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余話 〜 Boy meets girl 〜 L&N ②

引き続き、ライラとノリスの話です。

 あと一粒で『子リス捕獲作戦』は完了だ。慎重に、慎重に──


「お待たせー、遅くなってごめんねぇ」


 突然聞こえてきた元気な声に、ライラは驚いて固まった。


(なっ、何? 誰かと約束していたかしら?)


 固まったまま、頭だけフル回転させようとして気付く。

『誰かの膝』に、チョコを摘んだ状態の片手をついている事に。


 今回に限り、ライラは自分の優秀な頭脳を恨めしく思った。

全く望んでなどいないのに、図書館に来てからの出来事を走馬灯のように蘇らせている。細部までしっかりと。


 そして走馬灯は──『誰かの膝』は『メイソンよりたちが悪い男の膝』だよ〜 と締め括り、走り去って行った。


 次の瞬間、勢いよく振り上げた頭が何かにぶつかる。


「アガッ!」


 後頭部がほんの少しだけジンッとしたけれど、そんな事に構ってはいられない。


「ごめんなさい、失礼しました。ごきげんよう!」


 脱兎の如く逃げ去っていく後ろ姿を呆然と眺めているのはクルスだけ。ノリスは顎を押さえて仰け反ったまま呻いている。


「あっ、ノ、ノリス、大丈夫?」

「大丈夫じゃないけど……私より、子リスちゃんは」

「はっ? 子リスちゃんって、もしかしてドイル嬢の事? それなら、凄い勢いで出て行ったけど」

「意外に石頭──えっ、ドイル嬢って……あの商会の?」


 そう言えば、殿下と同じ歳のライリー・ドイルと同じ色ではありませんか。私としたことが……。


「えっと、知らなかったの? すごく仲良さそうに見えたけど」

「知りませんでした。あなたはどこまで知っているのですか」

「どこまでって……仕事以外で個人情報は──」

「随分遅かったですね? 女の子でも口説いていたのですか?」

「にゃ! にゃ、にゃにをいいい言っててて」


 左の頬に派手なメープルをくっつけて……違うとは言わせませんよ?


 殊の外優しく微笑んでみせる。


「ヒャッ! ええええーっと、た、たいした事は知らないけど……僕から聞いたって言わないでね」

「勿論ですよ」


 あなたじゃあるまいし。とは言わない。


「えっと、ドイル子爵家の長女で年齢は──」

「貴族年鑑に記載されている事なら誰でも知っていますよ」

「そそそそーだね! ええーーっと、あっ、優秀らしいよ。三つ上の兄ライリーと同レベルの問題もスラスラ解いてしまうし、記憶力も抜群なんだって」


 隠す程の情報ではないと思うが、図書館という事もあり声を潜めていたクルスの声が更に小さくなる。


「だけどね、それは秘密にしてるみたい。変な輩に目を付けられないように警戒しているんじゃないかな。ほら、子爵家だけどあそこは王都でも指折りのお金持ちじゃない?」


 秘密にしなければならない程、優秀というわけか。

 ライラ・ドイル九歳、両親と兄の四人家族。魔法の属性は──。


 聞いておいてなんだが大した情報は得られないようなので、記憶している頁をなぞっていると、とんでもない固有名詞が耳に飛び込んできた。


「あとはねー、婚約者はメイソン・グレイで、食べるのが──」

「はっ? 今、何と言いました?」

「えっ? 食べるのが大好き」 

「その前です」

「婚約者はメイソン・グレイ」

「冗談でしょう?」


 あんな無作法者が子リスの婚約者? 冗談にしても笑えない。


「それがねぇ、冗談じゃないんだ。ドイル嬢とメイソンのひいおじいちゃん達が大親友でね、将来自分達の子供を結婚させようって約束してたみたい。だけど自分達の代では縁がなかったから、それは遺言となって受け継がれて今代やっと叶ったんだって」


 有り得ない……。少なくとも、ドイル嬢はメイソンを嫌っているように見えたのに。


「有り得ない」

「そうなんだよね、メイソンはちょっと素行が悪いじゃない? だからドイル子爵は婚約を解消したいんだけど、当のメイソンが解消を拒否しているんだってさ。それで、一人息子を溺愛しているグレイ子爵も遺言を盾に応じないみたいだよ」

「へぇぇぇ〜……メイソンが……ね」


 好きな子を苛める……ってやつですか? 許せません。

暴言だけでも許せないのに、ドイル嬢は突き飛ばされて──。


「クルス、偉いですね。初めて私の役に立ちましたよ」

「えっ、本当? えへへ〜 良かった〜」

「だから、ご褒美をあげましょう。私は急用ができたので少し席を外しますから、頑張って資料をまとめておいてくださいね」

「うん! ありがと──えっ? ちょ、ちょっと待って!」


 待つ……はずがない。

 ノリスは脱兎の子リスよりもまだ早く、その場から消え去っていた。



 ◇◇◇



(信じられない……私は一体何をしていたの? どうしたっていうの?)


 図書館から逃げ出したライラは、気を鎮める為にカフェに来ていた。


(あんな見ず知らずの──いえ、知らないけど情報は目にしたばかりだったんだわ)


 貴族年鑑を読んでいたライラは、丁度ノリスの頁を読み終わったところで、メイソンから年鑑を叩き落されたのだ。




 実物は初めて目にしたけど、レッドブラウンで少し癖のある柔らかそうな髪とリーフグリーンの切れ長の目が思いの外優しそう──じゃなくて。

噂では冷酷無慈悲の仏頂仮面、目を合わせたら石像にされる男版メドゥーサ──そんな事ない。 

私を助けてくれたわ。それに、全然大したことないかすり傷にも絆創膏を貼ってくれた。

勢いが付き過ぎて飛ばされそうになったところを優しく抱きとめ──わわわーっ! 違う。こんなの私じゃない。落ち着くのよ!


 丁度運ばれてきたケーキに意識を移す。


 わぁ〜 美味しそう。先ずは上に載ってるチョコレートから。

ん? あら? 見た目ほど美味しくはないわね。これならさっきのチョコの方が──そうよ、あのチョコのせいだわ。

あれが美味し過ぎたから、あの人から食べさせてもらったり、もう少しで膝の上に……とんでもなく危険なチョコだわね。

そんな物があるかは知らないけど、催眠薬でも入っていたのかしら?

もう二度と会いたくないし、食べたくは──食べるだけならいいんじゃないかしら? あの人のいない所でなら。

逃げる前にどこで売っているのか聞いておけばよかった。

素性は分かったから手紙でも出して聞こうかしら? 

でもそうすると、あの切れ長の綺麗な瞳が見られな──って……だから、違うから。そうじゃないから。




 赤くなったり青くなったりを繰り返しながら、超高速でケーキの山を平らげていくライラに周りの客はドン引きだ。


 半分も食べていないのに会計を済ませて店を出て行く者、カランとドアベルを鳴らしただけで帰っていく者が後をたたない。

 とうとう店内はライラだけになってしまった。


「すみません、先程のケーキセットをもうワンセット頂けますか」

「……申し訳ございません。本日のケーキは全て完売致しました」


 可愛らしいスタッフからそう告げられた。


(あら? もう?……それよりも、この人やけに顔色が悪いわね)


「そう、残念だわ。とっても美味しかったのに」


 そんな訳ない。本当は味など全然分からない位、パニックに陥っていたのだから。


「完売したのなら、あなたは今日はもうお休みをもらった方がいいと思うわ。とても顔色が悪いもの」

「……はぁ……お気遣い、ありがとうございます」



 今日は一人で来たから持ち合わせが足りない。家に請求書を送ってもらうようにお願いした後、手土産に沢山の焼き菓子を貰った。

ほんのお詫びの印──らしい。


 味は分からなかったけど沢山食べてお腹が満足すると、気持ちもスッキリ切り替える事ができた。


(手土産まで持たせてくれるなんて、いいお店だわ。今度はゆっくり味わって食べられる日に来ましょう)


 ライラは足取りも軽く家路に就いた。




 その頃ドイル子爵邸では、子爵が二通の手紙を受け取っていた。


 一通はグレイ子爵から──泣きの入った婚約解消の懇願書? と破格の慰謝料目録──これには驚いたが大喜びした。


 もう一通は──長々と丁寧な言葉で遠回しな表現を繰り返しながらも、最後にはしっかりはっきりと『出入り禁止』の文字が刻まれた『オレーノ・クラフティー』からの通知書──これには頭を抱えた。



 そんな事……いいお土産ができた! と弾むように家路を急ぐライラには知る由もない。


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