31・クルスの受難
プラント領の視察から戻って今日まで、報告書のまとめや溜まっていた仕事に追われていたアズナイル達だったが、漸く全部やり終えて、無事に明日を迎えられそうだ。
「じゃあ、また明日!」
皆と別れて家に帰ったクルスは、ディナーをとりながら父親に視察の報告をして、風呂に入り、やっと自分の部屋のベッドに辿り着いた。
「ハァァー つっかれたぁー」
明日は、アズナイルとクルスの王立学園入学式だ。ノリスは三回生に、エルトナは王立学院の一回生に進級する。
本当にギリギリのスケジュールだったのだ。
ちなみにアクトゥールは学院三回生になる。
アズナイルとクルスは、勿論同じクラスになる事が決まっている。
他にはどんな子達がいるのかなぁ〜 明日は入学式だけだから昼には終わるし…… その後みんなでお疲れ様会をするのもいいなぁ〜
なんて呑気に考えていたら── 突然、強い気を感じた! 時には既に遅く……部屋の中には恐ろしく美貌の見知らぬ男が立っていた。
ベッドから跳ね起き、素早く臨戦態勢にはいる。
「誰だ!! どうやってこの部屋に──」
そこまで言ってハッ! とする。この部屋どころじゃない……ボルトナー家に侵入できるなんて普通じゃ考えられない。
嫌な汗が背中を流れる。
対するセバスチャンは── ホォ〜 こんな顔もできるんだな── と感心していた。
「クルス殿、あなたにお願いがあって来ました。戦う為ではありません。……まぁ、あなたがどうしてもと言うのなら、応じない事もありませんが…」
……そう言う目の前の男は、どう見ても自分の敵う相手ではないし……この非常事態に未だ誰もやって来ない…。
《家訓》無理だと思った時には、むやみに相手を刺激してはならない。
《クルス座右の銘》長い物には巻かれた振りをしろ!
クルスは出していた(鉄球並みの)土球を消して、臨戦態勢も解いた。
「どうして俺の名を?……俺はあなたに見覚えがありませんが……。素性の分からない相手からお願いがあると急に言われても……すんなり、はい分かりましたという訳にはいかないのですよ?」
長い物に巻かれる気は満々だが……ナメられ過ぎてもいけないので、『俺』とか言ってみる。
「……そうですね……あなたは私の事を覚えていないでしょうが、私はあなたと会ったことがあります。その時見込んだあなたの腕を頼って参りました」
……頼って参りましたと言うのなら、日のあるうちに玄関から正式に訪ねるのがマナーなのではないだろうか? いきなり部屋に現れて、明らかに自分より弱い相手に向かって、こっちがその気なら戦ってもいいような事まで言われて……冗談じゃないぞ!
とは、恐ろしくてとても言えた雰囲気ではない。
人間離れした美貌もそれに拍車をかけている。
丁寧な言葉を使い美しく微笑んでいるが、騙されてはいけない!
まさか、断ったりしませんよね? 的な凄みのある微笑みだ。
それなのに、逆にあっさり騙されてもいいと思えたのは……ザードよりも遥かに強そうなこの男に── 腕を見込んで── と言われたから。
これはなかなか……いやいや、ひじょ〜に! と〜っても! ものすご〜く! 気分が良かった! なので──
「分かりました。取り敢えず用件を伺いましょう」
落ち着きを通り越し、すっかり有頂天になってにやけ顔を隠せないでいるクルスは、ありがとうございますと言うセバスチャンが心の中で── やっぱり鈍感で単純だ ── と思っている事など知る由もなかった。
◇◇◇
「なるほど……では、大魔お──」
「…………」
僅かに目を細めて、唇に薄い笑みを浮かべた大魔王様(あっ! 言っちゃった!)と目があったクルスの心臓は止まりそうだった。
「そそそそそう言えばっ! おっ、お名前をお聞きしておりませんでしたでございます!」
「あぁ、名前…ですね…。私のことは『バース』とお呼びください」
「ででででではバース様は、三百年前にこの国の王であった『レオンハルト国王様』と、『ミレニア王妃様』の肖像画を見てみたい── ということですね?」
「はい。私は歴史に興味がありまして自分でも少し調べてみ(ようと思っ)たのですが、資料が中々手に入らなくて……そんな時、思い出したのです。もしや…クルス・ボルトナー殿なら私の悩みを解決してくれるのではないかと」
大魔王様が歴史に興味があるなど嘘臭いが……また、持ち上げられて舞い上がる。
「思い出して頂けて光栄です! 僕ほどの腕があれば、肖像画の五枚や十枚はあっという間ですよ! あっ! ですけど、明日から僕は王立学園の生徒としても学ばないといけませんので、そうですね……ひと月ほどお時間を貰えれば──」
「……ひと月…」
「あっ! いっ、いえ、あのー ……さっ、三週──」
「知人から聞いた話ですが、入学から一週間ほどは授業は行われず、大抵午前中で終わる……とか?」
「そそそそそーなんですね!? だ、だけど僕はアズナイル殿下の側近としての仕事もありますので……なんとかにっ、に、二週間は貰えないでしょうか! お願いします!! 大バース様!!」
受ける側のはずなのに、お願いしてしまっているクルス……が、悪い訳ではない。自分でも気付かぬうちに、ちょいちょい魔王化してしまうセバスチャンが悪いのだ。
早くに『俺』から『僕』に戻ったのもそのせいだ。
ちなみに知人とは、勿論アクトゥールである。
「分かりました。よろしくお願いします。では、二週間後にまた伺います」
「ありがとうございます!」
お願いの為下げていた頭を上げた時には── バースはもういなくなっていた。
かわりに扉を開けて飛び込んできたのは父と兄だ。
「クルス! 大丈夫か!?」
「ちっ、父上……あ、兄上……どっ、どうしてもっと早く来てくれなかったんですか! ぼっ、僕はもう少しで、大魔王様に頭から食べられるところでしたっ!!」
妙なことを言いながら、オイオイ泣いて縋り付いてくるクルスに二人は顔を見合わせたが、クルスの部屋に入れなかったのは事実だ。
強い気を感じて慌てて飛んで来たのだが、部屋の周りには強固な結界が張られていて、それを破ることがどうしてもできなかった。
ボルトナー家の嫡男に次いで優秀な次男と言われているが、クルスはまだ十二歳なのだ。
二人は気が気ではなかったのだが……。
「……それで、その……大魔王様? はどんな奴だった? 知り合いか?」
「まさか! 大魔王の知り合いなんていないよ! 会ったこともないよ! 真っ黒な髪と真っ黒な目、おまけに全身黒ずくめでさ! 僕に塩をかけて『おにぎり』みたいに頭から食べようとしたんだから!」
クルスの被害妄想大暴発!
「??おにぎり?……よく分からんが、食べられなくてよかったな」
「父上……そうではなくて……。知り合いでもなく食べに来たんでもないなら、そいつは一体何をしに来たんだ?」
「そっか! 僕の頭は『のり』みたいに黒くないから、おにぎりに見えなかったんだ! よかったぁ〜 もう二度と来ないように塩を撒かないと── って! 二週間後に又来るんだったぁーー アアアアアァーーーどうしよぉーーー!!」
((……よっぽど怖い思いをしたんだな……))
「ハァー ……なんで、又来ることになっているんだ?」
「仕事を頼まれたんだよー。肖像画が欲しいって!」
「肖像画? 誰の? まさか、お前のじゃないよな?」
「違うよ! 確かに僕はカッコいいし、女装すれば可愛くもなれるけど今回は僕のじゃなくて、三百年前のレオンハルト国王様とミレニア王妃様の肖像画が見たいんだってさ」
((やめろ……女装が趣味かと思われるぞ))
「……前半はよく聞こえなかったが……お前、もしやそれを引き受けたんじゃないだろうな?」
「僕の腕を見込んで頼みに来たんだ! それを断るなんて男じゃないよ! 三百年前と言ったら確かに古いけど、そんなのアズナイル殿下に頼めばチョチョイのチョ〜イさ!」
((……見込まれた腕はどうした?……))
「アズナイル殿下でも無理だな。今からでも断るんだ」
「どっ、どうして? 大体、こっ、断ったりしたら……今度こそ食べられちゃうよ!……れっ、連絡先も知らないし……殿下が無理なら父上から陛下に──」
「陛下とて……ご用意できないだろう」
……意味が分からない……陛下は、けちん坊なのかな?
「この国に……いや、この大陸のどこを捜しても、レオンハルト元国王様とミレニア元王妃様の肖像画は一枚もないからだ」
「!? そそそっんなこと!! いっ、いくら古くても歴代の国王様の肖像画がないなんて! そんなこと……」
ある訳がない……。
「……そうだな……正確に言えば……ある。歴代の国王しか入れない『悲劇の王妃の間』にはあるそうだ。が……上半身には宝石の『スフェーン』がビッシリ張り付いていて、顔はおろか髪の色さえも分からないそうだ」
「悲劇の王妃……」
そんな……そんなの知らない……。
「ミレニア様のことだ……詳しいことは、わしも知らんが」
「そ……んな……僕は、どうしたら……」
「おとなしく、大魔王様に食われるしかないな」
「いやだぁーー! 兄上!! どうしてそんな意地悪なこと……ウワァーーーン!!」
「やめんか、エルス」
「知りもしない相手に、安請け合いするからだ。お前が悪い」
「エルス!」
フンと鼻を鳴らしてクルスの部屋を出ていくエルスを一喝したボルトナー伯爵だったが、伯爵自身もこの問題をどうすればいいのか妙案が浮かばず……重い溜息をついた。
◇◇◇
クルスの部屋を出たエルスは、自室に戻るやいなやソファの上のクッションを力任せに壁に向かって投げつけた。
「っっそ!! 大魔王め!! どうしてクルスなんだ! 何故俺の所に来ない!! あんなヒョロッ子食ったって、何の足しにもならんぞ!!」
「だからと言って、クッションに八つ当たりするなんて……クッションが可哀想じゃないですか」
壁の下で伸びているクッションを拾い上げてポンポンと叩いている、もうひとりの弟。
「……ニルス……お前また勝手に…」
「それに、ボルトナー家の大事な跡取りを大魔王様に差し出す訳にはいきません。いざという時は、僕がデザートになりますよ。二人分なら少しは腹の足しにもなるでしょう?」
「誰が大事な弟達をくれてやるって言うんだ! 来るなら来てみろ! 大魔王! 一族総出で叩き潰してやる!」
◇◇◇
エッ…クション……ヒェッ…クション……
「あら? セバスチャン、大丈夫?」
「あぁ、マリアベル。大丈夫です……けど、さっきからくしゃみが止まらなくテッ…クション…」
「あらあら! 風邪かしら? 朝晩涼しくなってきたものね」
「そうですね。お嬢様にうつすといけないので、早いけど今日はもう休みますね」
「そうした方がいいわね。おやすみなさい、お大事に」
「ありがとうございます。お先に失礼します、おやすみなさい」
(…………看病に行った方がいいかしら? えっ? 一晩中!?
そんな…… ダメよ! ダメよ、マリアベル! 殿方の部屋に一晩中なんて! いくら看病でもいけないわ! ああ…でも……いえ! ダメよ!……でも…でもぉーー!)
(…………悪い物でも食べたのでしょうか?)
階段の下で、クネクネとよろめいているマリアベルを見たスヴァイルは──
(あとでお薬を持っていってあげましょう)
とても気が利く執事である。




