24・川辺のランチ
集合場所に戻ると、釣り上げた魚の入ったバケツと引き換えにボウルを渡された。
魚の集計をしている間に、自分で食べ切れる分のおにぎりを作っておくようにと。
即席の集計所から少し距離をおいたテーブルの上に、大きな木製の鍋に似たものがいくつか並べられていて、その中におにぎり用に炊き上げられたお米が入っているからとのことだったが……。
誰だ?
「ちょっと! 食べ切れる量だけを取ってくださいと言われたでしょう! 聞いてなかったのですか!」
って、怒られているどこかの団長は……。
あぁ、ほらもう。俺まで睨まれたじゃないか。
と心の中で愚痴りながらも、いい意味で特別扱いされないことが心地いい。
身分など関係なく、皆で仕事をして同じ場所で同じ物を食べる。
とても楽しいことではあるが、これがなかなか忙しくて、サーフィニア嬢とゆっくり話をする暇が無いのはすごく悲しい。
エルトナたちと合流すると、クルスは自分の顔ほどもあるおにぎりを作っていた。何個も作るのは面倒だからと言っているが、何かをやらかす予感しかしない。
「私は、やめたほうがいいと言ったんですよ? あまりに大きいと食べにくいでしょう? それになんと言ってもクルスですからね、ボロボロと食べこぼして勿体ないことになるに決まっています」
「俺は最初はいい案だと思ったんだが、両手が塞がることになるからやめた」
「つまり? 両手を使って、おにぎりと魚を交互に食べるってことだな?」
「そうだ。そうした方が早くたくさん食べられるだろう? でっかいおにぎりをいちいち皿に戻す時間が惜しい」
ノリスは同じようなことを考えていたが、エルトナの考えは何ともエルトナらしいものだった。が、お前のおにぎりもノリスのより二回りほど大きいと思うぞ?
それにしても、おにぎりを作るのはいいとして……塩はどこだ?
おにぎりといえば《塩》。と言えるくらい肝心なものがどこにも見当たらない。
用意するのを忘れた? というのは考えにくいから、もしかしたらサーフィニア嬢がまた何かのサプライズを用意してくれているのかもしれない。
そう思うとワクワクした。
そうして皆がおにぎりを作り終えた頃、釣果の発表が始まった。
大きなアメジストの瞳を煌めかせたサーフィニア嬢が、楽しそうに皆を見渡したあと可愛い声を元気いっぱいに響かせる。
「皆さーん、お待たせしました。結果が出ましたよ! 賞品のお米三十キロを手にするのは、誰だと思いますかー?」
「「「俺だ! 俺だ! 俺だぁぁ!」」」
皆が一斉に大声で叫びながら手を挙げる。
うん。潔いぞお前たち。誰も俺だと言わないとは。
まぁ、最初からお米を狙ってはいないからいいけどな。
「ふふふ。皆さん自信満々のようですが、第六回魚釣り大会の優勝者、お米三十キロをゲットしたのは────ザードさんです! おめでとうございまーす!」
自分の名前が呼ばれた瞬間、その場に両膝をつき、握った拳を振り上げて雄叫びを上げているザード。
なんと、三十五匹も釣り上げていたらしい。
だけどまあ、俺には初めから結果は分かっていた気がする。
初日からあいつはお米にガッツリと食いついていたもんな。
今回の視察に一番乗り気だったのも、お米が目的だったからではないのだろうか?
と思ってしまうほどに、お米に対する凄まじい執念で掴み取ったダントツの一位だろうと思っていたら、次点はなんと、たったの一匹差でエルトナだった。
物凄く悔しそうな顔をしている。
周りの騎士たちが「剣ではかなわないから、せめて釣りでは勝ちたいと思ったんだろうけど」「残念だったな」と、代る代る肩を叩いて慰めているけれど。
俺には分かる。ザードと同じく、お米が欲しくてたまらなかっただけなのだと。
なんて、どうでもいいことに気を取られている場合じゃなかった!
毎日飽きる程見ている奴らより、サーフィニア嬢の色々な表情を少しでも多く目に焼き付けておかなければと視線を戻すと、嬉しそうな瞳が離れていくところで。
〈ああぁ、ちょっと待って!〉と思ってももう遅い。
視線は外れてしまったけれど、たった今まで嬉しそうに俺を映していたはずの瞳は、小さないたずらが成功したときのように輝いていて、せっかく一生懸命申し訳なさそうに下げている形の良い眉を台無しにしている。
だけど、そんなバレバレなところも可愛いくて。
もう、サーフィニア嬢が何をしても、何を言っても可愛いしか出てこない重症ぶりに呆れるが、こんな自分も悪くないと思った。
アズナイルにバレているとはつゆ知らず、申し訳なさそうにしながらも、結果がわかっているサーフィニアは嬉しい気持ちを隠しきれず、早く発表したくてついつい早口になってしまう。
「それから、ごめんなさい。皆さんには内緒にしていましたが、実は特別賞も用意していたんです。そしてその特別賞を貰えるのは、レインボーフィッシュを一番多く釣り上げた人です!」
サーフィニアの弾んだ声が響いた瞬間に「しまったぁ!」とか「そっちがあったか!」などの嘆きの声があちらこちらで上がり、それを聞いたアズナイルの気分はじわりと上がる。
おっ? ということは、もしかして……キタ! か?
間違いないだろうと思いつつもさりげなく周りを見回すと、ノリスと目があった。
ん? んんっ? えっ? あいつもか!?
俺と同じで、これまで女の子に興味を示したことなどなかったのに……。
やはりサーフィニア嬢は別格ということだろうか? 反対するような態度をとっていたのも──ま、まさか、そういうこと!?
と、やきもきしているアズナイルの耳が「うふふふふ」と小さく響いた嬉しそうな笑い声を拾う。
そうだ、とにかくまずは結果だ。
だけど、特別賞もサーフィニア嬢も絶対に誰にも渡さないからな!
「では発表します。特別賞は、アズナイル殿下です! おめでとうございます!」
よっし! 賞品は《サーフィニア嬢》なんちゃっ──
「アズナイル殿下には、セバスチャンの特製ドリンクを差し上げまーす!」
──いらねぇぇ!!
◇◇◇
上機嫌でお米三十キロの入った袋を抱きかかえているザードも、それを羨ましそうに見ている騎士たちも、仕事のことは忘れ──と言っても、ここに来てから本来の仕事は全くしていないが──青空の下、最後の休暇を楽しんでいる。
そう。今日はプラント領で過ごせる最後の日なんだ。
手違いがあったとかで、後で貰えることになっているマズいドリンクのことは一旦忘れて、俺も……えっ? いや、貰うだろ。
ちょっと動揺してアレ──品位を欠いてしまったけど、可愛いサーフィニア嬢から直接手渡しで貰えるんだぞ? 貰うに決まっているじゃないか。
だけど本当に貰いたいのは────美味しいピクニックランチですよ?
お腹が空いているから、早くおにぎりが食べたいんです。
だから俺の思考なんか探ってないで、自分の仕事に集中してください!
実はアズナイルはサーフィニアと初めて会った時、腕の中から見上げてくる大きく透き通ったアメジストの瞳に自分の姿を認めた瞬間、王宮に連れて帰りたい、この腕の中にずっと閉じ込めておきたい。という衝動にかられていたのだ。
その時の気持ちを思い出していたのだが、セバスから射るような視線を向けられて現実に引き戻される。
全く。油断も隙もない……って、俺も時間を無駄にしてないで、サーフィニア嬢に集中しないと。
アズナイルはそらしていた意識を戻しつつ、目の端にしっかりと捉えていたサーフィニアを視点の中心に移動させる。
すると今は、数名ずつに分かれたグループ毎に小鉢を二つずつ配っているところだった。
つい先程の射るような視線は見間違いだったのかと思えるほど、かいがいしくサーフィニアの補佐をするセバスと一緒に。
あれくらい俺でもできるのに、肝心なところで特別扱い……ではないな。
あいつがサーフィニア嬢と俺を二人きりにさせないようにわざと邪魔してるんだ。
お前こそ俺にとってはお邪魔虫ヤローなんだよ!
といったふうに、いつでもどこでも必ずサーフィニアの側にいるセバスのせいで、なかなか集中できないアズナイルを一瞬で釘付けにするのは、もちろん彼女の声。
「みなさん、魚を焼きながら聞いてくださいね。今配られた小鉢に入っているのは《みそ》と《しょうゆ》というものです。どちらもおにぎりによく合いますので、おにぎりを網の上にのせたら好きな方を塗って焼いてください。焼けたらひっくり返して同じように焼いてくださいね」
ほらな? 可愛いサーフィニア嬢は期待も裏切らないだろう?
お邪魔虫セバスのことも一瞬で消し去ってくれたようだ。
『みそ』と『しょうゆ』かぁ。どっちがどっちだろう?
サーフィニア嬢の好きな方を先に食べてみたいけど、分からないから取り敢えず一個ずつ焼いてみるか。
アズナイルがそんな事を考えている間に、目の前の焼き網の上では、魚だけでなくおにぎりも焼いてね、という指示により陣地確保の小競り合いが始まっていた。
「クルスの邪魔なんですけど。後からにしてくれませんか」
「ええぇ! そんなこと言われても……今さら無理だよぉ」
「今さらも何も載せる前に、やめなさいと言いましたよね? 聞かなかったのはクルスですよ。ほら、場所をあけてください」
「ちょっ、待って! 無理だってば!」
クルスの作ったデカ過ぎるおにぎりが邪魔で焼くスペースが残っていない。
と、ノリスが静かに怒っている。
「よし、俺が手伝ってやる」
それを見ていたエルトナがフォークを使ってグイグイと、クルスのおにぎりを網の端の方へと押しやり始めた。
「ちょちょちょっ! やーめーてー! 崩れちゃう! 自分でするから! や・め・て!」
クルスはエルトナを押しのけると、おにぎりの横からフォーク二本を突き刺して持ち上げ──られなかった。
ほんのちょっとだけ浮き上がったおにぎりは自分の重さに耐えられず、フォークに少しだけ残して網の上に落ちると、半分に割れてしまった。
「いやぁぁ!! エルトナが無理に押したから! 壊れちゃったじゃないかー!」
「お前のやり方がマズかったんだろう?」
「小さくなったから持ちやすいですよ。はい、残りは後から焼いてくださいね」
涙目のクルスをきれいに無視して、ノリスが手早く残りの半分を皿に取って渡している。
呆れて見ていたら、サーフィニア嬢がニコニコと笑いながらやって来た。
張り付きお邪魔虫のセバスチャンも。
「皆さん本当に仲がいいのですね。いつも楽しそうで」
「本当に。ボルトナー様をいじめて遊ぶのは、よほど楽しいことなのでしょうね」
なっ!? 俺は──というか、誰もいじめてないぞ! サーフィニア嬢の前で変なことを言うんじゃない!
「もう、セバスチャン! いじめだなんて、変なこと言わないで!」
そーだ、そーだ。ノリスの言うことを聞かなかったクルスが悪いんだからなー。
「クルス様、大丈夫ですよ。崩れた分は思い切ってもっと崩して伸ばすんです。こんなふうにスプーンで押さえて──ほら! これに、おしょうゆを塗って焼くと表面がもっとパリパリになって美味しいですよ」
「ウッ、ウゥゥ、ありがとぉぉ。サーフィニアちゃんも優しいけど、ミーニアちゃんも優しいね。まるで天使のような姉妹だよ」
クッ……。どうしていつもお前ばかりが構ってもらえるんだよ。ズルいぞ!
それからな『まるで天使のような』じゃなくて、誰がどう見ても、どこからどう見ても、天使で妖精なんだから、そこを間違えるなよ!
「ふふふ、ありがとうございます。お姉様にも伝えておきますね。あっ、そうそう、殿下に《セバスチャン特製ドリンク》を持ってきたんです。遅くなってごめんなさい」
「いやいや、ありがとう」
可愛い笑顔つきで手渡してもらえたのは物凄く嬉しいけど、手違いついでに別の賞品になってもよかったのになぁなんて……あ、そうだ。
「聞きたいことがあるんだけど。サーフィニア嬢──お姉さんも、このドリンクを飲んだりすることはあるのかな?」
疑問に思っていたことを聞いてみる。
サーフィニア嬢命のセバスチャンが、効き目は抜群だけどこんなに不味くて苦いドリンクを彼女に飲ませたりするだろうか?
「勿論ありますよ。どんなに高価なお薬よりも、このセバスチャンのドリンクが一番効くんです!──って言ってました。甘くて美味しいそうですよ」
ん? 甘くて美味しい? いやいや、いくらサーフィニア嬢がクルスの作ったブローチを素敵だと喜ぶような心優しい感性の持ち主だとしても、これが『甘くて美味しい』はさすがにおかしいだろ。
そんな思いも込めてセバスチャンをちらりと見ると、面白そうな顔をしてこちらを見ていたヤツの目が、明らかに可笑しそうに細められた。
さてはこいつ……味を変えていたな? わざわざそんな──暇人め!
心の中でセバスチャンに悪態をつきながら、荒んだ心を癒そうと再びサーフィニア嬢に視線を戻すと、人差し指をビシッと立てて、真剣な表情で一歩近づいてきた。
おおぉ! 近くなったのは嬉しいけど、どうしたというのだろう?
「これは三本とも殿下の物ですから、絶っっ対に! 例え一本であっても、他の人にあげたりしたらダメですからね!」
「う──」ん? え゙っ? 一本も!? い、一本くらいは──
「ダメですからね!」
「うっ、うん、分かった。誰にもあげないよ」
「約束ですよ? 絶対ですからね?」
「は、はい……約束、します」
あぁ、可愛さに負けて約束してしまった……。
いやね? 他の追随を許さないほどの抜群の効能は俺だって認めている。
が! 飲んだ瞬間に死にそうになる《俺専用の味変激マズドリンク》は、サーフィニア嬢からの手渡しでなければ、絶っ対に受け取りたくない代物でもあるんだよ。
けれどそんな事は言えるはずもないから、キリリと顔を引き締めて、サーフィニア嬢の前でなら、すんなりと出てくる王子様スマイルで微笑めば「よろしい!」そう言ってサーフィニア嬢もニッコリと笑ってくれた。
ハァァ〜かわいい♡
腰に両手を当てて少し上から目線で言われたって、可愛いものは可愛い。
このドリンクを飲む時はいつも側にいて、そうやって笑っていてくれたらな。
と思っている間に、サーフィニア嬢はくるりと向きを変えていた。
「じゃあ、仲良しグループさんには特別に教えてあげますね。このおみそはですね? 少し小さめのお魚に塗って焼いても美味しいんですよ」
「どのくらいの大きさですか」
「キャァァァァ!」と悲鳴を上げるサーフィニアの横から、ザードがぬっと顔を出している。
あんのヤロー!
「ザード! サーフィニア嬢を驚かすな! 火のそばで危ないだろ!!」
「ほ、本当ですよっ! もう少しで大怪我をするところでしたよ!」
えっ、本当に!? ッソ! 許さないからな。もしも、サーフィニア嬢に何か──
「ザードさんが!」
…………あぁ……そっち、ね……。だったらどーぞ、どーぞ、ご遠慮なく。
ザードの背後では、セバスから発せられた青白い炎が揺れている。
「も、申し訳ありませんでした!」
ただならぬ気配を感じ取ったのか振り返ることなくビシッと姿勢を正すと、焼き魚に向かって直角に腰を折るザード。
「……素振り。素振りですね? 千回振ってきます!」
ザードは言いながら走り去り、あっという間に見えなくなった。
なぜに素振り? と思ったけれど、そんなことより俺としては、サーフィニア嬢を驚かせた罰として、毛先くらい焦がしてもらっても全然構わなかったのだが……
肝心な時には働かない奴だな。
◇◇◇
賑やかに始まり、賑やかに終わった魚釣り大会の会場からプラント邸までの帰り道──皆から少し離れて最後尾を歩くエルトナとノリス。
「なぁ、お前がレインボーフィッシュばかり釣ってたのはなんで?」
「私も、レインボーフィッシュが好きだからですよ」
「へぇ〜、そいつは知らなかったな。で? 本当は?」
顔を覗き込むと「だからあなたは嫌いなんです」と小さく呟かれたが、聞かなかったことにしてやろう。
「ハァ……。サーフィニア嬢がわざわざ最後に付け足して言ったってことは、何か意味があるのだと思ったからです。仮に意味などなかったとしても、あれを聞けば殿下が頑張るのは目に見えていましたけどね」
「なるほど。目に見えていたけれども《万が一》に備えたってわけか。でもそれな? あいつには全然伝わってないぞ? 多分〈ノリスもサーフィニア嬢狙いか!?〉って思ったはずだ」
「はぁぁ? やめてください。洒落にもなりません」
「ハハッ、そうだな。まぁ、俺たちの立場から考えると難しいところもあるけど、想いは一つ。てことでいいんだよな?」
「さぁ? クルスはどうだか分かりませんよ?」
「…………」
おいおい、いいところでクルスを出すなよ。あいつの言動は謎すぎて、さすがの俺も言葉が出なかったぞ。
でもまあ「とにかく楽しかったな!」とノリスの背中をバシン! と叩き、ブツブツ文句を聞きながら川辺の小道を歩いて帰った。




