44・王宮にて
わぁ、ここが王宮。凄いなぁ、実物はやっぱり迫力が違うのね。すてきだわ〜。
視界に入り切らないほどの広大な敷地には、大きな鳥がゆったりと翼を広げたような形の白亜の城が、チョコレートファウンテンみたいな噴水のある池と、左右対称に美しくデザインされた庭園を包み込むようにして建っている。
圧倒的な存在感を持って佇むルシファードの王宮にうっとりと見惚れているサーフィニアの耳に、車輪の音に紛れて小さな声が聞こえた。
〈…………た〉
「ん、なぁに? お母様、なにか言った?」
「いいえ。今から聞こうと思っていたところだけど、寒くない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「中は大丈夫でも外は少し冷えるかも知れないからケープを羽織っておきなさい」
「大丈夫よ、お父様。今日は暖かいわ。それに、今日のドレスは少し厚めの物にしたからケープを羽織ったら逆に暑くなっちゃう」
昨夜、マリアベルと──あれでもない、これでもないとクローゼットをひっくり返して選んだ今日のドレスは、迷いに迷って決めたもの。
スカートの部分が控えめにふんわりと広がっていて、繊細なレースが花びらのように腰の周りを飾っているラベンダー色のドレス。
ウエストから胸元に向かって編み上げているリボンも同じレースの素材で出来ている。
袖は二の腕までがパフスリーブで、その先は手に沿うように絞ってあるものだ。
ハーフアップにした髪に留めているのは、クルス様からもらったブローチに取り外しのきくアレンジを加えたもので、ネックレスはレオンから贈られたもの。これは、いつも肌身はなさずつけている。
全体的に派手すぎず地味すぎず、無難にまとまっていると思う。
プラント領以外で初めてレオンと会える記念すべき日。
少しでも可愛いって思ってくれるといいな。
◇◇◇
ところが、そんな乙女な気分は案内された部屋に入った瞬間どこかに飛んでいってしまった。
えーっと。えっとえっと……確か真ん中に座っているのがレグルス殿下で、向かって右側がセリオス殿下。そして、左側には会いたかったレオン。えっ、なにこれ?
今日は確か、王都一のお医者さまと魔術師を紹介してもらえるはずなんだけど。えっ、二人がそうなの!? どっちがどっち?
ぽか〜んと開きそうになる口を無理やり笑みの形に整える私の隣には、同じく困惑顔のマイファミリー。
「レグルス殿下、セリオス殿下。ご無沙汰しております。本日は娘のために宮廷医と魔術師を紹介していただけると伺いました。ありがとうございます」
状況をうまく飲み込めないながらも、お父様が挨拶をする。
「男爵はなかなか王都に出てこないから本当に久しぶりだね。今回は可愛い弟の頼みだけど、丁度良かった。昨年の災害時には散々世話になっておきながら、直接会ってお礼を述べることもできずにいたから気になっていたんだ。あの時は男爵のお陰で復旧作業も予定より随分早く進み、さらなる被害を食い止めることができた。改めて礼を言うよ」
「もったいないお言葉です」
レグルス殿下の話を聞きながら、昨年の夏のことを思い出す。
レオンが来れなくなったと聞いた時は悲しくて。だけど、会いに来てくれて──約束だった稲刈りも一緒にできた。
最後は、一瞬だったけど……。
顔が熱くなり始めたところにクスクスと笑い声が聞こえて、ハッ! と顔を上げると、レグルス殿下とセリオス殿下が私を見てニコニコと笑っていた。
「はじめまして、プラント男爵令嬢。サーフィニア嬢、で、いいかな? いや、それにしても……なるほどね、これだけ可愛ければ男爵が隠したがるのも無理はないな」
「まさに『プラントの秘せる花』ですね。サーフィニア嬢、アズナイルなんかやめて私と」
「兄上! いい加減にしてください!」
プラントの秘せる花? 何それ? 米の花のことかしら?
「ハハッ、怒るなよ、冗談だろう? サーフィニア嬢があんまり可愛いから、つい──あっ、アハハハハ……」
今度はアズナイルを見て楽しそうに笑っていたセリオスの顔が、急に引きつったものへと変わる。
「えっと、サーフィニア嬢の後ろにビッタリ張り付いて(恐ろしくきれいな顔でこちらを睨んで)いる彼、は?」
私の後ろ──セバスチャンのことね。
「両殿下には、ご挨拶が遅れました。私はサーフィニアお嬢様の専属護衛騎士兼従者のセバスと申します。お嬢様に害をなすとみなした者は誰であろうと容赦なく斬り捨てますので、どうぞよろしくおねがいいたします」
「「…………」」
挨拶なのか、脅しなのか。よく分からない──いや、脅し多めの冷ややかな挨拶を受けた二人は言葉が出ない。
「セバス……。申し訳ありません。この者は私よりも娘に忠誠を誓っておりますので多少行き過ぎた言動はありますが、根はけして」
「おーい。年寄りをいつまで待たせるんじゃ? もう入るぞー」
「あっ、お待ち下さい! まだ殿下が」
男爵のお詫びの途中で部屋の奥にある扉がガチャリと開くと、真っ白な長い髪と長い髭を生やした老人が入ってきた。
今度は何? 仙人? あっ、おじいさん目が。
サーフィニアは急いで立ち上がると老人の元に走った。
『サーフィニア!』とか『お嬢様!』なんて声は無視して。
「おじいさん、私の肘に掴まってください」
「おっ? ほぉほぉほぉ! これはこれは。優しいのぉ〜、白いお嬢ちゃんは。ありがとのぉ」
白いお嬢ちゃん? 白いのは、おじいさんだと思うけど。
「先生……まだ早いですよ」
「何が早いもんか。わしは年寄りじゃぞ? あと三秒で死ぬとこじゃったわ」
「そのセリフ、何年も前から聞いていますよ」
先生ってことは、お医者さまかしら。
サーフィニアの肘に掴まって歩いていた老人は、急に「おっ!」と声を上げると急ぎ足になって、介助をしているはずのサーフィニアが引きずられるような形になっている。
「ほぉほぉほぉ~! いやいやいや、長生きはするもんじゃのぉ、お手柄じゃぞ、アズナイル」
お手柄って……三秒で死ぬところを救ったから?
というか、肘を掴ませていたはずなんだけど。
いつの間にか手を《しっかり》と握られていて、それがちょっと痛かったサーフィニアは僅かに顔をしかめる。
「何がお手柄ですか! いつまでもサーフィニア嬢の手を握りしめていないで、いい加減に離してください!」
「おぉおぉ、洟垂れ小僧がのぉ〜、生意気になったのぉ」
「誰が洟垂れ小僧ですか! 垂らしてなんかいません!」
ニアの前でなんてことを言うんだ!
老人の手を叩き落──とす前にパッと離されたサーフィニアの手をアズナイルが受け止めて、しっかりと握った。
嬉しいけど……やっぱりちょっと痛いな。と思った瞬間、またもやパッと離される。
「ご、ごめん。痛かったよね。じいさんが馴れ馴れしくて、いつまでも離さないからつい……ごめんね」
「う、ううん。ありがとう」
(おお! アズにあんな顔をさせるなんて。さすがプラ)
(セス! やめるんだ!)
ううっ、恥ずかしい!
冷やかしの声が聞こえたサーフィニアはただただ恥ずかしくて、後ろから氷気が溢れ出していることに気付かなかった。
「もう我慢なりません。旦那様、奥様、帰りましょう。私たちは殿下方に騙されていたようです。王族ともあろう者が、医者を紹介するなどとたちの悪い嘘をついて。これ以上、殿下方のくだらないお遊びに付き合う必要などありません」
「賛成です。父上、帰りましょう。なにが王族だ、寄って集ってニアを見世物にして! まさかアズナイル殿下までがこんな真似をするとは、裏切られた気分です!」
えっ……帰るって、ちょっと待って。
「待ってください! 私は嘘などついていません! 見世物にするだなんてそんなこと……私はただサーフィニア嬢のことが心配なんです。だから」
「必要ありません。さあ、お嬢様、帰りますよ」
ええっ、ど、どうしよう……せっかくレオンと会えたのに、帰りたくないよ。誰か──
パンッ! と何かを叩くような音がした。
音のした方を見ると、おじいさんが顔の前で手を合わせている。
「いやいや、すまんかった。つい嬉しくなってのぉ〜。こんな奇跡に巡り会えるなんて、のぉ? 白いお兄さん、許してくれんかのぉ……大事なお嬢ちゃんのことが知りたいんじゃろ?」
「結構です」
おじいさん目が悪いからみんな白く見えるのかしら?──じゃなくて。おじいさん頑張って!
「まあまあ、そう言いなさんな。医者にみせる必要はないがせっかく来たんじゃ、わしと答え合わせくらいしても損はなかろう?」
「…………」
「何ならレグルスとセリオスは追い出しても構わんし……の?」
「「ルーカス先生!」」
レグルスとセリオスから抗議の声があがるが、巡り会えた奇跡を逃したくないルーカスはさっさと追い出そうとする。これが二人のお陰だとしても。
怒り、不満、困惑、喜び? 様々な感情が入り乱れた部屋の中に、凛とした涼やかな声が響く。
「アズナイル殿下。私たちが先生から話を聞く間、ニアにお茶でもふるまってはいただけませんか」
「奥様!」
「セバス。私が何のために来たくもない王宮にわざわざ足を運んだのか分かりませんか」
「……それは」
この部屋に入ってから一言も喋らなかったアマリリスが、貫禄たっぷりに一同を見回した。
風が吹いたら飛ばされそうな……とまでは言わないが、学院を卒業した息子がいるとは思えないほど楚々とした雰囲気を纏ったアマリリスは──ごくごく稀に、一国の女帝と言われても納得できそうな圧を放つ。
「ルーカス先生? レグルス殿下とセリオス殿下は、先生の話を聞くべきだと思われますか」
「ホッホッホゥ! いやいや、ありがたいのぉ〜。うんうん、そうじゃのぉ……いずれは。じゃが、今日のところはいらんじゃろう」
「「先生!」」
二人は再び抗議をしたが、アマリリスがニッコリと微笑むと諦めたようにガックリと肩を落とす。
「決まりですわね。では、レグルス殿下、セリオス殿下。ありがとうございました。ごきげんよう」
有無を言わせない笑顔に見送られ、二人はスゴスゴと部屋を出て行った。
よし! お膳立てをしてくれた兄上たちには悪いけど、自業自得な面もあるから仕方ないだろう。それよりも、ニアと二人で──
「アズナイル殿下、ニアを頼みますね。ああ、二人きりは勿論ダメですよ。誤魔化そうとしてもセバスには効きませんからね。ご存知でしょうけれど」
あっ、ハハ……勿論。ご存知ですとも!
◇◇◇
「悪かったって」
「いや、私も悪かった。アズのあんなに豊かな表情を見たのは初めてだったから嬉しくて、つい……」
「俺もだよ。でも、あんなに恐ろしい番──護衛騎士がいるなら教えておいてほしかったよね」
ハァ、っとため息をつくセスを見て、確かに、と思う。あんなに恐ろしい護衛がいたなんて聞いてない。しかも、見た目にすっかり騙されていた母親まで──母親……。
「セス。今回の事が母上にバレたら」
「ちょちょちょちょちょっ、怖いこと言わないで!」
「覚悟はしておいた方がいいだろう」
「待って! 諦めちゃダメだ。考えるから待って」
いい案などあるはずがないと分かっていたが、一応待ってみる。
「レンソイルにさ、ひと月くらい視察に行かない? 二人で」
「……私は首を洗っておくよ」
「諦めるの早すぎない!? 一緒に考えようよ!」
しかしこのあと、もっとやらかす人が出てきて──二人の罪と罰が多少軽めになるという事は、まだ誰も知らない。




