32・大魔王狂想曲
秋晴れの爽やかな空の下、淀んだ空気を纏う少年が一人。
「おい、見てみろ。あそこに、異様に顔色の悪い奴がいるぞ」
「『また』徹夜して、変な物でも作っていたんでしょうか…」
「……入学式の途中で倒れたりしないだろうな」
王立学園の入学式当日── 青白い顔で、目の下にくっきりとした隈を作ったクルスは、とてもじゃないが希望に満ち溢れ、やる気満々の新入生には見えなかった。
「おい、クルス。……大丈夫か?」
エルトナが後ろから肩を叩く。
「ん? あぁ、みんなおはよう。今日の僕はまだ生きている……素晴らしい朝だね…」
(((……入学式ブルーか?……にしても酷過ぎる!)))
「……式が終わったら、みんなで甘いもんでも食いに行くか?」
「残念だけど、僕は遠慮するよ。式が終わったら、砂漠に落ちてる金の粒を探しに行かなきゃいけないんだ……みんなは行ってくるといいよ…」
そう言って、フラフラと去っていくクルスの背中を見つめ──
「金の粒って……米のことか? あいつプラント領に行くつもりなのか?」
「まさか。殿下に断りもなく一人で行くはずないでしょう?」
「……プラント領に行くのに、なんで俺に断りを入れる必要があるんだ?」
「「…………」」
「プラント領に行けば、必ず『誰か』と会うことになりますよ? 殿下のいないところで」
「会うどころか……ひとつ屋根の下だろ? まっ、殿下は心がひろ──」
「俺に断りなくプラント領に行くことを禁ずる法律を作ろう!」
「「…………」」
◇◇◇
入学式で倒れたりはしなかったクルスだが、式が終わるとフラフラとどこかへ行ってしまい、結局その日、アズナイルの執務室に現れることはなかった。
入学したばかりだから、学園に慣れるまで暫くは仕事の量も少なく設定してある。
だから、一人いなくても困ることはないのだが……。
式から四日目の朝、黒いかつらを被って登校して来たクルスを見て、流石に三人は言いしれぬ焦りを感じた。
「よっ、よぉ! クルス……」
エルトナさえも……珍しく言葉に詰まるほどに。
「クルス……頭が寒いのか? 風邪気味なら俺が先生に言っておくから……帰ったらどうだ?」
「そうですよ。無理はいけません。馬車を用意させましょう」
「大丈夫だよ……風邪なんか引いてないよ。ただ僕は……今日から『おにぎり』として生きることにしたんだ。食べ物は、食べられる為に生まれてくるんでしょう? だから、食べずに捨てられたら悲しい思いをするんだって。だったら、僕はおにぎりになればいいと思ったんだ。人間だと思うから悲しくなるんだよ。おにぎりになれば食べられて嬉しい! って思えるはずだから……ねぇ、僕おにぎりに見えるかな? なれるかな?」
「「「…………」」」
「よし! 分かった! 俺が学校に事情を説明してくるから、その間、殿下とノリスはクル── このおにぎりを頼む!」
エルトナはそう言うと、猛ダッシュで走り去った。
「殿下、私は馬車の手配をしてきます。おに── クルスをお願いしてもいいですか?」
「あぁ、頼む」
クルスと二人きりになったアズナイルは、学園の敷地内にあるベンチにクルスを誘導した。大人しくついて来てはいるが、どこかぼんやりしていて顔色は── 相変わらず悪い。
この三日間、教室でも注意して見ていたが── 殆ど喋らず、その日のスケジュールが終わると「殿下、申し訳ありません。失礼します」と言っていなくなっていた。
仕事も護衛としての役目も果たせていないが、親友のただならぬ様子に心配はするけれど、諌める気にはなれなかった。
ただ……悩み事があるなら話して欲しい、頼って欲しいとは思ったけど。
◇◇◇
四人で馬車に乗りボルトナー邸に向かう。クルスは暫くキョトンとしていたが、ハッ! と思い出したように──
「ちょっと! みんなでどこに行くの!? 僕、仕事があるんだけど!! 降ろして!」
と騒ぎ出した。それをエルトナが力ずくで抑える。
「そのお前の仕事をな、みんなで手伝うことにしたんだよ」
「その許可をもらう為に、今クルスの家に向かっているところですよ」
「駄目だよ! 無理なんだ! 馬車を止めて!! みんなを巻き込みたくない! 離して!!」
力で勝てるはずはないのに、逃れようと必死にもがくクルス。
「……クルス。俺はこれでも王族の一員だぞ? 大抵のことは──」
「だから!! 無理なんだって! 父上が言ってた! 陛下でも無理だって!! だから! 放っておい──」
暴れていたクルスの体から力が抜け、崩れ落ち── はしなかった。
エルトナが支えているから。クルスの首に手刀を食らわした張本人だから当たり前だが……。
ぐったりとした息子が、騎士団長の息子に担がれて帰ってきたと思ったら……後ろから宰相の息子と第三王子である俺まで馬車から降りてきたのを見て、ボルトナー伯爵が目を剥いていた。
クルスは入学式の前夜から殆ど寝ていないそうで、今は医者が処方した睡眠薬を飲んでぐっすりと眠っている。
青白い顔、目の下にくっきりと入った隈……頬も少し痩けたように見えた。
親友の痛々しい姿に胸が痛む。
何故、もっと早くに声を掛けなかったのかと悔やまれた。
自分から話してくれるのを待っていた。頼ってくれるのを待っていた。なんて……ただの言い訳だ。
医者が「明日の朝まで目を覚ますことはない」と言っていたので、みんなで応接室に移動した。
◇◇◇
「私達がいくら大魔王なんていない、もしいたら国中で大騒ぎになっているはずだと言っても、全く耳を貸さなくて……。確かにクルスの他にその者を見た者はいないので、何とも言えないと言われればそうなのですが……。王族の肖像画を手に入れたいのが本当に大魔王だとしたら、直接王宮に行くのではないでしょうか…」
応接室で、ボルトナー伯爵から大魔王騒動の一部始終を聞かされた俺達は── 何とも言えない気持ちになった……。
なんだろう……ここ数日の心配や後悔を返して欲しい……。
大魔王? ハァーっとため息をつきたいが、伯爵の手前そうする事もできない。
ノリスは── 大変でしたね── なんて言って澄ましているが、エルトナの握った拳はプルプルと震えている。
俺には分かる。伊達に幼馴染みをやっている訳ではない。
あれは親友を苦しめた大魔王もどきに対してではなく、クルスの被害妄想に対してだ。クルス……悪いことは言わん。明日と言わず、二〜三日寝ていたほうが身のためだぞ。
「殿下や側近の方々を巻き込んでしまい、お詫びのしようもございません。ただ……父と私がクルスの部屋に駆けつけた時、弟は酷く怯え取り乱していました。大魔王ではないにしても、相当な怖い目にあったのは事実です。そのことだけは汲んでいただけると……。言えた義理ではありませんが…」
あっ……エルトナの拳の震えが止まった。クルス、いいお兄さんに感謝しろよ。
いや、それよりも──
「三百年前の話とは言え……戦争があった訳でも、王族の血統が途絶えた訳でもありません。それなのに一枚の肖像画もない── あっ、いえ、あるけど見ることができない……でしたね。父── 陛下も見たことがないというのは本当なのでしょうか?」
国王である父上も見たことがないなんて……俄には信じ難い。
「代々我がボルトナー家は、王家よりその肖像画を探し出す事を課せられています。肖像画が見つかれば王家の……その…」
伯爵が言い淀んだ理由はすぐに分かった。
「『王家の呪い』……ですね。……この三百年、王家には女児が生まれていません。肖像画がその呪いを解く鍵になるかも知れないと?」
「はい。ですが……未だに何一つ見つけることができないままで、不甲斐なく思っています」
兎に角、今の段階ではどうすることもできないので、次に大魔王が来る時までに父からも話を聞き、次回は自分達も立ち合う事を約束して帰城した。
◇◇◇
城に戻った時は昼の少し前の時間だったが、今から学園に行ってもとんぼ返りになりそうなので、執務室でランチを済ませ仕事をすることにした。
まだ、学園の授業が始まっていなくて本当によかった。
「しかし……妙な話だったな? その男はクルスを知っていたのにクルスは知らない男だったんだろう? 知りもしない……しかも黒ずくめの男がいきなり部屋に現れたら、そりゃ驚くだろうが……。なぁ、クルスってさぁ、仕事は『多分』できるんだろうけど……物凄く怖がりだよな? サーフィニア嬢の時も自分で言ったことにビビってたし」
……あれか……サーフィニア嬢が既にこの世の者では……ダメだ!
縁起でもない!!
「……そんなんで、この先やっていけるのか心配ですね。……知らないと言えば、その男も肖像画については何の知識もないままクルスに頼んだんですよね? それで歴史に興味があるなんて……怪しいものです。本当の目的は何なんでしょうね?」
「おにぎりでない事は確かだな」
……それはそうだろう……。が……全くもって……謎だらけだ。
そいつの目的も確かに気になるが、俺も知らない事が多過ぎて……。
ボルトナー伯爵は仕事柄知り得たんだろうが『悲劇の王妃の間』なんて初めて聞いた……。父上は、教えてくれるだろうか…。
ミレニア王妃が悲劇の王妃と呼ばれているのは歴史の授業で習ったが、何故そう呼ばれているのかまでは教えてもらえなかった。
と言うか、講師も知らないのだろう。
あの頃は── 時の王が突然亡くなって、後を継いだ王太子は数年後に弟により王位を簒奪され── 国は混乱に陥っていた。
三百年前の出来事なんて、その程度しか触れられていない。
国の混乱によって、資料がそう多くは残っていないのだろうと思っていたが、まさか……肖像画一つまともな物が無いなんて……。
大魔王もどき男の出現がなかったら……これから先も王族でありながら、この国の歴史について深く知らないままに過ごしていたかも知れない。
それを、アズナイルは恥ずべき事だと思った。




