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57・温かな光

 サーフィニアの悲痛な叫び声と共に、パリパリッ、パリーンと薄いガラスが割れて砕け散ったような音が、セバスとルーカスの耳に鮮明に届く。

それと同時に強固な結界が消失したことを感じ取った二人は急いで部屋に飛び込み──言葉を失った。



 ◇◇◇



 ニア、泣かないで。こんな怪我、大したことはないから。


 そう言って笑って安心させたいのに。気持ちはサーフィニアを抱きしめて、頭を優しく撫でているのに。瞼も、腕も……体中が重くて、痛くて、力が入らない。


 あぁ、早くニアをセバスチャンの元に連れて行かないと、狂ったあいつにこの国を滅ぼされてしまうかも知れない。それにニアまで巻き込まれてしまったら……。


 自分の命よりも、サーフィニアのことが心配でたまらないアズナイルを、優しく、温かな光が包み込み始めた。



 何だ!? やめてくれ、俺はまだいけない! ニアをセバスチャンに託すまでは、いくわけにはいかないんだ!!


 迎えが来たと思ったアズナイルは抵抗を試みようとしたが、手足は全く言うことを聞いてくれない。それならせめてと、渾身の力を込めて瞼を必死に持ち上げた。


 ──サーフィニアと視線があえば、ここを立ち去ってセバスチャンの元に行ってほしいという想いが届くかもしれないと思って──


 必死に持ち上げても、ほんの僅かしか開かなかった瞼では想いを届けることはできなかったけれど、アズナイルがその姿を認めるには十分だった。



 ◇◇◇



 アズナイルとセバスは、信じられないものをその瞳に映していた。



 白金に輝く幼い天使が、閉じた瞳の奥からアメジスト色の涙をこぼしている。

大きく広げた翼から舞い落ちる光の粒は、キラキラと輝きながらアズナイルの体を包み込み──否、部屋中に舞い踊り、セバスとルーカスをも包み込んでいた。


 サーフィニアの膝の上に頭をのせて横たわるアズナイルの、鮮血に染まった傷だらけの左の手もボロボロになった服も、光の粒が舞い落ちて、吸い込まれる先から修復されていく。



 ……ニア……やっぱり君は……。


 口元に薄っすらと笑みを浮かべると、温かな光の中で、アズナイルはゆっくりと意識を手放していった。

 そんな二人をセバスは黙って見つめている。


 ……こいつは約束を守った。正直、結界を越えた時点で倒れ込んだところを見て、もうダメだと思ったが、そこからこいつは信じられない早さで部屋の中に飛び込んで行った。命を賭して、お嬢様を救うために。そしてお嬢様は──。


「ほぉほぉほぉ! これは一体全体、何が起こっておるんじゃ!? お嬢ちゃんに翼が生えとるぞ! 兄さん見てみ──ほほっ! やっぱり、白い兄さんも真っ白じゃないかいな。それで隠しているつもりかえ?」 


 ルーカスに言われて、自身の髪を見下ろすと、術が解けて白金に戻っている。


 まさか、そんなはずは──。


「ほっ!? いかん! 兄さん、撤退じゃ! お嬢ちゃんに限界がきとる!!」


「お嬢様!」髪の色などどうでもいい、一瞬でサーフィニアの背後に回ったセバスは、焦った口調とは裏腹に優しく背中を擦った。


「……セバスチャ──が、レ、オンが……」

「大丈夫です、心配いりません。アズナイル殿下は生きていますよ」

「いき──る? ほんとに? でも、め、あけ──ない」


 涙をこぼしながら、弱々しく首を振るサーフィニアの方が儚く消えてしまいそうで、焦燥に駆られたセバスは今すぐアズナイルを蹴り飛ばして〈起きろ!〉と怒鳴りつけたいのを我慢して、後ろからサーフィニアの右手を取るとアズナイルの胸の上に導いた。


「ほら、分かるでしょう? 力強い鼓動が。……アズナイル殿下は、お嬢様を置いていったりはしませんよ」


 トクッ、トクッ、と手のひらから伝わる命の音に、サーフィニアの瞳からは喜びの涙が溢れ出す。


「よかっ、た。レオン……よか……」「お嬢様!!」


 翼の消えたサーフィニアはセバスの胸に沈むように倒れ込んだが、心配ではち切れそうな大きな呼びかけに少しだけ笑って応える。


「だいじょ、ぶ。ちょと、つかれ、だけ」

「お嬢ちゃん、アズナイルはもう大丈夫じゃ。あとはわしが引き受けるから、お嬢ちゃんは帰ってゆっくり休むんじゃ」

「ルー、せん、せ?」


 信じられない出来事と、消え入りそうなサーフィニアに、二つのドキドキを絡ませていたルーカスもやっと落ち着いてきたので、サーフィニアを安心させるように優しく声をかける。


「そうじゃ、わしじゃよ。さあ、早う兄さんに連れて帰ってもらうんじゃ。アズナイルのことは、わしが責任を持つと──野のネズミにも誓おうぞ?」


 最後の言葉に少しだけ目を開けたサーフィニアが、ふふっ、と小さく笑って、


「──れなら、あんし、おねが──ま、す」


 と言うと、セバスの腕の中で、すべての力を使い果たしたかのように深い眠りに落ちていった。


「兄さん、あとはわしに任せて、早う」


 ルーカスに背中を押され、セバスは頭一つ分小さくなったサーフィニアを抱き上げると、壁の肖像画を厳しい目でひと睨みしてから姿を消した。



 ◇◇◇



 セバスが消えた後、そう言えばと振り返った肖像画の上半身にはスフェーンがビッシリと張り付いていて──あれは幻だったのだろうか? とルーカスは頭を捻る。


「ほっ? わしゃ確かに──いやいや、今はそんな事を考えている場合じゃないわい!」


 大丈夫じゃ、と言ったものの確認はしていない。穏やかな顔で横たわるアズナイルの心音を確かめて、漸く安堵の息を吐いたが。


 さぁ〜て、どうするかのぉ。上は今頃大騒ぎになっておるじゃろうな。

うぅ〜む、どうやって──ん? なんじゃ? えらい静かじゃのう。


 アズナイルが来たときには、レオナルドやオーウェルと揉めている声が聞こえていたのに、今は静まり返っている。不思議に思ったルーカスはレオナルドの寝室にそっと転移してみると──人形を抱いて、スカスカと眠っているレオナルドが目に入った。


 ありゃ? おかしいのぉ……。神経を集中して辺りを探ってみると、僅かな時の歪みを感じる。


 いやはや……。兄さん、抜かりがない上に器用じゃのう。おかげで助かったがの。


 セバスが半刻ほど時を戻したのに気づいたルーカスは、地下に戻るとアズナイルを抱えて彼の部屋に転移した。



 ◇◇◇



 ルーカスが肖像画を振り返るよりも早くタウンハウスに転移したセバスは、またしても言葉を失った。


「ニア!!」


 悲鳴に近い声で娘の名を呼んだアマリリスから腕に抱いていたサーフィニアを奪い取られても、一歩も動けない。それは、母親だから問題ない。というようなものではなかった。


 アマリリスの姿は──生後三ヶ月で術をかける前のサーフィニアの色。

小さくなってしまった今も白金に光り輝いている本来のサーフィニアの色と同じもので、ただただ驚きに目を見開くばかりだ。



「セバス……。何があった?」


 背後から問いかけるサンデールの口調は静かだが、明らかに怒気をはらんでいる。

 ハッと振り返ったセバスは、怒りに燃えるパステルブルーの瞳から視線をそらすことができない。旦那様まで……。


 何があったのか、逆に聞きたいくらいだったけれど、やはりまずはサーフィニアをベッドで休ませなければならないと思いなおし、なんとか声を絞り出す。


「ま、ずは、お嬢様を休ませましょう。それから、何があったのかをお話します。奥様、お嬢様を」


 二階に連れて上がるには、いくらサーフィニアが小さくなったからといっても、今の状態のアマリリスでは難しいだろう。

そう思って手を差し出したけれど、アマリリスは首を横に振るだけでサーフィニアを離そうとしない。サンデールがそうしても同じことだった。


「セバス」「はい」


 セバスがサーフィニアを抱きしめているアマリリスごとサーフィニアの部屋に転移すると、幸いと言っていいのかどうか……。事が起こったのは、みんなが眠りについた深夜だったので、寝衣にガウンを羽織っていただけのアマリリスもそのままベッドに潜り込んだ。


 涙で枕を濡らさないように、唇を噛み締めながら娘の頭を撫で続ける母親の姿は痛々しくて見ていられないが、目を離すわけにもいかない。

 じっと待っている時間はとてつもなく長く感じられ……セバスが白い鳥を飛ばそうかと思い始めた頃、漸くサンデールが上がってきた。

スヴァイル、マリマベル、それからタウンハウスの侍女頭エレンも伴って。


 どうしてスヴァイルたちも連れてきたのだろうか? セバスは困惑した表情をサンデールに向ける。

 サンデールは、そんなセバスに対してうなずいて見せると、昨夜の出来事を語って聞かせた。



「では、ルーカス先生と私がお嬢様を追って出たあとに奥様は倒れられて、私達が帰り着く少し前に意識を取り戻したのと同時に、今のお姿に変わってしまったという事ですね?」

「そうだ。……おそらく──いや確実に、ニアとお前が元の姿に戻った瞬間に、リリィにかけられていた認識阻害の術も解けたのだろう。私の瞳もな。」


『認識阻害の術』と聞いても、スヴァイルたちは動じない。つまり、彼らも何らかの決意をもってこの場に来て、サンデールもそれを許したという事になるが、どこまで明かしていいのかセバスには判断がつかない。

一度そのあたりのすり合わせを、二人でしておいた方がいいのではないかとセバスが考えていた時、スヴァイルが口を開いた。


「私達は何があろうと、何を聞かされようと、決して旦那様方を裏切ることなどないと誓います。プラント家に仕える者たちは、みな同じ気持ちでいると信じておりますが、万が一にもこの信頼を裏切る者が出てきたら、私が責任をもって成敗しますので、大事な奥様とお嬢様をお守りするためにも聞かせてください。何卒お願いします」


 揃って頭を下げる三人に、サンデールも頷いている。が、だからといって〈お嬢様は本物の天使でした!〉なんて言えるはずがない。少なくとも今の段階では。

精神的に弱っているアマリリスにも、これ以上の負担はかけられないと思ったセバスは、その部分は端折って説明することにした。


「お嬢様は」「ニアァァァー!!」


 セバスが口を開いた時、階下から大きな声が聞こえてきて、ものすごい勢いで階段を駆け上がってくる音まで響いてきた。

顔をしかめたセバスは素早く部屋の前に転移すると、扉まであと二、三歩のところまでに迫っていた人物の口元と足元を凍りつかせる。


「お静かに願います。奥様のお加減が悪く、お嬢様は眠っておられます」

「んんー! んんん、んんんんんん!?」

「はい。ご無事ですが、深く眠っておられますので、騒ぎ立てないと約束してください」

「んんっ」


 それは、学院時代に仲の良かった友人のうち、家督を継ぐ者たちと数人で研修旅行に出掛けていたアクトゥールだった。

 口元を開放されたアクトゥールは真剣な表情で、もう一度確認する。


「ニアは、無事なんだな?」

「一先ずは。ただ……。アクトゥール様、部屋に入る前に約束してください。何を見ても聞いても、決して騒ぎ立てないと」


 アクトゥールが頷いたのを見てドアノブに手をかけたセバスだったが、イマイチ信用できなかったので、目に見えない音を吸収するヘルメットのようなものを、アクトゥールにこっそりと被せた。


 しかし予想に反して、アクトゥールはベッドにいるアマリリスとサーフィニアの姿を認めると言葉もなく立ちつくし、やがてフラフラと近づいていくと、ブランケットごと二人を抱きしめた。


「アクトゥール……。どうして? あなたまだ研修中でしょう?」

「はい。ですが、ここ数日胸騒ぎが収まらなくて……。帰ってきて、よかった」


 アクトゥールの研修先は、ここから休まずに馬を飛ばしても三日はかかる。

ヨレヨレの服とボサボサの髪が、文字通り休まずに駆けてきたのだろうということを示していて、そんなアクトゥールが言葉もなく二人を抱きしめた時点で、セバスは彼にかけていた術を静かに解いた。



 しん、と静まり返った部屋で邪魔をしてはいけないと思いつつ、スヴァイルは確認したいことがあったので、申し訳なさそうにアクトゥールに問いかけた。


「アクトゥール様、当然のことながらスザークも戻っているのですよね?」

「ああ、少し離れてしまったが、もう着く頃だろう」


 少し離れてしまった? スヴァイルは舌打ちしたいのを我慢してサンデールに向き直る。


「旦那様、すぐに戻りますので話を聞くのは少しお待ち下さい。それから、スザークを部屋の前に待機させておくことをお許し願いますか」

「それは構わんが、部屋の前でいいのか」

「勿論でございます。お嬢様のお部屋に若い男を入れるわけには参りません」


 では失礼して。と出ていく背中を見送ると、エレンはタオルを持ってくるようにマリアベルに言いつけた。



 階段を降りる途中で、帰ってきたスザークを見つけたスヴァイルは一足飛びに駆け寄って拳骨を落とす。


「バカ者! 従者たるもの主に遅れを取ってどうする!」


 クタクタでヨレヨレのスザークは、目から星を飛ばしながら頭を垂れる。


「申し訳ありません。しかしながら、神がかり的な早さで馬を駆るアクトゥール様に追いつける者などどこにも」

「言い訳をするな! 鍛え直したいところだが時間がない。お前には今からお嬢様の部屋の前で待機してもらう。今度は遅れを取るなよ」


 ……。納得がいかない。これでも死にものぐるいでアクトゥール様に食らいついてきたんだ。褒めてもらえるなんて、はなから思ってはいないけど。

 それにしても一方的な物言いに腹を立てたスザークは堪らず声を上げる。


「ちょっと待ってください! 私の失態は認めます。しかし、待機しなければならない理由くらい教えてくださってもいいのではないですか! 何も知らされないまま遅れを取るなと言われても──」

「旦那様に許可は取ってあるから、中の話を一言も聞き漏らすなよ。……もしかすると、ここを離れることになるかも知れん」


 そう聞いただけで自分のなすべきことを理解したスザークは、厳しい表情のスヴァイルが『ここを離れる』と言ったときだけ僅かに顔を緩めたのを見逃さなかった。


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