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42・「おめでとう」が、言えない

 学園の入学式から遅れること二週間。

いよいよ今日は、サーフィニア一人だけの入学式だ。

学園長室で簡単な歓迎の言葉を貰えることになっている。

でも、その前に。



「お嬢様ぁ、お迎えに上がりましたぁ」

 どこかの侯爵令嬢が、玄関先で大声を張り上げている。


「クラリス、あなた侯爵令嬢なんだから、そんな大声出さないの」

「だって嬉しくって。私達、同級生よ、同級生。もう、楽しみしかないんですもの、仕方ないわよ」

「クラリスったらぁ、馬車の中でもずぅ〜っとこんな調子なのよぉ、朝から疲れちゃったわぁ〜」


 なんて言いながら、ベルビアンナも嬉しそうだけどね?

もちろん、私も。


 警護の都合上? うちの馬車に二人も乗ることになったのだけど……

侯爵令嬢よりも厳重な警護って……私、何様?


 うちの馬車には、大魔法使いのセバスチャンと最強侍女のマリアベルも乗っている。最強という括りなら、ライラのその頭脳も忘れてはいけない。それに加えて、クラリスは植物、ベルビアンナは火の魔法を使えるというのだから怖いものはない! って、ほんと何様なの?


 兎にも角にも、一見するとただの男爵家の馬車は、走る要塞となって学園までの道をひた走る。


 一方で、ニアが──図ったわけではないが──最強護衛二名と補助的護衛要員三名を従えて要塞馬車でやってくるなど考えてもいないアズナイルは、ソワソワウキウキウロウロと校門で待ち構えていた。



 ◇◇◇



「「 来た! 」」

 同時に声を上げたのは、アズナイルとエルトナだ。

 エルトナは特殊な能力だが、アズナイルのそれは多分、好きな人に関することなら何でも敏感に感じ取れる《あれ》だろう。


「ねぇねぇ、どうせならそこの茂みに隠れてさぁ、後ろから声をかけて驚かせたほうが面白くない?」

「おー、いいかもな。第一、ここじゃ目立ちすぎるしな」


 面白くはないが、ニアの驚いたあとの──満面の笑顔──いいかも知れない。


「悪くないな。そうしよう」

 男四人が、コソコソと茂みに隠れてから数分も経たないうちに、プラント男爵家の馬車が馬車寄せに止まった。


 先ずはセバスチャンが降りてくる。次にマリアベル……そして、


 いた、サーフィニア!


 グェッ!

駆け出そうとしたアズナイルは、エルトナに襟首を掴まれる。


「ゲホッ、ケホッ、ケホッ……おっ前、何するんだ!」

「まぁ、待て。お前、サーフィニア嬢しか見てないだろ? 周りをよく見てみろ」

「周り? 周りなんていつものようにセバスチャンと──ん? セバスチャン……。そうか! 誰か忘れているような気がしていたが、あいつだったのか。どうしていつも──いや、それよりも、あいつの髪は黒じゃなかったよな」


 確認を取ろうとエルトナを振り返ったが、

なんだ? その可哀想な者を見るような目は。


「お前はまたそんな事を……そうじゃない、もっとよく見ろ」


 はぁ、早くニアに会いたいのに、色じゃないなら何だというんだ。もっとよくったって、マリアベル殿だろ、それから、

「………………ローゼンシュタイン嬢……」


 何で彼女が一緒にいるんだ。いつの間にニアと仲良くなった?

聞いてないぞ。それに、いつもは不機嫌そうな顔をしているのに、今日はすごく楽しそうだし嬉しそうじゃないか……一体これは、どういう事だ?


「クルス、あなたにしては上出来ですよ。事前に厄介事を回避したのですから、褒めてあげましょう」

「どーいう意味だよ!」

「そーいう意味だ。それより……クルス」

「は〜い、行ってきまぁす」


 クルスは消えるようにいなくなったが、出鼻を挫かれた俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「確か、学園長室で簡単な歓迎式があるはずです。そこに同席させてもらいましょう。在校生代表として」

「そうだな。最初からそうすればよかったな」


 それはそうかも知れないけど。

俺が一番最初に、ニアを歓迎したかったんだ! こんな事になるなら、やっぱり家まで迎えに──


「ですが、ローゼンシュタイン嬢もプラント男爵家の馬車から降りてきましたよ?」

「…………もういい。行くぞ!」



 ◇◇◇



 ……なんで、どうしてここにまで。


 学園長室に向かっていたアズナイル達は、階段を上がってから最初の曲がり角の手前で立ち止まっていた。

馬車から降りてきた一行がそのままゾロゾロと列をなし、学園長室に入って行くのが見えたから。



 部屋の中では学園長もアズナイルと同じ事を思っていた。


「……えーっと。ローゼンシュタイン君に、シラー君。君達はどうしてここにいるのかな?」

「友人──いえ、親友代表として、サーフィニア・プラントお嬢様を歓迎するためですわ」

「右に同じですぅ」


 学園長と副学園長は、困って顔を見合わせた。

 例年、様々な理由で入学式に間に合わない生徒が一人や二人はいるものだが、他の者を歓迎式に参列させたことはない。保護者以外は。

だから、例外は認めたくないのだが……問題が一つ。


 王立と言えど財政は甘くない学園に、ローゼンシュタイン侯爵は毎年多額の寄付をしてくれている。

その愛娘が『親友代表として歓迎する』と言っているのだ。

それを、例外は認められないと無理矢理追い出したりするのは、どうにも気が引ける。


 というよりも、他の令嬢なら上手く丸め込んで追い出すのだが、ことローゼンシュタイン嬢に関しては、下手を打てば逆にこちらが追い出される事態に陥ってしまうかも知れない。


(仕方がない。このまま進めましょう)


「分かりました。そこまで言うのなら今回は大目にみましょう。ところで、副学園長。もう一人の」


 副学園長に確認を取ろうとしたところで、扉が叩かれた。

そして「失礼します」と入ってきたのは……。


「「「 ライラ!? 」」」

「……あー、彼女も今日から入学する事になっ」


 先の三人がドイル嬢のファーストネームを叫んだ時点で、学園長達は嫌な予感がしていたが、できれば当たってほしくなかった。


「なんで?」「どうして?」「ど〜いうことぉ?」

「だって、たったの六分違いで私だけ一つ下の学園とかありえないでしょう? だから、前(日本)はできなかったけど、ここ(この世界)ならできるんじゃないかと思って、飛び級と編入の試験を受けたのよ。結果、めでたく私も同級生よ」


 手を取り合ってはしゃぐ彼女達の耳には、私の話など全然入らないのだろうなと思いつつ、こうなったらもう早く終わらせようと考えた学園長は場が静まるのも待たずに式を始める。



「えー、入学おめでとうございます。お二人はこれまで、爵位の存在する世界で過ごしてきたことと思いますが、学園では爵位は関係ありません。全ての生徒が平等に学び、過ごす事によって──」


 簡単にお祝いと歓迎の言葉を述べ、最後にパチパチパチッと拍手をしたが、やはり聞いていないし歓迎式が終了した事にも気付いてくれない。その上、明らかに保護者には見えない二人からも《邪魔をするな》という目で睨まれている。

 どうしたものかと悩む学園長に、副学園長はそっと耳打ちした。


 こっそりと告げられた情報は、それくらいで彼女達が出て行くとは思えないものだったが、このままでは埒が明かないので使ってみることにする。


「ところで、副学園長。今日のランチは何だったかな」

「今日はですね、ほうれん草とベーコンのキッシュと鴨のコンフィ、カブのポタージュにデザートは確か──タルトタタ」

「ありがとうございます。私達は、ここで平等に学び、過ごし、美味しく食べることを誓いますので、よろしくお願いします。さあ、カフェテリアの見学をしてから教室に行きましょう」


 デザート名の途中で、キリッとした顔のライラが式のお礼を述べると、彼女を先頭に嵐は静かに去って行った。


 あれだけ騒いでいたのに、部屋を出る時には淑女の礼をとることを忘れなかった彼女達に、学園長は無意識に拍手を送る。


「いやまさか、あれしきのことで……」

「実は私も半信半疑だったのですが、うまくいって良かったです」


 ホッと胸を撫で下ろした二人も、実は気付いていないことがあった。

 あの騒ぎの中、飛び級と編入の試験を全教科満点を取って入学してきたライラだけは、歓迎の言葉をしっかりと聞いていたというのに。




 サーフィニア達が出てくる前に場所を移動したアズナイル達だが──そこには、また一つ増えた厄介事に、こめかみを押さえてため息をつく二人と、アズナイルの学園でのこれからと、一年前倒しで始められそうな《子リス捕獲作戦第二弾》を同時進行で考えるノリスがいた。



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