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5・お茶会の帰り道

 殿下に聞けば欠席者がすぐに分かり、今からでもお嬢様の元へ駆けつけられる! と思っていたクラリスはショックを隠せない。

話を聞いたベルも同じだ。


 このまま邸に帰りたくないと泣くベルを、今日はローゼンシュタイン家に泊まらせることにして、ベル付きの侍女は迎えに来たシラー伯爵家の馬車で帰らせた。



「ハァァ、想定外だわ。期待に満ちていたこの十日間をどうしてくれるのよ!」

「お嬢様は十二歳だからぁ、今日のお茶会には招待されていたはずでしょう? なのにぃ欠席者もいないなんて……どういうことぉ?」

「……考えたくないけど、もしかしたら他の国に転生したのかも」

「えぇぇ!? そんなの嫌だぁ、ど〜してそんなこと言うのぉ、クラリスの意地悪ぅぅ」


 さっきからずっとシクシク泣いているベルの涙腺は大崩壊寸前。


「私だってそんなの嫌よ! だけどっ、今日会えなかったって事はそういう事でしょう! そうじゃないと、そうじゃないと!……お嬢様はあのまま」

「やめてぇぇ! それ以上言ったら、いくらクラリスでも許さないわ! ウワァァン」

「私だって許さないわ! そんなの許さないわよ! お嬢様ぁぁ」



 クラリスの侍女エーデルは、今すぐ馬車を降りたかった。


(話が全く見えないわ。お嬢様って誰のことかしら? 転生ってなに? それよりも何よりも──ベルビアンナ様、お声が高すぎます! この狭い馬車の中で泣き叫ぶのは勘弁してくださいませ! 泣きたいのはわたしのほうです! ハァ、邸にはまだ着かないのかしら。いつもより時間がかかっている気がするけど……)


 と、馬車が停まった。同時に叫び声も止まる。(今だわ!)


「一体何事でしょう? 確認して参りますので、少しお待ち下さいませ」


 馭者席側の小窓から聞けば済む話だが、取り敢えず一旦外に出て新鮮な空気を吸いたかったエーデルは、これ幸いと馬車を降りた。


「何があったのでしょう?」

「よく分かりませんが、ロータリーの手前辺りから進んでいないようです」


 ローゼンシュタイン家の馭者が、体をずらして前方を確認している。


「あれは……旗? でしょうか。なんだか聞き慣れない音楽も聞こえますが──ああ、そういえば、あの辺りでなにかの催し物の準備をしていましたね」

「あんな所で? よく許可が降りたわね。馬車寄せもないのに」

「そうですねぇ。あっ、そろそろ進みそうですよ」

「ハァ、此処から先は静かに帰れる事を祈るわ」


 苦笑いされたところをみると、多少なりとも漏れ聞こえていたのだろう。何も言えないので、苦笑だけを返しておく。


 馬車の中では、少し落ち着きを取り戻したクラリスとベルが鼻を啜っていた。


「ハァ、叫び過ぎて暑くなってきたわ。喉もカラカラよ」

「フゥ〜、泣き過ぎて水分不足ですぅ」

「そうね、カフェに寄ってもらおうかしら?」


 お茶会帰りのはずの二人。どれだけ騒げばこうなるのか……。


 クラリスが扇子でパタパタと顔を扇いでいるとエーデルが戻ってきた。


「お待たせしました。間もなく進みそうです」

「何があったの?」

「どうやらこの先で催し物が開かれているようでして、それで流れが滞っているのだと思います」


 エーデルは、馭者から聞いたことをそのまま伝える。


「この先はロータリーでしょう。そんな所で何をやっているのかしら? 馬車寄せもないのに、迷惑極まりないわね!」

「私もそう思います」あなた方も……とは言えない。


 二週間前までは、まともだったのだ。今は《コレ》でも大事な主とそのお友達である事にかわりはない。


「そこにお茶とか売ってないかしらぁ〜」

「あら、そうだったわね。エーデル、私たち喉が渇いてしまって」

(でしょうね……)

「だから、カフェに寄ってもらえないかしら?」

「わかりました」


 エーデルが馭者に伝えている間に、ベルは窓を開けて「美味しそうな匂いはしないわねぇ、音楽は聞こえるけどぉ〜」と鼻をクンクンさせていた。


 ノロノロ進む馬車がロータリーに少しずつ近づくにつれ、音楽も途切れ途切れではあるがはっきりと聞こえだす。


「フンフンフンフンフンフフフ〜ン……フンフフフ〜ン……フンフフフ〜ン──」


 考えを整理していたクラリスは、外から聞こえる音は気に掛けていなかったが、ベルの調子外れの鼻歌は真横から聞こえてくるので、気になって仕方がない。


「ベル、歌うならもう少しスラスラ〜っと歌ってくれない? なんで切れ切れなのよ」 

「だあってぇ、よく聞こえないんだも〜ん。クラリスも聞いてみなさいよぉ」


 言われて外に意識を向けると、確かに聞き取りづらい。聞き取りづらいけど……どこかで聞いたことがあるような、ないような。この独特の──


「フンフンフ〜ン、フンフンフ〜ン──」

「「あっ! さくらさくら!?」」


 クラリスとベルは慌てて立ち上がって──よろけて、互いの頭をぶつけ合った。


 狭い馬車の中だし、ノロノロとはいえ動いているのだから、そうなっても不思議はない。それでも、エーデルにとっては一大事。


「お嬢様! ベルビアンナ様! 危のうございます、落ち着いてくださいまし!」


 自分はどうなっても構わないけど、大事なお嬢様たちに怪我をさせるわけにはいかない。


「ハッ! そうよ、落ち着くのよベル! 期待しては駄目よ。もみじもみじかも知れないわ」

「なによそれぇ、どう聞いても、さくらだと思うけどぉ〜」

「いいえ、罠かもしれない。今日これ以上の落胆は身が持たないわ! もっと確かなもので確認しないと」


 さくらも、もみじもきっと罠だわ。『さくら』が何か分からないけど、お嬢様方が私を罠に掛けようと──暗号を使って!?


 音楽を聞いてまたおかしくなった二人を見たエーデルは、恐らく、間違いなく訪れるであろうトラブルに備えようとしていたが……それより先におかしな思考に陥ってしまっていた。


「エーデル、という訳で馬車を降りてもいいかしら?」


「(やっぱり来たわねトラブル〜♪ 私の心はブル〜ブル〜♪ ほら! 私だってやればできるのよ!)……やっと動き始めたところで、後ろも渋滞しております。ここで停めると迷惑を掛けてしまいますので、せめてロータリーまでお待ち下さい」


「……やけに間が長かったわね? でもそうね、後続の方に迷惑を掛けてはいけないから、それまでに私達も気を静めておくわ」


(是非、そうしてください! できれば邸に着くまで!)


 取り敢えずクラリスは落ち着いたようなので、次はこちら。


「ベルビアンナ様、窓は一旦閉めさせていただきます」

「えぇ〜、音楽がぁ」

「乾いた喉にホコリが入って(これ以上騒がれて)は大変ですので(私が!)」

「はぁ〜い」


 ロータリーまで数十メートル。やっと、ほんの僅かな静寂を手に入れることができたエーデル。


 が、それはすぐに破られる。

 閉まった窓にへばり付き、外を眺めていたベルは見つけたのだ。

パタパタと風にはためくあの旗を。


「あっあぁぁ! ちょっちょっとぉ! あれあれ! あれ見てぇ、あれ〜! あれ、あれじゃなぁい!?」

「さて、問題です。今、ベルは何回あれと言ったでしょう? はい、エーデル」


(もうこれ以上、私を巻き込まないでください……早く邸に帰りたい。そして反省会をするのよ。何故あの時カーテンを閉めておかなかったのかと。私を責めて責めて責めまくってやるわ!)


「クラリ〜ス、遊んでる場合じゃないからぁ! あれよ、ほらぁ、え〜っと、四つ葉のクローバーにぃ、文字──あっ、私達の名前の頭文字を入れたぁ、な〜んのひねりもセンスもないあの」

「おどきなさい!」

「やぁ〜ん、ひどいぃぃ」


 ベルを窓から引き剥がし、ガラスが割れそうな勢いで窓に顔を貼り付けたクラリスは──どこからどう見ても侯爵令嬢には見えない。

しかし、クラリスにははっきりくっきり見えていた。


 あれを見間違えるハズがないもの。あのセンスの欠片もないあれは、あのお嬢様が考えたあのマークだわ。


 でも、落ち着くのよクラリス。あんなものがこの世に二つとあるわけないけれど……いえ、この世界には確実にないわね。

少なくとも、あの中のアルファベットは私達にしか読めない……はず。


 ドキドキドキドキと逸る心臓を必死で宥めているクラリスの後ろで、エーデルもまたドキドキしていた。

 クラリスがこのまま窓を突き破ってしまうのではないか?

十分にありえる展開に備え、しっかりクラリスの後ろを取っている。


 ベルはと言うと──馭者側の窓を開け「早く、早くぅ〜! ゴォ〜ゴォ〜!」と渋滞を無視して急かし、御者を引き攣らせていた。












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