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43・近くて遠い

 教室に移動中も苛立ちと落胆を隠せない俺に気を遣ってか、エルトナとノリスは無言でついてくる。

悪いとは思うが、サーフィニアに会おうとするといつも邪魔が入る事にイライラする。俺は何か悪いことをしたか? これも王家の呪いなのか?


 ため息をつくだけでちっとも頭に入ってこなかった一限目は、いつの間にか終わっていた。二限目は運良く自主学習になったので、サロンでサボっ──勉強することにする。


「ただいま〜……えっと、あとからの方がいい、かな?」

「いや。で、どうだった、何か分かったか?」


 空気の悪さにクルスにまで気を遣わせてしまった……不甲斐ない。


「えっと、サーフィニアちゃんは入学式に出られなかったでしょう? それで、心配したプラント男爵がお隣のドイル子爵に頼んで子爵の娘──ライラ嬢に学園に通う友達を紹介してもらったら……」

「それが、ローゼンシュタイン嬢とシラー嬢だった。ということですね?」


 つまり、子リスは以前からローゼンシュタイン嬢と友達だったと?

彼女の交友関係は把握していたつもりでしたが……今一度、候補者たちの身辺調査をしておいたほうが良さそうですね。


「あれだな。ランチは、ここに招待したらいいんじゃないか」


 エルトナに言われて、その手があったか! と少し気分も上向いたけど、ノリスの微妙な顔を見て不安になる。


 いいか? 何も言うなよ。口に出せばその通りになることがあるからな? 絶対言うなよ!


 送った念はノリスにしっかり届いていたが、こっそり送った招待状には──


 《お嬢様はローゼンシュタイン嬢と先約があります》


 と、セバスチャンから返信が届いた。


 何故だ。何故、セバスチャンはまだ学園にいる? 

学園は護衛も従者も付き添い禁止だぞ!

いくら髪を──髪を……なんだっけ、髪は黒かったな。

ん? もともと黒だったか? さっきも思ったけど。


「どうした? 落ち込むというよりは、解けない謎にぶち当たったような顔をして」

「いや、セバスチャンは──セバスチャンの髪の色って」

「はぁ? また、セバスチャン? サーフィニア嬢のことじゃないのかよ。セバスチャンの髪は黒、今朝見ただろう?」


 今はな。けど、本当は? 駄目だ、まただ。いつも何かを忘れているような気がする。


「あれが黒に見えないなら、殿下は何色に見えているのです?」

「黒だと認識はしている。けど、どうしても違和感が拭えない」

「お前さ、プラントが絡むと色盲にならないか? サーフィニア嬢のことも最初は『白』だとか言ってたよな?」


 違う。白は白でも白金だ! って……ニア、いつ会えるんだ。


(エルトナが思い出させるから、遂に落ち込んだじゃないですか)

(いやだって、あいつが黒とか白とか……すまん)


 何やらコソコソと話をしていたノリスとエルトナは、三限目が始まる前にそれぞれの教室に帰っていった。

今更だが、あいつらも二限目はサボったんだな。



 ハァ。もう、セバスチャンのことなんてどうでもいい。

どうすればニアと会って話せるんだ? 

学園ではローゼンシュタイン嬢がいる限り無理な気がする。

タウンハウスまで行くか? 用もないのに?

いや、用ならある。 

ニアに会って話をするという重要な用件が! 

でも、そんな理由じゃセバスチャンから速攻で却下されそうだ。 

忙しくて生徒代表としての歓迎の言葉を言いそびれたから──

というのはどうだろう。

そうだ、前にお土産として用意しておいた装飾品も渡さないと。

夏用の日傘とかは来年使ってもらえばいいし、他のものは季節に関係なく使える。

流行りのお菓子も手土産にすれば、マリアベル殿を味方につけられないだろうか。

アクトゥール殿も卒業したというのに、まだ王都にいるらしいから何か力に──


「──い、おい、アズナイル!」

「ん、なんだ?」

「ハァ……なんだ? じゃない。何回呼ばせれば気が済むんだ。今日の授業はとっくに終わってるぞ? 帰らないのか」


 なんだと! いつの間に!?

見回すと、教室にはすでに俺達しかいない。


 なんてことだ。今日の授業は何一つ頭に残っていない。当たり前だ、全く聞いていなかったのだから。というか、ランチは?

食べた記憶がないぞ、ヤバすぎないか……。

でもまあそんな事はどうでもいい、授業が終わったならやるべきことは一つだけ。


「俺は今からプラント男爵のタウンハウスへ」

「……やっぱり聞いてなかったんだな。サーフィニア嬢はローゼンシュタイン嬢たちと帰っていったぞ。今から男爵邸でお茶会だそうだ」


 …………幽体離脱した体が、ガックリと膝をついている。


 エルトナが『まあまあ、今日はあれだったが明日があるさ』と肩を叩いて慰めてくれたが、離脱した体はしばらく戻ってこなかった。



 ◇◇◇



 明日がある。明日がある……明日っていつだ!

プラント領じゃない。ニアは今、王都にいるというのに。

ニアが入学してから一度も話せないどころか会うこともできないまま、明日はもう週末じゃないか。俺とニアの一週間を返せ!


 王族専用のサロンで目を吊り上げ、食後の紅茶をグルグルグルグルかき混ぜるアズナイルを、側近の三人は暫く黙ってみていたが……。


(おい、クルス。どうにかしろ)

(ええっ!? どうにかって……無理だよ、できないよぉ)

(いつもの明後日の方向に飛んでいく思考回路はどうしたのです?)

(なにそれ!? そんなの知らないよぅ)

(いいから、何かひねり出せ)

(そんな事言ったって……わわっ、ふっふっ二人とも顔怖いよ!)


 二人してクルスをいじめているわけではない。まともな思考が煮詰まった時には、クルスの摩訶不思議な回路だけが頼りなのだ。多分。


「えっと……殿下? あの、えっと、ローゼンシュタイン嬢は婚約者だけど、サーフィニアちゃんは友達だから、一緒に──でででで殿下! 目が、目が怖いぃぃー」


 アズナイルの吊り上がっていた目が完全に据わってしまった。


(何やってんだ。火に油を注いでどうする)

(エルトナが焦らせるからですよ)


「ちっちがっ、そそそういう意味じゃなくて! えっと、えっと、今度プラント領に遊びに行くときの話で、えっーと、ほら、春とか秋じゃなくて──あっ、そうだ! あのあのほら! サーフィニアちゃんが王都に来たらって……えっと、王宮お抱えの」


「それだ!」「それです!」エルトナとノリスの声が被る。

「王宮お抱えの──あっ」


『もしも王都に来ることができたなら、必ず王宮に連れて来てくれると約束してください』

 プラント領に初めて行ったときに自分から言い出したことなのに、ニアが入学してきたことが嬉しすぎてすっかり忘れていた。


「父──陛下のところへ行って来る」

「待て! 先ずはレグルス殿下だ」

「なんで兄上の──そうか! そうだな。よし、行くぞ!」


 バタバタと二人が走って出ていってから、クルスはフゥゥーッと長い息を吐いた。


「クルス、頭をどこかにぶつけていたのですか? ここ数年で一番の働きでしたよ」 

「どういう意味かなぁ、他にももっとあったでしょう! でも、エヘヘ〜。殿下たちが戻ってきたらぁ、今の、もう一回言ってくれる?」

「…………」



 ◇◇◇



 お風呂から上がったサーフィニアは、部屋の中からぼんやりと外を見ていた。


「お嬢様、どうされました? 浮かない顔をして……学園で何かありましたか」

「ううん、学園は楽しいよ。クラリスたちがいるから。だけど……」


 入学して一週間が過ぎようとしてるのに、まだ一度も殿下に会えていない。忙しくて会う暇がないのかも知れないけど、何の連絡も来ないなんて。


 私から会いに行ってもいいのかな。学園で会えるのを楽しみにしてるって手紙には書いてあったけど……社交辞令、だったのかな。


 プラント領に遊びに来てくれた時、嬉しくて楽しくて。殿下も同じ気持ちだと思っていたのに……違ったの?


 サーフィニアの大きな瞳に透明な膜が薄っすらと浮かび始めたのを見て、マリアベルは焦る。


(たたたた大変よ! お嬢様が泣きそうだわ! あぁぁお願いだからこんなタイミングで来ない──知らない。聞こえないわ……あーあーノックの音なんて聞こえなーい)


「お嬢様、セバスです。入りますよ」


(いやぁぁー、入らないでぇぇ!)



「……マリアベル?」


 サーフィニアが涙色に染まっているのにいち早く気付いたセバスは、何があったのか尋ねようとしただけなのだが。


「ちっ、違います! 私は何もしておりません。冤罪です!」


 責められると勘違いしたマリアベルは必死で無罪を主張する。


「……そうですか。お嬢様、何かありましたか」


 何かあったのなら良かったけど、なんにもないから……。

ジワリとこみ上げてくるものを、瞬きをして散らす。

ああ、どうしよう。私が泣いたらセバスチャンはもの凄く心配する。

ときには周りに被害も及ぼすくらいに。だから、泣いちゃダメだ!


「ううん、何も! どこまで上手く泣き真似ができるかマリアベルで試してたの。セバスチャンも……騙された?」


 エヘヘと笑ってみせると、セバスチャンは眉を少しだけ下げた。

これは、分かっているけど流してくれる時の顔だ。


「騙されましたよ。心臓に悪いので、あんまりしないでくださいね」

「は〜い。あっ、明日のお茶会、断ってくれてありがとう。みんなといるのは楽しいんだけど、いきなり毎日だと疲れちゃって」


 嘘ばっかり。みんなといて疲れたことなんて一度もない。楽しいだけ。だけど、会いたい人がいる。どうすればいいのかは分からないけど。


「そうでしたか。疲れているのならこれも断っておきましょう。アズナイル殿下から手紙が」

「見せて!」


 封は切られていないのに断っておくということは、お父様にも同じ内容のものが届いているのね。


 受け取った手紙の封を急いで切って開いて、何度も何度も目を走らせる。


「明日、アズナイル殿下が王宮に招待してくださるって! 王都一のお医者さまと魔術師を紹介──するって……どういう事?」


 なんだかよく分からないけどなんでもいい。殿下に会えるなら。


「マリアベル! 王宮って何を着ていけばいいの? 持っているドレスで大丈夫かしら? 今から仕立てるなんて無理だし……ああ、どうしよう、どうしたらいいの!」



 さっきまで泣きそうな顔をしていたサーフィニアが手紙一つで元気になった。それは嬉しい。けれど、その手紙が王族からというのが気に入らないセバス。しかも、王宮に行かなければならないとなるとなおのこと。


 サーフィニアが体調を崩す原因は外部からの魔力の干渉のような気がしていたセバスは、王都に来てからそれが強まったように感じていて、できれば因縁のある王宮には連れて行きたくないのが本音だ。


 明日、何も起こらなければいいが……。


 難しい顔をして考え込むセバスの耳が『コホン』と小さな咳払いを拾う。


「セバスチャン? これから明日のドレス選びをしますので、できれば考え事は他所でやってもらえないかしら?」


「……失礼しました。では、お休み前にまた参ります」

「は〜い。あとでね〜」


 ニコニコと無邪気に手を振るサーフィニアに微笑みを返しながら、セバスは改めて誓う。


 この笑顔は、必ず私が守ってみせる。今度こそ──必ず。










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