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49・招かれざる客

 ルーカスは、プラント邸に(勝手にくっ付いて来て)いた。


「ただ今戻りました。……招待した覚えのないお客様も一緒ですが」

「ほっ、ほっ、なんの、なんの、お構いなくじゃよ」

「「…………」」


 嬉しそうに笑うルーカスとは対照的に、プラント家の者達はニコリともしなければ、挨拶もしない。


 何が『お構いなく』だ! 王族側の者のくせに!

向こうが今回の件をどう思っているのかは知らないが、うちは大事な娘が傷付けられ、故意ではないにしてもドレスまで破られているのだぞ? 言われなくても構う訳なかろう!


「旦那様、こちらの招かれざる客はどちら様でしょう? 何でしたら力ずくでもお帰り願いましょうか」


 主の怒りを受けて、スヴァイルが音もなくルーカスの背後に忍び寄る。


「ほっ? いや、挨拶もせずにすまんじゃった。わしはの、元王宮魔術師のルーカスというもんじゃが、今は見ての通り、しがないただの好々爺じゃよ──じゃが、お前さんは違うじゃろ?」


 最後の一言は、明らかに自分だけに聞こえるように囁かれたが、スヴァイルは澄ました顔で切り返す。


「それは心外ですな。私も立派な好々爺であると自負しておりますぞ?」

「ほっ? いやはや、そう来るとは。いや〜愉快、愉快! 退屈しなくて済みそうじゃな。王宮は退屈で窮屈じゃったからのぉ、いや〜来て良かったわい。おお、そうじゃ! お昼のことじゃがな? 歳を取ったら食が細くなってのぉ、たくさん出されても食べ切れんから、わしの分は軽〜く《おにぎり》だけで構わんぞよ?」


 ……。まさか、おにぎりが食べたくて付いて来たのではあるまいな? とセバスは思った。

その隣でスヴァイルは心に決める。こいつのおにぎりの具は梅干しの種だけにしてやる! と。



 ◇◇◇



 セバスから強制的に一眠りさせられたサーフィニアは、あまり食欲もなかったけれども、これ以上みんなに心配を掛けたくないと思ってダイニングに足を運んだ。

そしてそこで、ニコニコと嬉しそうに座っている家族以外の者を目にして驚く。


「ルーカス先生?」

「ほっ? お嬢ちゃんかえ! 気分──ホホッ、お邪魔しておるよ。お兄さんがおにぎりをご馳走してくれると言うんでのぉ〜」


 危険な気配を察知したルーカスは慌てて言葉を切ったが、その後のセリフもうっかり間違えて、更に危険度をあげてしまった。


(いやはや、お嬢ちゃんの事となると、皆一気に血の気が多くなるのぉ……わしゃ無事に帰れるかいの?)


「ニア、ルーカス先生はね、誰も招待していないのに勝手にやって来たんだよ。邸の中をうろつかれても困るし、仕方がないから席に着いてもらったけど、今からでも帰ってもらおうか?」


 アクトゥールは隣の席をジロリと睨む。


「お兄様ったら、失礼な事を言うものではないわ。ルーカス先生、お気になさらずにゆっくりしていってくださいね」

「ホゥ、ホゥ! お嬢ちゃんはやっぱり天使のようじゃのぉ〜。可愛くて、優しくて、流石はめが──め、目が見えんくてもわしには分かるのじゃ! ささっ、は、早ういただきますじゃ!」


 正面と背後から、ルーカスに鋭い氷の矢が突き刺さる。


(ひぃぃ! あ、あんまり年寄をいじめるとバ、バチが当たるぞ!)


 針の筵に座っているような感覚を味わいながらも「味わうならおにぎりの方がいいに決まっとる!」と大きく口を開けてかぶりついたまでは良かったが、


 ガキッ!


 歯が、しびれに痺れた。


「に゛ゃ、んじゃ……こりは? お、おにぎりとは案外硬いんもんなんじゃな。聞いていた話とは随分と違うの?」

「硬くはないはずですけど……」


 涙目になって口元を押さえているルーカスが可哀想になったサーフィニアは、原因を調べる為に席を立つ。

それに慌てたスヴァイルは、落ち着いて素早く先回りした。

魔術師ならいちいち騒がずに、そのくらい飲み込んでしまえ! と逆ギレしながら。


「お嬢様、ルーカス様のお皿はすぐに取り替えますので、お嬢様はそのままお食事を召し上がっていてください」

「ありがとう、スヴァイル。だけど、私も気になるの。何が入っていたのかしら?」


 くぅぅ、やっぱりお嬢様は天使です! ですが、ですが今だけは、このスヴァイルにお任せして頂きたかった!



「ルーカス先生、すぐに別の物に取り替えますね。お口の中は大丈夫ですか」

「うんうん、大丈夫じゃよ。思っていたのと違ったんでの、びっくりしただけじゃ」


 聞きながら、箸を使っておにぎりを調べていたサーフィニアが声を上げる。


「まあ! ルーカス先生申し訳ありません。梅干しの種抜きをしていない物が入っていたようですわ。いつもはこんな事ありませんのに……あっ、でもちょっと待っていてくださいね。ふふ、これはこれで《当たり》ですよ」


 楽しそうに笑ったサーフィニアは、厨房から木の実割りと梅干しの種を持ってくるようにマリアベルに頼んだ。


「見ててくださいね」


 ルーカスの隣に腰を下ろしたサーフィニアが、木の実割りに種を挟んで両手に力を入れると、種はパキッと音を立てて綺麗に真っ二つに。

それから、箸を使って割れた種の中から小さな粒を摘み出すと、嬉しそうにルーカスの目の前に翳した──ところで思い出す。


「あっ、ごめんなさい」


 隣でふわふわと楽しそうに揺れていた空気が、シュンとしぼんでしまった事に気付いたルーカスは手を伸ばし、サーフィニアの小さな頭をポンポンと撫でる。


「大丈夫じゃよ、わしには心の目があるからの。心の目が見た事を教えてあげようかの? うん? どうじゃ、知りたいじゃろ?」

「……はい」


 ルーカスの目が見えない事を忘れていたサーフィニアは泣きそうになっていたが『心の目が見た事』が気になって、何とか耐える。


「空気がな、楽しそ〜うに揺れとるのぉと思っておったら、パキンと可愛い音が聞こえたんじゃ。そうしたら甘酸っぱい香りが漂ってきてな、お嬢ちゃんの周りにパッと花が咲いたんじゃよ。ということは……」

「ということは?」


 ついさっきまで泣きそうに震えていた空気は、ドキドキ、ワクワクと弾んでいる。ルーカスは小さく笑ってから、大きな声を出した。


「種の中からいいもんが出てきたんじゃ! そうじゃろ?」

「すごい! 当たりです! 心の目ってそんな風に見えるんですね。すごいです」

「うん、うん、わしはすごいんじゃよ。ところで、いいもんとは何かのぉ。当たったから、わしが貰えるんじゃろ?」


 元々、わしのおにぎりじゃしな──その種は違うけど、まあ細かい事は言いっこなしじゃ。


「勿論です。これはですね《仁》といって、体にいいのですよ?」

「ほっ! じゃあ、たくさん食べにゃ〜いかんの」

「駄目ですよ! 一日に二粒までです。それから、食べていいのは梅干しにした物だけですからね。絶対に、生で食べちゃ駄目ですからね!」

「ひょへっ? たったの二粒かえ……残念じゃのう。これはじっくり味わって食べにゃ〜ならんの」

「そうです。じ〜っくりですよ。ふふふ」

 


 サーフィニアとルーカスの楽しげな雰囲気に、初めのうちは招かれざる客に渋い顔をしていたプラント家の者達も、案外こういう時には第三者がいた方がいいのかも知れないと思い始めていた。


 しかし……少し呆れるところもあったりする。


 それは、サーフィニアのおにぎり検分が終わり、箸を使ったとはいえ、ぐちゃぐちゃになってしまったおにぎりを新しい物に取り替えようとした時の事だ。


「だぁ〜いじょうぶじゃ、大丈夫。食べられるのに勿体無かろう?」


 と、ルーカスが皿を掴んで離さない。

「魚の餌にするから問題ない」と言っても聞く耳を持たず、結局それも、新しく取り替えた分もペロリと食べてしまった。

ばかりでなく、やれ、焼き魚の匂いがするだの、揚げたお肉の匂いがするだのと言って──最終的には四個もの、たっぷりと具の入ったおにぎりを食べてしまったのである。


『歳を取ったら食が細くなった』と言ったのは誰だったか。

聞いたところで、ボケた振りをするのは分かりきっているので、敢えて誰も口にしなかったが。



 ◇◇◇



「お茶の時間まで、おじいちゃんの話し相手になっておくれ」とルーカスに声を掛けられたサーフィニアは、庭を案内する事にした。


 今の季節は金木犀が満開で、傷付いたサーフィニアの心を爽やかな甘い香りで包んでくれる。


「う〜ん、いい香りじゃのぉ〜」

「そうですよね。私もこの香りは大好きなんです。街を歩いていても、金木犀の香りが風に運ばれてくると、どこにあるんだろうって、つい探してしまうんですよ」


 暫くは、隣でスゥ〜ハァ〜と深呼吸を繰り返すサーフィニアを穏やかな顔で見ていたルーカスだったが──サーフィニアを幸せにする事が、ひいてはこの国の明るい未来に繋がるはずだと思っていたし、今回の騒動が大きくなる前に何とかしておきたいという思いもあった。


 だから、わしゃ頑張るぞ! と気合を入れたつもりだったのだが、


「お嬢ちゃんは、前の世界ではどんな人生を歩んだのかの?」


 頑張りよりも、抑えきれなかった好奇心が飛び出してしまったようで。


 何の脈略もなく、金木犀の話から突然、前世の話を切り出されたサーフィニアは驚き過ぎて、前を向いたままルーカスの顔を見る事もできずにいる。


(しもた! お嬢ちゃんが固まってしもうたぞ! わしゃ、いきなり何ちゅう事を言うてしもたんじゃ!)


 焦ったルーカスは、これまたいきなり本題へと舵を切った。


「えぇーっと、ほら、あれじゃ、アズナイルの話をしようかの! あやつはな、ああ見えても」

「ルーカス先生。今『前の世界』とおっしゃいました?」

「うっ、う〜ん? ハテ? そんな事言ったかのぉ〜」

「ええ、おっしゃいましたね。はっきりと」


 さっきまではこちらを見ていなかったのに、今は確かにこちらに顔を向けているのが分かる。

責めている訳ではなさそうな、それでいて真っ直ぐで強い視線に、ルーカスは観念するよりほかなかった。



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