34・大魔王再来 ①
父上が、地下へ下りる前に言った。
レオンハルト様とミレニア様の肖像画を探すものが現れた事、自身が三百年前の賢王『レオナルド』と同じ名前である事。
これが偶然だとは思えない。歴史が動く時が近づいているのかも知れない──と。
そして俺は、そこにサーフィニア嬢も関係しているような気がして落ち着かない。
万が一、サーフィニア嬢が『光の子』だったりしたら……父上がどう動くか分からないからだ。
年齢的には自分が一番近いが、光の子の地位を安定させる為、あと二年で十八歳になるレグルス兄上と婚姻を結ばせる可能性もある。
兄上とサーフィニア嬢は六歳差……十分あり得る話だ。
ダメだ! そんなの耐えられない! サーフィニア嬢をできるだけ父上や兄上達から遠ざけておかなければ!
今の所、サーフィニア嬢はプラント領から出られないし、プラント領には誰でも入れるわけではない……。
そこまで考えると、アズナイルは少し冷静になることができた。
何故なら──プラント領に入れない者が身内にいたら……それは困るし、単純に嫌だと思ったからだ。
◇◇◇
クルス、受難の始まりからはや二週間。
今日はいよいよ、第二回大魔王様(予告)襲来日である。
邸に帰ってからこの時間まで、クルスが一人になる事はなかった。
本人が怖がったのと……周りの者達は、めんど──心配だったから。
クルスの部屋には──伯爵、クルスの兄弟、アズナイルと側近二名、そして、弟が心配だからとついて来たセリオスと、エルトナのすぐ上の兄で第二騎士団所属のツゥエル──総勢九名もの男達が、みな黒ずくめの格好で犇めき合っている。
全員が黒ずくめなのは、大魔王様に親近感を持ってもらう為。
……と、目には目を! 黒には黒を! と訳の分からない事を、涙目のクルスが必死になって訴えてきたからだ。
誰も納得はしなかったが、それでクルスの気が済むならと結局は受け入れたが……黒のカツラだけは断固拒否した様だ。
俺は元々黒髪だけど──アズナイル殿下一人が目立ってはいけない──と、これまた謎な理由で、クルスだけはカツラを被っている……。
九脚もの椅子を入れられるほど広くはないクルスの部屋で、三人掛けのソファに座るのは、伯爵、セリオス兄上、俺、そしてクルスのはずだが……。
三人掛けに四人は無理だ! とか言って、クルスは後ろに逃げようとする。
九対一。頭数としては圧倒的にこちらが有利だとしても、唯一の遭遇者が騒げば騒ぐほど、最初は面白がっていた俺達にも妙な緊張感が漂い始めた。
──とその時!
何の前触れも、音さえも立てずに……いきなり『大魔王様』が現れた。
一瞬にして凍りついた部屋の中で、軽く驚いたような顔をしていた大魔王様が片眉を上げてニヤリと笑う。
当のセバスは、黒ずくめの一団に引き攣っただけなのだが……。
それを目の当たりにした一団は、みな静かに目を閉じた。
(クルス……疑って……面白がって……悪かった!!!!!!!!)
「……パーティーか……『何かの儀式』の最中なら出直しますが…」
!! 事もあろうに! 大魔王様から怪しい儀式の最中だと疑われている!!
慌てて目を開け姿勢を正すと、今度は呆れ果てた視線にぶつかり……居た堪れない気持ちになった。……というか! なんで視線が俺固定なんだ!? 主役はクルスだろう!?
その主役も、勘違いされた事に慌てていた。
「ち、違います! きょ、今日は! みんなが僕の事を心配してくれて──あっ! 違います! 僕がおにぎりみたいに大魔──えっと……バース様に食べられるとか思っているんじゃなくて! 僕は多分美味しくないから、みんなが代わりに──って訳でもなくて……え、えっーと、えっと……あっ! 今日はみんなバース様とお揃いにしてみました! だけどカツラは嫌だって……僕は被りましたけど! アズナイル殿下は地毛ですよ!」
「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」
「……肖像画は見つかったんでしょうか? アズナイル殿下」
大魔王様は、クルスを無視する事に決めたらしい。
が、何故俺なんだ。まぁ、いいけど……。
「結論から言わせてもらえば……『ある』にはあるのですが……肖像画がある部屋には陛下しか入る事ができません。しかも、その上半身は宝石で覆われていて、陛下でさえも全容を知ることは叶わないそうです」
俺の話を聞いたバースは、目を瞑りなにかを考えている様だ。
静まり返った部屋に、突然「ギャイタッ!!」と変な大声が響く。
声のした方を見ると、クルスがずれたカツラを押さえて蹲っていた。
その側には、コルク栓の付いた小さめの瓶が転がっている。
「な、なに!!? 痛いよ! エルトナ!!」
ずれたカツラから半分だけ見えている目に涙を浮かべ、恨めしそうにエルトナを見上げているが──
「……俺は何もしてないぞ。そこに転がってる瓶のせいだろう?」
「えっ?? 瓶??──あっ! これ……罰で屋根裏部屋の掃除を言いつけられた時、上から落ちてきたやつだ! そうだよ! あの時も頭に当たって、物凄く痛かったんだ! それで仕返しに割ってやろうとしたけど、兄上の剣で切りつけても、父上の鎧にぶつけても割れなくて──」
「「なにぃぃーーー!!!」」
どうでもいいが、ボルトナー伯爵は鎧、エルスは剣のコレクターだ。更にどうでもいいが、クルスは綺麗な小石集め、ニルスはクルスの観察が趣味だ。
「あっ……」
クルスは、クルッとカツラを回して隠れたつもりかも知れないが、はたから見れば、前が黒で後ろがアッシュブロンドの奇妙な生物になっていた。
親子&兄弟喧嘩が勃発するより早く──シュパッ! と空を切り裂くような音がしたあと、ゴトンと鈍い音を立てて瓶の上部が床に転がって──部屋は、再び静寂に包まれた。
「これは……手紙でしょうか? ──ジェームズ様は悪くない。悪いのはジェイコブだ! 私は、なんとしてもレオンハルト様とミレニア様を捜し出さなくてはならない。そして閉じ込められたジェームズ様を助け出さなくては! 私が倒れたあとは私の子孫にこれを託す。クリス・ボルトナー……クリス……とは?」
クルス曰く……剣でも鎧? でも割ることができなかった瓶を……手刀で切り落としたバースには、俺達の青い顔など視界の端にも入っていないのだろう。
「ク、クリスは、ボルトナー家を興した初代の当主です。元々はタスマールの出身のようですが……何故この国に渡ったのかは不明でした。しかし……その手紙に書いてある事が本当なら、それにはレオンハルト様とミレニア様も関わっている……ということでしょうか…」
「……私には分かりません」
そう言ったバースだったが──
やはりジェイコブか……。しかし……閉じ込められたジェームズ? レオンハルト様ではないのか? などとブツブツ呟いている。
その様子をじっと見ていると目があった。
「殿下は、肖像画のある部屋がどこにあるかご存知ですか?」
「はぃ……知っていますが……案内する事はできませんよ?」
「ご存知であれば十分です」
「アズナイル!!」
エルトナの叫び声と同時に掴まれた肩と右手──どこか覚えのある気分の悪さと歪んだ視界──焦点が合い始めると見えてきたのは……あの地下通路だった。
◇◇◇
「エルトナ!!」
足元に倒れているエルトナに気づき、慌てて肩を揺する。
「……無茶をする……。大丈夫です、気を失っているだけですよ。起きたらこれを飲ませてください。それより……どの部屋ですか?」
気を失っているだけって……こいつのせいなのに!
「貴様! こんな事をして! ただで済むと思うなよ!」
「勿論、報酬はお支払いします。クルス殿にも」
「そんな話をしているんじゃない!!」
「……そうですか……仕方ありません。自分で探しますね」
「待て!」
クッ……体に力が入らない……。だが、どうせ部屋に辿り着く事はできやしない。なら、先ずはエルトナだ!
もう一度、今度は両肩を揺すると──
「……ンッ、ンー……なん……オェッ……気持ち悪りぃ…」
「よかった! ほら、コレを飲め!」
エルトナの体を起こして支え、ドリンクの蓋を開けて渡す。
真っ青な顔をしたエルトナだったが、ドリンクを一気に飲み干すとみるみる顔色が戻ってきた。
「ハァァー……お前……無茶するなよ……心臓に悪い」
「アホか……護衛が無茶しないでどーするよ。それよりあいつは?」
「あぁ、その辺に──」
いなかった……。
バースは俺達が進めなかった先まで進み、あの部屋のドアノブに手を掛けたところだった。
嘘だろ!? まさか、鍵の掛かった部屋まで──鍵は……掛かっていたか?
あの時、父上は鍵を持っていただろうか。と思い出す暇もなく、ガチャリと扉を開けたバースは部屋の中に消えていった。
開いた口が塞がらない……。
あいつは一体何なんだ!? これは夢か? 夢なのか??
「……お前は大丈夫なのか? 幽霊でも見たような顔をしているぞ」
「……あぁ、幽霊か……。なら、納得だ」
「……あんまり大丈夫じゃなさそうだな……。しっかし、このドリンク凄いな。これ、どうしたんだ?」
「あいつが飲ませろって、くれた」
「あいつって……おっ前! 嘘だろ!!? あんな怪しい奴から貰ったもん俺に飲ませるなよ!!」
「顔色は良くなったぞ? どこかおかしなところでもあるのか?」
「いや……ないけどさ……。というか、今なら親父にも勝てそうな気がするくらいだ」
誰に貰ったか覚えていないが、同じドリンクを俺も持っている。
だから大丈夫だと思って飲ませたが……効いたようでホッとした。
護衛だ、側近だとエルトナ達は言うが、誰一人失いたくない。
俺にとっては、それ以上に大事な親友達だから。
新しい年が明けました。
年内には、完結までこぎつけたいな。と思っています。
今年も、よろしくお願いします。




