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41・僅か六分の差

 今年の春先、いつもの発作を起こしてから数日後に、私はまた熱を出した。


 不思議な夢だと思っていたものが、そうではない事に途中で気付き、自分の泣き叫ぶ声で目が覚めると、ベッドの周りをお父様やセバスチャン達が取り囲んでいて、お母様は私の手を握りしめて涙ぐんでいた。

家族がいる事にホッとしたけれど、失ったものの大きさに涙が止まらなかった。


 それから三日ほど高熱にうなされるなか──流れる涙をぬぐってくれる優しい手、知らず力を込めてしまう拳を優しく包み込み『大丈夫だよ』というように、トントンと心地よいリズムで伝えてくれる頼もしい手、ひんやりと冷たい掌から流れてくる温かい魔力──毎日、昼夜を問わず、たくさんの愛が私を包んでくれていた。


『どうしたの?』とは、誰も聞いてこなかったけど、その事にかえってホッとした。


 最後の記憶は、とても辛くて悲しいものだったけど、今ある幸せを壊したくない。

もうこれ以上、大好きな家族や大好きな人達を悲しませたり、心配をかけるような事はしたくなかったから。


 ただ一人、セバスチャンが甘えさせてくれた。

『辛い事があるなら吐き出して下さい。旦那様方に心配を掛けたくないというのは分かりますが、私はお嬢様の心が心配です。頼っては頂けませんか』そう言って──誰も信じてくれないような話を、最後まで黙って聞いてくれて。

話が終わると、頭を何度も何度も優しく、眠りに就くまで撫で続けていてくれた。



 ◇◇◇



 お茶とお菓子を用意してもらったあと、ライラが人払いをしてくれたから、この部屋には私達四人しかいない。

四人だけだと気が緩んで、つい、昔の名前で呼び合ってしまったりして──だけど、それじゃあいつボロが出るか分からないから、ちゃんと今の名前で呼び合おうと、話し合って決めた。


 マームさん、変に思わなかったかな……忘れてくれてるといいのだけど。


 サーフィニアが心配しなくても、マームは忘れていた。

というか、気にも留めていなかった。

美貌のセバスに緊張していて『こんなに美しい人の前で失敗したら恥ずかしい!』との思いで一杯一杯だったから。



「じゃあ、この春に私達を思い出したのね? 私達もその頃だったけど……二年も前の話よ。なんで今頃?」

「そうですよぉ、クラリスが荒れて荒れて……大変だったんだからぁ」

「なによ! あんたは泣いてばかりだったじゃない!」


 あはは……笑っちゃいけないけど、あまりにも変わらなさすぎる関係性に、つい、ね。


「だけど流石ね、ライラの『よみ』は当たっていたのよ!」

「ライラのよみって?」

「んふふ〜、ライラがねぇ『お嬢様は本当は公爵家に生まれたんだけどぉ、色々あってぇ、田舎の男爵家に養子に出されたはずだ』って言ったのよぉ〜」

「そうなの。とんでもなく可愛いまで、大当たりよ!」


 はいぃ? 公爵家? 男爵家に養子?


「はあぁぁ、何言ってんの? 私は生まれた時から男爵令嬢よ、馬鹿言わないで!」 

「どうしてそう言い切れるの? 生まれたばかりの赤ん坊に、自分は誰から生まれたのか、なんて分かるはずないでしょ? お嬢様は、どこかの公爵令嬢よ!」


 ……勘弁してよ。大好きな家族が、本当の家族じゃないなんて。

ヤバい、泣きそう……。



「失礼します」いきなり扉が開いて、セバスチャンが入ってきた。


「ちょっと! ノックもなしに女子会に乱入してくるなんて、何様のつ」

「お嬢さまを、泣かせましたね?」

「「「えっ!?」」」


 いや、まだ泣いてないけど……。


「お嬢様、帰りましょう。友達など必要ありません。学園には私が」

「まぁーって、待って、セバスチャン。彼女達は大丈夫、大丈夫だから! 彼女達は──えっと……」


 どうしよう。転生者だって事、みんなも秘密にしているはずよね?


「ハァ〜さっきも思いましたけどぉ、見れば見るほどイケメンですわね〜国宝級ですわぁ」


 いいタイミングで、ベルがうっかり発言をしてくれた。


(イケメン? こいつら……)


「お嬢様、もしかして、こちらのご令嬢方は……」

「そうなの!『昔』からの友人よ!」


 サーフィニアの言葉を他の者が聞いたなら、初顔合わせのはずなのに『昔からの友人』は無いと思うだろう。

しかし、セバスは夢の話を聞いている──どころか知っている。


(言われてみれば、あの時、こんなのが二、三人いたような……)

 あの時も今もお嬢様以外は、どうでもいいセバスチャンである。


「分かりました。ですが、私はこのままここに控えさせていただきます」


 みんなは、えーって顔をしているけど、国宝級イケメンの迫力がプラスされた冷ややかな視線に……『あの』クラリスでさえも黙している。


「少し、よろしいでしょうか?」

 なんて言われても、コクコクと首を縦に振るだけ。


「私は、お嬢様がお生まれになる前からプラント男爵家に仕えております。お嬢様がお生まれになった朝も、もちろん男爵邸におりました。もしも『お嬢様は男爵夫妻の実子ではない』などと言うような者がおりましたら」


 クラリスが、ガチャッとテーブルに足をぶつけながら勢いよく立ち上がる。顔色が少し悪いけど、多分、これは、


「許しませんわ! プラント男爵様と言えば、温厚で誠実。領民からも絶大な信頼を得ている、と聞き及んでいます。な──サーフィニア様が、そんな素晴らしい男爵様のお子ではないなんて、有り得ません! あなた達もそう思うでしょう?」


(((でぇぇーたぁぁー!)))は、取り敢えず置いておいて。


「「……え、えぇ。その通りですわ」」

 クラリスに同意するというよりも、セバスが怖い。


「……そうですか。分かっていただけているのなら、よいのです」

 冷え切った表情のまま、器用に氷の微笑を浮かべるセバスチャンに、


 そこの三人! ポーッとしてるんじゃないわよ!


「セバスチャンはダメよ。売約済みなんだから」


 クラリス達は、イケメン過ぎるセバスチャンと付き合いたいなんて、これっぽっちも思っていない。少し怖いし。


 突然『売約済み』を貼られて驚いたのは、ドナドナ・セバスチャン。


(はっ? 私は、いつ売られたのでしょう? お嬢様のお側を離れるなんて、死んでも嫌なんですけど……。まぁ、もしもそれが本当の話なら、命知らずの愚か者には、秒で消えてもらえばいいだけの話ですけどね)


 氷の微笑に、真っ黒な墨汁が混ざるのを垣間見た三人は訂正する。

滅茶苦茶怖い……に。



 ◇◇◇



 温かいお茶を飲んで、漸くアイスワールドにも慣れてきた《掌返しの達人》クラリスが口を開く。


「それにしても、どうしてお嬢様は私とベルと同じ歳なのかしら? ライラは変わらず一つ下なのよ? だから私達は、ず〜っと二歳年上に絞って探していたの。同じ歳だったなら、二年前に思い出していてもよさそうなものじゃない?」

「私もそこが気になっているの。二年のタイムラグ、二歳年上。『二』がキーワードかしら……」


 テーブルの上に、山と積まれているお菓子を両手で減らしながら、ライラが言う。


 プッ、プププッ、ほんとにもう……笑っちゃう。



(クラリスとベルが十歳、私が九歳の春に私達は思い出した。お嬢様はその時点で十二歳のはず。だったのに、実は十歳で、十二歳になったこの春に思い出したと言った。プラント領に行った時、体調を崩していたのは丁度思い出していた時期と重なったんじゃないかしら? って、そんな事はどうでもいいわね……。十、九、十、十二──あっ!)


「プッククッ、本当にライラは変わんないね、何か思いついた?」

「あっ、あは……。えっと、どうして三人が同じ歳なのかは分からないけど……思い出したタイミングは、私達が前世で出会った年齢じゃないかしら?」


 前世で出会った年齢? 確か、私が六年生の時に──


「ライラ天才だわ。そうよ! 私達が出会ったのは、通っていた小学校が統合される事になって……あの時、私とベルは四年生でライラは三年生。そして統合先の学校にいたのが、六年生のお嬢様だったわ!」


 ああ、そうだ。私の通っていた小学校にみんなが来て、早く新しい学校になれるようにと、全校生徒が縦割りにグループ分けされて……同じグループになったんだ。


「つまりぃ、この世界で、お嬢様は同年齢になっていたけどぉ、前世で十歳の時にはまだ出会っていなかったからぁ……二年前には思い出せなかったってこと?」

「そう。ただの仮説だけどね。でも十二歳になった今年、思い出したって事は、当たらずも遠からず。じゃないかしら?」


 なるほど〜。そうかも知れないなぁ。 

学園の入学式に間に合わなくて、一人だけ出遅れたことを不安に思っていたけど、二人と一緒でよかった。


「週が明けたら、今度は同級生としてよろしくね」

「お嬢様と一緒だってぇ、楽しみぃ〜」

「同級生……素敵過ぎる。ハァ〜マデリンなんか、もうどうでもいいわ」


 あっ、ちょっとはしゃぎ過ぎたかな。 


「ライラも! 学園では来年からになるけど、週末はまた一緒に……一緒に──あれっ? ちょっと待ってよ……」


 どうしてこう抜けてるのかしら、笑ってる場合じゃなかった。

えっと、一緒に……同じ日に、あの露天風呂からこの世界に来たのよね? で、私は六十だったのに、リセットされてゼロからスタート。みんなもね。えっ? じゃあどうして──


 そこで、ライラと目が合った。私でさえも疑問に思った事を、ライラが思わないはずがない。


「思い出したのだけど……クラリスとベルは誕生日が同じなのね。貴族年鑑で見たわ」

「「えっ、そうなの?」」

「えっ、お互いの誕生日を知らなかったの?」


 なんで? 二年も前に再会していたのに、バースデーパーティーとかしなかったのかな。


「だってぇ、お嬢様が見つかるまではぁ、お祝い事はしないって……『願かけ』したんですものぉ〜」

「あなた達、願かけが好きねぇ。前世でも──いえ、それで、誕生日はいつなの?」

「「海の月の三十日よ」」


「お嬢様と同じですね」


 そうではないかと、薄々気付いていた通りの日が告げられて、言葉が出ない私の代わりにセバスチャンが口を開く。

それを聞いたクラリスとベルも、分かっているのか、いないのか……兎に角、驚いている。


 チラリとライラを見ると、また目が合った。


「ちなみに、私は月の月の一日よ。もっと言えば、一日の午前零時五分よ。という訳で……急用を思い出したから、お先に失礼するわ。みんなゆっくりしていって。じゃあ、またね」 


「「「…………」」」


 お菓子はまだ結構残っているのに、スタスタと部屋を出て行くライラを、心配しながらも新鮮な気持ちで見送る。


「……ちょっと確認なんだけど。ここって、ライラの家よね? お先に失礼された私達は、どうしたらいいの」

「ゆっくりしていって〜って言ってたからぁ、ゆっくりしていればいいんじゃなぁい」


 しばしの沈黙の後、折角だからお菓子を食べ尽くしてから帰ろうという事になった。


 ライラが何を考えているのか気になるけど、彼女だけが一つ年下だという謎は解けた。

そして、のんびりとお菓子を頬張るクラリスとベルは、あまり分かっていないのだろうという事も分かったサーフィニアだった。



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