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35・責任と約束 ①

 執務室に戻る途中で、ボルトナー邸から帰ってきたセリオス兄上とツゥエルにあった。


「アズナイル、エルトナ! よかった、やはり無事だったんだな」

「兄上! ご心配をおかけしました」


 目の前で俺達が消えたんだ。随分と心配していただろうと思ったのだが……。


「どうして無事だと思ったんですか?」

「あー……あのバース? 邪気がなかっただろう? それに肖像画の場所を聞いたあとにお前を連れて消えたから、行き先は王宮だろうと思ったのさ」


 セリオス兄上も感じていたんだ。

 バースは落ち着いた物腰と話し方だけど、妙に圧があるから初対面だとかなり怖い思いをする。が……不思議と邪気だけはないんだよなぁ。


「アズナイル殿下は大丈夫だと思ったが、お前まで消えたときは肝が冷えたぞ。殿下を守るのが護衛の務めだが、無闇に動いては反って危険にさらしてしまうこともあるんだぞ」

「はい。申し訳ありませんでした」


 兄からダメ出しをくらったエルトナが気まずそうな顔をする。


「まぁまぁツゥエル。とっさの判断が必要な時もあるんだから、今回は大目に見てやりなよ。そうでないと何の為に付き添っていたのかと、私達がレグルス兄上に叱られそうだからな」


 今度はツゥエルがバツの悪そうな顔になった。


「じゃあアズナイル、また後でな」


 軽く手を上げ去っていく兄達を見送り再び歩き始める。


「それにしても、あのバースとかいう奴。……お前の恥ずかしい告白の何が気に障ったんだろうな?」

「恥ずかしい告白って言うな!……でも確かにあの時、俺は完全にロックオンされてたよな。巻き込んで悪かった」

「やめてくれ。それこそ、盾になることもできなかった……。なんて兄上に知られたらまた何を言われるか」


 ツゥエルはああ言ったが、あの転移に対応できただけでも凄いと思う。

それに、あれだけ派手に吹き飛ばされたのに軽い打ち身だけで済んでいるから、バースも手加減してくれたんだろう。


「まぁ、それはいいとして……あれじゃないか? バースの『お嬢様』がお前のこと好き? とか。それで『妻』ってワードにあんなに反応したんじゃないか? お嬢様を差し置いて! ってさ」

「はぁぁ!? 勘弁してくれ……」

「だけど、もしもそのお嬢様がサーフィニア嬢だったらどーするよ」


 バースのお嬢様=サーフィニア嬢→→王子は最愛と最強を手に入れる。うん。凄くいいんじゃないか?


 バースのお嬢様=赤の他人→→王子は最愛を失い最強に倒される……。嫌だ! 冗談じゃない!!


「お嬢様は本当はお前のことが好きなのに、バースが俺だと勘違いしている可能性もあるぞ?」

「…………クルスは、あのあと大丈夫だったかな?」

「屋根裏部屋の掃除でもしてるんじゃないか?」

「……だな」



 ◇◇◇



 アズナイルとエルトナが消え、セリオス達も帰ったクルスの部屋では──。


「あ、あの……父上も兄上も、そろそろ仕事に……ぼ、僕はもう大丈夫ですから!」

「まぁまぁクルスよ。たまにはゆ〜っくり親子水入らずで話をしようじゃないか」

「父上も俺も、今日は仕事を入れていないから気にしなくていいぞ。父上と俺のコレクションについて熱ーーく語ってやろう」


 蛇に睨まれた蛙のように、三人を前に小さくなるしかないクルスは──ん? 三人?


「え、えっと……ニルスは何をしているのかな? 手帳とペンなんか持ったりして…」

「僕のことはお気になさらず。手紙のネタを拾っているだけですから」

「? 手紙のネタ??」

「はい、僕は月に三回ほど領地にいるお祖父様とお祖母様に手紙を書いているのですが、クルス兄上の日常が一番ウケがい──喜ばれるのですよ」

「!! 今、ウケがいいって言ったよね!? やめてよ! 僕をネタにした物なんか送らないでよ!」


 冗談じゃない! 僕のことを書いても面白いわけないじゃないか!

いつも怒られてばかりいるのに!


「そうだぞ、ニルス。そんな面白そうな物は、まずわしに見せてから送るようにしなさい」

「父上、今までの分は今度領地に帰った時に見せてもらいましょう」

「面白くないってば!! 大体──」

「さて、そろそろ本題に入ろうか?」

「えっ!?……いや、あのぉー……もう少しだけ手紙の話をしませんか? そっ、それか僕は屋根裏部屋の掃除でも…」


 返ってきたのは、二人のこわ〜い笑顔だけだった。



 ◇◇◇



 あれからバースが現れることはなく(クリスの手紙は数日後、執務中のボルトナー伯爵の目の前に突然飛んできたらしい)四人で真面目に仕事をしたり、学園で勉強したり、バカを言い合っているうちに──気付けば約束の『海の月』は、もう目前に迫っていた。



 最近の俺はとても機嫌がいい。

花の月から着々と準備を始め、お土産として渡すためのサーフィニア嬢に似合いそうなアクセサリーや日傘は(重すぎてイタイ……というエルトナの声は無視して)全部『シアン』──俺の色で揃えた。

王都で流行りの美味しいお菓子のリサーチも欠かさない。


 宿題は昼休みや休み時間に済ませて、仕事を溜め込まないようにした。ずっと続けている手紙のやり取りで、プラント領に行く日も既に決まっている。

 本音を言えば夏季休暇中プラント領で過ごしたいが……俺の身分がそれを許さない。


 でも、あと一週間でサーフィニア嬢に会える! サーフィニア嬢も楽しみに待っていると言ってくれて、ここ数日の土砂降りの雨など気にならないくらい俺の心は爽やかに晴れ渡っていた。



 ……浮かれ過ぎていて……バチが当たったのだろうか…。



 ◇◇◇



「ねぇねぇ! 最近の殿下って、すごく浮かれてるよね?」

「そりゃそうだろう。プラント領はもう目の前だからな」

「? プラント領が目の前だと浮かれるの?……あっ! そうか! おにぎりが食べられるからだ! 美味しいもんね〜楽しみだ〜」


(……確かに美味しいですけど……目的が違いますよ…)

(わざとか? もうクルスのそれはわざとだろう? 誰かそうだと言ってくれ!)



 陛下に呼ばれたアズナイル不在の執務室では、側近三人が頑張っているアズナイルのためにせっせと仕事の山を崩していたが──。


 バァァァン!! とすごい音をたてて開いた扉に驚く三人の目に飛び込んできたのは、厳しい王子の顔をしたアズナイルだった。

エルトナとノリスはその顔を見て、一瞬ギュッと目を瞑る。

自分達が案じていた事が起こったのだと……すぐに分かったからだ。


「セルバーン地方でノサマル川が氾濫した。レグルス兄上は既に出立されている。俺達も準備が整い次第、セリオス兄上と合流して現地に向かうぞ!」

「「「はっ!!!」」」


 出立の準備より先に、三人は執務机に広げた重要な書類から片付けを始めたが、アズナイルに声を掛けることができなかった。

一年間ずっとアズナイルが楽しみにしていたことも、その日のために頑張っていたことも知っている。あと一週間だったのだ。


 ちらりと伺い見るアズナイルは誰の目にも冷静に映っただろう。

しかし……ずっと一緒に歩んできた三人には、その瞳の奥に──どこにもぶつけることができない苛立ちと失望を読み取ることができた。


 この一年だけではない。物心がついた頃からずっと、尊敬する兄達を将来支えるためにと勉強も剣術も人の何倍も努力していた。

遊びたい盛りに文句も我儘も言わずに走り続けてきたアズナイルが初めて、一つだけ──たったの一週間をプラント領で過ごしたいと願ったのだ。


 天は! なぜ! それを叶えてくれないのだ!


 平民は勿論、貴族でさえも、王族にかかる責任の重さを自分達と比べるわけにはいかないから──また次の機会があるさ──などと軽々しく言うことも、慰めることもできはしない。


 執務室にいる誰もがやりきれない気持ちを抱えたまま、ただ黙って出立の準備を進めた。



 ◇◇◇



(……セルバーンからプラント領まで……二日か…)


 土砂降りではないが小雨とも言えない雨が降ったり止んだりを繰り返しているセルバーン地方に、アズナイル達が到着してから三日目の夜を迎えていた。


 夜になると二次災害の恐れもある為、復旧作業も行えない。

 そんな時、高台の一画に張られた天幕からぼんやりと外を眺めながらアズナイルが想うのは……プラント領のサーフィニアの事だけだ。


 セルバーン地方は昔から雨による被害が多かったので、三年前までに全てのセルバーンの民は高台に住まいを移していたため人的被害はなかった。と、到着した日にレグルス兄上から聞いた時にはホッと胸をなで下ろした。


 ただ──ノサマル川に架かっていた橋が流され、対岸の岩山で石の切り出し作業をしていた作業員十名ほどが取り残されている──ということだった。

生存は確認されているが、問題は食料と作業員の体力だ。岩山の為、食べられる植物は少ない。


 雨の合間を縫って風魔法を使い食料を飛ばしているが、十分な量ではないし何をするにも人手が足りていない。


 山小屋にも一週間分ほどの保存食が置いてあるらしいが、橋が流されてから今日で丸五日が経っている。備蓄の底が尽きるのも時間の問題だが、降り続く雨に復旧作業はなかなか進まなかった。


(もう手紙は届いただろうか……。非常事態とは言え、約束は守れそうにない…)


 その事が悔しくて、悲しくて。約束を守れない上に復旧作業もままならない状況に、アズナイルの心は折れそうだった。


(せめて……雨だけでも止んでくれたら…)


 クルスから貰ったアメジストの石が付いたブローチを握り締め、額に当てて願う。


 降りしきる雨音にかき消され、元気のない弟が気になって訪ねてきたレグルスと、それまで心配そうな顔をしてアズナイルの天幕に控えていたクルスが入れ代わったことに、アズナイルは気付かなかった。




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