33・王家の秘密 ①
数日後、父上に呼ばれて執務室ではなく居室を訪れると、そこには兄二人── 第一王子であるレグルス兄上、第二王子であるセリオス兄上もいた。
「父上、兄上、遅くなりまして申し訳ありません」
「構わん。わしもすぐに時間を取れなくてすまなかった。── 早速だが、ボルトナー伯爵の息子が問題を抱えていると聞いたが……。その問題には、王族も関係しているというのは本当なのか?」
流石は父上。話が早くて助かる。
「はい。クルスの元に面識のない妙な男が現れて、レオンハルト元陛下とミレニア元王妃の肖像画を──」
「!? どの様な男だったのだ!! 髪の色は!?」
「「「…………」」」
話の途中で、ソファから勢いよく立ち上がった父王に驚く息子達。
「アズナイル! その男の髪の色は! 何色だったのだ!!」
「……クルスが言うには、髪は── 髪も目も真っ黒だったと…」
「…………黒……」
レオナルドはそう呟くと、ドサリとソファに腰を落とした。
息子三人は、いつもと違う父王の様子に戸惑って顔を見合わせていたが、一番動揺しているアズナイルにかわってレグルスが声をかける。
「父上……何故、その男の髪の色を気になさるのですか?」
少し俯き額を押さえていたレオナルドは、顔を上げてからフー っと一つ息を吐いた。そして三人を順番に見つめてから、また軽く息を吐く。
「レグルスが十八── あと二年か…。その時、お前達には話そうと思っていたが……レオンハルト元陛下の名前が出てきたという事は、今がその時なのかも知れないな…」
少し重くなった空気に緊張する息子達を前に、お茶で喉を潤してからソファに座り直したレオナルドは、ポツポツと語り始めた。
◇◇◇
「約三百年前に、当時若くして国王となったレオンハルト様だが、即位して数年後にはその座を王弟であったジェームズ様に奪われてしまった。母親が違えど、仲の良かった二人の間に何があったのか……。ジェームズ様が隣国タスマールに留学してからおかしくなったと言う者や、先代の第二王妃であったジェームズ様の母親の差金だと言う者……様々な憶測が飛び交ったようだが……レオンハルト様に近かった者達の話では、ジェームズ様がミレニア様に横恋慕したのが始まりというのが有力だったそうだ」
話は始まったばかりだが……早々に頭が痛くなりそうな内容だ。
「異母兄弟とは言え、兄であるレオンハルト様の妻だったミレニア様に……横恋慕…」
「それが王位を簒奪するほどの原因になったなんて…」
「だからミレニア様は『悲劇の王妃』と呼ばれているのですか?」
仲の良かった兄弟を、自分のせいで不幸にしてしまったと……嘆き…悲しんだのだろうか……。
「それもある。いや、それが引き金となって立て続けに不幸に見舞われたのだ。王位を奪われたレオンハルト様は、王家の森に建っていた離宮に幽閉され、ミレニア様はレオンハルト様の命と引換えに……ジェームズ様から婚姻を迫られ…」
俺達は絶句した。
── 愛する夫の命と引き換えに、義弟から妻になれと脅されたミレニア様の絶望──。
そして……そのジェームズと同じ血が自分達にも流れているという現実に……吐きそうになった。
父上の顔も苦悶に満ちている。
しかし、話さなければならない……聞かなければならない……。
ここにいる誰もが分かっていたが、できる事ならこれ以上聞きたくなかったし、父上も話したくはなかっただろう。
二年先なら括れた腹も、今は何の覚悟もないまま話す羽目になったのだから。
「経緯は分からないが……離宮の前── レオンハルト様の目の前で婚姻証明書にサインをしたあと、レオンハルト様は離宮ごと消えてしまい……ミレニア様は── ミレニア様の左の目は失われていたそうだ」
「「「なっ!!??」」」
想像を絶する展開に頭がついていかない。
「……離宮ごとって…… 一体なに……が……」
「ミレニア様……目を失ったって……どうしてそんな事に…」
「王家の森は、私達も立入禁止になっていますよね?……そこには草木の一本も生えず、立ち入ることもできない場所があると歴史の本で読んだことがありますが……そこが離宮の建っていた場所なのですか?」
「恐らくな。忌まわしいその場所は、立ち入れば神隠しにあうと恐れられ、その出来事のあと王家の森に入った者はいない。……ただ一人を除いてな……。ジェームズ様は、片目を失われたミレニア様にも玉座にも興味をなくしたのか、その後しばらくして王都からいなくなったそうだ」
「「「…………」」」
ジェームズに対する激しい怒りで叫び出したいのを、拳を握り、唇を噛み締めて必死に耐える。セリオス兄上も同じようにして、きつく目を閉じていたが……レグルス兄上は流石長男と言うべきか。
「レオンハルト様もジェームズ様もいなくなって……それでも尚、このルシファード王国が続いているのは、長く御子に恵まれなかったミレニア様が奇跡的に── 後に賢王と讃えられたジェラルド様を宿しておられたからですね?」
「…………」
「……父上?」
そこで黙らないで欲しい── そうだ── と言って欲しい!
「この国の歴史としては……そういう事になっている。あの時代、王家に対する信頼は地に落ちていて、あれ以上のスキャンダルは暴動を引き起こす危険があったからだ。……ジェラルド様は……ジェームズ様の唯一の息子だ」
「「「!!!」」」
父上の話が始まってから、頭が鉄の棒で殴られているみたいにガンガンする。見た事はもちろん聞いた事もない話なのに、まるで追体験をしているような感覚で── 吐き気も伴い、座っているのがやっとだ。
「……ま…さか……ミレ…ニア様は……」
「それは違う。王位の簒奪より前に、ジェームズ様は幼少からの婚約者であるエミリア様と結婚されていて、ジェラルド様は間違いなくお二人の息子として生まれたのだが……前レオナルド国王の崩御の時期と重なった為か……公には伏せられていたようだ」
とうとう自力で体を支え続けることができなくなって、グラリと体が傾いたところを、隣りに座っていたレグルス兄上が支えてくれた。
「アズ! 大丈夫か!? お前はもう部屋に戻りなさい。私が送っていこう」
「嫌です! 大丈夫ですから、このままいさせてください。私にも最後まで聞く権利があります! お願いします!」
どんなに苦しくても、王族の一員として最後まで聞かなければ!
と、強く思った。
「……レグルス、セリオス……お前達のクッションも使ってアズナイルを支えてあげなさい。わしも、この話を何度もするのは辛い…」
真ん中に座っていたレグルス兄上が席を替わってくれて、両脇と背中をクッションで上手く支えられるようにしてくれた。
「父上、兄上、ありがとうございます。どうか、続きを聞かせてください」
深く頭を下げるとそのまま倒れてしまいそうだったので、軽く一礼するに留めた。
「その前に、お茶でも飲んで一息つこう」
父上がベルを鳴らす前に、セリオス兄上が立ち上がる。
「父上、私が淹れましょう」
「なんと! セリオスはお茶を淹れられるのか!?」
「はい。先日、視察に行ったドイル領で子爵に教わりました。子爵曰く── これからは、王族と言えどお茶ぐらい淹れられるようにならなければ!── だそうですよ?」
ドイル子爵の教え方が上手かったのか、セリオス兄上が意外に手際よくお茶を淹れていく。
俺の具合を見て、少しでも落ち着けるように気配りしてくれる家族に泣きたくなった。




