54・母は怖し
食事は楽しくがモットーのヴィクトリアは食堂では問いただしたりせずに、視察先でのハプニングや、道中に見聞きしたことを面白おかしく話して聞かせる。
家族も毎回楽しみにしているヴィクトリアの土産話は、本当に面白くていつまでも聞いていたくなるのだが、この後には断罪裁判が待っていると思うと──今回ばかりは心の底から笑えなかった。
◇◇◇
呼ばれて王族のリビングを訪れたノーマンは、三対二でソファに座っているロイヤルファミリーを見て、迷わず《二》の側にいるアズナイルの隣りに座った。
「ノーマン? ヴィクトリアの並びに座るとは、どういう了見じゃ?」
レオナルドから不服そうな目を向けられたが、リビングのソファの一つにはヴィクトリアとアズナイル。向かいのソファには、レオナルド、レグルス、セリオス──いわゆる被告の三人が座っている。
であれば、自分は当然(原告)王妃様側だろう。
陛下の脱走を防げなかったことに目を瞑ってもらえるのなら。
と思ってのことだったが、それは正直に話さなくても大丈夫。
「レナード、席などどうでもいいでしょう? そんなことよりも、何があったのか洗いざらい話してもらいますからね」
問題に関係のないことは、王妃様が流してくれるから。
「さて、わたくしがいないひと月の間に一体何があったのかしら?」
頬に軽く手を添えて、小首をかしげるヴィクトリア。優しげな雰囲気を醸し出そうとしているが、目がまったく笑っていない。
その様子に、被告席側の三人はゴクリと息を飲み込んだ。
「なぁ〜に、大したことは何もないのじゃよ」しばしの沈黙の後、レオナルドが口火を切る。
本当に大したことはないのだと、平静を装おうとカップに手を伸ばしたまでは良かったが、震える手がカチャカチャと音を立ててしまい失敗に終わった。しかし、これでも一国の王。しれっとした顔で、音はなかったことにして話を続ける。
「アズがな、友達を招待したんじゃが、なにか勘違いをしたみたいでな、その子は怒って帰ってしまったんじゃ。アズは誤解を解こうとこの一週間頑張っておるのだが……学園では取り付く島もなく、邸を訪ねても門前払いを受けておる」
アズナイルは黙って聞いていたが、改めて、やはり知っていたのだなと思う。
学園ではクラリスにベッタリと張り付かれ、邸を訪ねれば門前払いどころか、プラント邸に少しでも面している通りには入ることさえできないでいた。
「学園では皆平等ということになっておるから仕方がないとしても、王族がわざわざ邸を訪ねておるのに門前払いとは、不敬にもほどがあるじゃろう?」
レオナルドはここまで誰も口を挟んでこないので、皆も王宮で起こったことよりもこちらの方が大きな問題だと考えているのではないかと思った。思いたかっただけなのかも知れないが。
レグルスとセリオスは問題がすり替わっていることに当然気づいていたが、藪はつつきたくない。蛇が出てくるのは時間の問題だとしても受ける罰は最小限に抑えたいので、父王の自爆を静かに待っている。
ヴィクトリアはお茶を飲みながら、耳はレオナルド、視線は他の者達へゆっくりと巡らす。
そんな中、考えれば考えるほど、プラント男爵家のアズナイルに対する態度は不敬以外の何ものでもないように思えてきたレオナルドは、このまま突っ走ることに決めた。それが自分の首を絞めることになるとも知らずに。
「身分がどうとは言わぬが、少し調子に乗っておるのではないか? 審判の地かなにか知らん」「なんですって?」
明らかにおかしい態度は敢えてスルーしていたヴィクトリアだったが、カップをテーブルに置くとレオナルドを真正面から見つめた。
「あなた今『審判の地』とおっしゃいまして?」
「ん? ああ、そう言ったが、それが」「アズナイル、あなたの友達というのは誰のことです?」
母親の様子が一変したのを感じ取ったアズナイルは慎重に顔色を窺うが、真意が読み取れない。正直に話した結果、サーフィニアやプラント男爵一家が不利な状況に陥るようなことだけは何としても避けなければ。
アズナイルが言葉を選んでいる間に、ヴィクトリアは上の息子二人に視線を移した。
「レグルス、セリオス、あなた達も知っているのでしょう。何故黙っているのです?」
父王の自爆を待っていた二人は、いきなり窮地に陥った。
急いで脱出したいのはやまやまだが、アズナイルがすぐに答えなかった理由が分かっただけに、それを自分達が暴露してしまってもいいものかと悩んでしまう。
「レグルス・ルシファー」「サーフィニア・プラント男爵令嬢です! ですが、プラント男爵家には何の罪もありません!」
協力してくれた兄たちをこれ以上困らせたくなくて、アズナイルはソファから立ち上がった。
「プラント男爵家は何も悪い事などしていません! 母上、本当です! サーフィニア嬢はなにも」
「当たり前です。リリィは天使なのですから、その娘が悪いことなどするはずがないでしょう?」
「「「はっ!?」」」
ヴィクトリアの思いもよらない言葉に、レオナルドと上の兄二人が驚きの声を上げる一方、アズナイルは、ああ、やっぱりと思う。
やっぱりニアは天使だったんだ。
天使の母親から生まれたのだから、間違えようがないじゃないか。
それに、プラント男爵夫人のことを『リリィ』と愛称で呼ぶくらいだから、母上は大丈夫。
ヴィクトリアは自分の味方だと感じたアズナイルは元気が出てきた。
「はい、天使の母娘が悪いことなどするはずがありません! サーフィニア嬢は、本当に優しくて可愛い天使なんです!」
「やっぱりそうなのね!? リリィの娘ですから当然でしょうけれども、わたくしも会いたかったわ。二年前にアズが視察に行くと決まった時、本当は一緒に行きたかったのよ? 昨年だって。なのに、どうしていつも肝心な時に外交が入るのかしら。今度こそ、絶対に会いにいくわよ!」
盛り上がる二人を見て、レオナルドは青くなる。
まずい、まずいぞ! 話を戻さねば!
「だがの、ヴィー。母娘は天使かもしれんが、あそこには恐ろしい悪魔もおるのじゃぞ? そいつのせいで、わしらは危うく大怪我をするところじゃった。のう、アズ」
「…………」
確かにセバスチャンは恐ろしいというか、すごい力を持っているけど……本気で俺達を手に掛けるつもりだったのだろうか?
父上はともかく、俺に手を出すとは思えない。
などと、何気にヒドイことを考えているアズナイル。
そして、沈黙は同意、と取ったレオナルドはなおも間違った道を突き進む。
「小さな誤解で、あそこまでするかのぉ。アズ、もうプラント邸を訪ねるのはやめなさい」
「先程から勘違いとか誤解とか、何のことですの?」
それはできない。とアズナイルが返すよりも早く、せっかく天使の話で盛り上がれそうだったところを邪魔されたヴィクトリアが不機嫌な声で尋ねた。
「いや、だからの? サーフィニア嬢に、これからもアズとクラリス嬢と仲良くしてやってくれと、わしゃ言うたんじゃ。王子の婚約者と仲が良いのは、あの娘にとっても悪いことではなかろう? それなのに何を勘違いしたのか知らんが、急に帰ると言いだしてのぉ。おまけに悪魔まで召喚しおってからに──ヴィー、どうした? やはり帰ったばかりで疲れておるのではないか?」
話の途中で、急に両手で顔を覆いうつむいてしまったヴィクトリアを心配したレオナルドだったが。
「──ですか?」
「ん? なんじゃ?」
「それを《勘違い》だと、あなたは本気で思っているのですか? アズが言ったことを聞いてなかったの? サーフィニア嬢が急に帰ると言いだした、その意味が分からないの?」
と言われても、まったく何のことか分からないが、どうやら自分は道を間違えたらしいことだけはなんとなく分かった。
「えーっと……まあ、あ、あれじゃ。ほれ、きょ今日はもう遅いからの? また明日にしよう。なっ?」
「本気なのですね?」
「い、いやぁ、ハハッ、本気というかなんというか……」
言いながら、チラッチラッと両脇に視線を送るが、巻き込まれたくない二人は目を合わせない。
その二人の内の一人、セリオスの前に座っていたノーマンは呼ばれて来たものの出番はなく、ずっと黙って聞いていることにも疲れてきたので、遅かれ早かれ明るみに出る爆弾を投下することにした。
「王妃様、息子から聞いた話ですが……帰ろうとしたサーフィニア嬢のドレスを陛下が破いて、泣き出したサーフィニア嬢を悪魔ではなく、悪魔よりも恐ろしい護衛騎士が連れて帰ったそうです」
「ノノノノノーマン!!」
これまでの母親の言動から、ドレスの話はしない方がいいだろう、と思っていた息子たちはノーマンの爆弾発言に驚き一斉に見開いた目を向けたが、当の本人はというと、六つの目に凝視されても澄ました顔で身じろぎもせずに座っている。
当然、暴露されたレオナルドも、悲鳴に近い声を上げた後はピクリとも動か──動けない。
そんな、音が消えた世界は一瞬で。
「…………はあ゛ぁぁぁぁあ゛!?」と地を這うようなドスの利いた声と、棘を光らせた茨がズザザザザァァーっと音を立てながら、部屋中の壁を覆い尽くしたのは同時だった。
天井にもビッシリと張り付いたそのうちの一本が、スルスルとレオナルドの頭上に迫る。両足はすでに捕らえられていて、逃げることはできない。
「ヴィ、ヴィー! おっおっ落ち着くのじゃ! ノノノーマン! 端折り過ぎにも程があるぞ!!」
「端折りすぎ? それは、事実だと認めるということね?」
素早くソファの上に正座をして難を逃れたレグルスとセリオスは──夢か現か幻か──母親の形をしたそれの口が、大きく裂けたような気がした。
「わわわわわざとではないぞ! たた倒れそうになったところを助けようとしただけじゃ! ほっ、本当じゃ!」
「当たり前です。わざとだったなら、今頃あなたの頭の上には真っ赤な花が咲いているところですわ」「王妃様」間髪入れずにノーマンが窘める。
ヴィクトリアはそんなノーマンをちろりと見て、フゥーっと深い息を吐くと、全ての茨はスゥゥーっと消えていった。
「ノーマン、ノリスを呼んでちょうだい」
「王妃様、今夜はもう遅いですし、息子はこのところ体調がよくありません。他の二人もです」
先手を打たれたヴィクトリアはお行儀の悪い顔をしたが、確かにアズナイルの顔色が悪いのも気になっていたので、ここは引くことにする。
「分かったわ。じゃあ、その恋愛音痴の鈍感男を部屋に放り込んだら、あなたも帰っていいわよ」
「ヴィー! い、一緒に部屋に──」
「あなたは当分の間、一人で寝てくださいね」
「そ、そんな!! わしはこのひと月もの間、毎晩一人で淋しく──」
「当たり前です。誰かと一緒だったりしたならベッドを花壇に変えて、そこに首から下を埋めてしまいますわよ?」「王妃様」「冗談よ」
気のせいではなく頭痛がしてきたノーマンは、こめかみを押さえながら盛大にため息を吐くと、この世の終わりみたいな顔をしているレオナルドを促してリビングを出ていった。
賢王レオナルドは外の顔。国や民を守る政治的手腕においてそう呼ばれているが、家の中では、ヴィクトリアのことが大好きな愛妻家ではあるものの、その感情を他者に置き換えて考えることもできない結構なダメ親父である。
「さて、レグとセスにはまた明日にでも話を聞くから、もう休んでいいわよ。アズは少しだけ話せるかしら?」
「母上、アズには何の落ち度もありません。罰なら私達が……」
「や〜ねぇ、分かっているわよそんなこと。あなた達にもちゃんと罰は用意してあげるから、安心して休みなさい。じゃあね」
ヴィクトリアからグイグイと背中を押されてリビングから追い出された二人は、トボトボと廊下を歩く。
「兄上……最後の一言は余計だったんじゃないかな?」
「甘いなセスは。母上は私達の顔色を見て分かっていたんだよ。そこを下手に誤魔化そうとしたりしたら父上の二の舞いだぞ? 早めに自己申告しておいたほうが身のためだ」
そう言われて、部屋中を覆い尽くした茨と、裂けたように見えた口元を思い出したセリオスはブルリと震えた。
「そ、そうだね。兄上の言うとおりだよ。ありがとう」
「いいけど……大丈夫か?」
「う、うん、大丈──ねぇ? 今日は一緒の部屋」「断る」「……ですよね」
しょんぼりと肩を落とすセリオスを見て、同じ部屋で寝るのは勘弁(寝言がヒドイのを知っているから)だが、あとでブランデーをたらした紅茶を届けさせようと考えている優しいレグルスだった。




