48・無鉄砲
急に消えたと思ったら、サーフィニアを横抱きにして応接室に戻ってきたセバスに、そこにいた一同は驚いた。
「ニア!! どうしたの!?」「発作が起こったのか!?」
「まさか! 秋の発作は終わったでしょう?」
家族は、騒ぎ立ててもピクリとも動かないニアと、微かな怒気を纏わせているセバスに不安を募らせる。
「発作ではありませんが、心を守るために眠らせました。とにかく帰りましょう、話はそれからです」
セバスの言葉に黙って頷いた三人が彼の腕や肩に手を掛けると、プラント家の者達は、あっという間に姿を消した。
ほっ? なんじゃ? 誰もおらんくなったぞ! わしゃ置いてけぼりかえ…………フム……誰ぞ何やらやらかしおったな。
ブツブツ呟いていたルーカスも、次の瞬間には消えていた。
◇◇◇
「「陛下! アズナイル殿下! ご無事ですか!」」
サーフィニアとセバスが消えるとすぐに、オーウェル騎士団長を先頭に、ノリスの父で宰相のノーマンと数名の王宮騎士たちが駆け寄って来た。
「わしらは大丈夫じゃが……随分と遅かったの?」
レオナルドの言葉に、オーウェルは膝をつく。
「申し訳ございません! 結界と怪火に行く手を阻まれていて、到着が遅れてしまいました!」
レオナルドの脱走を防げなかっただけでも問題なのに、一歩間違えば取り返しのつかないことになるところだった。
「一体、何が起こったのですか? 王宮内で魔法を使うなど、誰が」
まだ息の整わないノーマンが状況を把握しようとしていると、聞き覚えのある声が割って入った。
「ホッホ〜イ! わしじゃ、わしじゃぁ〜」
間の抜けた掛け声と共に現れたルーカスに、みなポッカリと口が開く。
「ル、ルーカス? 来ておったのか?」
「ほっ? なんじゃ〜レオナルド、忘れておったのか? 非常事態時の訓練をすると言っておいたじゃろう?」
「はっ!?」
寝耳に水の話に、つい、国王らしからぬ声が出た。
(バカ者! 話を合わせんか! 仕事をサボった上に、ご令嬢のドレスを引き破ったなんて、王妃に知られたら──)
「おお! そうであったな。そうか、今日であったか!」
「やれやれ、やっと思い出したか。まあ、多少出遅れたがオーウェルもノーマンもようやった。合格じゃ!」
『合格じゃ!』──といきなり言われても、腑に落ちなさ過ぎる。
「ルーカス先生、訓練をするなら騎士団長である私に先ず声をかけて頂かないと」
「オーウェルの言う通りです。それに王宮内で魔法を使うのは禁止されていますよ、ご存知でしょう?」
納得のいかない二人がルーカスに詰め寄る。
「ほっ? 非常事態に禁止も何もなかろう? 禁止されてますからやめてください。なんて言っても敵は聞いてくれんぞ? それになんじゃ、オーウェル。レオナルドにまんまと出し抜かれおって! それでよう騎士団長が務まるの」
グッと言葉に詰まる二人。
ルーカスが王宮魔術師だった頃から、舌戦で勝てた試しがない。
「ホイホイ、今日はこれで終いじゃ! 解散、かいさ〜ん」
パンパンと手を叩くルーカスに、追い立てられるようにその場を後にしようとしたレオナルドは、あっ! と思い出す。
千切れたレースをどうしようと、握り締めていた手を持ち上げたが見当たらない。
ハテ? 誰かに渡した記憶はないがと思いつつ顔を上げると、それはヒラヒラと揺れながら、執務室の扉の向こうへと消えていった。
◇◇◇
執務室の中は、まだ昼前だというのに真っ暗だ。
組んだ両手に額をあずけ、俯いたままのアズナイル。
腕を組み、眉間にシワを寄せ目を閉じているエルトナとノリス。
今にも泣き出しそうなクルス。
事の顛末を聞いたルーカスは、やれやれと心の中でため息をついた。
「アズナイルよ、レオナルドも悪気はなかったのじゃ。許してやれとは言わんが──」
((……言わないんだ……))
「あやつは昔っから恋愛面に関しては疎くてのぉ。ヴィクトリアも随分と苦労したもんじゃ」
正直なところ、今のアズナイルには父親が疎かろうが母親が苦労していようが、そんな事はどうでもよかった。
泣いていたニアの事で頭が一杯で。
婚約者候補達については、別に隠していたわけではない。
この国の者ならば、ルシファードの王子達には数名の婚約者候補者がいる事は誰でも知っている。
だとしても、ローゼンシュタイン嬢と仲が良いことは知っていたのだから、いつかはきちんと話さなければならなかった。
分かっていたのに……。
国王と言えど、第三者からそのことを聞かされたニアは、どんな気持ちだっただろう。
しかも父上は俺すら承諾していないのに、ローゼンシュタイン嬢が正式な婚約者に決まったようなことまで言ってしまったという。
冗談じゃない!
ダンッ! と力任せにテーブルを叩いて立ち上がる。
それに一番驚いたのはルーカスだ。
「ほっ? い、いや、許せんというのなら、わしも一緒にとっちめてやるぞ!」
シュッシュッっと拳を繰り出すルーカスを見て、少しだけ冷静になる。
「いえ、そういう訳ではないのです。申し訳ありません。ただ……」
俺は、どうすれば良かったのだ? 父親と言っても一国の王。
王からの呼び出しを無視する訳にはいかない。
後ろ髪を引かれる思いで応じたのに──その結果がこれだ。
ニアを傷付け、あいつを本気で怒らせて。俺は、もうニアに……
嫌だ、諦めたくない! あいつにも、負けたくない。
俺はニアにまだ何も伝えていないんだ。
それなのに、諦めるなんてできない!
「プラント邸に行って来る」
「……殿下、しかしそれは」
「火に油を注ぐだけじゃないか? サーフィニア嬢に会わせてもらえるなんて、どう考えてもありえないぞ」
「分かってる。それでも、だから行かないというのは違うと思うんだ」
ニアに会わせてもらえなくても、例え門前払いにされようとも、何度でも通って謝って、そして──自分の口で、言葉で、想いを伝えたい。
「心構えは立派ですけど、来ればスヴァイルに殺されますよ」
姿を現すより先に、声が聞こえた。
一瞬にして緊張に包まれた執務室に、小さな白い鳥が舞ったかと思ったら、今度は壁一面に魔法陣が浮かび上がり──そこから声の主が現れた。
「話は聞きました。だからといって、許せるものではありませんが」
聞いた? 一体どう──ああ、あの鳥か。
見覚えのある小さな白い鳥は、セバスチャンの肩にとまっている。
あんな状況でも、抜かりなく仕込んでいたとはな。
悔しいが、こいつが側にいればニアが危険な目に遭う事はないだろう。それでも。
「すぐに許して貰えるとは思っていません。だけど、このまま会えなくなるのは……。お願いします、サーフィニア嬢に会わせてください。今日は無理でも、」
「それを決めるのは私ではありません。私は、お嬢様がお決めになった事に従うのみです。会わないと決められたなら、あなたを徹底的に排除するまで」
……。決めるのは自分じゃないが、会わせたくないという本音はよく分かった。まあ、そうだろうとは思っていたけど。
どう返そうかと考えていると、室温がグンッと下がった気がした。
セバスチャンの、こちらを見据える目にも冷たさがます。
「それよりも……クラリス様は正式な婚約者になる事がほぼ決まっているのですよね? お嬢様の親友ですよ? 知らなかったとは言わせません」
痛いところを突かれる。
「それは……いつか話すつもりでした。ですが私は、」
「今更何をどう言おうと後の祭りです。大切な親友が絡んでいるのですよ? どう転んでも、お嬢様が更に傷付くのは目に見えています。それならいっそのこと、お嬢様の記憶からあなたを、」
ガキン!!
「アズナイル!」
頭で考えるよりも先に、剣を振っていた。
「……愚かな事を。まさか、私に勝てるとでも?」
両手で振った剣を、セバスチャンは片手で難無く受け止めている。
勝てるなんて考えた事もない。だが、こいつは何と言った?
数歩離れて体勢を立て直す。
「ニアの記憶を消すなんて許さない」
「ハッ、お嬢様の記憶から自分が消え去ることが、そんなに怖いのですか」
「違う! ニアの記憶はニアのものだ! それを勝手に──俺は許さない。お前と刺し違えてでも、ニアの記憶は俺が守る!」
……記憶は個人のもの。例え、どんなに辛く悲しく苦しいものでも。
そんなこと、私が一番よく分かっている。だから、
「仮にそれが上手くいったとして、私達亡き後、誰がお嬢様をお守りするのですか? 王国一優秀な護衛騎士と、お嬢様の為なら無駄死にも厭わない『無鉄砲なただの友人』の後任はいるのでしょうね?」
──守る。と言い切るのなら、きっちり責任を取って頂きますよ。
はっ? 俺が無鉄砲なただの友人──いや違う、そこじゃない。
俺達がいなくなった後? いやいや、セバスチャンは大丈夫だろう。ん? じゃあ俺は……ああ、だから無駄死になのか。
で、後任──ふざけるな! 無鉄砲だろうが、ただの友人であろうが、この座を他の奴に明け渡すわけないだろう!
騎士の中には、プライドが高過ぎて一度振り上げた剣を収めることなどしない者もいると聞くが、俺は騎士じゃないからな、さっさと下ろすぞ。
「申し訳ありませんでした。ローゼンシュタイン嬢の件も含めて、私にできることには全力を尽くすと誓います。だから、どうか、サーフィニア嬢から記憶を奪うようなことはしないでください」
王族であるとか関係ない。ニアの為ならいくらでも頭を下げる。
そんなアズナイルをセバスは暫く黙ってみていたが、胸の内でため息をつく。
相変わらず、本当に気に入らない。
反射的に剣を振るって牙を剥いたかと思ったら、それをあっさりと収めて頭まで下げてくる。全てはお嬢様の為に。
…………多少は自分の為、でもあるようですが。
「『全力を尽くすと誓う』その言葉に、嘘はありませんね?」
「はい。ルシファードの名にかけて」
「分かりました、取り敢えずは信じましょう。これらの話は旦那様方も聞いておられますから、違えた時にはプラント領に住む全ての者を敵に回したも同然、とご承知おきください」
了承の意を示すために更に深く頭を下げるアズナイルを、改めて見ても、やっぱり気に入らないし面白くない。
だから、少しぐらい意地悪を言ってみたくなっても仕方がないだろう。
「そもそも、いくら私でも記憶を操るなんてことできませんからね。それを私と刺し違えてでも守るだなんて……今のあなたでは、アクトゥール様も倒せませんよ」
「えっ?」と驚いたのはエルトナだ。
「兎に角、お嬢様がお決めになるまでは、お嬢様には勿論、邸の周りも彷徨かないでくださいね」
言いながら、肩にとまっていた小さな白い鳥を掌に載せると再び魔法陣が、今度はセバスの足元に現れる。
あっという間に、足先から消えていくセバスに「待って下さい!」と叫んだのもエルトナだ。
そして、アズナイルが最後に見たのは、何故かほんの少しだけ迷惑そうな顔をしたセバスだった。
◇◇◇
セバスが消えた執務室では、この数時間に起こったことよりも気になることができたエルトナが、まだ呆然としている。
「嘘だろ? アクトゥール殿がアズナイルよりも……」
どちらかと言えば優男寄りのアクトゥールがアズナイルよりも強いなんて、どうしても考えられないのだ。
しかし、そんなエルトナを見てアズナイルは思う。
エルトナ、そこじゃないだろ? 俺も多少は驚いているが、あいつは俺に嘘をついたんだぞ。
俺は騎士じゃないから助かったけど、本当にシャレにならない事態に陥るかも知れないところだった、というのを分かっているのか?
「それにしても、やはり凄いというか何というか。自分の事を『王国一優秀な護衛騎士』と言い切りましたね」
そうだな。だけど、その後を聞いていなかったのか? 俺の事を『無鉄砲なただの友人』と言ったんだぞ。援護口撃が一切なかったのはどういう訳だ?
「ね、ねぇ! そんな事よりも、ルーカス先生も一緒に消えちゃったんだけど!」
そんな事とはなんだ、クルス? エルトナもノリスも──
「えっ? はっ!? ルーカス先生が消えたって……ああ、先生も転移を使えるから家に帰ったんだろう」
「違うよ! セバスチャンの服に掴まって一緒に消えちゃったんだよ! 誰も見てなかったの!?」
…………見てない…………
というか、その存在さえも忘れていた三人だった。




