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63・止まない雷雨

 アズナイルもやり過ぎたと反省しているが、そもそも臣下というよりも腹心の友と呼ぶにふさわしい彼らを、あんなふうに力で押さえつけるつもりなど全くなくて、少し圧をかけただけのつもりだった。


 ……魔力が、上がってる?



 ◇◇◇



 口は災いの元と言われたエルトナが、間違った予防線を張って口を開かなくなったので、ノリスは〈私も微妙なんですけど?〉と思いつつ口火を切るしかなかった。


「では、改めて確認なんですけど……。本当にサーフィニア嬢は肖像画に取り込まれてしまうところだったのですね? その時、ルーカス先生とセバスチャンはどうなさっていたのでしょうか」


 プラント邸で起こったことには対処できなかったと聞いていたが、王宮ではどうだったのだろうかと思って聞いてみる。


「わしらは結界に阻まれての、あの部屋には入れなんだ。じゃがな、アズ坊が入って暫くしたら結界が消えての? 慌てて飛び込んでみたら──血まみれのアズ坊が倒れておったんじゃよ」


 《血まみれ》……またしてもとんでもない、聞きたかったこと以上の話を聞かされて、ノリスとエルトナの意識は遠くに飛んでいってしまいそうだ。


「そ、れで、サーフィニア嬢は?」


 ノリスは何とか繋ぎ止めた意識でどうにか一言を絞り出したというのに、サーフィニアのことを尋ねられたルーカスの顔は腹立たしいくらいに明るく輝く。


「それじゃよ〜、それそれ! お嬢ちゃんはな、全くの無傷じゃったんじゃ。もちろん、アズ坊が体を張って大活躍したからなんじゃが、そこから、それはそれはもう感動もんの奇跡が起こっての! その瀕死のアズ坊を」「先生」


 ルーカスも《あれ》を見たのだと確信したアズナイルは話を遮った。

それこそ夢のような奇跡の話など聞かされても、すでにいっぱいいっぱいの彼らには受け止めきれないだろうし、本人の了承も得ずに──いや、もしかしたら本人も自覚していないのかも知れないことを、ここで明かすのは良くないと思ったからだ。


 それに……先生とセバスチャンに知られたのは仕方がないにしても、ニアの本当の姿を誰にも教えたくない。ましてや、あんなにかわいいのに神々しさまで加わった姿を見られたりしたら、今度こそ本当に攫われたり……求婚者が殺到するかも知れない。ダメだ、ダメだ、許さん! そんな奴らは即刻消し去ってやる!


「……。アズ坊よ、なんじゃ? 待っておるんじゃが……」


 ルーカスは、アズナイルが話を遮った理由がなんとなく──あの姿を独り占めしておきたいのだろうということも含めて──分かったが、側近たちの手前、素知らぬ振りで尋ねた。


 アズナイルはアズナイルで、バレバレなのは承知の上で取り澄ました顔を作り、気になっていたことを聞く。


「あのあと──私が意識を失ったあと、ニアはどうなったのですか」

「ああ、お嬢ちゃんはな、さっきも言うたが怪我はなかった。じゃがのぉ、一時的にとはいえ何者かに心と体の一部を支配されとったんじゃ、それだけでも相当な苦痛を味わったじゃろうに、なまじ意識があっただけに必死で抗おうとしとったからの……精神的疲労は計り知れないものだったんじゃろうよ。お前さんが無事じゃと分かると眠るように意識を手放してな、あの兄さんが連れて帰ったわ」


 話を聞いたアズナイルは、あの部屋でのサーフィニアの様子を思い出すと、唇を痛いほどに噛み締めて拳をギュッと握りしめた。

 体の半分を画に取り込まれるという信じられない状況の中、ポロポロと大粒の涙をこぼしながらも、あの小さな体で必死に抗って『助けて』と何度も何度も俺の名を呼んで……。


 再び燃え上がりそうになる体を氷魔法で中和しつつ、気を静めようとしているアズナイルの前では──。



(心と体の一部を、支配されていた?)

(それだけじゃない、生身の人間を生きたまま肖像画の中に引きずり込もうとしてたんだろう? そんなの……)


 いよいよ、僅かに残っていた思考領域さえも白み始めたノリスとエルトナだったが、側近としてのプライドだけで何とか踏みとどまっている。

しかし、それも時間の問題だと感じ始めた頃、その存在だけで意識を繋ぎ止めてくれそうな者がいたことを思い出した。


 その者──怖い話が大の苦手のクルスは、もうずっと口を閉ざしたままでいる。


 大丈夫だろうかと伺い見ると──意外なことに──眉間にシワは寄っているが背筋をしゃんと伸ばして、アズナイルとルーカスへ意識を集中させている。

感心したエルトナが「やるじゃないか」と小声でささやきながら肘で小突いたら──グラリと傾いだクルスの頭と体はテーブルめがけてグィ〜ンと急降下。


「おいっ!────なっ!? こいつ、気を失ってやがる!」


 クルスの頭がテーブルに激突する前に素早く受け止めたエルトナが叫んだ。


「ッソ! 見直して損した! おい、起きろ!」

「……ん、何?……。えっ、あっ、お、起きてるよ! そ、それで、サーフィニアちゃんをギュウギュウと抱きしめて、それからどうしたの? まままままさか、そそそのままおし──」


 ガツッ、ボコッ、べシーン!!


 クルスの中では、怖すぎた話などすっかりなかったことになっていたらしい。

ある意味こっちの方が恐ろしい気もするが、お陰様のブレないヘタレっぷりに、ノリスとエルトナは意識をしっかりと繋ぎ止めることができた。



 冷静さを取り戻したノリスは頭の中を整理する。

 まずは、聞いておかなければならないことですが──いえ、それよりも先に、情緒不安定な殿下の様子ですね。

 もう痛い思いはしたくない。


 チラリと視線を向けてみると、先ほど薄れそうになる意識の中で見た炎は跡形もなくなっている。どうやらクルスの危ない妄想が、燻っていたアズナイルの炎も鎮火してくれたようだ。


 身の安全を確認したノリスは姿勢を正してアズナイルに問いかける。


「殿下。手紙にはなんと書かれていたのですか? サーフィニア嬢は無事なんですよね?」

「勿論だ。だが……まだ目覚めていないらしい」


 そう聞いたノリスは窓の外に目を向けた。

土砂降りの雨は窓から見える景色を灰色一色に染め上げ、時折暗雲から走り落ちる稲妻は轟音を響かせている。


 この雷雨が、サーフィニア嬢と無関係とはどうしても思えない。

 男に話を聞いた時から、ずっとその事を考えていたノリスは重い口を開いた。


「殿下、今朝からずっと考えていたことなのですが、私にはこの雨がサーフィニア嬢と関係があるように思えてなりません」

「どういうことだ? この雨はニアが降らせているとでも言いたいのか」


 眉をひそめるアズナイルに対して、首を横に振って応える。


「そうではありません。ただ、あの男にプラント一家はいつ王都を離れたのかと尋ねた時に、つい今しがたという答えが返ってきたのです。雲行きが怪しいからと、残って作業をする彼のためにセバスチャンが結界を残しておいてくれたそうですが、一家が転移した途端に雨が降り出したから助かったと言っていました」

「そんなのただの偶然だろう? 今日は朝から曇っていたし、セバスチャンでなくても、一雨来そうなことくらい誰にでも簡単に予想できたことだ」


 アズナイルはノリスの話を聞いても、確かに経験したことのない異常な降り方だとは思うものの、この雨とサーフィニアを結びつけて考えることができない。

セバスチャンが怒って降らせている、と言われたほうがまだ納得できそうだ。


 ノリスにしても確たる証拠を持っているわけではなくて、ただの《勘》に過ぎないため、これ以上どう話を進めればいいのか分からない。

頼みの綱のルーカスを伺い見ても、目を瞑って長い髭を撫でながら何かを考えているようではあるが、今のところ発言するような素振りは見られない。


 貝になったエルトナも、ビクビクしているノリスも当然あてにはできず〈完全に行き詰った〉と思っていたところへ、それを打破してくれるかのごとく扉をノックする音が響いて、ホッと息を吐きかけたのもつかの間。


「アズナイル殿下、城門からの知らせを持って参りました」


 《城門からの知らせ》と聞いただけで、アズナイルと側近たちは知らず識らず息を呑む。

城門から来る知らせに、良い事など殆どないことを知っているからなのだが……。


「……ネイサンか? 入れ」


「失礼します」と言って入ってきたネイサンに、少し緊張したみんなの視線が集中して──結界が張ってあったために、中でどんなことが話し合われていたのか知りようもなかったネイサンにも緊張が移ってしまった。


「何かあったのか」

「は、はい。詳しいことはまだ分かりませんが、城門からの知らせによりますと、どうやらこの雷雨が起こっているのは王都だけのようでして、場合によっては」

「うむ。どうやら間違いなさそうじゃの」


 ネイサンは、アズナイルへの報告の途中で声を上げたルーカスに視線を向ける。


「ルーカス先生、まだ報告は終わっておりません。少しお待ち──」

「何が間違いないのですか」


 思わず吐きたくなるため息を飲み込んで、アズナイルに視線を戻したネイサンは、ルーカスに問いかける彼の厳しい表情を見て〈だめだこりゃ〉と諦めた。

こんな表情の時のアズナイルには何を言っても無駄なことを知っているので、そこまで急ぐ必要のない報告はルーカスの話が終わってからすることにした。



 ◇◇◇



『間違いなさそうじゃ』と言っておきながら、先ほどと全く様子の変わらないルーカスをアズナイルは辛抱強く待っている。

と、ルーカスの髭を撫でる手が止まり、ゆっくりと瞼が持ち上がった。


「アズナイルよ、前にわしが言ったことを──あっ……ホホッ、何でもない何でもない。あー、そこの者、邪魔してすまんかったの!」


 しもた! アズ坊じゃのうて、あの兄さんたちに言うたことじゃったわ!

 と焦っても、もう遅い。


「先生……」アズナイルがユラリと立ち上がる。

「言いかけたことを、まさか『何でもない』の一言で済まされるとでも思っているのですか? その話にはニアが関係しているのでしょう? もし、ニアに関することで俺に隠し事をするつもりなら……」


 アズナイルの黒髪が毛先から赤く染まり始めたのを見たネイサンは驚愕に目を見開いたまま周りをそっと見回したが、誰も動じていない。

ということは、これが初めてではないのだろう、けれども──。



 初めて目にしたネイサンは、ガックリと肩を落とした。

 あぁ、俺はなんてツイていないんだ。

昨夜、殿下が倒れているのを発見した時から──と、回想を始めていたネイサンはその後の話を聞いておらず、我に返ったときには何やら揉め事の真っ最中だった。


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