22・ミーニア
プラント領で過ごす最後の日が、とうとう来てしまった。
明日の朝には、王都に向けて帰還の途につかなければならない。
サーフィニア嬢は、少しは元気になっただろうか。
期待と不安を織り交ぜながらダイニングに入ると──男爵夫妻、アクトゥール殿、スヴァイル殿、マリアベル殿──みんなが揃ってにこやかに迎えてくれた。
ということは、サーフィニア嬢も朝食の席に着くということだ!
不安は消し飛び、期待だけが大きく膨らんだけれど……。
ここに来るまでずっと迷っていたことがある。
サーフィニア嬢の今の状態を、ノリスやザードたちにも話しておくべきか。
散々迷って悩んだ挙げ句、結局は何も話さないことにした。皆驚くだろうが、側近の三人はもとより、護衛騎士たちもそれを顔に出すようなことはしないだろう。
そもそも、簡単に感情を表に出すような者は王宮ではつとまらない。
つとまらないはずなのだが、ある程度の権力を持った者は──なんて今はどうでもいいか。
ただ一つ懸念があるとすれば、俺の表情は果てしなく緩んでしまうだろうということだ。もう一度会いたいと願ったことが叶うのだから、それはもう致し方ない。
ということで許してほしい。
◇◇◇
「殿下、おはようございます。ゆっくりとお休みいただけましたでしょうか」
「おはようございます。はい、ありがとうございます」
本当は「はい」と「ありがとうございます」の間に──セバスチャンのお陰で、それはもうぐっすりと。そして、激マズドリンクでバッキリと目が覚めました──
と入れたいところなのだが、正直に言うわけにはいかないので簡潔に返した。
男爵はホッとしたように頷いたあと、すぐに少し申し訳なさそうな顔になる。
「早いもので、我がプラント領でお過ごしいただくのも今日で最後となりましたね。……諸事情により十分なおもてなしができなかったこと、心よりお詫び申し上げます」
そこで一度、深く頭を下げる男爵夫妻とアクトゥール殿。
しかしそう言われて頭まで下げられると、こちら側としてはちょっとバツが悪い。『諸事情』を跳ね除けたような形で来ているだけに。
「ウェルシータ様より、視察は滞りなく終えたと聞いております。つきましては今日一日が皆様にとって思い出深い一日となりますよう、精一杯最後のおもてなしをさせていただきたいと思っておりますので、遠慮なさらずに何なりとお申し付けくださいませ」
もう一度、三人は揃って頭を下げたあと腰を下ろした。そこへ──
「みなさーん、おはようございまーす! サーフィニアの妹のミニニアです。ちょっと言いにくいから、ミーニアって呼んでくださいねー!」
すっかり痩せてひと回り小さくなったけれど、初日のイメージそのままに元気一杯なサーフィニア嬢と、それを優しく見守るセバスチャンが入ってきた。
「お姉様はまだ療養中なので、今日は私が皆さんをおもてなしします。よろしくお願いします!」
膝におでこが付きそうなくらいにまで下げた頭を勢いよく上げたサーフィニア嬢はニコニコと笑っているが、意外すぎる展開に頭がついていかない。
エルトナや騎士たちも、表情こそ変わらないものの驚きに固まっている。
二重の驚きが突然襲ってきたのだ。とっさに対応できなくても、許してほしかったのだが。
無言の反応に、サーフィニア嬢が眉を下げそうになるより早く、殺気を纏った氷の槍のような視線にグサッと体を貫かれ、慌てて立ち上がる。
「はじめまして! ミーニア嬢。私はアズナイル・ルシファードです。こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言うと、パァァーっと顔を輝かせたサーフィニア嬢が、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「アズナイル様、よろしくお願いします!」
差し出された小さな手は温かさを取り戻していて、ホッとした瞬間に涙が滲みそうになったが──涙が滲むどころか、目が点になった。
「ミーニアちゃん、はじめまして! 僕はクルス・ボルトナーだよ。サーフィニアちゃんの妹かぁ、可愛いね〜。髪の色も目の色もサーフィニアちゃんと一緒だぁ。あれ? でも、今までどこにいたの?……あっ、わかった! 友達の家に泊りがけで遊びに行ってたんだね? うんうん。あれ? そのブローチ、僕がサーフィニアちゃんにあげたものだよね? あっ、そうか! 今日はミーニアちゃんがサーフィニアちゃんの代理だから借りてきたんだね? そうだ! 昨日それと同じ物を作ったから後で持ってきてあげるね!」
…………;
クルス、もうやめろ。部屋中がドン引きしているぞ。
なにより、本人を怯えさせるんじゃない!
分かったな? 分かったら、俺にも同じ物を作ってくれ。
「あ、ありがとうございます?」
サーフィニア嬢は顔を引き攣らせながら《奇妙な生き物》から逃げるように、騎士たちのテーブルの方へと行ってしまった。
ところで──確認なんだけど?
〈あいつは《本当は》優秀なんだよな?〉
〈……のはずだ〉
〈本人が言っているだけなのでは?〉
〈この場をドン──と盛り上げる為の演技、だよな?〉
〈そう、であってほしいな〉
〈王都に戻ったら、どこかの劇団を斡旋してあげましょうか〉
何の確認も同意も取れずに、そっとため息を吐く。
劇団は一先ずおいておくとしても、王都に戻ったら、あいつの『わかった!』と『そうだ!』は《人的災害レベル:マックス》のファイルに登録しておかなければ。いや? いっそのこと、あいつ自身を登録した方が早いか?
そんな事を考えていると、サーフィニア嬢の声が聞こえてきた。
「騎士の皆さん? どうしたんですか?」
騎士たちは、まだ固まっているらしい。
原因は、クルスの方に大方取られてしまったような気もするが……。
「食欲がないんですか? じゃあ、私が食べてあげますね!」
サーフィニア嬢はそう言うと、隠し持っていたらしいフォークをサッと取り出し、ネイサンの皿のウインナーに突き刺して、唖然としているネイサンの横でモグモグと美味しそうに食べている。
「だって、残したらもったいないですもん」
にっこり笑って言いながら、隣の騎士のウインナーも取り上げた。
愕然としたまま動けない騎士の間を、喜々として回っていくサーフィニア嬢。
気づけばいつの間にかフォークは長い串に変わっていて、餌食となったウインナーたちがひしめき合っている。
次はザードの席だ──食い意地が張っている──ザードはどうするだろうと見ていると、彼は皿を頭の上に掲げて立ち上がった。
「はじめまして、ミーニア様。私は、ルシファード王国第三騎士団団長のザード・ランカスターと申します。どうぞよろしくお願い致します」
変な格好でそつのないあいさつをするザードに、サーフィニア嬢も「よろしくお願いします」と言ってニッコリ笑いかけている。
ザードもニッコリと笑い返しているが、座ろうとしない。
そんなザードを見上げ、サーフィニア嬢は「ふふふ」とおかしそうに笑った。
仲が良さそうに見えて、俺は少し面白くない。
「ザード様は、さすが団長さんですね! 他の皆さんはいいんですか? そんなにのんびり座っていても、朝食はこれで終わり。次の皿など出て来ませんよ?」
そう聞いて目の前の皿に視線を落とす。
スープの他はワンプレートになっていて、大きめのウインナーが三本、オムレツ、サラダ、フルーツ、クルミの入ったパンが二つ。これだけだ。
今までと比べるとかなり少ない。しかも、これで終わりとなると……。
「さぁ〜て。次もウインナーにしようかなぁ? それともパンにしようかなぁ?」
そこでやっと騎士たちも、取られたウインナーは二度と戻ってこないばかりか、可愛らしい少女がさらなる朝食減少曲を奏でながら、自分たちの周りを《容赦なく》流れ回るということを理解したようだ。
騎士たちが一斉に皿を抱えて立ち上がった様を見て、サーフィニア嬢は満足そうに笑うと「ごゆっくり〜」と言ってから、こちらのテーブルに戻って来て自分の席に着いた。
思った以上に元気いっぱいな姿が見られて、心の底から安堵する。
男爵が言ったとおりに、今日は思い出深い一日になりそうだ。
しっかりと食べて楽しまなければ。
まずはサーフィニア嬢が美味しそうに食べていたウインナーからいこうと思っていると、騎士たちのテーブルが、どことなくざわついているような気がして視線を向けると──ザードが皿を頭の上に載せたまま、器用に食事をしていた。
うん。カニだな。カニ。最後の一日は、カニと一緒に朝食を食べた。
なんて思い出はいらんぞザード!




