、ここに来た当初は緊張した部屋の空気にのまれてしまって、殿下方の暴走を止めることができずに、陛下からの言伝も途中で終わっている。その他の報告もまだ済んでいないけれど、王妃様がいれば──


「あら? ネイサンまだいたの? もう帰っていいわよ。ご苦労様でした。さあ、ルーカス、わたくしとアズナイルを運んでちょうだい。プラントは無理だったわね? ドイルまででいいわ。その方が都合もいいしね」


 ヴィクトリアは拗ねてそっぽを向いているルーカスを強引に急かすと、三人はあっという間に姿を消した。



「あ〜あ、三人になっちゃったね。今度は誰が最後に行くか決めなくっちゃ」

「お前だな」「クルスですね」

「何でだよぉ!」「いい加減にしてください!!」


 勝手に期待しただけだけど──ヴィクトリアにも見放されて頭にきたネイサンは、とうとう怒鳴るような大声を上げた。

 身分がどうとか知ったこっちゃない。俺だって、第三騎士団の副団長だ!


 やんちゃなザードとは違い、いつも落ち着いているネイサンが声を荒げるところなど見たことも聞いたこともない三人は驚いて、借りてきた猫のように大人しくなった。


 それを見たネイサンは、ちょっと大人気なかったかな? と思いつつも、また騒ぎ始められると厄介なのでここはこのままの勢いで行くことに決め、キリッと引き締めた表情で一人ひとりと視線を交わしながら考える。


 陛下からの言伝は今更伝えても、もうどうしようもない。すでに殿下はいないのだから──ローゼンシュタイン嬢のことだけでいいかな?……いいことにしよう。


「殿下にお伝えして頂きたいことがあります。婚約者候補のご令嬢が王都から出られたときには報告をする決まりになっておりますので、これから話すことは必ず殿下にお伝え下さいね」


 そう聞いた瞬間にエルトナとノリスの視線はサッと交わる。

そして、すぐに視線をそらしたエルトナは拳をギュッと握りしめ、険しい表情で窓の外に目を向けた。


 落ち着け! まだそうと決まったわけじゃない!

九十九パーセントそうだと思っても、この激しい雷の中、あいつが進んで出て行くなんて考えにくいから、もしかしたら違うかも知れない──そうであってほしいが、もしも本当にあいつだったら……。

 のんびり構えている場合ではない。


 険しい表情のエルトナを横目に見たノリスは、胸中を察してそっとため息を吐く。

『婚約者候補のご令嬢』が誰かなんて、聞かなくても二人には分かったから。


 外は経験した事がないほどの激しい雷雨なのだ。多くの者は例え用事や約束があったとしても、それが余程重要なものでない限り王都内でも外出を控えるだろう。

 しかし、先ほどまでここにいたローゼンシュタイン嬢は……。


 エルトナが最後に声を掛ける前のクラリスの真っ青な顔を思い出す。

 恐らくサーフィニア嬢のところに──プラント領に向かったのでしょうね。

……なんだかまた嫌な予感がしますが……。


 一方でネイサンは、肝心のご令嬢の名前を告げる前に少しだけザワリと揺れた気配を感じ取り、彼らがまた騒ぎ始めるのではないかと様子を窺っていたが、大丈夫そうなので再び口を開いた。


「そのご令嬢は、「ク──ローゼンシュタイン嬢……ではないよな?」


 沈黙に耐えきれなくなって口を開いたエルトナとネイサンの声が被る。


「おや? どうして分かっ──エルトナ!」


 血相を変えたエルトナが部屋の扉を突き破る勢いで出ていって、ネイサンはすぐに後を追おうとしたが、ガクンと後ろに引っ張られた。


「ネイサン、ローゼンシュタイン嬢は誰と出られましたか? 侯爵様ご夫妻は、まだお戻りになっていないはずですが」

「そんなことよりも、先にエルトナを連れ戻さないと!」

「誰と出られましたか! 答えなさい!!」


 口調こそ丁寧ではあるものの、次男と言えど流石は宰相の息子。

その迫力に宰相ノーマンを見たネイサンの勢いは、またたく間に衰えていった。

 ノリスは息を整えて、もう一度尋ねる。


「申し訳ありません。ローゼンシュタイン嬢は、リゲル殿と一緒でしたか」

「いいえ、馬車はドイル家の物で、馭者席では嫡男のライリー様が手綱を握り、中にはシラー嬢とライラ嬢も乗っておられたそうです」

「何だって!?」


 今度はクルスの顔色が変わって、ノリスの表情も厳しさを増していき──ネイサンは何が何だかもう訳がわからない。


 チキショー、団長め! なんで俺がこんな目に!

 宙を睨んで、両手の指をワキワキさせているネイサンに「私達は馬で行きますと殿下に伝えてください!」と声が投げかけられて、ハッと見回した部屋はすでにもぬけの殻だった。



 ……。全部、全部団長が悪い。俺は本当は休みだったんだ。だけど、団長が夜勤を代わってくれと泣いて頼むから親切に代わってあげたのに、なんで……。

よし、決めた。二、三日休んでやる! アズナイル殿下はいないし、プラント領に行ったからすぐには帰ってこないはずだ。何をしようか? のんびり──のわっ!


 いきなり背後からブツブツと文句が聞こえてきて、そろりと振り向くと、目を吊り上げたルーカスが立っていた。


「口も態度も悪い小童どもはどこじゃ! どいつもこいつも、偉大なる元王宮魔術師のわしをバカにしおって! プラントに移住したら、あやつらだけを弾き飛ばす結界を張ってくれるわ!」



 プラント領に、移住……?

 ネイサンの脳裏に、真っ青な空と黄金色一色に染まった大地の景色が広がった。

爽やかな風が稲穂を揺らし、広げた敷布の上では大人も子供もみな明るい顔で楽しそうに、美味しそうに《おにぎり》を頬張っている。

小川のせせらぎ、虹色に跳ねる魚、香ばしい香り……。


「ルーカス先生、賛成です。小童どもは馬で出ましたので、代わりに私を連れて行ってはいただけませんか」

「なんじゃと! わしを待たずに勝手な事を──ぬうぅぅ、年寄りをいじめよってからにぃ、訴えてやる!」

「ええ、訴えましょう。ですから私をプラント領に連れて行ってください」


 プンプンと怒っていたルーカスは、連れて行け、連れて行けとうるさいネイサンをジロリと睨んだ。


「嫌じゃ。わしゃ乗合馬車ではないぞ。それに、お前さんを連れて行く義理などこれっぽちもないしの!」


 ツーンとそっぽを向かれても、ネイサンは諦めない。


「王国一の魔術師様を乗合馬車に見立てるなど、ありえません。私を連れて行く義理などないことも十分に承知しておりますが、先生はプラント領は初めてなのですよね? お礼にと言ってはなんですが、私がご案内してさしあげましょう」


 ルーカスはそっぽを向いたまま、ちろりと横目でネイサンを見た。


 フン。『王国一の魔術師様』じゃと? この人たらしめが! 

……まあ、悪い響きではないがの。それでも、


「案内など必要ないわ。……お嬢ちゃんに、頼むしの……」


 そう言ったルーカスの表情が少し沈んだものになった事に気づいたけれど、事情を知らないネイサンは首を傾げながらも案内の具体的な例を上げてみる。


「私はサーフィニア嬢の大好きな魚が採れる川を知っていますよ? お土産に持っていったら喜ばれるのではないでしょうか」

「……。お嬢ちゃんは、臥せっておる。魚を持っていったところで……」


 何っ!? サーフィニア嬢が臥せっているって──まさか、例のアレか?

 ネイサンは初めてプラント領に行ったときに、ほんの数日の間にひどく体調を崩してすっかり痩せ細っていたサーフィニアの姿と、その時と同じ発作で学園の入学式にも出られなかったという話を思い出した。


 ついでに、盗られたっきり二度と戻ってこなかった朝食のウインナーのことと、病み上がりのサーフィニアの食欲がますます旺盛になっていたことを。


「ではなおさらです。病み上がりに、柔らかな白身魚は最高のご馳走になりますよ? それも大好きな魚だったりしたら、サーフィニア嬢は大喜びで先生に感謝するでしょうね」


 フン、なんじゃ? お嬢ちゃんが目覚めた時、わしが採ってきた白身魚を食べて、喜んで、あの可愛らし〜い笑顔でお礼を言われたり──なんぞもするのか?

…………ええの! 最高じゃ!

なんなら、またあの姿に変身してくれるかも知れんしのぉ〜。


「何をボサッとしておる! 早う肩に掴まらんか!」「はい!」

「振り落とされんように、しっかり掴まっておくのじゃぞ!」「了解です!」



 こうして、人たらしにまんまとたらされた王国一の偉大なる魔術師様は──着替えが必要だというネイサンの為に王宮の敷地内にある騎士団員寮の部屋に寄ってあげて、新品の釣り竿も手に入れてから──再びドイル領へと転移していった。



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