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2・それは、真っ白でツヤツヤの

 私の水遊び場だった古い盥の前に座り、手を合わせて目を瞑り、一生懸命お願いをする。


(白い物が食べたいです。たくさん食べたいです。みんなにも食べてもらいたいので、たくさんたくさんお願いします!)


 暫くすると、お兄様のおぉ! と小さく感嘆する声が聞こえてきたので目を開けると、盥の中は緑の草で溢れ返っていた。


「ほら、セバスチャンは凄いでしょう。お兄様──って、ち、違う、おっ、お兄様は何も見ていません。あっちに行ってください!」


 シッシッと手を振って、お兄様を追い払おうとしたけれど。


「いやいやいや、既に遅いし知ってるし──というかニア、俺の扱い酷くない? お兄ちゃんはニアの事が大大大好きなのに」

「私もお兄様の事は大好きだけど、それとこれとは別なの」

「大丈夫ですよ、お嬢様。アクトゥール様はご存知です。勿論旦那様や奥様も」


 ええっ! 二人だけの秘密だと思っていたのに。


「黙っていて申し訳ありませんでした。しかし、使用人の一人である私が、お仕えするプラント男爵家のお嬢様にお願い事をするなど、本来あってはならない事なのですよ。それでもお嬢様が一緒に祈ってくださると、願いがより届きやすくなるのです。だから旦那様達にお願いをして、こうしてお嬢様にも力を貸して頂いているのですよ」


「そうかも知れないけど……もう他の人には教えちゃ駄目だよ。これはプラント家だけの大事な大事な秘密なんだから!」


「はい、勿論です」


 本当はこれは──本人は気付いていないけれどお嬢様の力だ。

それを教えないのは、お嬢様を守る為でもある。


 自分の力に気付くまでは、私の力という事にしておこうと旦那様達と話し合って決めた。幸い、私もお嬢様と同等の魔力があるので、万が一他人にバレても問題はない。


「あっ、セバスチャンは使用人って言ってるけど違うからね。私が生まれた時からずっと一緒にいるんだから、プラント家の一員だよ。一番上のお兄ちゃんでしょう? だって、アルお兄様よりず〜っと頼りになるんだもん」


「お前なぁ」と肩を落としているお兄様の横で、セバスチャンは泣きそうな顔でくしゃりと笑い、小さな声で「ありがとうございます」と言った。



 それから又たくさんのお願い事──もっと伸びろ〜だの、実をつけろ〜だの──をして、暫くしてから目を開けると、


「うわぁ、すご〜い! キラキラして綺麗だね」


 いつの間にか、目の前にあった緑の草は黄金色に姿を変えて、たくさんの金色に光る粒を付け、シャラシャラと風に揺れていた。


「……凄いな。懐か──」


 何かを言いかけていたお兄様が口元を隠して、チラッとこっちを見た。


「ん? なぁに、お兄様。『夏』がどうかしたの? 夏にはまだ──」

「さあ! 刈り取りを始めましょうか!」


 珍しくセバスチャンが大きな声を出し、驚いている間に──私の問いかけは、真っ先に刈り取られていった。


 お兄様と私はセバスチャンの指導の元、盥の縁から手を伸ばせる範囲だけを刈り、セバスチャンは中に入って残りを刈り取っている。


 ふかふかの土の手触りしか知らなかったから、何とも言えない感触が楽しくて、掌や足先を突っ込んで遊んでいるうちに、体中泥だらけになってしまった。


 流石はマリアベル。モカブラウンのワンピースは、あまり泥が目立たない! と思いたい……。

 

 珍しくはしゃいでいたセバスチャンも、私達と自分を交互に眺めて、顔色を悪くした。


 慌てて井戸の水を汲み上げて、あちこち洗ってみたけれど──状況はよろしくないようだ。


「厨房に通じる裏口からこっそり──いえ、これを料理長に渡して食べられるように調理してもらわなくてはなりませんので、堂々と裏口から入りましょう」


 とセバスチャン。


 裏口から入る時点で、既に堂々とは言えない気がしたけれど、お兄様と私は黙って頷いた。


 静かぁ〜に、こぉ〜っそりと、細ぉ〜く扉を開け、キョロキョロと中を見回したセバスチャンが振り返り、大きく頷いた。


 私達も大きく頷き返し、セバスチャンが勢いよくバァーン! と扉を開けた瞬間と、屋敷側からの厨房の扉が開いたのは同時だった。


「料理長〜」と声を掛けながら、にこやかに厨房に現れたマリアベルの柔和な顔が、般若の面に変わるまで僅か数秒。


 アクトゥール様が付いていながら、何をなさっていたのですかぁぁ!と雷を落とすマリアベルの迫力に、何故か料理長までピーンと背筋を伸ばして、一緒になって震えている。


 天使の笑顔から無表情になり、目がつり上がっていく様をスローモーションで見ていた私達は、二度と天使を怒らせてはいけないと固く心に誓った。


 その後、問答無用で浴室に放り込まれ、頭の天辺から足の爪先までピカピカに磨き上げられたのは言うまでもない。


 そして、ぐったりと疲れてしまった体に追い打ちを掛けるように告げられたのは──昼食後のデザートは抜きですからね!──という、涙が出るような罰だった。


 しょんぼりと萎れた私を「三時のおやつには『白い物』が食べられますから」とセバスチャンが優しく慰めてくれた。



◇◇◇



 セバスチャンの優しい声を聞いているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようで……天使に戻ったマリアベルに起こされたのは、おやつの時間の少し前だった。


 今日は天気もいいし、セバスチャン曰くまだ見ぬ白い物は、外で食べた方がより美味しく感じられるという事で、庭の四阿で食べる事になった。


 お父様とお母様の間に座り、向かい側に座ったお兄様とワクワクしながら待っていると、お待たせしましたと『それ』がテーブルに置かれる。


「わぁ〜、本当に真っ白。とっても美味しそう!」


 お母様も「まあ!」と瞳をキラキラさせている。


 それにしても不思議だ。朝は緑の草だったのに、それが金色の粒になり、最後は真っ白でツヤツヤの三角お山になった!


「これはどのように食べるのだ? カトラリーが見当たらないが」


 お父様が、ニコニコと嬉しそうに笑いながらセバスチャンに尋ねる。


 カトラリーがないと困るのに……ニコニコしてるなんて、変なお父様。


「……はい、旦那様。この形ですと、このまま手に持って食べるのが一般的ですが、『勿論』抵抗がおありでしょうからフォークをご用意させていただきます」


 えっ、手に持って食べる物なの? それなら──


「私は手に持って食べたい! いいでしょう、お母様」

「そうねぇ……ここには家族しかいないし、折角だから私もセバスのお勧めの食べ方を試してみようかしら?」


 えっ、お母様も? それはだけど、お父様がなんて言うかしら。


「リリィ〜」


 ほら、早速窘め──ないの? ますます笑顔になったけど。


 う〜ん。さっきから、お父様の表情と言ってる事がちぐはぐに見えるんだけど……。


「よろしいじゃありませんか、あなた。これを食べるのは今日が『最初』で最後なのでしょう? それでしたら、私もニアも、より美味しく味わって食べたいと思うわ。それに、本来の食べ方がそうだというのなら、それこそがこの料理に対してのマナーなのではないかしら」


「私も母上の意見に賛成です」


 セバスチャンと私の前では『俺』なお兄様も、キリッとした顔でお母様の肩を持っているように見えるけど、マナー云々よりもただ早く食べたいだけだと思う……私もだけど。


「そうだな、リリィの言う通りだ。では、みんなで美味しくいただこう。いただきます」

「「いただきます!」」


「「う〜ん、美味しぃ〜い」」


「すごいね! 草の味も粒の味もしないよ」

「粒の味って……でも本当に美味しい。塩だけ、なんですよね?」


「はい、塩を表面に薄くまぶしてあります」


 へえ〜、塩だけなんだ。


「それだけでこんなに美味しいとは。このかすかな甘みと、もちっとした食感。う〜ん、とっても懐か──」

「不思議と懐かしい感じがするわ。ねっ? あなた。『初めて』食べたのに本当に不思議ですけど。そんな感じになる食べ物なのかしら」


 ちょっぴり怖い顔をして、うんうんと頷くお兄様とセバスチャン。

涼しい顔をしたお母様。そして、少しだけ顔色を悪くしたお父様を見ながら、今日のお父様はやっぱり変だな、と思った。



◇◇◇



 とっても美味しかったけど、一人に一つずつしかなくて物足りなかった。

もっと食べたかったなぁ……でも! あの後、お父様がセバスチャンを執務室に連れて行ったから、また食べられるかも知れない。


 サーフィニアは自分のベッドの上でニマニマゴロゴロしながら、そんな事を考えていた。


 サーフィニアは、父がセバスチャンを連れて行ったと思っていたし、周りにもそう見えていたが……実際は逆だった。




 執務室では、男爵の前に男爵夫人、アクトゥール、セバスの三人が座っていた。いや──正確には、三人の前に男爵が座らされていた。


「今日のあなたは零点──いいえ、マイナスですわ」


「うっ……あ、あれでも、私なりに頑張ったんだぞ! だけど、久し振り過ぎる『おにぎり』を目の前にしたら、つい……」


「それでも、あれはないですよ父上。本来あるべきカトラリーがなかったのに、物凄く嬉しそうだったじゃないですか」


 つまりは、手に持って食べる気満々だったという事だ。


「当然と言えば当然ですが、お嬢様もとても気に入ったようですので、これからもお米は作っていくつもりですが……今回のような事が続くと困ります」


「そうですよ、父上。格好をつけて食レポなんかしようとするから、うっかり──」

「アクトゥール様も、稲を育てている時に『うっかり』していましたよね?」


「…………」



 いつもと立場が逆転したような雰囲気に、調子に乗っていたアクトゥールだったが……セバスチャンにあっさりバラされ、母親の呆れた目と、父親のじっとりした目に責められては、貝のように押し黙るしかなかった。











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