40・再会
アズナイルの鼻歌が、朝から途切れる事なく続いている執務室。
鼻歌のみならず、アズナイルの周りには花まで咲いているように見えるのは、気のせいだろうか。
「「「…………」」」
(随分と浮かれていますね)
(そりゃそうだろ。週が明けたら、ようやくサーフィニア嬢に会えるんだから)
(楽しみだね〜。まずは、どこに連れて行ってあげ──るのは、殿下の役目だよね! 分かってるよ、分かってるから、追い出そうとしないで!)
やっと、やっとだ! 新入生歓迎の挨拶を任されて張り切っていた矢先、ニアが例の発作をおこして『入学式には出られない』──との手紙が、プラント男爵から届いた。
プラント領から無事に『出る』事ができたニアに早く会いたくて、タウンハウスまで会いに行きたかったのに、予定が立て込んでいると断られ……仕方がない、入学式までの辛抱だ! と我慢していたのに。
ニアがいない入学式なんてどうでもよくなった俺は、ノリスに丸投げしようとして怒られたっけ。
だけど、そんな辛い日々も、もう終わる。二日後にはニアに会える!
本音を言えば、タウンハウスまで迎えに行きたいのだが、ニアがいない入学式よりも(俺にとっては)更にどうでもいい婚約者候補達の手前──ひいてはニアの為にも、それはやめておいた方がいいとノリスとエルトナに言われた。
でも、校門で出迎えるくらいならいいだろう? 俺は、在校生代表なんだから。新入生全員に、平等に歓迎の言葉を述べなくては!
ウッキウキのアズナイルは、二日後にさらなる試練が待ち受けている事など、夢にも思っていなかった。
◇◇◇
王都にあるドイル子爵のタウンハウスには、クラリスとベルビアンナが招かれていた。
「お二人共、ご入学おめでとうございます。学園は楽しいですか?」
「ありがとう〜。でも、学園に通い始めて、まだたったの一週間ですわよ。授業も始まっていませんしぃ、楽しいかどうかは、まだ分かりませんわぁ」
うふふふふ〜 と笑うベルビアンナとは対照的に、クラリスはご機嫌斜めのもよう。
「最っっ悪ですわ! あれから二年も経ったのよ? それでも、お嬢様は未だ見つからないというのに、これからは毎日あの女の顔を見なきゃいけないなんて……楽しいどころか不愉快ですわ!」
「あの女……って?」
「マデリン・リバーマス公爵令嬢ですわぁ、クラリスの天敵ですの〜」
(公爵令嬢を『あの女』呼ばわり……)
ライラはこめかみを押さえた。
こんな調子で大丈夫かしら。
今日は『学園に通う友達がいたら紹介して欲しい』と頼まれたから二人を招いたのに。
「クラリス、リバーマス様は一旦頭から追い出しておいてね。このあと顔合わせをするプラント男爵令嬢は病弱で、今回も病み上がりらしいから」
「プラント男爵令嬢、ね……進学の為に、初めて領地から出たんでしょう? プラント領って言ったら、あなたのお隣さんじゃない。なのに『らしい』って、会った事ないの?」
確かにお隣さんだけど、私は王都にいる事の方が多いからね。でも、
「今年の春にね、お父様が商談に行くって言うから、初めて一緒に行ってみたんだけど……ほら、プラント領はお米が採れるでしょう? だから『仕事』のついでに、チラッとでも『秘された花』を見られないかな、と思って」
だけど、その花は体調を崩していて。結局、会えなかったのよね。
「お米! ハァ〜懐かしいぃ。おにぎりが食べたぁい──って、あれっ? そう言えば、プラント領に行ってみようって話、した事あったよね。何で流れたんだっけ?」
「……まさにそれも理由の一つよ。日本の話になると、クラリスはすぐに言葉遣いが怪しくなるんだから」
一年くらい前だったかな、二人にお米の話をした時に──もしかしたら、お嬢様もプラント領のどこかにいるかも知れない。お米も食べたい。行ってみよう!──と盛り上がったんだけど……。
『お米は食べたいけどぉ、私はやめておくわぁ。だってぇ、プラント領って審判の地って呼ばれているでしょう?『悪意のある者は』って話だけど……本当のところは分からないじゃない。そこに、転生者も含まれていたら? どうするの? 私は……もう、あんな思いをしたくないの』
ベルビアンナがそう言って。その気持ちが、痛いほどよく分かる私達は、結局その時はプラント領に行くことを諦めた。
「今日は〜審判の地がぁ、向こうからやって来るの……ねぇ」
「「…………」」
「い、嫌だわ、わたくしったら。今日は急用が入っておりましたの。悪いけど、失礼させていただくわ!」
「や、やだぁクラリスぅ、ズルいぃ私も〜」
「ちょっと! 人の話、聞いてました? 私は行ったって言ったでしょう。少し落ち着い」
コンコンコン
ワタワタしていた三人は、扉を叩く音にギクリと固まった。
「失礼します。ライラお嬢様、サーフィニア・プラント男爵令嬢様がお見えになりました」
扉が開く前に、一番小さなライラの背中に張り付いて《ここには一人しかいませんよ!》の体を貫こうとする二人。
そんな二人に呆れる間もなくガチャリと扉が開いて、マームの後ろから入室してきた人物を見て──ライラは息を呑む。
「遅くなりました。サーフィニア・プラ」
「……お嬢……様?」
(お嬢様? 間違いではないけれど……)
頭を下げていたサーフィニアは不思議に思って、挨拶の途中で顔を上げると──ライラと同じように、対面する人物を捉えた瞬間、息を呑んだ。次いで、頭が真っ白になりかけたけど、握った拳に爪を立てて耐える。
夢かも知れないと思って、一旦目をギュッと瞑ってパッと開いても──もう二度と会えないと思っていた──懐かしい顔は消えずに、そこにある。
「えっ、な、なん、本当に? えっ? あ、あき、なの?」
「そうです、あきです! お嬢様!」
あき? お嬢様? 顔を見合わせたクラリスとベルビアンナは、ライラの後ろから、右に左に、ひょっこりと顔を出す。
「わわっ! どどどどーいう事? と、とーこに、はるも……。みんな、本当に? 本当に……」
口をあんぐりっ! と開けて、おでこの領域にまで目も見開いていた二人の顔は──見る見るうちにくちゃくちゃになって。
「「お゛じょう゛ざばぁぁー!」」
うわぁぁんと泣きながら、止める間もなく、お嬢様めがけて弾丸のように突っ込んでいくさまを、ライラは危険なスピードだな……と思いながら見ていた。
一方で、サーフィニアは驚き過ぎて動く事もできずに、
(あー……私、確実にふっ飛ばされるなー)
と、ぼんやり見ていた。
ふっ飛ばされるまで……三……二……バイ〜ン、ボヨ〜ン。
バイ〜ン、ボヨヨ〜ン。バイ〜ン、ボヨボヨ〜ン。
二人は、見えないクッションの壁にでも挟まれているのか。
当たっては跳ね返る、を繰り返している。
わぁ、おもしろ〜い。お笑い番組見てるみたぁい。
「ちょ、ちょっとぉ、お嬢様ぁ〜笑ってないでぇ、何とかしてくださぁ〜いぃ」
「そうよ! 何なのよこれ。どうなってるの!」
「あははー、ごめんごめん。えっと……セバスチャン?」
私に危害が及びそうだと判断したら、女の子にも容赦はしないセバスチャン。かな〜り緩めではあるけれど。
「私のお嬢様に、それ以上近づかないと約束できますか?」
「や、約束しますからぁ〜止めてくださぁいぃ。うっぷ……気持ち悪いですぅぅ」
「約束する……けど、あなたのお嬢様じゃないわ! 私達のお嬢様よ!」
とーこ、そこはどうでもよくないかな?
なんか、頭痛くなってきた。……えーっと。今日はドイル子爵家のライラ様に、学園に通うお友達を紹介してもらえるはずで……。
そのお友達っていうのが、みんなで──あっ! もしかして、驚いている間に日本へ戻ってた。とか?
「ちょっとー、何よみんな、コスプレなんかしちゃって。えっ、もしかして、今日はハロウィンだった?」
「……コスプレと言うなら、お嬢様もですよ。取り敢えず、みんな座って。落ち着いてから状況を整理しましょう」
ふふふ、あきだー。変わってないなぁ。
警戒態勢を解かないセバスチャンとマリアベルにガードされながら、一人掛けのソファに座らされた。
という事は……やっぱりここは、日本じゃないんだね。
まあ、いっか。みんながいるからね!




