閑話 〜 ここからここまで 〜 前編
クラリスたちに襲撃? された──とあるカフェの話です。
王都の華やかなメインストリートの一番端っこ。から、一本入った路地裏にある
カフェ『アマーイ・ア・マーイ』。小さくはないが、大きくもない。
このカフェの店長でありパティシエでもあるスゴォークは、悩んでいた。
祖父母から譲り受けた一軒家。パイン材で出来ている素朴な造りのこの家と、祖母が作ってくれる甘いケーキが子供の頃から大好きだった。
あのケーキの味が忘れられなくて、パティシエをめざして修業を重ね、晴れて一人前のパティシエになった頃……祖父母はあいついで亡くなった。
『ここでお店を開いたらいい。お前の作る美味しいケーキを食べて、たくさんの人が幸せな気持ちになって笑顔があふれる。そんなお店になるように頑張るんだよ』
祖母の最後の言葉を胸に、大好きだった祖父母の家の一部をカフェに改装した。
窓枠を白く塗り替え、レースのカフェカーテンをかけて、カフェスペースには家と同じパイン材で出来たテーブルと椅子を置いた。
テーブル席は四人掛けが二つに、二人掛けが三つ。本当は、四人掛けのテーブルはあと一つ置けるけど、ゆったりと寛いでもらいたいから敢えて二つにした。
なかなか可愛くて、ほっこりできる空間になったと思う。
もちろん、ケーキの味や見た目にも自信がある。
なのに! お客さんが来ない……。
メインストリートの一番端っこ……しかも路地裏で、地の利も悪い。
だけど、理由は他にもある。
同じ時期、メインストリートのど真ん中に、先輩パティシエが店を構えたのだ。
先輩も腕はいい。センスもある。けれど、それを少しだけ鼻にかけるところがあって、嫌いとまではいかないけど好きでもなかった。
新規オープンの時期が被っただけでも痛かったのに──ひと月前、その先輩の店にはリバーマス公爵家が後ろについた。
それからというもの、常連さんになりかけていたお客さんまでもが向こうに流れてしまって……今は近所の顔見知りや、爵位の低いご令嬢たちがたまーに来てくれるだけ。
打開策も見いだせず、あまりたくさん焼いても売れ残ってしまうケーキたちが可哀想で、ここ暫くの間、ショーケースに入れるケーキは半分ほどに減らしていた。
しかし今日は久しぶりに思いっきり焼き上げて、ずらりと並んだ自慢のケーキたちを眺めて大満足♪
していたのだが……。あぁ、やってしまった……。
大好きだった祖母が夢に出てきて、『最近はケーキが少ないねぇ。淋しいねぇ』なんて言うもんだから、祖母を喜ばせたくて張り切ったけど……。
ハァァ。たくさん売れ残ってしまったケーキたちを見たら、悲しむだろうなぁ。
不甲斐ない気持ちで、スゴォークがガックリと肩を落としたときだった。
「あなた! ずーっと前に買ったあれ──えっと、あっ、そうそう、ケーキ用のカート! あれを納屋から出してきて!」
「ケーキ用のカート? あんなもの、何に使うって言うんだい?」
今や納屋の住人と化しているそれは、たくさんのお客さんが来た時に便利だからと、店のオープン前に思い切って買ったものの、一度も出番は訪れず……
「いいから、早く! それを出してきたら、暇なあなたも表を手伝ってね!」
……暇とか言わないでほしい。朝早くから久しぶりにたくさんのケーキを焼き上げて、ちょっと一息ついていただけじゃないか! と言いたかったけど、妻はもうどこにもいなかった。
◇◇◇
ホコリを被っていたカートを綺麗に拭き上げて、厨房からそっと店内を覗いてみると──なんだ、団体さんでも来たのかと思えば、たったの六人か。
まあ、それでもこのひと月の中では一番の入なのだけど。
「あっ、あなた! 来てきて、見てみて! 手前の席のあのブルネットの髪の小柄な子。このカートを買ったドイル商会のお嬢様よ!」
声は潜めているけれど、興奮している妻が歓喜に満ちた瞳で見つめる先をたどると、妻が言うように、ほかの二人よりは一回り小さな女の子が、ちょこんと椅子に座っていた。
「私聞いたことがあるの! ドイル家のお嬢様は、ものすごくよく食べるって! だからきっと、このカートが役に立つわ!」
大喜びの妻を見て苦笑する。ものすごくよく食べるといったって、小さな体の割には──ということだろう。それに、食事ならまだしもケーキは甘いしカロリーも高い。見た目を気にする貴族のご令嬢なら、せいぜい三つも食べればいいほうだと思うのだけれど……。
妻は昨夜も泣いていた。
あなたのケーキが売れないなんておかしいと。この店を潰したくないと。
納得のいく材料で作り続けることができるのは、もってあと三月というところまで追い詰められていたから……。
だから、今日だけでも売れるといいな。
お客さんと妻の笑顔が見られるといいな。そう思った。
◇◇◇
「まったく! 本当に役に立たないわ!」
「何のはなし〜?」
「殿下よ! アズナイル殿下! 近々、近隣諸国に行く予定はないのか聞こうと思ったら、国内の視察に行ってるんですって!」
甘い物でも食べに行きましょう♪ と誘われて、ノコノコついてきたけれど……。
延々と愚痴を聞かされるのかしら?
ベルビアンナとライラは、早くもどんよりとした視線を交わす。
「お仕事なのにぃ、殿下のことを役立たず〜、なんて言っちゃいけないわぁ」
「クラリスはそこまで言ってないわよ。だけどクラリスは《一応》婚約者候補なんだから、言葉には気をつけないと」
一緒にいただけで、ドイル商会の娘も殿下の悪口を言っていた。なんて噂が流れたりしたら、うちの商売にも差し障りが出るじゃないの。
今は私たちだけしかいないようだからいいけど。
「いいのよ! それで候補者から外されたとしても、全然困らないもの。それよりも、視察に行くなら国外に行けばいいのにって、そう思わない? まったく。甘い物でも食べないとやってられないわ!─────うふふふふっ」
「……なぁ〜にぃ? 怖いわ〜」
「うふふ、私ね? 憧れていたことがあるのよ。前世ではできなかったけど、今ならできるの。だって私は侯爵令嬢ですから〜! ほらほら、行くわよ!」
プリプリと怒っていたかと思ったら、急にウキウキいそいそと席を立つクラリス。
侯爵令嬢なら自分で動かなくてもいいんじゃないのぉ? と思いつつ、怒られる前に渋々席を立ったベルビアンナと、早くケーキを食べたいライラもあとに続く。
『ほらほら、行くわよ!』の目的地は、美味しそうなケーキがずらりと並んだショーケースの前。
「お決まりになりましたか? 本日のお勧めは──」
スゴォークの妻チェルシーは満面の笑みを浮かべながら、一つでも多く味わってもらおうと積極的に声をかけたけれど……。
「あら? いいのよ、お勧めはどれでも」
と言いながら、クラリスはショーケースの右端に立つ。
「だって、わたくしがいただくのは──ここから〜」
ショーケースの側面をトンと叩く。
そして、スタタタターっと左端まで走ると、また側面をトンと叩き、
「ここまで! ぜ〜んぶ、一つずつくださいな!」
ニッコリと微笑んでそう言った。
「はい! ありがと──えっ? 全部!? えーっと……えっ?」
頭が真っ白になったらしいチェルシーは、満面の笑みのまま固まっている。
スゴォークも負けずに固まりかけていたけれど……頭を思いっきり振ってから表に出た。
「あ、あのー。本日はお日柄もよく──ではなくて、ご来店ありがとうございます! あの、確認させて頂きたいのですが……それはそのぉ、全てのケーキを一つずつ召し上がる──あっ、お持ち帰りですね!」
ふぅー。危なかった。テーブルについていたからてっきりここで食べるものだと思っていたけれど、全部のケーキが必要ということは……お茶会かなにか、
「あらっ? ここはカフェだと思って来たのだけど……違ったのかしら?」
「えっ? い、いえ、カフェで間違いありません!……こっ、こちらでお召し上がりですね? ありがとうございます!」
ビビ、ビビるな! ににに二十個くらい、今までにも売れたことはあるだろう!
ここ最近は、一日で……だけど。
「すっ、すぐにお持ちいたしますので、お席でお待ち下さい!」
ここで漸く遠い世界から戻ってきてくれた妻も動き始めた。
飲み物は先に聞いておいたようで、カップやソーサーを準備する傍らポットにお湯を沸かし、茶葉やシュガーも手際よくカートに並べている。
ぼんやりしてはいられない。私もケーキの準備を! と身をかがめて気づく。
ショーケースの中のケーキの向こうに、まだ二つのドレスがあることに。
「あ、あの、申し訳ありません! すぐにお持ちしますので!」
「ええ。でもそれはクラリスの分でしょう? 私はまだ頼んでいませんわ」
え゛っ? ワタシハ《マダ》タノンデ、イナイ?
「私は、まず全商品を一つずつお願いします。確か、こちらのカートは一台だけだったと記憶していますから、二つずつだと載せきれないでしょう?」
「ふふふ、ライラったらぁ。言い方が違うだけで、それクラリスと一緒だからね? 私はとりあえずぅ、お勧めを十種類おねがいしますわ〜」
スゴォークはぽか〜んと口を開けたまま、簡単なはずの足し算を試みる。
えっと……全部で……五十個……。えっ? 三人で五十個!?
いやいやそんなはずは──えーっと、あれっ? 足し算って、どうやるんだっけ?
んーと、ここから〜ここまで! で二十。全商品を一つずつで、
バシン!! と背中を叩かれて、数字が散らばる。
「あなた! しっかりしてください! 私は隣に行って、デイジーに助っ人を頼んできます!」
走り去る妻の背を見て──パシン!! と自分の頬を叩いた。
そうだ、足し算なんてどうでもいい。聞き間違えてはいないと思うから、とにかくやるしかない。やらなければやられる!
これは、私たちとご令嬢たちの戦いだー! やるぞー! おぉー!!
見るからに気合を入れているのが分かるスゴォークに、マームはそっと声をかける。
「あのぉ……何かお手伝い致しましょうか」
「えっ? お客様が?」
「はい。私とあちらの二人はお嬢様方の侍女なんです。慣れておりますから、どのようにでも使って頂いて構いませんよ?」
「い、いえ、侍女様であろうと、お客様に変わりはありません。お気持ちだけ頂いておきます。ありがとうございます」
いくら緊急事態でも、貴族家の侍女を使うなんてとんでもない。
そんな事が知られたら、それこそ店が潰されてしまう!
「そうですか? では、せめてこちらをお使いになってください。当商会イチオシの紙皿です。ケーキは間違いなく五十個では収まらないと思いますよ? お皿が足りなくなるでしょうし、洗う暇もないと思いますので」
紙皿……。こだわって揃えた、そろいのケーキ皿とティーカップは使わずに、その紙皿を使えと? いやいや、それはないだろう。
ドイル商会の商品をそんな物といっては何だけど、ご令嬢方に紙皿なんかを──
「お嬢様たちは細かいことなど、まぁーったく気になさいません。それよりも、うちのライラお嬢様に限っていえば、サーブがもたついてしまうとそちら側に入って、ショーケースの中のトレイごと持ち出しかねませんよ?」
はっ!?……それは最早……お嬢様ではなくて《ドロボー》という者では?
大量注文の福の神様! かと思いきや──ドロボー様ご一行だったとは。
店を畳むのも時間の問題だったけど……ハァ、ここまでか……。
仕方ない。こうなったら、せめて──
笑顔で美味しく食べていってもらおうじゃないか!




