46・やっと会えたのに
ニアと二人で王宮の廊下を歩く。
後ろに、ザードとネイサンはいるけれど……。
分かっているけど、やっと会えたのに、二人で自由に話をする事もできない自分の立場が嫌になる。
プラント領では誰の目も気にする事なく楽しく過ごせたのに。
執務室の扉の前で立ち止まり、詰めていた息をそっと吐いた。
「サ、サーフィニア嬢!」
ザードの焦った声に振り向くと、後ろにいたはずのニアが廊下の奥の方に少し進んだところだった。
「サーフィニア嬢! どこに行くの!?」慌てて近づいて手を握る。
「どこって……殿下の執務室に行くのでしょう?」
「そうだよ。でも、そっちじゃなくてこっち。……ごめんね? 考え事してて、ちゃんとエスコートができてなかった」
立ち止まって俺を見たニアだけど、どこかぼんやりとしていて。
何だろう……いつものニアじゃない感じがする。
「……部屋、変わったの?」
「サーフィニア嬢!」
焦燥に駆られて、繋いだ手をギュッと握りしめると──ニアの目がパチパチパチッと瞬いた。
「サーフィニア、嬢……」
「あっ、えっ、あれ?」
「大丈夫? 気分、悪い?」
「ち、ちがっ、あっ、あの! 今日、殿下に会えると思ったら、嬉しいのに緊張しちゃって。昨日なかなか寝付けなかったの。ぼんやりしてて……ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げたニアにホッとする。
なんだ、寝不足か。よかった。
「謝らなくてもいいよ。ほら、おいで、ここが私の執務室だよ。中には(邪魔で)うるさい連中がいるけど気にしないでね」
ニアの瞳と同じ色のドレスが小さく揺れる。天使のクスクスと笑う声に合わせて。
「ふふ、うるさい連中って、クルス様達のことでしょう?」
「あっ、クルスの名前が真っ先に出るって事は、サーフィニア嬢もクルスが一番うるさいと思ってるんだ」
「ええっ!? そんな事……思っていませんよ!」
「……《間》があったね?」
「ありません!」
扉の前で、ほんの少しだけでも二人の時間を楽しみたかったのに──「コホン」と咳払いが邪魔をしてくる。
「殿下、ここは目立ちます。(イチャイチャするなら)部屋に入ってからにしてください」
「……分かってる」
ザードの言葉を受けて、申し訳なさそうに扉を開けてくれたのはネイサンだ。
すると早速「ああぁ! サーフィニアちゃんだぁ。いらっしゃ〜い」
何が『いらっしゃ〜い』だ! ここはお前の部屋じゃない!
「ふふふ、皆様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
お元気じゃないんじゃないか。遠慮せず、皆帰ったらどうだ?
今日だけは、大目に見てやるぞ?
「サーフィニア嬢、久しぶり。なかなか会えなくて、待ちくたびれ(て)たぞ(殿下が)」
「サーフィニア嬢、お久しぶりです。お待ちしておりましたよ(特に、殿下が)」
「あ〜、やっと平和な日々が戻っ」
ベシッ! ゴスッ!
「……あの、何か、ごめんなさい」
「なんだ? サーフィニア嬢が謝る事など何もないぞ?」
「そうですよ。最近虫が多くて困ってるんです。さあ、立ち話もなんですから入ってこちらにお掛けになってください」
涙目のクルス様が気になるけど……座っていいのかなぁ。チラッと隣を見上げると、レオンがニッコリ笑ってソファまで手を引いてくれた。
「ありがとうございます」
ソファに腰掛けてお礼を言ってから、部屋の中をグルッと見回す。
ここが、レオンの執務室。そこに自分がいるなんて。
嬉しいような、落ち着かないような……変な感じ。
「いつも、ここでお仕事をされているのですね」
きちんと整理整頓がされていて、真面目なレオンらしい──いえ、ウェルシータ様のお陰、でもあるのかしら?
「あっ、今、部屋がキレイなのはノリスがいるから。だと思った?」
「えっ!? そんな事……思っていません」
「ククッ、ほらまた《間》があった」
「またって! そんなものありませんから!」
ツーンとそっぽを向いたら──生暖かい六つの目がこっちを見ているのに気付く。
いやぁぁ、恥ずかしいぃ!
(おっと、ガン見し過ぎたぜ)
(……殿下が楽しそうで何よりです)
「アハハ〜、サーフィニアちゃん、顔まっ」
ベシッ! ゴスッ!
「さあ、二人共、お茶を淹れるのを手伝ってください」
ノリス、グッジョブ! 心の中で褒め称え、真っ赤になって恥ずかしがっている天使を堪能する。はぁ〜、天使が俺の執務室に。
夢じゃないよな? 真っ赤な顔もかわいい、ずっと見ていたい。
……このまま額縁の中に閉じ込められないだろうか? いや、そうするとかわいい声が聞けなくなるな。
なんて、ちょっと? アブナイ事を考えていたからか、今度はノックの音が邪魔をする。
「あの、殿下……ツゥエル殿がお見えになって」
「はっ? 兄貴がなんの用だ?」
呼ばれたのは俺なのに、奥からエルトナが出て来る。
エルトナ、グッジョブ! 嫌な予感しかしないから、そのまま追い払ってくれ!
「なんの用って……お前にじゃない。アズナイル殿下に言伝があるんだ。アズナイル殿下、陛下より言伝を預かって参りました」
ほらな、聞きたくない。帰れ。
「殿下……」天使がかわいい眉を下げて、黙ったままの俺を見ている。はぁ〜、かわいい。けど……行かないと、優しい天使は自分のせいだと思うかも知れない。
「すぐに、すぐに戻ってくるから、帰らないで待っててね?」
「はい。いってらっしゃいませ」
ソファから立ち上がったニアが、かわいい笑顔で『いってらっしゃいませ』って。……うん。すごくいいな、こういうの。
よし、音速で行って、光速で戻ってこよう!
「あっ! お前達、サーフィニア嬢に変な真似をするんじゃないぞ! でも、目だけは絶対に離すなよ!」
「お前なぁ……俺達は皆、明日も明後日も朝陽を拝みたいんだよ」
「プッ、朝陽を拝むって、エルトナジジくさ〜い。でも、曇りや雨だったらどうするの?」
ゴスッ! ゲシッ!
「ちょ、ちょっと! 今、ノリスは関係なかったよね!?」
「気にしないで下さい。ついでですから」
相変わらず仲がいいな〜、とサーフィニアが笑っていられたのも、扉が完全に閉まるまでだった。
◇◇◇
扉が閉まった瞬間、壁際に立ち並んで──アズナイルの言いつけどおりに──ソファに座るサーフィニアを見守る三人の側近たち。
だからって、な、なんでそんなところに……。
直立不動の三人に、見守られているというよりは──見張られているような気がして落ち着かない。
「あの、皆様も座られては……」
「座ってたら、いざという時に素早く動けないからな」
「殿下が戻られるまで、安心して寛いでいてください」
「僕は座ってもいたたたたっ! かっ、壁際が好きなんだ!」
皆色々言っているが、命が惜しいだけである。約一名は足を踏まれたからだが。
しかし、そんな事情が分からないサーフィニアは、三人が気になって全然くつろげない。
レオ〜ン、早く帰ってきてー
誰もが、なんとなく気まずい思いをしている時に、再び扉がコンコンコンとノックされる。
「何だ、殿下ならいないぞ。分かってるだろ?」
「いえ……あっ、はい。ですが──あっ!」
歯切れの悪いネイサンが扉の外から用件を伝える前に、バァァーンと勢いよく扉が開いた。
その音に驚いて、大きな瞳をさらに大きく見開いていたサーフィニアの雰囲気が、僅かに変わったのをエルトナは感じ取るが──
(……ジェー……ムズ?)
「…………」
「「陛下!?」」
ハッ!……えっ、陛下!? えっ、えっ? レオンは?
──ノリスとクルスが『陛下』と声を上げると、次の瞬間には違和感も消えていた。
混乱しながらも、立ち上がろうとしたサーフィニアだったが。
「ああ、よいよい。そのまま、そのまま」
ニコニコしながら入室してきたのは、紛れもなくこの国の現国王
《レオナルド・ルシファード》その人だった。
「……陛下。アズナイル殿下はそちらに向かわれたのですが、お会いになりませんでしたか?」
「ん? ああ、待っておったんじゃが、なかなか来んからの。わしが来たんじゃ。どこかですれ違いになったかの〜」
((……絶対ウソだ……))エルトナとノリスは確信に満ちた顔で頷きあう。
「それでは、急いでお戻りください」面倒臭い事になる前に。
「殿下は、陛下の執務室で待っておられると思います」
「いやいや、それじゃあ又すれ違いになるかも知れんじゃろ? このままここで待っておれば、そのうち戻ってくるじゃろうて」
ええっ、そんなの困るー。レオン、早く帰って来て!
「それにしても、随分と可愛らしいお客様じゃのぉ。わしは、いいところに来たみたいじゃ。して、どちらのご令嬢かの?」
レオナルドに聞かれて挨拶がまだだったと思い出すも、初めて王宮に来たサーフィニアは勝手がわからない。
えっと『そのまま』って言われたから、挨拶も座ったままでいいのかしら……。
頼りになりそうな二人は何故かしらけた顔で陛下を見ていて、こちらの助けを求める視線には気づいてくれない。
ちなみにクルスは、さっきからなにか言うたびに二人にどつかれるので、陛下の前でまでやられたらたまらないと思って気配を消している。
いつまでも国王を待たせるわけにはいかないので『そのまま』を信じて、座ったままでいることにした。
「ごっ、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません! 陛下にはご機嫌麗し」
「よいよい、そんな堅苦しい挨拶など。しかし、見かけん顔じゃのぉ。ややっ! もしかして、プラント男爵令嬢かな?」
「は、はい。サーフィニア・プラントと申します」
(……おい、臭い芝居をやめさせろ!)
(できるわけ無いでしょう?)
白々しいにも程があるが、だからといって陛下をクルスと同じように扱えるはずもない。
「そうか、そうか。いや、昨年のセルバーン地方の災害の折には、プラント男爵には大変世話になったな。礼を言わねば」
「陛下、それでしたら今応接室に本人がお見えになっていますので、直接お会いになられては如何でしょう?」
アズナイルが戻って来るまでに、何とかこの部屋から出て行って欲しいノリスは、澄ました顔でも必死だ。
エルトナは、アズナイルを呼びに行ったほうが早いと思っていたが、見た所、陛下は一人でここまで来た様子。
ザードはアズナイルについて行っているので、誰か一人でも抜ければ、不測の事態が起こった時に応援が来るまでの間、三人で国王とサーフィニア嬢を守らなくてはならなくなる。
それが難しいことはよく分かっているので、動くに動けない。
レオナルドもそこを見越してか《帰ってほしい口撃》をのらりくらりとかわしている。
「んんー? まあ、それは……後でな。それより、わしもお茶を貰おうかのぉ。可愛らしいご令嬢と一緒にお茶が飲めるなんて、そうそうないからの?」
レオナルドが茶目っ気たっぷりにウインクを送ってくるけど、なんと言ったらいいのか分からなくて、サーフィニアは引きつり笑いを返すことしかできない。
レオーン、どこにいるのぉ、早く帰ってきてぇぇ!




