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58・眠り王子

 セバスは、サーフィニアは本物の天使であったという事実は一言も漏らさずに、ルーカスと二人でサーフィニアを追った先に行き着いたのが王宮であったこと、そこから地下にある部屋に向かったけれど自分たちは入れなかったこと、アズナイルが体を張ってサーフィニアを助け出してくれたことなどをかいつまんで話した。


 そして最後に、見てはいないが恐らく「お嬢様はレオンハルト様とミレニア様の肖像画の中に取り込まれようとしていたのではないでしょうか」と付け加えた。



 ルーカスはともかく、セバスの力が及ばなかったこと、生きている人間が肖像画の中に取り込まれていたかも知れないこと。それが、みんなの大事な大事なサーフィニアだったということに、部屋にいる誰もが大きな衝撃を受けていて、息が止まっているのではないかと思うほどに静まり返っている。



 時が止まってしまったような部屋の中で、息ができないくらいに重苦しい雰囲気を打ち破り、サンデールはすっかり張り付いてしまった口をこじ開けた。


「それで、アズナイル殿下は……」

「意識は戻りませんでしたが、命に別状はありません。ルーカス先生がついていますし、起きたら飲ませるようにとドリンクも置いてきました」

「そうか」


 再び沈黙に包まれた部屋に、絞り出したようなかすれた小さな声が落ちる。


「もう、無理。もう、耐えられない……」

「リリィ……」

「あなた、領地に帰りましょう? こんな所にいられない、いたくない。これ以上、ニアを──。見てよ、こんなに小さくなってしまって。この子が一体何をしたというの? どうして? 私達は、いつまでこんなっ!!」


 一瞬、爆発したように、長い白金の髪を舞い上がらせたアマリリスを、サンデールは強く抱きしめる。


「分かった、帰ろう。私も、もう二度とお前たちを失いたくはない。王都に出てきたのが間違いだった。少し休んだら、すぐにプラントに帰ろうな。──セバス」


 サンデールの呼びかけに従い、セバスはアマリリスに眠りの魔法をかけた。



 ◇◇◇



 アマリリスの『領地に帰りましょう』と言う声が聞こえてすぐに、スザークは動き始めていた。


 夜明けにはまだ早いが、タウンハウスの主と上級使用人たちが起きているのだから、他の者達は休んでいたとしても邸の異変に気づいたなら、いつでも動けるように準備をしているだろう──とスザークが思った通り、使用人の休憩室に足を運ぶと全員が揃って待っていた。


「スザークさん、お疲れ様です」

「ありがとう」


 一番若いメイドが運んできてくれたお茶を一気に飲み干すと、一同を見回して、深く息を吐いてからハリのある声で告げる。


「ここは畳んで、領地に引き上げることが決まった。このまま王都で働きたい者は遠慮せずに申し出てほしい。旦那様が紹介状を、」「スザークさん」


 料理長が手を上げたので話すのをやめて頷くと、料理長は席を立ち「お話の途中で申し訳ありません」と軽く頭を下げてから、真っ直ぐな視線をスザークに向けた。


「私達は王都で働きたいのではありません。旦那様の元で働きたいのです。お許しいただけるのなら、我々も領地で働かせてください。邸の手は足りているというのなら、畑仕事でも何でも構いません。どうか、そのように頼んではいただけないでしょうか」


 席を立ったみんなから「お願いします」と言われて「参ったな」と頭をかくスザークだが、実のところ、ちっとも参ってなんかいない。

こうなることは分かっていた。そして、旦那様がこれを快諾することも。


「よし、分かった。それなら、今日はもう休んでいる暇はないぞ。いいな?」


 みんなが元気よく返事をしたのでスザークは次々と指示を出し、すべての指示を出し終えると、まだ薄暗い中、王都の市街地に向けて馬を走らせた。



 ◇◇◇



 東の空が薄っすらと暁色に染まり始めた頃、ルーカスはアズナイルの寝室で目を覚ました。そっとベッドに近づいて静かに手をかざすと、呼吸、心音、魔力と気の流れをゆっくりと確認していって──ホッと息を吐く。


 すべてが正常に機能していて問題はないが、その眠りは深い。

ほんの数時間前に見たときは左の手の損傷が一番激しかったから、そこばかりが気になっていたけれど、実際は体中に切り傷を負っていた。

傷は治っても、体に受けたダメージは計り知れない。


 お嬢ちゃんがおらんかったら、アズナイルは助からんかったかもしれんのぉ。

まったく、好いたおなごを助けるためとはいえ、とんだ無茶をしよるわ。結界を突き抜ける人間がおるなど、わしゃ見たことも聞いたこともないぞえ?


 命に別状はないと言ったもんの、数日は動けんどころか目を覚ますかどうか……。お嬢ちゃんは大丈夫かのぉ。心配じゃがここを離れるわけにはいかんからの。兄さん、頼んだぞ。


 と、念を送ったところで問題に気づく。


 ほっ? 待てよ。しばらく目を覚まさんかったら……どうなるんじゃ? 本当のことを話すわけにはいかんが、わしゃこんな所におったらアズ坊になんかしたと思われるんじゃないかえ!? た、大変じゃ! 早う逃げにゃ──。 



 ダメじゃ。こんな状態のアズ坊を放ってはおけん。じゃが、困ったの……。


 なにかいい手はないかと寝室を出て部屋を見回していると、少しだけ開いていた窓から黒い塊が飛び込んできて正面の壁にぶつかると、その下においてあった書棚と壁の間に落ちていった。


 ハテ? なんじゃろの? 


 フワフワと浮かんで隙間を覗き込むと、小さな黒い塊が上を見上げてピギィーピギィーと変な声で鳴いている。


「なんじゃ、鳥か? 随分と変な声じゃが……風邪でも引いておるのか? ついでに羽も痛めたんじゃな? よしよし、今助けて──」


「やるからな」と言いかけて、開けておいた扉から少しだけ見えるベッドを振り返り、また隙間を覗き込むということを数回繰り返した後、ルーカスはぽんと手を叩いた。


「ホホッ、今助けてやるからな」ピギィピギィ♪

「その代わりにの、ちょこ〜っとわしの手伝いをしてくれんかの?」ピギッ? 

「そうか、そうか。うんうん、いい子じゃのう。じゃあ急いで準備をするから待っておれよ!」ピギギッ!? 


 ルーカスは立てかけてあった脚立を書棚の前に持ってくると、その一番上から後ろ向きにふんわりと倒れ込んで頭と足の位置を確認した。

倒れた時にわざとぶつかったコーヒーテーブルは、倒れたままにしておく。


 そうして、寝室からアズナイルを抱えてきて、自分が倒れた位置に同じように横たわらせたらこっちの準備は終わり。

準備のあいだ中、ピギギィー、ピギギィーと鳴いていた鳥には、あんまり騒がれると計画に支障が出るので、小音効果のある薄い膜で包んでから書棚の後ろから救出した。


「待たせてすまんかったの。じゃが、あと少しだけ辛抱しておくれよ」


 薄い膜に包まれた鳥はピギャー、ピギャーと、まるで文句を言っているように鳴き叫んでいるが、魔法のかけられた膜は破れない。


「すまんの、すまんの。これが終わったらご馳走してやるからな」


 膜ごとよしよしと撫でながら、横たわるアズナイルの組ませた手と胸の間に押し込んだら準備完了。あとは、ザードかネイサンが起こしに来るのを待つだけだ。



 暁色だった空もすっかり白んで、新しい一日が動き出した頃。

王妃様が帰城していることを朝一番に知らされて、その王妃様から直々に「アズナイルは少し遅めに起こしてね。でも、出かけるからあまり遅くならないように」と言い渡されたネイサンは、時間を指定してほしかった。と思いつつアズナイルの部屋の扉を控えめにノックしようとしたが。


「わあぁぁ!」という叫び声に続いて、ガターンと何かが倒れる音が聞こえてきたので「アズナイル殿下!!」と響かせるように大声で叫びながら剣に手をかけ、素早く部屋に飛び込んだ。


 そこで目にしたのは、書棚の前で仰向けに倒れているアズナイルと、倒れた脚立とコーヒーテーブル。


 ──ルーカス渾身の偽装工作だ──これでも。



 少々待ちくたびれていたルーカスだったが、部屋の前に誰かがやってきた気配を感じ取ると、少し高めに叫び声を上げ、魔法で脚立を引き倒し(思い込みの)罪人にされるかどうかの瀬戸際を抜かりなく切り抜けた。


 だが、まだあと少しやることがある。気配を消して寝室の扉の隙間から部屋の様子を窺っていると、ネイサンがザッと部屋の中を見回しながらアズナイルに駆け寄る姿が見えた。


 さほど間を置かずに、ネイサンの大声に反応した王宮騎士たちが集まってきたところで、鳥を包んでいた膜を消し去れば任務完了。長居は無用だ。


 突然、ピギャース、ピギャースという変な鳴き声が響き渡って、アズナイルの手の中からモゾモゾと這い出てきた黒い塊に驚く騎士たちを見届けてから転移しようとしていたら、それと目があって、ギロリと睨まれた──ような気がしたが、次の瞬間には窓を突き破って逃げていったので、自身も急いで転移した。



 ◇◇◇



 部屋で倒れていたアズナイルをネイサンが見つけた瞬間から、王族の居住エリアは上へ下への大騒ぎ。


「なぜ意識が戻らんのだ! 早く医者を呼べ!」

「父上、落ち着いてください。今、宮廷医のハリスンが診ております」

「アズナイル、早く目を覚ましてちょうだい! サーフィニアちゃんに会いに行くのでしょう? わたくしも早くリリィに会いたいのよ!」

「……母上。こんな時に本音を漏らさないでくださいよ」


 レグルスとセリオスは純粋にアズナイルだけを心配したいのに、取り乱す父親と心配な気持ちに願望を織り込んでくる母親を嗜めるのに忙しい。


 しかも、こんな状況の中、更に混ぜくりかえしそうな人までやってきて頭が痛い。


「ホッホ〜イ、久しぶりじゃのぉ。みな元気かえ?」


 素知らぬ顔をして転移してきたルーカスだ。


「ルーカス! アズナイルが大変なんじゃ、早う診てくれ!」

「う〜ん? 何があったんじゃ?」

「ルーカス! あなたは元王宮魔術師でしょう。早くアズを目覚めさせて!」

「ほっ? 王妃よ、帰っておったのか。久しぶりじゃ──おっお〜い、そんなに引っ引っ張らんでも……痛タタタッ」


 引きずられるようにして、アズナイルが眠るベッドまで連れてこられたルーカスはハリスンとも久しぶりに顔を合わせたが、再会を喜ぶよりも心配なことがある。

ハリスンは医者だけど、魔術もそれなりに使えるのだ。

 バレていないといいが……。

 下手に話をふるとボロがでるかもしれないので、簡潔にいくことにする。


「ハリスンも久しいのぉ。それで、お前さんの見立てはどうじゃ?」

「本当に久しぶりじゃな」


 意識不明の者がいるのだから当然にこやかな挨拶とはならないが、それにしても探るような目つきに、ルーカスは〈うっ!〉と詰まりそうになるのをなんとかこらえた。


「……そうじゃの。診たところ大きな怪我はないし、呼吸も魔力も安定しておる。じゃが、聞いた話などから総合的に判断するに、頭を打ったことは間違いないじゃろう。たんこぶは出来ておらんがの?」


 真面目くさった顔で説明しながらも、どこか呆れたような物言いにルーカスは気づいたが「ふ〜ん、さすがはアズナイルじゃ。普段の行いが良いのじゃろうよ」と、とぼけて見せる。


 そんな二人をやきもきして見ていたヴィクトリアが、ついに地団駄を踏み始める。


「もう! そんな事はどうでもいいのよ! どこも悪くないのなら、早くアズを目覚めさせてと、さっきから何度も言っているでしょう!」


 その剣幕に驚いたルーカスはつい「心配せんでも、2、3日もすれば目は覚めるじゃろうて」なんて言ってしまったものだから、ヴィクトリアから胸ぐらを掴まれて、前後にガクガクと揺さぶられる羽目になってしまった。


「だ・か・ら! わたくしは早くと言っているでしょう! どうして2、3日もかかるのよ、このヤブ医者!!」

「ヒィィ、わ、わしは医者じゃないぞ! ハ、ハリスン! どうにか──」


 してくれ。と言いかけたルーカスが見たものは「私はこれ以上ここにいても役にはたちませんので、お先に失礼します」と言いながら部屋を出ていくハリスンの後ろ姿だった。




















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