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39・つかの間の ①

 スヴァイル殿に案内されたのは、前回と同じ離れの部屋だった。

 主賓室には独立した部屋が四つもあるのだから、ネイサンもその一室にと誘ったのだが、


「私は護衛騎士ですので、エルトナやクルスとはわけが違います。それに有事の際の事を考えると、避難経路に面した入口は別々のほうが安心できます」

「それはそうだが、ここは王国一安全なプラント領だぞ」

「いや、ネイサンの言う通りだ。有事の際というのは人災に限った事ではないぞ。プラント領だからセルバーンのような天災は起こらないとは言い切れない」


 エルトナまで部屋は別にした方がいいと言う。


 人災は無くても、天災は起こるかも知れない。俺にだってそれくらいの事は分かっている。


 それでもここには、あの未知なる最強生物セバスチャンがいるんだぞ? あいつがニアを悲しませるような事をするはずがない。

 俺が危険に晒されればニアは悲しい思いをする。


 ……ん? もしかして、これこそ言い切れない事なのか?

一人で上がって、落ちてしまったぞ。誰か拾ってくれ。


 エルトナは、何となくアズナイルが考えている事が分かったが、それよりもクルスの反応を楽しむ方を選んだ。


「という訳でクルス。前回は初めての場所で淋しいとか言うから同室にしてやったが、今回はもう一人で寝られるよな?」

「はっ? 何言ってんの。無理に決まってるじゃん。もう忘れたの? ついさっき、悪魔の化身を見たばかりでしょ。ああぁぁムリムリムリ! 一人なんて絶対に無理だから!」


(やっぱり……前回も怖かったんじゃないか)


 一方、誰にも拾って貰えなかったアズナイルは、


「……さてと、俺はシャワーを浴びてくるわ」


 さっさと部屋に引っ込んで行った。


「では、私は隣室で待機しておきます」

「俺も朝食の前に浴びとくかな」

「わぁぁ、待って待って、エルトナ! 同室でしょ? 同室でいいよね? ねっ、返事してぇぇ」



 ◇◇◇



 シャワーを浴びて、数日振りにさっぱりすると気分も良くなった。

 セルバーンでは浄化魔法をかけてもらうだけだったので、体や衣服はきれいになっても、気持ちだけはどうにもできなかったから。


 コンコンと扉を叩く音に、こちらもシャワーを浴びてすっきりした顔のエルトナが扉を開く。

 スヴァイル殿だと思っていたのに、そこに立っていたのは男爵だった。


「殿下、おはようございます。ご到着の際にはお迎えにあがる事もできずに失礼致しました。まさか、あんなに早くに来られるとは思ってもおりませんでしたので」

「プラント男爵、おはようございます。礼儀もわきまえず、早朝からお騒がせをしてしまい申し訳ありません」


 ……後ろからの視線が痛い。


「いえいえ。それより、うちの使用人達が随分とご無礼な真似をしてしまったようで、こちらこそ申し訳ございません。ところで……セバスの報告によりますと、なんでも殿下が? 親しげに娘の事を呼び捨てにした挙げ句、寝衣姿を上から下までしっかりばっちり眺めてからギュウギュウと抱きしめていたとか……ハハッ、そんな、まさか! ですよね?」


 ……シャワーを浴びたばかりなのに、背中から瀑布が流れ始めた。


 お前達、俺の背中で修行をしてもいいぞ?……と、ちょっとだけ現実逃避を試みる。

 というか、盛り過ぎにも程があるぞ! 


「勿論です。それら全ての事はまったくの誤解です。あの時、転びそうになったサーフィニア嬢を見て焦るあまり、つい敬称が抜けてしまったのは事実です。申し訳ありません。しかし、ギュウギュウと抱きしめたりするはずなどなく、転ばないように抱きとめただけです。その際に、万が一私の力が及ばず、サーフィニア嬢と共倒れになったとしても怪我などする事のないように、素早くマントで包みましたので、サーフィニア嬢がどのようなドレスを着ていたかなど、気にする余裕もありませんでした」


「「…………」」


 プラント領は、やっぱり不思議なところだ。一年前、セバスチャンが男爵に向かって流れるような嘘をついていたが──嘘奨励並びに補助をする精霊でもいるのかも知れない。


「そのお言葉……信じてもよろしいのですね?」

「神に誓って」

「後ろのお三方も……見てはおりませんね?」

「当然です。君達は見ていないな!」


 さっきは見ていないと思ったが、確認はしていない。


 鋭い視線を向け、もし見た者がいれば俺が処分します! くらいの意気込みを見せて、名誉を挽回しようと思ったが……

墓穴を掘ったらしい。


「……君達『は』?」

「『も』です! 言い間違えました。『君達も』です!」


 あぁ、こんな時に頼りになるノリスが何故いないんだ。


「……まあ、いいでしょう。サーフィニアの元気も出てきた事ですし、クラウド達を派遣したかいがありました。ここまで尽くしても、それでも殿下が来られないような事があれば──いやなに、私も今はまだ、王都のタウンハウスを手放す気はありませんからな。さあ、朝食に致しましょう」


 ……今はまだ? それはつまり、何かあれば王都を捨てて領地に引き籠もるという事か? 

そんな事になったら、爵位なんて関係なくプラント公国が出来上がってしまう。


 審判の地。プラス、最強生物セバスチャン。

断言しよう。二度とニアにも会えなくなると。


 ……大変だ! 王都に帰るのはやめて、このままここで働くか? 

いっそ、婿養子になって男爵の跡を……ああ、駄目だ、アクトゥール殿がいる。そうだ、スヴァイル殿の──


「……殿下、遊んでいないで急ぎませんと。これ以上の失態は命取りにもなり兼ねません」

「走るぞ!」

「いえ、そこまでは──って、クルス! 殿下より前に出るんじゃない!」



 ◇◇◇



 今日の朝食は、炊きたての白ごはん、甘い卵焼き、レインボーフィッシュの塩焼き、とり肉と根菜などを甘辛く煮た物、根菜の漬物、野菜たっぷりのみそスープ。と盛り沢山だった。


 おかわりもできると聞いたなら(食べる事に関しては)遠慮を知らない騎士二名と、おにぎりだ、カレーライスだと、ずぅぅぅっと騒いでいたクルスも、今は大人しくもくもくと食べ進めている。


 下手に喋ると、俺みたいに墓穴を掘る羽目になるかも知れないと思っているのかも。


 プラント一家は『箸』という、細い木の棒のような物を使って器用に食べている。

 俺達にはフォークも用意されていたが、どう見ても箸で食べた方が美味しそうな気がする。しかし、なかなか難しい。


 意外にも、クルスは割と上手く使いこなしている。

手作り感満載とは言え、ブローチを作ったりするくらいだから、案外手先が器用なのかも知れない。


 ちょっと悔しくて悪戦苦闘を続けていたけど、モタモタしていたら折角早く着いたのに、ニアと過ごす時間が減ってしまう。

箸は貰って、帰ってから練習する事にした。


「殿下、朝食が済んだら先に稲刈りをしましょうね。それから──何をしましょうか? マンダレー様達は、何かしてみたい事とかありますか?」


 俺はニアとゆっくり話がしたいけど、返事をする前にスヴァイル殿に口を挟まれた。


「お嬢様、お話の途中で申し訳ありません。それより先に、何時頃こちらを立たれるのかお聞きしておきませんと。それに合わせて、お弁当の準備などもありますので」


 そう言われて言葉に詰まる。

 当初の予定では日帰りするはずだったけど、天馬ドリンクのお陰で一泊できる。と喜んだのだが……駄目だろうか。


「本当は今日の深夜に到着予定だったのですが、一日ほど早く来る事ができたので……できれば一泊させて頂けると助かります」


 駄目元で言ってみると、ニアの顔が輝いた。


「本当ですか? 一晩ここにいるんですか! わぁ、じゃあ……えっと、計画していた……どれにしようかなぁ〜」


 災害が起こらなければ一週間滞在の予定だったから、またいろいろ計画していてくれたのかな。キラキラ輝く笑顔に嬉しくなる。


「サーフィニア嬢、私達はセバス殿さえよろしければ、稽古をつけてもらいたいと思っています」

「えっ? 僕は遠慮するよ! 殿下やサーフィニアちゃ──嬢と一緒に──」


 ガンッ!


「痛っ! あっ、えっと……僕は、プラント領を散策してみるよ。 プラント領をプラプラ〜っと……プックククッ」


 テーブルの下でエルトナに蹴られた足の痛みも忘れて、上手い事を言った! と一人ウケしているクルスは、周りが無表情になっている事に気付かない。


 スヴァイルに至っては無表情のまま、あいつの弁当のおにぎりには塩で包んだとびきり酸っぱい梅干しを入れてやろうと考えている。


 ことなども、勿論気付くはずもなかった。



 ◇◇◇



「すごい……稲穂がこんなに。サーフィニア嬢が一生懸命育ててくれたお陰だね、ありがとう」


 昨年二人で植えた苗はスクスク育ち、黄金の粒をたくさんつけて、小さなバスタブの中で重そうに揺れている。


 一人で刈る事になるかも知れなかったこの稲を、ニアはどんな気持ちで見ていたんだろう。

それを考えると、ここに来られて本当に良かったと改めて思った。


「ふふふ 私が育てたんじゃないわ。太陽の光をたくさん浴びて、恵みの雨に打たれながら勝手に育っていったのよ」


 ニアは笑ってそう言うが、何もせずに放っておいたら、こんなにきれいには育たない。


 セバスチャンが何とかしてくれるから大丈夫と言っていたけど、人に任せたきり知らん顔ができるような性格ではないことも、一年間こまめに続けた文通で知っている。


「お手本を見せるから、よく見ていてくださいね」


 たくさん送って、たくさん貰った手紙の数々を思い出しニマニマしていたら、


「わぁぁ、危ない! ダメだよ、サーフィニアは鎌なんか持っちゃ」


 惚けている間に、ニアは稲株を左手で握って、右手に持った鎌を手前に引く寸前だった。まだドキドキしている。


「びっ……くりした。だけど、鎌を使わなきゃ教えられないわ」


 それでも! まかり間違えばあの鎌がニアの肌を傷つけるかも知れないのだ。そんな危ない事をニアにさせる訳に──


「刃物を持った者がいるのに、急に大声を出す方が危ないですよ。それに……お嬢様の事を『また』呼び捨てにしましたね?」


(あっ、ヤバい……)


 セバスの鮮やかなブルーの瞳が、メラメラと燃えている。


「もう、殿下はいいの! 殿下をいじめるセバスチャンは嫌いよ!」


(あっ、そんな事を言ったら……)


 セバスの美し過ぎる顔が真っ青になって、それから一気に老け込んだ。


(その気持ちはよく分かる。ニアに嫌いとか言われたら、俺は死んでしまう自信があるから)


「いや、サーフィニア嬢、すまなかった。今のは全部、私が悪いんだ」


 シュンとしょぼくれて、耳と尻尾をへニョへニョに垂らしていたくせに──ニアの視線が自分から逸れると、射殺さんばかりの視線を俺に向けてくる。


 ……本当にごめんなさい。これからは、サーフィニア・プラント男爵令嬢と呼びますから。許してください!



「セバスチャン、先程からネイサン様達がお待ちですよ。早く行ってあげてください」

「……私は、お嬢様のお側を離れるわけには」

「心配しなくても、お嬢様にはわたくしがついておりますわ」


 それまで影のように控えていたマリアベル殿が、射殺されかけた俺を舟で助け出してくれた。


「しかし……」

「何です? わたくしでは力不足だとでも言いたいのですか?」

「いえ……お嬢様を頼みます」

「言われなくても、ですわ。わたくしはこれでも、お嬢様の専属侍女なのですから」


『あの』セバスチャンが──スゴスゴと、何度も何度も振り返りながら、訓練場へと消えて行った。

やはり……本当の大魔王は、マリアベル殿で間違いなかったな。


 まぁ、それはいいとして……問題は、ニアから『嫌い』と言われたままのセバスチャンだ。



 ネイサン、エルトナ。ここに残っている護衛騎士の皆さん──

健闘を祈る!



 ……俺は、一応謝ったんだからな?


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