表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/133

25・何が言いたいかというと

 投票の結果ダントツで一位に輝いたのは、思った通りの《カレーライス》。

辛さを自分好みに調節できることと、トッピングを選べるところが大きなポイントになったのだと思う。


 二位は味付きの豚肉・卵・野菜がたっぷり入った《チャーハン》。そして四位とは僅差で三位に滑り込んだのは、豊富な魚介の出汁がお米によく染み込んでいて、華やかな見た目とは裏腹に意外とあっさりと食べられる《パエリア》だった。

《食べ放題》との期待を裏切ることなく大量に用意された三品に、皆大喜びで群がっている。


 俺の隣にはサーフィニア嬢が座り、初めてあった日のこと、稲刈りから精米までほんの少しの手伝いだったけど大変だったこと、今日の釣り大会のことなど、途切れることなくたくさんの話をした。


 サーフィニア嬢は木の上にいたことを、猫を助けようとしたからだと言い張っていたけれど、バレバレの真っ赤に染まった顔がまた可愛くて。

おかわりで何度も席を立つ間にも、話をしては笑い、食べては笑い。


 永遠にこんな日が続いてほしい……と願ったところで叶うはずもなく。

皆の楽しそうな笑い声の余韻を残しつつ、最高に幸せで楽しかったディナーは幕を閉じた。




 瞳を閉じれば、隣にはまだ笑顔のサーフィニア嬢がいるように感じられるのに、周りから聞こえてくる様々な音が現実を突きつけてくる。

明日の朝には、ここを離れなければならないのだと。


 一人になりたいような、なりたくないような、何とも言えない気持ちのまま、皆とダラダラ帰る準備をしているとノックの音が響き──スヴァイル殿がワゴンを押して入ってきた。


「明日は早い時間にお立ちになるとのことでしたので、よく眠れるようにハーブティーをお持ちしました」

「ありがとうございます。丁度、お茶の用意をしようと思っていたところなので助かりました」


 テーブルの上を片付け始めたノリスの邪魔にならないように停めたワゴンの上で、手際よくお茶をいれていくスヴァイル殿を見るともなく見ていたら、爽やかな香りがほのかに漂ってきた。


 レモンバーム……だろうか。

聞いてみようとしたところで、スヴァイル殿がなにか言いたそうな顔をしてジッとこちらを見ていることに気づく。


 もしかするとお茶はただの口実で、他に要件があって来たのではないだろうかと考えていたら──


「帰り支度でお忙しいところ申し訳ありませんが、この年寄りの話を少しだけ聞いては頂けないでしょうか」


 ──と頭を下げられた。


 が、そもそも俺は帰りたくないのだから帰り支度なんてどうでもいい。

そんなものよりもスヴァイル殿の話を優先する。

だってそうだろう? 就寝前にお茶を持ってくるような話など出ていなかったのに、こうしてわざわざ一人でやって来て俺に話とくれば、サーフィニア嬢のこと以外に何が考えられる? ないだろう?

もはや彼女に関する全てのことは、俺にとっての最優先事項。ということで。


「勿論です。何でも話してください」

「ありがとうございます」


 再び頭を下げるスヴァイル殿にソファを勧めたが、座ることはなく、その場に立ったままで話をはじめた。



「坊ちゃまが子供の頃、この領地から出ることができなかったという話は旦那様からお聞きになられましたね? その後の話になるのですが──」


 何度試しても、アクトゥール殿は領界を超えられなかったという話を思い出す。

それは、現在進行系でサーフィニア嬢の身にも起こっているということも。


 というか……えっ? 話って、アクトゥール殿のこと!?

だったら聞かなくてもいいのだが、何でも話してくださいと言った手前、お帰り願うわけにもいかない。話はまだ始まったばかりだし。


「あの日以来、坊ちゃまは大層我儘になってしまわれたのです。それまではとても素直で優しく、いつもニコニコと笑顔を振りまく姿は天使のように愛らしく、旦那様も奥様も、もちろん私たち使用人も、みんなで可愛がって大切に育てていたものですから、ショックは大変大きなものでした」


 いやいや。天使といえばサーフィニア嬢だろう? なぜ出てこない?


「少し気に入らないことがあるとすぐに怒りだしては物にあたり、叱られると泣き叫ぶようになりましたが、そうなる理由が分かっているだけに旦那様も強く叱ることができず、年々酷くなっていく有り様に誰もが心を痛めておりました」


 これはアクトゥール殿の子供の頃の話だと分かっていても、現在の姿から考えると想像がつかない。

王都の王立学院に通っているアクトゥール殿はノリスの兄ノートアと同級で《学院では》物腰も柔らかく成績も優秀で、毎回の試験ではノートアと一、二位を争っていると聞いていたから。


 だけど、やはりサーフィニア嬢は出てこない。

帰りたくないけど、帰る準備をしながら聞いてはダメかな?

あっ! 目は開けたままで寝ておく。という手もあるな。


「数年間そんな日々が続いたある日のことです。坊ちゃまは突然『僕に妹ができる!』と言い始めました。奥様はひと月後に出産予定でしたので、弟君か妹君がお生まれになるのは間違いのないことだったのですが、もしもそうでなかった場合にがっかりされないように、奥様は何度も『どちらが生まれても可愛がってあげてね』と言い含めておられたのですけれど──今思い返してみますと、奥様も旦那様もなんとなく坊ちゃまと同じことを思われていたような気もします」


 おっ。やった! サーフィニア嬢の影が見えてきたぞ!


「とにかくそれからというもの我儘や泣き言はピタリと止まり、剣の稽古や勉強に熱心に取り組むようになられたのです。『妹のことは僕が守らなければいけないから』とおっしゃって。そうしてひと月後に本当にお嬢様がお生まれになられた時、私たちは驚きましたが、それ以上の大きな喜びに包まれました。特に坊ちゃまは誰よりもお喜びになられて『よかった、よかった』と大粒の涙を流しながらお嬢様を抱きかかえ、片時も離そうとはしなかったくらいです」


 うんうん。そうだろう、そうだろう。生まれた瞬間からサーフィニア嬢は天使のように──いや、天使なのだから、それはそれはもう信じられないほどに可愛くて、キラキラと光り輝いていたに違いない。

アクトゥール殿が片時も離したくなかった気持ちもよく分かる。俺だってそうしただろう。


 その煌めきも可愛さも今なお消えることはなく、ますます眩しく──

そういえば……


「スヴァイル殿。サーフィニア嬢は生まれた時から黒髪でしたか」


 そう尋ねると、スヴァイル殿の纏う空気が一変した。


「殿下。それはどのような意味でしょうか」


 目つきも鋭いものへと変わり、それに気づいたエルトナが動こうとしたが〈待て〉と視線で合図を送る。


「別に深い意味はないのですが、髪の色は成長と共に変わる人もいますので、もしかしたらサーフィニア嬢も生まれた時は」「お嬢様はお生まれになった時から艷やかな美しい黒髪でしたが何か問題でも? それとも、お嬢様のあれほどきれいなサラッサラの黒髪に何かケチでもつけるおつもりですか? 殿下、貴方様も黒髪ですよね?」

「い、いえ、ケチをつけるつもりなど……」


 黒髪が問題なのではなくて、髪の色が変わったのかどうかを聞きたかっただけなのだが……。俺は、睨まれるほどに常識外れの質問をしてしまったのだろうか?


「では、話を戻しもよろしいですかな?」

「……はい、お願いします」


 プラント男爵家の執事スヴァイルよ。仮にも、この国の第三王子である俺に対して「ハァ。思わぬところで時間を取られてしまいましたので、話を大幅に進めます」


 …………そんなに、かな? あの、俺が王子ということは──ハイ、スミマセン。


「坊ちゃまが十二歳になられた時、王都の王立学園へ通えるかどうか試すことになりました。坊ちゃまは明るく笑っておられましたが、足の先が迷いの森から出た瞬間、泣き出してしまわれたのです。私たちは嬉しくて泣いているのだろうと思っていたのですが……。違いました。『王都になんか行きたくない。妹と離れるのは嫌だ』と泣いておられたのです」


(((…………;)))


「プラント男爵家の跡取りなのだから、学園・学院できちんと学ばなければいけないのだと諭されても、お嬢様に縋り付いて『イヤだ、イヤだ』の一点張りでして。とうとう当時五歳になったばかりのお嬢様に『お休みの時には、美味しいお菓子を持って帰ってきてほしい。毎日お手紙を書くから』と言われてしまえば仕方なく。お嬢様の喜ぶ顔見たさと手紙欲しさに、顔中に渋々を貼り付けて王都へ旅立たれて行かれました」


(((…………シ、シスコンが激し過ぎる)))


「しかしながら、私には坊ちゃまの気持ちが痛いほどよく分かりました。私も坊ちゃまについて王都へ行くようにと旦那様から言われていたのですが、お嬢様のお側を離れるなど冗談ではございませんでしょう? ですから歳を理由に最後まで目一杯抵抗させていただきまして──〈ちょっとした計算違いはありましたが〉──見事、こちらに残る権利を勝ち取ったくらいですので!」


 先程の刺々しさは鳴りを潜め「フンッ!」と胸を張り誇らしげにしているけれども。主の言うことを聞かない執事なんて、王都だったら即刻クビになりますよ?

あと、途中のゴニョゴニョが聞き取れなかったんですけど……。


「お米をはじめ、プラント領に様々な恩恵をもたらす天使のようなお嬢様は、誰からも愛され慈しまれております。プラント男爵家は──いえ、このプラント領はお嬢様を中心に回っていると言っても過言ではございません。故に、もしもお嬢様を傷付けたり、悲しませたりするようなものが現われた場合には、それが誰であろうと何であろうと我々は絶対に許しません。プラント領に生きる者たちが総力を挙げて叩き潰します! ハハッ、いやなに、まさかまさか、殿下方がお嬢様を裏切るような真似をなさるなんて、これっっぽっちも思ってはおりませんがね?」


 そうですか。だったらそんなに恐ろしい顔で微笑むのはやめてもらえませんか?

笑顔のまま今すぐにでも叩き潰されそうで怖いんですけど!


 恐ろしい笑顔で俺達一人ひとりをじっくりと見定めたスヴァイル殿は──当たり前だが──《敵意なし》とみなしてくれたのか、満足そうな表情を浮かべると一歩下がってから「さて、すっかり長居をしてしまいましたな。お許しくださいませ」と締めくくり、深く一礼したのちようやく部屋を出て行ってくれた。



「ハァ、疲れた。話にサーフィニア嬢が出てこないままだったら、途中で寝てしまうところだったぞ」

「アクトゥール殿の話は、ただの長すぎる前フリでしたね」

「長すぎるにも程がある。クルスなんか寝てしまったぞ。おい、そろそろ起きろ」

「起きてるよ! その証拠にさぁ、僕は気になる点をいくつか見つけたよ?」


 おっ? 珍しいなクルス、真面目な顔をしたりして。名誉挽回の場面か?


「まず一つ目。アクトゥール殿は本当に美味しいお菓子を持って帰ってきたのか!そしてそのお菓子はどこの」「やっぱり寝てていいぞ」

「何でだよぉ。そもそも寝てないし! お菓子は重要だよ? だってさぁ、気に」「そういえばザードさんが言ってたけど、セバスチャンとクラウドさんはスヴァイル殿の教え子らしいぞ?」

「二人の?……なるほどね。あの圧の強さもそれなら納得だ」

「圧もそうですが、時折飛んでくる射るような視線も、ただの執事にはなかなか出せないものですよ」

「ねぇ……。誰か僕の話も聞いて?」


 すっかり冷めてしまったハーブティーを飲みながら話をしていると、再びノックの音が響いた。


(ちょっ、まさか……戻ってきたのか!?)

(地獄耳だったら怖いですね)

(いや、悪口は言ってない──よな?)

(僕は寝てません!)


「こんばんは。アクトゥールですけど、少しお時間よろしいですか」


 フゥ~っと皆が一斉に息を吐き出したのを見届けてから、ノリスは扉を開けてアクトゥールを招き入れた。



「お疲れのところ申し訳ないのですが、アズナイル殿下にお尋ねしたいことがありまして」

「私に? どのようなことでしょうか」

「大したことではないのですが、魚釣り大会のあと、ニアが殿下に何か渡していたと小耳に挟んだものですから」


 魚釣り大会のあと? 何か渡されたっけ?


「ああ! 賞品として貰ったセバスチャン特製ドリンクのことですね?」

「賞品でしたか。……その他には?」

「ドリンク以外にですか? いいえ、何も受け取っていませんけど、なにか気になることでもありましたか」


 ドリンクが欲しいなら「どうぞどうぞ!」と言いたいところだけど……。

サーフィニア嬢と約束したからな。大事な約束を破るつもりはない。


「気になることというか──もし仮に、ニアが何か手作りの物を殿下に差し上げていた場合、それが殿下に差し上げるにふさわしい物かどうか、一旦私がお預かりして吟味する必要があるものですから。……本当に、ドリンクだけでしたか?」


 アクトゥール殿の鋭く、探るような視線に思わず、貰ってもいない物を「貰った!」と言ってしまいそうになるが。


「はい、ドリンクだけです」

「そうですか。しかし申し訳ありませんが、一応ドリンクを確認させて頂いてもよろしいですか? 万が一にも失礼があってはいけませんので、念の為に、ですね」


 …………;


 なんだかよく分からないが、寝室に置いていたドリンクを持ってきて渡すと、アクトゥール殿は一本一本、撫で回したり、逆さにしたり、灯りに透かしてみたり、指で弾いたり……。


 あまりにも念が入りすぎているので《サーフィニア嬢の》というよりも、このドリンク自体に問題があるのではないかと疑い始めた頃、漸く納得したのか、ニッコリと笑って返してくれた。


「どうやら本当に《ただのドリンクだけ》のようですね。安心しました。では、私はこれにて失礼させていただきますので、どうぞごゆっくりお休みください。お邪魔いたしました」



 アクトゥールが足取りも軽く部屋をあとにして扉がパタリと閉まると、エルトナはすかさず扉に近づき耳に意識を集中させていたが、ややしばらくしてから振り返ると、一つ頷いた。

それを合図に、皆揃って今夜二度目となる深い息を吐き出す。


 ここは静かな離れのはずなのに、最後の夜だというのに、何なんだ一体。

アクトゥール殿の行動なんて怪しすぎ……


「なあ。サーフィニア嬢からお手製の物を貰っていた場合の話なんだが、それをアクトゥール殿に言われるまま渡したりしていたら、問題があろうがなかろうが二度と俺の手元に戻ってこないような気がするのは……」

「ええ、間違いなく、二度と戻ってこないでしょうね」

「クルスのブローチですら《お揃い》を欲しがるくらいだからな。本人作なら有無を言わさず奪い去りそうな、本気の目をしていたぞ」


 やはり、気の所為ではなかったか。

物凄くマズいドリンクは戻ってこなくても構わないけれど……。


 サーフィニア嬢のお手製かぁ。

まあ、まず貰えることなどないと思うけど、もしもそんな幸運が舞い込んできたら、何が何でも隠し通さないとな。

こいつらにも秘密にしておかないと。特にクルスにバレたら終わりだ。


 それにしても、スヴァイル殿といいアクトゥール殿といい、サーフィニア嬢への過保護ぶりが半端ないというか、溺愛が過ぎるというか……気持ちは分かるけどな。 


「ねえねえ! つまりぃ、サーフィニアちゃんが作ったものとぉ、僕が作ったものは、同等の価値があるってことだよね?」

「はあぁ? なんだ? 寝言か」

「そのようですね。それより私達も早く寝ましょう。いつまでも起きていたら、また変な話に巻き込まれるかもしれませんので」

「もう! 起きてるってば! 寝言じゃな──あっ、待ってよぉ、エルトナァ!」

「誰が待つか。最後の日くらい一人で寝ろ!」



 じゃれ合う二人に耳をふさぎながら皆が寝室に引き上げた頃──


 完全にタイミングを逃したネイサンが、ノックをしようと持ち上げた右手を固まらせたまま扉の前に立っていたことは……もちろん誰も知らない。 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ