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18・眠れぬ夜 ①

 天使がサロンから去ったあと、余韻に浸りつつ気持ちも落ち着かせるために、お茶のお代わりを一杯だけもらってから部屋に戻った。



「いや〜、それにしても怖かったね! 殿下の一言で一気に部屋の温度が下がったもん。極寒だったよね?」

「あの侍女殿も負けてなかったよな。文字通り、視線が突き刺さりそうだったぞ」

「私は殿下の不用意な発言のせいで、こっちまでとばっちりを受けないかとヒヤヒヤしていましたよ」


 ……あれだな。こいつらの言う『殿下』って、ただの愛称以外の何ものでもないよな?

それが証拠に、サーフィニア嬢とディナーを楽しめないことに落ち込んでいる俺を誰も慰めてはくれない。


 明日の朝はどうだろうか? 体調が良くなっていればいいけど……。

薄情な側近たちは放っておいて、サーフィニア嬢のことばかり考えていると、コンコンコンと扉を叩く音が響いた。


 誰かが、いい知らせを持ってきてくれたのだろうか!

応対しているノリスの背中を期待を込めて見ていたが──やって来たのは、アクトゥール殿だった。

その時点で、期待はかなり薄まっていたのだが。



 ◇◇◇



「お寛ぎのところ失礼いたします。先ほどスヴァイルに、朝から殿下方が米の脱穀から籾すりまでのお手伝いをしてくださったと聞きましたので、私からも一言お礼を申し上げたいと思った次第です。ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございます。貴重な体験をさせてもらいました。……ところで、わざわざお礼を言いに来られただけ──ということはありませんよね?」


 体験ではなく、やはり『お手伝い』だったのですね? という話をもう少し広げて、会話を楽しんでから本題に入るのがマナーだと分かっているが、本当にいい知らせだったらと思うと待ちきれない。

仕方ないだろう? ただお礼を言うだけなら、ディナーの席に着いてからでも別に遅くはないのだから、薄まった期待に期待してしまっても無理はないと思う。


「ハハッ、バレていましたか。実はクルス殿にお願いがありまして」

「えっ、僕に?」


 部屋の奥の方にいたクルスが駆けてくる音を聞きながら、薄〜い期待が音もなく消え去っていくのを遠い目で見送った。

それと入れ替わるようにやって来た、いや〜な予感は、エルトナとノリスも感じているようで……というか、最早、いい知らせどころか面倒な匂いしかしない。



「クルス殿。ニアがブローチを見せてくれたんだけどね? 聞けば貴殿が作ったものだと言うじゃないか。そこで、図々しいお願いなんだが、私にも作ってもらえないだろうか」


 あぁ、やっぱり……。調子にのるからやめてほしい。


「ア、ア、アクトゥール殿にも分かりますか! あのブローチの良さが!」


 クルスは喜びに瞳をキラキラと輝かせ、興奮のあまりアクトゥール殿の肩を掴んで揺さぶりかねない勢いだというのに。


「いや? 正直なところブローチ自体はどうでもいいんだよ。素人が作った物だとひと目でわかる雑な作りだから売り物にならないし、希少な石を使っているわけでもないからね。だけどさぁ、セバスチャンとマリアベルは持っているのに、私だけ持っていないとか──酷い話じゃないか、可哀想じゃないか、そう思わないかい?」


 ……あなたの話のほうが、よっぽど酷いですよ?


 天国から地獄に突き落とされたクルスは、興奮した笑顔のまま魂が抜けてしまっている。


「だからさ、是非私にもニアと同じ物を作ってもらいたくてね? といっても、適当に作っているみたいだから同じ物といっても覚えていないだろう? そこで、これだよ。私がデザインを写しておいたから、これを見て作ればまったく同じ物が出来るよね? いやなに、無理なお願いを聞いてもらうのだからこれくらい当然のことさ。ああ、一応言っておくけど、アレンジなんて一ミリも必要ないからね? さて、どうだろう、お願いできるかな?」


 これは……お願いと呼べるのか?

爽やかで優しげな顔をしているのに、言っていることは全然爽やかでもなければ、優しくもない。

というか、圧が強すぎて……コレを断れる人間がいるのなら見てみたい。


 哀れなクルスが首を縦に振るたびに、その瞳からキラキラの欠片が砕け散るのを見た俺たちは、流石に茶化すことなどできなかった。




「わかった!」


 あれから十数分後。静まり返っていた部屋に、クルスの大きな声が響き渡る。


「何がわかったんだ?」

「アクトゥール殿は僕に期待してるんだよ! だからわざとキツイことを言ったんだ。僕ならできるって信じてくれてるから。よし、王都に帰ったらコレとまったく同じ物を作って、アクトゥール殿の期待に応えてみせるぞ! 頑張るぞぉ〜、おお〜!」


(((メンタルつえぇぇー!)))



 ◇◇◇



 カイテンヤキを三個も食べたのであまりお腹は空いていないけれど、俺の腹具合など関係なしにディナーの時間はやって来て、サーフィニア嬢はいなくても和やかに進んでいく。


 すっかり立ち直っていたクルスはアクトゥール殿とブローチの受け渡し方法について話をしているようだし、エルトナはおかわりが忙しい。

俺とノリスは、男爵夫妻とプラント領のことや最近の王宮の様子などを話題にあげながら食事をとっていたが、サーフィニア嬢の話は一度も出なかった。




 静かなディナーが終わり部屋に戻ると、疲れがドッと押し寄せてきたのだが……。


 朝早くから普段使わない筋肉も酷使して疲れていたので「いつもより早めに寝よう」という話になっていたのに、大人の目のない、ましてや王宮でもない自由な空間がもったいなくて、結局ダラダラとお茶を飲みながら、他愛もない話で盛り上がっていた。


 そうして夜もすっかり更けた頃だ──かすかな異変を感じたのは。



「何やら少し、ざわめく気配がしますが……」

「ああ、俺も感じる。……本邸からか」


 エルトナがすぐさま剣を取り「確認してきます」とクルスを連れて出て行った。

念の為、部屋の鍵をかけておくようにと言い残して。

それから間を置かずして、ノリスと二人きりになった部屋にノックの音が響き渡り、緊張が走る。


「殿下、ザードです。変わりはありませんか」


 ザードの声に、ノリスと顔を見合わせて小さく息を吐いた。

ここは王宮よりも安全ということで扉の前などに騎士を配置しなかったが、こういう時の反応は、さすが第三騎士団団長だ。

ノリスが鍵と扉を開けてザードを招き入れる。


「失礼します」と言いながら入ってきたザードは、頭は下げずにサッと部屋を見回して、異変がないかを確かめていた。

当然、茶器が載ったままのテーブルと、寝衣に着替えてもいない俺たちにも目を走らせていたので、夜ふかししていたのはバレバレだ。


「今、ネイサンを本邸に確認に行かせています。プラント領に限って奇襲などはありえないでしょうが、念の為しばらくここで待機させて頂きます」

「ああ、頼む。こっちもエルトナとクルスが確認に行っている」


 と情報共有をしている間に、ネイサンとエルトナが戻ってきた。


「何かわかったか」

「申し訳ありません。私共は本邸に入ってすぐの所で、離れに戻るように言われまして……ただ急患が出たとだけしか」

「急患?……サーフィニア嬢か!」

「恐らく。あとはクルスがどこまで、」「只今戻りました」


 クルスの早すぎる戻りに驚きしかない。


「申し訳ありません。……見つかりました」


 クルスの言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。

クルスは諜報を請け負っているボルトナー伯爵家の次男で、幼少の頃より英才教育を受けている彼の才能は、僅か十二歳にして四歳上の長男にも引けを取らないという。そんな──


「お前が……見つかった? 一体誰に──セバスチャン、だな?」


 あの男──いや、今はそれよりも。


「それで?」

「はい。急患がサーフィニア嬢なのは間違いありません。高熱と……」

「高熱と、なんだ?」

「かなり……嘔吐が、酷いようです……」


 心臓がドクリと嫌な音をたて、一瞬にして喉がカラカラに乾いていく。


「……毒……か?……」

「それはないかと。殿下、ここはプラント領ですよ」


 ハァァっと、詰めていた息を吐いてから、ゆっくりと深呼吸をした。

そうだ。ここはプラント領だ。落ち着け、落ち着け……。


「すまん。他には?」

「嘔吐と高熱で、軽い脱水症状を起こしています。医師と薬師が呼ばれたようですが、あと一人、何者かが来られなくなったらしく……更に慌ただしさが増したように感じました。申し訳ありません。分かったのはこれだけです」

「いや、それだけ分かれば十分だ」


 よくやった。と声を掛けたかったが、クルスは、あっさり見つかってしまったことに動揺しているようで、まだ何かを思い出そうとしているのか、見つかった原因を探ろうとしているのか……しきりに頭を振っている。

そんな彼に労いの言葉をかけるのは逆によくない気がして、心の中だけに留めた。



 クルスの報告を頭の中で整理しながら、ほんの数時間前までは笑っていたサーフィニア嬢のことを思い出す。

楽しそうにお菓子の話をしてくれて、ブローチに瞳を輝かせていたのに。

やはり無理をしていたのではないだろうか、と今更悔やんでも遅いけど……。

高熱? 嘔吐? おまけに脱水症状……あんな小さな体で耐えられるのか?

もしも──そう考えたら、もう駄目だった。


「行って来る!」

「「殿下! お待ち下さい!!」」


 部屋を飛び出て駆け出した俺を、ノリスとザードが追ってくるが止まる気はない。

ダイニングから本邸へと続く扉を開けると、迷うことなく階段を駆け上がる。

階段の場所はティータイムの時に、サーフィニア嬢の部屋は初日に見かけた時から、おおよその目星をつけていた。


 護衛騎士や侍女の声を無視して走る先に、目的の部屋を見つけたが……。

盥やタオルを抱えた侍女たちが忙しなく出入りしているから間違えようもないけれど、その姿を目にしただけで、気が急くあまり足が空回りしそうになる。

歯を食いしばって両足に力を入れなおしたが、扉に辿り着く前に、クラウド殿ほか三名の護衛騎士たちによって行く手を阻まれてしまった。


「殿下。これ以上はなりませぬ。どうか、お部屋へお戻りください」


 静かな声だが、その表情は厳しく〈これより先はたとえ王族であろうとも、一歩も通す気はない〉と強く語っている。


「ひと目だけでもいいんだ。サーフィニア嬢が今どんな容態なのかを知りたい……。頼む、通してくれ!」

「なりませぬ。お戻りください」

「っ! お茶の時間の時には普通にしていたんだ! 急にこんなっ……おかしいだろ!? 通せ!!」

「……なりませぬ」


 クラウド殿と押し問答をしているところへ、ザードとノリスが追いついてきた。


「殿下、いけません。戻りましょう」


 嫌だと言うかわりに、首を振って戻る気などないことを示す。


「殿下、心配なのはわかりますが、サーフィニア嬢が今の姿を殿下に見られたとあとで知ったら……どんな気持ちになるかを、お考えください」

「そっ、れは……だが!」「さっきから何を騒いでいる!!」


 全身に青白い怒気の炎を纏ったセバスチャンが、部屋から出てきた。

吊り上げられた目は氷よりも冷たく、ビリビリと震える空気に、全身からドッと汗が噴き出す。

クラウド殿さえも顔面蒼白になり、額に汗をにじませている。


「……殿下、こんなところで何をしているのです? 離れにお戻りください」


 聞いたこともないような低く冷たい声が、刺すような視線が、体の自由を奪っていく。それでも、このまま大人しく引き下がったりしたくない。

張り付いた喉を必死に押し広げ、声を絞り出す。


「サーフィニア嬢の容態が知りたい。私にもなにか、」

「あなたにできることは何もありません。速やかにお戻りください」

「……ほんの少しでも、」「チッ!」


 聞こえた鋭い舌打ちに驚いて、俯きかけていた顔を上げる。


「邪魔だ、と言っているのです。この状況を見て、自分がどう動くべきか……その程度の判断もできないのですか? ことは一刻を争うのです。あなたに構っている暇は、」「セバスチャン!! 息が! 急いでっ!!」


 マリアベル殿の悲鳴にも似た叫び声が上がると同時に、セバスチャンは一瞬で目の前から姿を消した。


「殿下!!」


 グラリと傾いた体をザードに支えられる。

頭が真っ白になって呆然と立ち尽くす俺に、ノリスが何か話しかけているが……

音が耳を通り過ぎるだけで、頭には何も入ってこなかった。




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